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69.治療帰りの馬車での話

 母様の魔法はお世辞抜きでもすごいものだった。

 むしろ芸術と言っても良い。

 時の流れ始めた店長の婚約者の突き刺さった短剣から次第に流れ出す血液が、白いシーツを赤く染めていく。

 店長がゆっくりと短剣を抜いていく。

 その度に流れ出る血が増えていっても、母様は動じることなく慎重に魔法をかけていく。

 時が止まっていた細胞がもろくなっている可能性も考慮して。

 そして、全ての短剣の刃が身体から抜き出ると同時に全ての傷が消えた。

 これが、奇跡を起こすと言われる聖女の回復魔法。

 どんな傷でも、どんな病でもたちどころに癒すと言う言葉は過剰評価ではないとはっきりと見た。


「これで、傷は大丈夫…あとは運次第ね」


 回復魔法は、細胞レベルに作用するものだ。

 活動していた細胞に働きかけるのと、死んだように止まっていた細胞に働きかけるのとでは全く違う。


「ありがとうございます…本当に――…」


 店長が婚約者のアリーシアさんの手をぎゅっと握る。

 これまでの苦労や苦悩の末の幸運。

 色んな感情が店長の中にあるようで、ただ今こうしてアリーシアさんが無事なのを祈っている。

 店長はこのまま、アリーシアを見守るようだった。

 深く頭を下げ、心からの感謝を母様に伝えて見送るとすぐに家の中に入って行ったのを窓越しに確認した。

 再び馬車に乗って、閣下の邸宅に戻る途中で、母様が馬車の背もたれにもたれかかった。


「さすがに疲れたわ……、本当なら今日中に帰ろうと思っていたのだけど――…」


 結構魔力を消費したようだ。

 魔力を消費というか、慎重な細かい操作に疲弊した、そんな感じでもあった。

 

「一晩我が邸宅でお休みください」


すかさず閣下が、自分の邸宅で休むことを提案する。

 母様はその提案をありがたく受け取った。


「そうさせていただくわ。出来れば、もう少しクロエと話もしたいしね」


 隣に座った母様が、わたしの頭を撫でた。

 子供の頃から母様に会えるのは数年に一度の数時間程度。正直、こんなに長く会えているのは初めてだ。


「ここまで来たら一日だろうと二日だろうと大して変わらないわ」


 その言葉にわたしは少し笑ってしまった。

 意味合いは違うけど、閣下と同じことを言っている。


「わたしね、母様と一緒にいられてちょっと恥ずかしいけど、うれしいんだよ。それに閣下との事反対しなかったし…」

「反対する要素がないじゃない。外見はいい男だし、収入だって相当なもので身分もある。ここまで完璧な人なら、お兄様方も反対なさらないでしょうね」

「そうだといいのですが……」


 少なくとも、琉唯は反対していない。

 まあ、琉唯基準で他の兄様の性格を決めるのは良くないけど。


「本当なら、わたくしも一緒にご挨拶に行きたいところですけど……今回の件でしばらく外には出られないでしょうからね」


 ふーと今から憂鬱そうなため気を吐いた。

 そもそも、魔法でここまで跳んできたのはいいけど、どうやって人の目を盗んで魔法を使ったのだろうか。

 聖女が一人になれる事なんてそうそうないと聞いている。

 眠っている時でさえも、側に影のようにお世話係の人がいると。


「大丈夫なの?」


 色々と。


「大丈夫じゃないわね。でも、しょうがないじゃない?娘の一大事なんだから。もしかしたら、歴代聖者の中でも筆頭の問題児かも知れないわね、わたくしは」


 ふふふと笑いながら、気が楽そうな感じだ。

 たまにの息抜き位必要よと軽く言うけど、きっと付き添いの人の責任問題はかなりのものなんだろうなと思ってしまった。


「不躾ですがお伺いしたことがあるのですが……」


 聞いて良いのかどうなのかと迷いながらも閣下が口にした。


「いいわよ。こういう機会でもないと話せない事もありますからね」


 慎重な閣下に、あっけらかんと母様が答えた。

 公的な場では聞けないし、聖女は常に公的身分。こんな風に私的に会えるのは次にあるか分からないからこその質問のようだ。


「私の記憶では、歴代聖者――聖女が任期中に子供を産むのは極めてまれだと思うのですが、どういった経緯で?」


 わたしの出生が気になっていたようだ。

 確かにわたしから話したことはない。そもそも、自分の実母が聖王国の聖女である事なんて家族しか知らない。

 今はそれに閣下と店長、それに邸宅の一部の使用人が加わったけど、聖王国でさえもわたしの事は知られていないはずだ。


「ハッキリ言ってくれてもいいわよ?聖女が子供を産むのは初めての事だとね。聖女は基本的に無垢な乙女限定というよりも、聖者がそういう役割なのだけど…例外もあるの」


 一瞬目が鋭くなる。

 ものすごく不愉快そうに、聖王国の現状を語った。


「法王に求められたら、許していいのよ。身体をね……でもほぼ強制だけど。今までの聖女で法王の手垢がついていない聖女はいないんじゃないかしら?基本的に若くて美人で回復魔法が得意な子が選ばれるから」


 聖人なんておまけの存在よと汚らわしそうに言った。


「その時の法王の好みで選ばれる――、わたくしはそう確信しているわ。男の聖人よりも聖女の方が聖者に選ばれる確率が高いのはそのせいだとね。身の上話を簡単にすると、わたくしはもともとこの国の人間なのよ」

「え、そうなの?」

「そうなのよ。父と母が信者でその関係で洗礼式を受けたのだけど、その時に力の事を知ったの。その後あれよあれよ本国へ行って、洗脳教育の開始よ。まあわたくしの場合、元になる教育がこの国のものだから洗脳はされなかったんですけど」


 だけど母様の不幸は、その美貌が優れていて、魔法の腕がメキメキ伸びてしまった事で。

 まさか、聖王国出身じゃないのに聖者候補になるとは思っていなかったそうだ。


「聖者候補になって、聖者に選ばれて、いつの間にか両親があの国の人間になっていたわ。いわゆる養女になっていたの。まだ子供だったし、何が何だか分からなかった。数年勉強すればこの国に戻ってこれると思っていたから、ショックだったわ」

「それは不当な手続きだったのでは?」

「さあ?でも両親が書類を作成したのなら、不当とは言えないのかも知れないわね。とにかく、そうしてめでたく聖者に選ばれたんだけど、その後事実を知ってしまったの。法王に身体を差し出すのが役目の一つだと。でも言っておくけど、わたくしはこの国の教育が元になっているのよ。法王を絶対の神だとか思っているような女とは違うのよ」


 ぶっ飛ばしてやったわと楽し気に笑う。

 それに閣下が一瞬目を見張った。

 法王と言えば、いわゆる一国の王。しかも世界各国に多くの信者を抱える、一大宗教の頂点。

 そんな人物をぶっ飛ばすとは聖王国建国以来初なのではないだろうか。


「聖女が法王を殴り倒すなんて、前代未聞だったけど、その時ちょうど厄介な依頼が多数入っていて、わたくしがいなければどうにもならない案件だったから見逃されたわ。一度そんな事があったからか、法王は二度とわたくしに手を出さなかったんだけど…」

「だけど?」

「虎視眈々と機会を窺ってはいたみたいね。その目が嫌で、十九の時逃げ出したのよ。ほら、便利な魔法がありますから?でも後に知ったのだけど、洗礼を受けた人間は特殊な魔法でその存在を簡単に見つけられてしまうの」


 それを知らずにいたら、捕まりそうになって、そこに助けに入ったのが父様という事だ。

 その後どういう経緯か、母様と父様は男女の関係になってわたしを産むことになった。


「わたくしの事はもうしょうがないとしても、クロエの事を知られたら、どんな風に利用されるか分からなかったからわたくしは戻る事にしたの。あの人の国に迷惑かけるのも申し訳なかったし」

「どうして今まで話してくれなかったの?」


 実はわたしも聞いたことがある。

 だけど、母様は話をはぐらかして教えてくれなかった。


「子供のあなたに説明するのは難しい問題ね。だけど、今は少し違うわね。少なくとも、クロエのことを守ってくれる相手がいるし、知っておいてもらった方がいいと思ったのよ」

「気分を害するかもしれませんが、聖王国はもともとあまり好きではありません。クロエのことを渡せと言ってきても渡すようなことはしません」

「気分を害するなんて事はないわ。なにせわたくしもそう思っているんだもの。早く任期が明けないかとずっと待っているのだけど、あのジジイが長生きで。困ったわ」


 法王が就任する際に同時に就任するのが聖者だ。一代の法王につき聖者は一人しか選べない。

 その法王が崩御する際に、聖者の人間はその地位を下ろされ新たな法王によって聖者を選ぶことになる。

 母様の言う通りなら法王の好みで。ちなみに、もし聖者が死んだ場合は次の聖者を選ぶことは出来ずに、その時在位している法王はかなり発言力や周辺国家との力関係が弱まる。

 だからこそ奥底にしまい込まれていて、そして、執拗にその身柄も追ってくるのだ。


「その言い方ですと、そろそろ危ない――そう捉えても?」

「いいわよ。はっきり言えば、虫の息。老衰ばかりはわたくしにもどうにもできないわ。病や怪我だったら、魔法に失敗したと見せかけて殺せるのに」


 過激発言を言ってしまうくらい、母様にとって聖王国は悪でしかないのだと感じた。


「もし、任期が明けた場合はどうなるのですか?」

「知っての通り、大体の聖者が結婚するわよ。聖王国の有力者と。わたくしは絶対嫌ね。この国に帰ってきたいわ。まあ、わたくし程長く任期を務めたのも数少ないでしょうし、許されるとは思っているわ。なにせ、わたくし今年で三十六ですしね」


 立派なおばさんよと笑いながらも、そうは見えない。

 年齢不詳なのは、獅子堂のお母様やママと同類だ。


「次代の聖者は苦労するでしょうね。自分で言うのもなんですけど、回復魔法でわたくしを上回る人間、今の聖王国にはいないもの。わたくしがいなくなったら外交面で苦しむことになるでしょうね」


 聖者が施す魔法は別格というのが世界の認識だ。

 そのせいで、聖者自身の力関係というものはあまり考慮されていない。前の聖者が出来るのだからやれと言われても、出来ない事もある。

 ただし、それを知られれば弱みとなるので、必死に隠す。

 それでも、群を抜いて優秀だった母様の上を行くものは今の若者にはいないと母様の論だ。


「面倒くさいのだけど、聖者候補に現聖者は色々教えなければいけないの。それで、全員と顔を合わせるんですけど、まあどの子も酷いものよ。本当に顔だけで選ばれたのかしらって思うくらい」

「……もしや、すでに次代の法王も決まっているのですか?」

「出来レースよ。だからこそ、好みの聖者候補を集められるわけだけど」

「教えて頂くことは出来ますか?」

「もちろんよ。そうでなければ話を出さなかったもの」


 聖者がぽろぽろと自国の事を他国の権力者に話すのはどうかとも思うけど、ここには監視する人もいないので、やりたい放題だ。


「名前は、現枢機卿の一人……コネだけで枢機卿になって、金の力で法王の地位も手に入れた俗物……デットリック枢機卿よ」


 その瞬間、あいつかと閣下が厳しい顔をして、不穏な空気が漂った。






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