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68.南地区の店長の家での話

 母様は無言で店長をジッと何かを探るように見つめて、すぐにその視線を外した。

 何か圧のようなものを感じていたらしい店長が、その瞬間少しほっとしたのが目に入る。

 店長から視線を外した母様が、閣下に愛想よく話しかける。


「ごめんなさいね、とても面倒をかけてしまって」

「いいえ、むしろこちらからお礼を述べなければならない事です」

「そう言っていただけるとありがたいわ」


 そう言えば、母様から色々聞いたと閣下は言っていた。

 一体何を聞いたのか気になる。

 そもそも、閣下はいつの間に母様とコンタクト取るようになっていたのだろうか。

 どちらも自然体なので、初対面という訳ではなさそうだ。


「母様、いつ閣下と知り合ったの?」

「あらまあ、この子ったら。お付き合いしている方を敬称で呼んでいるの?名前で呼んであげたら?」


 うぐっと言葉に詰まる。

 付き合う前からずっと呼んでいると、なかなか難しいのだ。癖になってしまって。


「クロエの成長を期待してゆっくり待つので構いません」

「大人ね~。まあ、この子にはちょうどいいのかしら?なにしろ、お兄様方が揃いも揃っていい男で大人ですからね」


 側にいないのに、よくご存じで。

 確かに、同年代や年下と付き合う自分なんて想像できない。ただし、だからと言って成人した大人と付き合うというのも想像していなかった訳だけど。

 でも、同年代や年下と付き合うよりはしっくりくる感もある。

 向こうがこっちに合わせてくれているので楽していると言われればその通りかもしれないけど、それだけじゃない。

 そもそも、閣下じゃなかったらたぶん付き合っていなかったとは思う。

 子供だと押さえつけるだけじゃなくて、隠さず情報も教えてくれるし、それにわたしを頼ってもくれるので、一方通行ではない。

 こういう大人がどれほどいるのか。そうはいないに違いない。


「この子の成長もまともに見れないのに母親面するのもあれですけど、どうぞよろしくお願いします」


 穏やかに微笑みながら閣下にわたしの事を頼む母様は、やっぱりわたしの母親だった。

 一緒にいられなくても、獅子堂のお母様やママと同じわたしを心配して、そして大事にしてくれている。


「ありがとうございます。クロエの事大事にします」


 なんでか母親と彼氏のこのやりとりを横で聞いていると気まずくなる。

 結婚報告でもないのに、ここまでしっかりとした挨拶をしていると、別れた時がどうなるか考えるのもいやだ。

 そして二人の間で、いい感じの空気が流れた。

 まるで、これが今日一番の本題だったかのように。

 絶対わざと店長の事を排除しているかの会話の流れに、閣下から母様に印象が良くないと言われている店長は諦め顔だ。

 その原因も分かっているだけに、ただひたすら審判を待っていた。


「さあ、そろそろ本題にいきましょうか」


 ひとしきり無視して満足したのか、母様がそう切り出す。

 無言のままの店長を睨むようにして見て、はっきりと言った。


「先に言っておきますが、わたくしはたとえクロエが許してもあなたを生涯許しません。正直言えば、手を貸すのも嫌ですが――…彼がクロエを助けるためには必要な事だと言うから、会う事はすると、それ以上の事は実際に会ってから決めようと思いました」

 

 実の娘を害するような人間の頼みを聞くのも嫌だとはっきりとその態度で示していたけど、会う事だけはすると閣下に言っていたので、こうして面会が叶ったわけだが、閣下も会うまでの算段はつけても、それ以上の事を頼む事は出来なかったようだ。もしかしたら頼んだのかも知れないけど、母様がそこは拒否した可能性もある。

 店長はしっかりと母様を見て答えた。


「許しを請う事は致しません。それをすれば、私がやって来た事全てを否定する事になるでしょうから。自分がしてしまった事は自分自身で責任を取ります。しかし、それでも無神経ながらお願いしたき事がございます」


 おそらく、母様はあらかたの事は聞いている筈だ。

 それでも店長の反応を見たいらしい。何を言ってくるのか、どう願ってくるのか。本心からなのか、偽りが混ざっているのか。そういうことを全てを見透かすように、店長の言葉を待っていた。


「どうか、私の婚約者を救ってください。図々しい事なのは分かっております。実の娘を殺そうとした人間の願いを聞き届ける義理がない事も。こうして会ってくださっているだけ奇跡なのだと……」

 

 母親として、店長を許す事は無いとはっきり宣言されている。

 そして、聖者という地位は重いものだ。

 それこそ国賓クラスの人間でしか会う事は出来ないし、その力を行使するのは一種の外交政策に関わるものだ。

 軽々しく振る舞える力ではない。

 常ならば、その代価にはそれ相応のものが不可欠だ。それを店長も分かっている。


「そのお力を借りるだけの代価が私に払える事は決してないでしょう。それでも、出来る限りの事はします。もし、死ねと言うのなら、彼女の無事を確認した後で必ずそうします。ですから、どうかお願いいたします。力を貸していただけないでしょうか?」


 真剣に店長が言葉を重ねる。

 途中から母様は目を閉じて聞いていた。

店長がソファから立ち上がり、跪き深く頭を垂れる。

しばらくの沈黙の後、母様がポツリと、


「思いは…本物のようね――…」


 と言った。


「犯罪者でも……いえ、犯罪者になってでも大事な者を救いたいという気持ちは嘘偽りないもの…、ただ、やり方を間違えたわね」


 諭すように店長に言う。


「申し訳ありません……」


 時間のない焦りの中、残された時間で効率よく達成するにはそれが必要だったのかも知れないけど、他の方法もあったのではないかとわたしも考えてしまう。

 例えば――…


「クロエに頼れば、こんなことにならなかったでしょうに……」


 残念そうに母様が指摘する。

 わたしもずっとそれを考えていた。

 どうしてわたしを頼ってくれなかったのか。どうして一言相談してくれなかったのかと…。

 相談してくれていれば、店長の過去を知っていれば、わたしだって何かできたはずだと。


「…クロエ君と聖女様の関係を知らなかったもので……」

「そういう意味じゃないわ」


 店長がえっ?と疑問を持って顔を上げた。

 同時にわたしもえっ?と思って母様を見る。


「どういう事でしょう?」


 質問を投げかけてきたのは閣下の方だった。

 それほど母様の言葉が意外だったようだ。


「クロエはわたくし以上の使い手だと、そう言う事ですよ」

「さすがにそれはないと思うけど…」

「そう思っているだけで、もうあなたはわたくしを抜いていると断言できるわ。もともとわたくしは魔力操作は得意じゃないですし、細かい事は苦手…。それに比べてクロエは多才で多芸。細かい事も得意だけど、なによりも回復魔法に特化していると言ってもいいわ」

「むしろ身体強化とか鑑定とかしかほとんど使っていないんだけど…」


 たしかに回復魔法も使えるし、その派生も色々使える。

 でも使う機会はそもそも少ないし、圧倒的に経験不足なのは自覚していた。それに、専ら使うのは今言った通り身体強化や鑑定みたいな日常的に使うようなものばかり。

 そんなわたしが回復の癒し系統を母様より使いこなしているというのは過大評価な気がした。


「そもそも、身体強化というのは自分の身体の事が良く分かっていないと上手く発動しないのよ。あなたは軽々とつかっているけどね。身体の細胞を魔力で包むのが身体強化なのだから、そもそも細かい魔力操作が出来ないと一部しか強化できないものよ。わたくしも聞いた話ですけどね」


 誰から聞いたのかはさておき、うーんと母様に言われたことを考える。


「大雑把に怪我を治すならともかく、繊細な場所で適当に回復魔法をかけたって、逆に細胞を壊して悪影響よ。だからこそ、司祭にも断られたんでしょうけど」


 司祭クラスではそういう細かい調整は難しいそうだ。


「とにかく、あなたの近くに一番の近道があったのにそれに気付かなかったのは、見る目がなかったようね」

「そこまでの力があるとは知りませんでしたもので……」


 半信半疑な店長だけど、わたしも同じなので分かる。

 聖女より腕が上の人間だと言われてもそう簡単には納得できないと思う。わたしもそうだし、わたし以上に店長は回復魔法を使ってるところを見たところがない。

 もしわたしが使う所を見ていたとしたら何か変わったのかも知れないけど、それも結果論だ。


「クロエの事はともかく、状況はクリフォード君の方から聞いています。ただ、わたくしも時が止まった人を見るのは初めての事。過度な期待はしないようにしなさい」


 そう言うとすくっと立ち上がる。


「わたくしもそんなに時間があるわけではありません。おそらく本国では結構な騒ぎになっている筈ですからね。明日にしようと思っていましたが、明日になれば決意が揺らぐかもしれませんので今から見に行きましょう。案内しなさい」


 どうやら、やる気があるうちにやっておきたいようだ。




*** ***




「クロエは休んでいても良かったのよ?まだ起きたばかりでしょう」

「ううん、大丈夫。それにここまできたら気になるよ」


 店長の家は、店から少し離れたところにある。

 つまり、南地区の一角だ。

 なので、本日二度目の南地区。行ったり来たりだけど、馬車は最高級なので揺れは少ないし、中も最適温度に保たれているので居心地はいい。疲れていても、中で多少は休める。

 聞いた話では、店長の故郷ルイージュの皇都邸宅も北地区にあるそうだけど、そちらには暮らしていない。

 どうしてなのか知らなかったけど、今は分かる。

 婚約者の事を考えてだ。

 一般の家より少し大きいくらいで、中に入るとほとんど生活感がなかった。

 最低限の家具だけが置いてある。とりあえず、日常生活に困らない程度に整っているとも言える。

 ただ普通と違うのは、この家が魔力で満ちているという事だ。

 魔石を使った結界が張られている。


「徹底しているのね」


 濃い魔力の気配に感心したように母様が部屋の中を見回した。


「彼女は上に」


 案内された寝室は、更に濃密な魔力が漂っていた。

 一瞬閣下は眉を顰めたのが目に入る。おそらく慣れない他人の魔力を感じた違和感だと思う。

 部屋の中には天蓋付きのベッドが一つ。

 店長がその幕を左右に開く。


「彼女の名は、アリーシア・シグ・バルドレイアス。当時彼女は十九になる頃で…、その頃から時が止まっています」


 ベッドに寝かされている彼女は青白く、生きているとは到底思えない。

 そして、店長が言っていた通り美人だった。

 第一皇子の目に留まってしまったと言っていたけど、すれ違う一瞬でもはっとして振り返るような美女。

 ただし、眠る彼女の胸にはいまだに短剣が突き刺さったまま。

 時を止めた時に細胞の活動が止まり、引き抜こうとしても凍り付いたように短剣も動かなくなったようだ。


「どうでしょうか?」


 不安そうに店長が尋ねると、母様は頷いた。


「心臓を一突き。むしろ、よく間に合ったと感心するわ…。一瞬でも遅れていたら、時を止める間もなく天に召されていた事でしょう…」


 わたしもそう思う。

 それは奇跡としか言いようがない。


「かなり難しいのは間違いないわ……むしろ、歴代聖者の中でも出来る出来ない分かれる様な状態よ」

「母様は?」


 冷静に分析している母様はどうなのだろうと聞くと、にこりと微笑まれた。


「わたくしは歴代聖者の中でも類を見ないほどの使い手よ。傷を癒す事は出来るわ。でも、時を止めた細胞がどれほど耐えられるかは、運次第になりそうよ」


 それでもやるのかしらと店長に問えば、お願いしますと返された。

 母様は息を吐き、まずは時を動かすための準備に入るように店長に指示を出した。






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