67.南の応接室での話
邸宅に戻る時、閣下はわたしに気を使って店長と馬車を分けようとしてくれた。
でもわたしが一緒でもいいと言ったので、その意見を尊重してくれて今馬車の中では三人だ。
わたしの隣に閣下が座り、閣下の目の前に店長が座っている。
馬車の中では誰も話す事がなかった。
わたしから店長に話しかけるのも、何を話したらいいのか分からない。
わたしを殺そうとした人。でもわたしを結局助けた人。わたしを助けたのは、自分にとってそれが必要だったからだけど、少なくとも四年過ごした日々の中で、その全てが嘘だとは思いたくなかった。
「――…今なら…お前の気持ちも少しは分かるつもりだ」
閣下がぽつりと言った。
店長は窓の外を眺めていた視線を閣下に向けるが、どうでもよさそうなに再び窓の外を眺め始めた。
「あの瞬間――…俺は本気でお前を殺そうと思った。もし助けられなかったら、そうしていたかも知れない」
「そうですか」
「ただ、あの時お前を止めたのは間違いじゃなかったと思ってもいる。そうでなければ、お前が助けたがっている彼女も生きてはいないだろうしな」
「……あなただけ、でしたからね。彼女の心配をしたのは――…その後もあなただけが信じていた…、助けられる手立てがあるのなら生きろと言い続けた……」
我を忘れて怒りの限り、第一皇子を殺そうとしていた店長だけど、閣下によって色んな意味で救われたのが分かった。
だけど、どうしても誰かに怒りをぶつけなければ自分を保つことが出来なくて。その対象が閣下だったようだ。
「本当は、こんなことするはずではなかったんですよ。少なくともクロエ君をどうこうしようとは思っていませんでした。しかし、時間のない彼女を目の前にすると、幸せそうな君をめちゃくちゃにしてやりたいと言う欲求が膨れ上がって」
「分かっている…、お前にとって俺が幸せな結婚をするというのは、ある種の裏切りなんだろうという事は。正直言えば全てを解決するまでは誰かと恋愛する気も無かった――…」
「そういう性格なのは分かってますよ。だからこそ、自制心が強いクリフォードを陥落させたクロエ君をつくづく尊敬します」
穏やかな笑顔で本音を隠し、ずっと婚約者が本当に死ぬかもしれない恐怖の中生き続けた店長に、閣下の恋はどう映ったのだろうか。
少なくともわたしには、閣下と付き合いだした時も喜んでくれていたように思えた。
閣下を苦しませたいから、大切な存在が出来たことを喜ぶ――…そんな風には見えなかった。
純粋に、閣下に幸せになってほしいと、そんな感じだった。
幸せになってほしい、不幸になってほしい。どちらもある感情で、結局選んだ結末がああだったのだ。
どちらの感情も嘘ではない。
ただ、時間がない焦りが、悪感情の方に流れて行ってしまっただけだ。
再び、沈黙が馬車を支配して、なんとなく閣下に身体を寄せると、閣下がそっと手を握ってくれる。
どこか不安を感じているわたしを力づけてくれている様だった。
そのままわたしの頭を引き寄せて唇を落とす。
すると、窓の外を眺めていたはずだった店長が呆れたように声を投げかけてきた。
「そう言う事は二人きりの時にしてくれませんか?」
「うるさいぞ、犯罪者」
「少女趣味も似たようなものでしょう」
「……もうすぐ成人になる」
「あと二年も先ですけどね」
先ほどのどこか重い会話と空気が和らいだ。
ギスギスした関係になるのかと思えばそうでもない二人の掛け合いは、もう何度も見たものだ。
昔からの関係を完全に崩すには、お互いの事を知り過ぎていたし、閣下自身も後悔していないと答えつつも、どこかで店長の事に罪悪感も持っている様だった。だからこそ、店長を見捨てる事も放置する事も排除する事も出来なかったのだと思う。
当時まだわたしと同年代でありながら、そういう店長の悪意を受け入れているというのはすごい事だ。
「後、二度と私の店でああいう事をしないでください。本当に殺したくなります」
「別にただのあいさつだろう」
「……あいさつ…、どうやら私と君とは永遠に分かりあえない何かがあるようですね。知っていましたが」
なんだか、だんだん怪しい方向に進みそうになって、わたしは二人の会話を止めるために割り込んだ。
「あの……ところで、せ、聖女様はどうやってこちらに?」
二人の視線がわたしに集まり、閣下は軽く息を吐き答えてくれた。
「魔法でだな……突然現れて驚いたが、おかげで色々聞けて助かった」
軽々しく使っていい部類の魔法ではないのに大丈夫なのか心配になった。主に、突然いなくなった聖女を右往左往して探しているであろう、聖女本国のお付きの聖職者に。
「……なるほど。今代聖女が規格外というのは聞いていましたが、本当にそうらしいですね。魔法でここまで来たのなら、それは転移魔法しかありえません。しかし、ここから聖王国までいったいどれほどの距離があると思っているのか…」
転移魔法とは超便利な魔法でありながら、魔法全盛期の当時ですら使える人は世界を見ても一人か二人程度しか使いこなせない超レア魔法だ。
今では伝説級魔法の一つであり、むしろその魔法自体の存在が半信半疑の代物。
そして当然の事ながら、距離が離れれば離れるほど使用魔力というものは多くなり、身体に負担もかかる。
それを聖王国聖都からここまで跳んで来るとなると、考えもつかないような魔力を使用している筈だった。
店長は素直に驚いている。
「そういえば、お前次第だとは言ったが、聖女殿のお前への心証は最悪だからな」
「……犯罪者なのは自分でも理解してますよ。でもその口ぶり、それだけじゃないようですね。教会の禁書を読んで実際に行動してしまったからですか?それとも悪魔を召喚しようとしたからですか?」
会ったこともないような人に恨まれているのだから、当然その理由も知りたいだろう。
でも閣下は口を閉ざしたままで、話す気はないようだった。
「会ってから決めるとおっしゃっていたのだから、会えば分かる。まあ、覚悟はしておくんだな」
脅しの様な真実を店長に言うと、閣下はわたしの身体を包み込むように腕を回してきた。
その仕草に、店長が冷たい目で閣下を睨んだ。
*** ***
邸宅につくと、すぐに南の応接室に案内された。
この南の応接室は、皇族やそれに準ずる権力者、重要な客、とにかく最も格の高い部屋の一つだ。聖女は国賓級の名の通り、最上級のもてなしをされているようだ。
「入ります」
ドアをノックし部屋の中へ話しかけるのも閣下の仕事だ。
これほど格が高くなると、相手に話しかけるのも執事長のウィズリーさんでも失礼に当たる。
ウィズリーさんはドアの横に立って、礼儀正しく頭を下げていた。
「お入りください」
中からドアを開けたのイリアさんだ。
この邸宅の中では最上級侍女の一人なので、聖女のお世話係としては納得の人選だった。
ちらりと店長を見れば流石に少しは緊張しているようだ。
閣下にエスコートされて、わたしと閣下が中に入り、次いで店長が中に入る。閣下の斜め後ろに控えて膝をつく。
わたしと閣下も礼節に則り、膝をつき頭を垂れ挨拶を交わす。
「お待たせいたしました。遅くなり申し訳ありません。後ろにいるのがヴァルファーレ・ゼノン・ルイージュでございます」
「ヴァルファーレ・ゼノン・ルイージュです。お会いできて光栄でございます」
「公的場所でもないのだから、そのようなあらたまった挨拶は必要ないわ。顔を上げなさい」
その声に、わたしは少し閣下の手を握りこんだ。
閣下もその変化に気付いたのか、少し強めに握り返してくれた。
三人が顔を上げ立ち上がる。
その瞬間の店長の顔はわたしには見る事が出来なかったけど、たぶん驚愕していたと思う。
かすかに驚きのような声が漏れ聞こえ、わたしの方に視線が向けられたのを感じたから。
聖女は優雅に座りながら、それこそ聖女らしい神々しい優しさの笑みでわたしを見ていた。その中にある母性も感じ、何も言えなかった。
あまりにも久しぶりで、身構えもしていなかった相手だ。
突然目の前に現れたって、何を話していいのか思いつかない。
「久しぶりね、クロエ――…。大きくなったわ……」
「……四年ぶりぐらいだし」
「そうね、それくらいだったかしら?もっと顔を見せてほしいのだけど…ダメかしら?」
困ったような笑みに、向こうも戸惑っているのが分かる。
「ダメじゃないよ…母様」
――…そう、聖王国の聖者――聖女はわたしと血の繋がった、お腹を痛めて生んでくれた母親で。
産んですぐに離れ離れになり、数年に一度会えればいい方。
一緒にいる時間が少なすぎて、会えて側にいるとうれしいのに、照れくささもあって、どんな風に笑っていいのか分からなくなる。甘えたいけど、簡単に甘えるにはあまりにも地位が高くて公的な人。
「こっちに来て。隣に座ってくれると嬉しいわ」
側に寄ると、良く分かる。
家族中から言われているその事実。
髪や目の色は別だけど、わたしが母親似なのだと。
不思議な事に聖女の絵画を見てもそんなに似ていると思えないけど、こうして隣に並ぶと誰もが一目で分かるくらいだ。
店長もわたし一人だけでは分からなかったようだけど、母様を実物で見てすぐに分かった。
別に絵が似ていないとかそういう訳ではない。そういう訳ではないからこそ、実物は違うのだと実感させられた。
母様がそっとわたしの頬に触れてじっくりと見てきた。身体の中に何か流れ込んできて、それが母様の魔力だと気づく。
実母のせいか、それとも聖女として魔力の扱いに長けているのか分からないけど、暖かくて反発は全くなかった。
「とりあえず、どこも問題はなさそうね」
三日も眠っていたので不調はないか身体の中を診察してくれたようだ。
「しばらくは魔力を使うのはおやめなさい。強化魔法もよ。意識が回復するくらいには魔力が回復していますけど、まだまだ回復量は足りないのだから」
「うん、分かってる」
昔、初めて会った時にどう話していいのか分からなくて敬語で話していたことがあった。
ただ、獅子堂のお母様がそれを聞いていて、普段通りに話してあげなさいと言われ、言葉を改めた。
緊張してぎこちない感じだけど、仕方がない。
「二人も座りなさい」
公的な会見ではなくても、遠慮というものはある。
母様の身分を考えると許可もなく勝手に座る事は出来ない。
「失礼いたします」
「失礼いたします」
二人がそれぞれソファに座ると、イリアさんが全員に飲み物を淹れてくれた。
母様は、店長がソファに座った瞬間から、じっと店長を見ていて、閣下の言った通り心証はあまり良くないようだった。
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