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66.薄暗い店の中での話3




――婚約者……店長に婚約者がいたなんて初めて聞いた……


 それが素直なわたしの感想だ。

 店長と知り合って四年ほどになるけど、その間女性の影というものを見たことがない。

 しかもなんとなく娼館とかで女性を買っているイメージも無かった。


「時が止まっている…というのは?」

「言葉通りです。現代では治せない怪我。それを治したくて、彼女に生きていて欲しくて、私の全ての魔力を使って彼女の時間を止めました。でも、それも限界なんですよ」


 時を止めるとは、人の身体の中にある魔力を操作して、全ての活動を止めるという事だ。仮死状態とは違う。心臓や脳の動きを止めるだけでなく、細胞の全ての活動を止めているのだ。

 ただし、これは補助系魔法の領域。魔力に干渉することは出来ても、活動を止めるように働きかけるのは店長にはかなり難しかったはずだ。


――だからか…


 店長は限界だと言っていた。

 おそらく、これ以上自分の魔力を干渉させ続けるのは婚約者の細胞そのものを壊すのだろう。

 しかし、その活動を動かせば死に至り、だけどこのままでは結局細胞が壊死し死に絶える。

 今年に入って急に店長が動き出したのはそう言う事だったのだ。


「私の婚約者はそれはとても綺麗な女性で、年は二つ上だったんです。家同士の政略的なものでしたが、お互い何と言いますか…気が合ったんですよ」


 懐かしむように店長が話す。

 目を閉じて店長の話を聞いている閣下は知っているのだ。店長の婚約者の事を。


「クリフォードのような一目惚れではありませんが、穏やかな愛はありました。結婚してもきっと幸せになれるだろうなとか、青臭い事も考えていましたよ」


 情熱的な愛ではないけど、きっと幸せだったんだと思う。


「しかし、そんな幸せをぶち壊すような人間がいたんです」


 言葉を荒げないからこそ、伝わってくる静かな怒り。内に秘めた怒りだ。


「彼女は同じロザリアで学ぶ学生で、卒業の後は私との結婚前に皇宮で侍女と言う名の行儀見習いに行く事が決まってました。彼女は頭もよかったので上の学校に行くのかと思ったのですが、そうすると婚期が遅れそうだからと。その事は良いんです。強制されたわけでもなく、彼女本人が決めた事ですから」


 カウンターの上に置かれている店長の手が震えていた。

 もうすでにわたしもなんとなく気付いていた。

 その皇宮で何かがあったのだと。


「当時から、第一皇子と第二皇子は仲が悪かったんです。必然的に第三皇子であるカーティス殿下とも。ですから、カーティス殿下と親しい私の婚約者が第一皇子と鉢合わせないような配置にしてもらえる筈だったんです。いえ、実際第二皇子宮に配属なので、外に出ない限りは間違いなく鉢合わせしない筈…でした」


 店長の手が拳を作り、硬く握り絞めている。


「本当に、運が悪かったとしか言いようがなかった……。一度も来たことのない第二皇子宮に酔った状態で現れて、言いがかりをつけに来たんです。その時、目に…留まってしまったんです。私の婚約者が……」


 店長は彼女の事を美人だと言っていた。

 そして、わたしが会った第一皇子の印象は女性に対して最悪なのも知っている。楽しめるか楽しめないか…、そんな目でわたしを見ていたのだから。


「無理やり第一皇子宮に連れられて行ってしまい、すぐに私にも連絡が入りました。しかし、微妙な情勢の中、侍女が皇族に無礼を働いた罰を与えると言われてしまえば、第二皇子もカーティス殿下もやすやすと踏み込めない状況で。でも私は我慢できませんでした。それで罰せられても彼女が助けられれば構わない。そう思って一人で皇子宮に……」


 忍び込んだのか、正面から突入したのかそれは分からない。

 確かに言えるのは、そうまでしたのに残酷な現実が店長を襲ったのだ。


「第一皇子の部屋の扉を破壊して、その瞬間でした。彼女が手に持っていた短剣で自分の心臓を突き刺したんです。目が合って、崩れる彼女を抱きとめました。深々と刺さったそれは心臓にまで達していて……それからは必死でした。私でも自分でやったことなのに未だにどうやって彼女の時を止めたのか理解できません」


 店長にとっては自分とは違う系統の魔法でもある。

 無理したに違いない。

 身体に相当な負荷がかかったはずなのに、それを成功させるのは奇跡に近いと思う。


「殺してやろうと思いました。実際、殺しかけたんですが、そこに運悪く間に合ったクリフォードに力ずくで止められました」


 実際、本気の店長を止めるとなると、殺し合いになりそうだけど、色々と疲弊してた店長はあっさりと閣下に止められたそうだ。

 つまりそれ以降の店長の閣下への悪感情は逆恨みだ。

 それを閣下も知っていて、それでも見限ることなく今もまだ関係が続いているところ見ると、店長も本当は分かっているのだ。

 閣下は悪くないと。


「短剣を抜けば、その瞬間死にいたります。助けるには、短剣を抜いて行く側から癒しの魔法をかけ、傷を塞ぐかもしくは治療薬(エリクサー)を飲ませるしかありません。しかし、傷が心臓部だとかなり繊細な魔力操作を必要となるそうで、教会の司祭クラスでは無理だそうです。それこそ本国の聖女でもなければと断られました」


 本国の聖女とは教会の総本山聖王国リンデンシャガルの象徴。

 実際は聖者という地位で、最も癒しの魔法に長けている人がその地位に就く。

 現在は女性がその地位に就いている事から、通称で聖女と呼ばれている。ちなみに男性の場合は聖人だ。

 この聖者は、国でかなりの重要人物。

 国賓クラスの人物で、皇族ならともかく、一介の貴族ではまず間違いなく会えることはない。

 そして、迷宮にのめり込んでいったのが今の店長という事だ。


「カーティス殿下もクリフォードも彼女の事は諦めているようですが、私は諦めきれません。未来に向かう事など、出来ないんですよ。だって彼女はまだ生きているのですから」


 生きている。

 死んでいるのならまだ未来に向かえと言えるけど、生きているのなら何も言えない。

 でも閣下もカーティス殿下もたぶん、本当は未来に向かってほしかったはずだ。一時しのぎで生かすのではなく、きちんと埋葬して…。

 少なくともこんな事をしてほしくなかったはずだ。


「他に聞きたいことは?」

「誘拐事件に関わった少女の選別は誰が行ったんだ?」


 閣下は全てを店長から聞き取りするらしい。

 調べれば分かる事でも、聞いた方が早いのは分かる。


「魔法士家系で、今は没落してお金に困っている家庭を中心に私が紹介しました。それなりに魔力は高い家庭ばかりなので、贄にするにはいいかと思って。しかし、酷い親の多い事。お金のために自分の娘を売る親が続出ですよ」


 攫ったわけではなく、お金による売買だと店長が言った。

 攫うのも違法だけど、人を物のように売買するのも完全に違法だ。

 売った方も買ったほうも罰せられる。


「何人か帰した理由は?」

「分かっているでしょうに……、処女じゃないからですよ。贄となるのは処女の少女です。それ以外は必要ありません」


 そこで閣下が店長を睨んだ。

 店長はその睨みに対してうっとおしそうに、手をひらひらと振る。


「言っておきますが、触診したわけではありませんよ。魔力を扱う者として言いますが、処女かそうでないかは魔力の性質が変わるので分かるんです。そう言う意味では、クロエ君はまだだと分かっていますよ。良かったですね?」


 その言葉にわたしが赤くなった。確かにわたしはまだだし、それは閣下も分かっていると思うけど、はっきりと証明しないでほしい。

 閣下もどこか気まずげだ。

 分かっていても面と向かって言われるとまた違う様だった。


「話を戻すが――…、ラズリードとはどうやって繋がった?」

「ああ、あの使えない政治家ですか…。あれは私ではなく、他の共犯者が引き入れたんですよ。虚栄心の塊で、簡単に思考が支配できたようですね。権力者がいると、色々情報が入って来るのはありがたかったですが……うまく支配しきれていなかったようで、バルシュミーデへの復讐という気持ちが強くなっていったようです」

「夜にあれの娘を帰したのは?」

「それこそ私のせいではありませんよ。そもそも、どういう事だったのか私もよく分かりません。仔細報告されているわけではありませんので。まあ、想像はつきます」


 肩を竦めて、自分の関わりを否定する。


「操っていた魔法士たちも制御しきれなくなった感情を少し満たしてやればいいかと思ったのでは?その結果バルシュミーデの馬車をあの場に誘導し、娘を助け出させる。一緒にいるところさえ押さえられれば、あの界隈はあまり良くない噂で持ちきりですから、クリフォードを攻撃できるチャンスでした」


 ただし、その目論見は外れた。

 何せその馬車に乗っていたのはわたしだったから。


「私が知ったのは翌日の新聞です。計画に支障がなければ別にいいかと放って置いたのですが、地下通路の件がありクリフォードに攻撃をしかけるように言いました。手段は何でもいいと。その結果があれです」

「なんで閣下に攻撃を?」

「どんな万能な天才児でも身体は一つです。多くの事を完璧に遂行することなんて無理なんですよ。隙や時間が出来ればいいとは思っていましたが、結果簡単にクロエ君を攫うことが出来ました」


 はじめからターゲットにされていたのはわたしの方で、閣下はただのカモフラージュだったと聞かされ、閣下が苦虫を噛み潰したかのような顔になった。


「他にないようなら終わりにしましょう……クリフォード、ここまで話したのですから、約束は守ってもらいますよ?」

「――守りたくなくなったが…、約束は約束だ」

「約束を反故しないそういう性格は、いつまでも変わりませんね。先ほども言いましたが、時間がありません。正確に言うなら、年を越せない可能性があります。その前にお願いします」


 二人の会話にわたしは首を傾げた。

 約束とかなんとか…。

 店長は司法取引だと言っていたので、会話の流れから逮捕しないというのが取引内容だと思っていたけど、どうやらそれだけじゃないようだ。


「もうすでにこちらにいらっしゃってる。今はロードリアに滞在中だ」

「なんですって?」

「とりあえず、明日でいいか?むしろ明日しか無理なんだが」


 二人の間で会話が成立していて、わたしは全く理解できていない。

 店長も信じられない事を聞いたようで驚きつつも、むしろ胡散臭げに閣下を見ていた。


「もしそれが本当なら、ご挨拶したいのですが?」

「好都合だな。向こうも会いたがっていた」

「あの…どういうことですか?」


 閣下の袖を引っ張って、いい加減わたしにも説明してほしいと訴えると、すまないと一回謝られた。


「ヴァルファーレが単なる司法取引で動かないことは分かっていたので、動かざるを得ない取引を持ち掛けた……一言で言えば、聖女殿に彼女の事を頼むと」

「えっ…えぇぇ?」

「色々とあってな」

「ぜひ、その色々を教えてほしいのですが?」


 どういう伝手なのか聞きたがる店長に、まさかという思いがわたしの中に芽生えてきた。


「あとで分かる。先に言っておくが、聖女殿に交渉はしたが、どうなるかはお前次第だヴァルファーレ。聖女殿はお前を見て決めると言っていた」

「私が犯罪者……だからですか?」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。とにかく、会えば分かる」


 それだけ言うと、閣下はわたしの手を取って立たせる。

 わたしは混乱しながらも閣下に手を引かれて歩き出した。




ちなみに、クロエは店長に殺されかけたことをどう思っているのかと言うと、正直なところ良く分からないって感じです。

店長の事も訳なくこんなことする人じゃないとよく知っているし、結局最後は助けに来てくれたので。

ただ、多少怒ってはいます。たぶん……


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