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7.執務室での話

 模擬戦が終わって、わたしは汗をかいていた。

 いくら室内が冷えていると言っても、動けば暑い。


「訓練室の隣に浴室があるから使え」

「それは有難いんですけど、着替えがなくて…」

「イリアに準備させている。風呂に入っている間に持ってくるだろう」


 さっきまで着ていた私服も汗で汚れているので、新しい服は有難かった。

 防具服の試着の時にサイズは大体イリアさんに把握されているので、服のサイズは心配しなくて良いだろう。

 イリアさんはセンスも良さそうなので、むしろわたしよりもわたしに似合う服を選んでくれそうだ。


「閣下は?」

「執務室の隣に簡易ベッドと浴室が付いているから、問題ない」


 汗をかいていなさそうだけど、汗ばんではいるらしい。


「良い運動にはなった。クロエももう少し身体を動かしておいた方が良さそうだな」


 やはりバレていた。最近きちんと身体を動かしていないから、ちょっとぎこちなかった事に。


「話を通しておくので、ここでやっても構わない」

「まあ、考えておきます」

「それは断っているのと同じだ。せっかくの魔法も身体が出来ていないと効果も半減するんじゃないのか?」


 閣下は本当に鋭い。

 身体強化はもとの筋肉量と魔力が比例的に威力を発揮する。

 そのため、魔力が多くても筋力量が少ないと、押し負ける事もある。さっきの閣下との時の様に。


「ところで閣下的にわたしの実力はどうでしたか?」


 うやむやになりそうだけど、これが一番聞きたいところだ。そのために模擬戦をしたのだから。


「その話は後にしよう、汗を流してくるといい」


 今すぐ聞きたいのに、閣下はさっさと訓練室を出て行く。

 それと入れ違いで、イリアさんが入って来た。


「クロエ様、浴室にご案内いたします。現在使われておりませんので、ゆっくりお入りください。お手伝いは必要ですか?」

「大丈夫です!」


 わたしが慣れていない事を知っているイリアさんは、お風呂の世話をすることなく浴室まで案内してタオルを渡してきた。


「こちらにお飲み物も置いておきますので、お飲みになってからお入りください」


 イリアさんが準備してくれた飲み物はよく冷えていて、火照った身体を冷やしてくれた。

 浴室の前には着替えの出来る更衣室の様な前室があって、そこで服を脱ぐ。

 お湯の張られた広々とした浴槽、お湯の出る蛇口。

 これでもかってくらい、ふんだんに魔道具が使われていた。


――バルシュミーデを甘く見ていたかも…


 従業員のために揃えた設備だとしても、ちょっとやり過ぎな気がする。

 ただ、これだけ従業員のためにお金をかけている企業はそうはない。現在、一番人気の就職先の理由も分かる。

 おそらくどれも最新の設置型魔道具だ。

 もしかしたら、従業員で魔道具の性能を試しているのかも知れない。


――売り出す前に性能確認は必要だもんね、そう考えると良い手な気がする。


 一般人に商品試してもらうよりよっぽど安上がりだ。

とりあえず、バルシュミーデの最新設備を堪能しておこう。

 次いつあるか分からないし。


「おお、これ温度調節機能があるんだ!すごい!」


 主流は、お湯と水を混ぜて自分好みの温度にする方法だ。

 しかし、これは完全に温度管理できているようで、設定すると設定温度のお湯が出てくる。


「これ、魔力効率は悪そうだけど…」


 便利ではあるけど、消費魔力はかなりのものに感じた。

 そもそもバルシュミーデがここまで大々的に魔道具研究や開発に資金を注ぎ込めたのも、量産型魔道具の心臓部、魔力を供給するべき核となる魔鉱石の鉱山を多く持っているからだ。

 ほぼ自前で魔力を補充できるバルシュミーデだからこそ可能な技術。一般受けしなさそうだけど、それでも開発してこうして導入しているという事は、何か画期的な方法を生み出した可能性がある。


――魔力を自由に補充できる…、そんなシステムが出来たら、世界が一気に変わっていくな


 技術とは時と共に研究され蓄積し、次代には大きな理論となって展開するなんてこともある。

人は便利で自分が楽できる技術においては率先して研究していくものだ。


――近い将来、色んなことが変わっていきそう


 そう思わせる技術だ。

 初めは、ちょっと遠慮気味だったけど、次第にその新技術にワクワクしだして、結局なんだかんだで楽しんでしまった。


「すみません、楽しんじゃいました…」


 お風呂から上がると、イリアさんが冷たい飲み物と着替えを持って待っていた。

 イリアさんは文句ひとつ言わずにわたしに飲み物を渡す。

 わたしは身体にタオルを巻いた状態で、イリアさんから飲み物を受け取った。

 ちょっとどころか、かなり気まずい。


「いいえ、わたくしも今戻ったところですので。むしろお待たせしていないか心配でした」


 絶対嘘だと思いながら、渡された飲み物を飲み干す。


「こちらお着替えになります」


 渡された服は下着付き。

 なんだか恥ずかしくなった。


「サイズが合うとよろしいんですが…、一応そのサイズ付近のものは他にも準備しておりますので、合わなかったらおっしゃってください」


 イリアさんが言うサイズとは下着の話だ。

 着替えるから、イリアさんが外に出るのかと思えば、サイズの確認をしたいのか外に出る気配がない。


――うぅ、見られてると着替えづらい


 覚悟を決め、タオルを外し、まずは下着を身につける。

 なんというか、ちょうどいいサイズ感が怖い。確かに、さっきも防具服の試着のために脱いだけど、その時は肌着も着ていた。

 まさか出来る侍女は、見ただけで女性のサイズが分かるものなのだろうか…。


――大領主貴族様にお仕えする人は規格外なんですね…


「サイズが合って良かったです。お洋服の方も、よろしいですか?」

「はい、涼しくて着心地良いです」


 バルシュミーデでは普通の服は売っていないはずなので、どこかで買ってきたようだけど、どこで買ったのか気になった。

 とにかく軽くて、服を着ているのに涼しいとさえ感じる。

 着心地も抜群で、高いのかも知れないけど一着くらいは欲しいと思ってしまった。

 というかこれ貰えないかな、なんて考えてしまった。


「この生地なんですか?すごく気に入りました」


 気に入ったことをイリアさんに伝えると、イリアさんは微笑んだまま、さらりと告げた。


「最高品質のシルフ布を使用しておりますので、暑い時期にはぴったりです。お気に召されてよかったです」

「シルフ布!?」


 何か口に入れていたら吹いたかも知れない。

 驚きすぎて声を張り上げ固まってしまった。

 

「お支払いは全部旦那様持ちなので、お気になさらないでください」


 そういう問題ではない。

 シルフ布とは北部に生息する小さな魔獣の巣が原産だ。卵生で生まれるのだけど、その卵はゼロ度以下の温度にしないと孵る事がない特殊な魔獣で、親となる魔獣は卵を産むための環境づくりをするのだが、そのときに冷たい風が常に卵に当たるように巣に魔法をかける。

 その巣は卵が孵っても冷たいままで、昔の人はこの巣を有効活用していた。

 その一つが、この巣を使って布を作る事。

 常に涼しい感じのひんやりした生地で、それがまるで妖精シルフが好みそうだという事からシルフ布と名付けられた。

 生産がかなり少ない布なので、それこそお金のある人しか買えない高級品。

 

――しかも、イリアさんは最高品質って言ったよね…


 怖い、金額が怖すぎて聞けない。

 閣下持ちだと言っても、これはやり過ぎではないのかと心配になる。


「もともと原産は当領地のバルシュミーデですので、普通よりはお安いんですよ?」

「そうかも知れませんけど…」

「それに、旦那様は女性の服一枚で破産するような稼ぎはしておりませんので」


――そういう問題でもないんだけど…


「それにお返しいただいても、着る方がいないので処分するしかありません」

「着ます、わたし着こなして見せます!」

「そう言っていただけると、当方も作ったかいがあるというものです」


 にこりと微笑まれ、その圧にわたしは悟った。


――イリアさんには勝てそうもない…


 と。


「ところで、閣下をだいぶお待たせしてるんですけど、怒ってないですか?」

「旦那様は現在お仕事に精を出されているので大丈夫ですよ。むしろ、もっとお待たせしても大丈夫です」


 そういえば、仕事が押しているとか言ってたなと思い出す。

 それなのにわたしに関わっていて大丈夫か心配になる。


「本気になればすぐに終わるでしょうから、大丈夫です」


 顔に出ていたのか、イリアさんがそう言った。

 確かに閣下は処理能力高そうだし、そんなものかと思う。


「それでは参りましょう」


 閣下の執務室に戻る間でイリアさんと色々話をした。

 その話の中で、イリアさんがすでに結婚して子供もいるという事に驚いた。旦那様もバルシュミーデの皇都邸宅で働く人らしく、夫婦で同じ主に仕えているそうだ。


「今度機会がありましたら紹介いたしますね」


 そう言っていたけど、正直そんな機会訪れなさそうだ。

 閣下の執務室に戻ると、閣下は広い執務机で書類を読んでいた。

 なんとも絵になる光景だ。

 さっきの剣を振りかざしている姿も、女性が見たらきゃーきゃー言うんだろう。戦っている方は必死だけど。


「ずいぶん遅かったな」

「最新設備を色々試してました。とても興味深かったです」

「ほお?」


 興味深そうに閣下が書類から顔を上げた。


「何が興味深かった?」

「一番興味深かったのは、どうやって魔力を供給しているのかという事です。いわゆる設置型魔道具ではそこが一番の課題になります。大掛かりなものほど、必要魔力が膨大になります」

「流石目の付け所が違うな。まあ、その通りだ。魔道具の心臓部たるエネルギー供給には現在魔鉱石が主流なのは誰もが知っているが、大掛かりな魔道具はそれだけではすぐに動かなくなる」


 魔道具は魔力で動いている。

 これは誰もが知るところだけど、結局その魔力はどこから供給するかと言うと、魔力で満たされた魔鉱石という鉱石だ。

 この鉱石に特殊な細工を施して、魔力供給と動作指示の両方を行わせている。

 当然、使えば使うだけ魔力消費は早いので、魔鉱石の交換が必要となるけど、魔鉱石も無限に湧き出るわけではない。

 

「それで、もしかしたらバルシュミーデでは魔力を生み出す装置、そんなものが開発されたのではないかと思いました」


 むしろそれしか思い浮かばなかった。

 これだけ大掛かりな装置を動かす源、ほぼ無限とも言える供給がなければ動かすことさえ不可能だ。

 閣下は真剣な目でわたしを見て、呟いた。


「分かる者が見れば分かる…そう言う事か。優秀な人間は違うな」


 椅子から立ち上がり、閣下はわたしの座るソファの対面に座った。


「先に言っておくが、今はまだ企業秘密の段階だ。他言無用で頼む」

「分かっています、こう見えてわたしは口が堅いんです」

「……まあ、信用しよう」


 ぶっちゃけ、初対面の人間が言ったところで信用度はゼロだけど、閣下は信じてくれるらしい。


「理論としては、わたしもいくつか考えたことがあるので、その技術が公開される日が楽しみです」


 わたし自身は迷宮産魔道具の方が好きだけど、実際に日常的に使うのは量産型魔道具だ。もっと便利になるのなら、うれしい発明だ。


「そっちの考えた理論というのも気になるな、レポートは?」

「特別書き残してはいませんよ。考えたところで、実践できないんですから」


 研究とはお金のかかる分野だ。ただの一般市民には研究資金なんてない。

 自分でまかなうには、魔道具の研究はお金がかかり過ぎる。


「金は払うから、書いてみてくれ。有用性がありそうなら追加で支払う。ああ、契約書も交わそう」

「あの、閣下…ちょっと話それてますよ」

「ん?」


 そもそもだ、ここに来たのは色々あったけど、店長の店の管理についてだ。

 それが、なぜか模擬戦することになり、お風呂に入る事になり、今に至る。

 だけど忘れてはいけない、本来の目的というものを。


「ああ、そういえば。君と話をしてると、どうも逸れてしまうな」


――仕事中毒者は仕事の話に入ると全て忘れてしまうようです。

 

 


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