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58.ざわつく皇都邸宅での話2

 新聞のトップ記事にはこうあった。


『バルシュミーデの総領息子、未成年女性を拉致監禁』


 陳腐な書き出しだけど、話題となっているのがバルシュミーデの跡取り独身息子、しかも皇都では知らぬ者がいないとまで言われる有名人。

 バルシュミーデの名が一面を飾っているだけで人々は興味を惹かれるだろう。

 しかも、記事の内容が先日あきらかになった、未成年少女の誘拐事件に関わる事ならなおさらだ。


「これのおかげで、現在ロードリアの周囲は記者が張り付いている状態だ」

「邸宅が朝からざわついた感じだったのはそう言う事だったんですね」


 すでにこの件の首謀者が誰かは分かっている。

 おそらくどころか確定路線でラズリード議員だ。

 新聞の記事には匿名の情報者とあったが、間違いない。


「三流ゴシップ紙なら面白い読み物(・・・・・・)程度だが、皇都で一番の発行部数を誇る皇都新聞が発表した内容は、かなり公的にみられる。不確実な内容は掲載しない事でも有名だからな」

「その皇都新聞がなぜこんなものを?」

「一つ、この匿名の情報者というのが政治家であるという事、一つ、軍務局が意図して隠していた事件と関りがありそうな事、最後に、実際に未成年者に手を出しているという事実があるという事だな」


 最後にわたしをにやりと見て言う。


――手を出してって……


 事実は言葉にするよりもっと単純だけど、傍から見ればそうなるようだ。


「俺が軍務局に所属しているせいで、こんなごり押しも出来たんだろうな。身内をかばっているとも取れる」

「正式に捜査したわけでも、証拠があるわけでもないのに……」

「一面だけしか読んでないとそうなるが、こっちも読めば良く分かる」


 皇都新聞の一面から一枚ページをめくり、渡された。

 そこには驚くべきことが書かれていて目を疑う。


「記憶のなかった少女全員が、閣下に監禁されていたって証言した!?」


 今までどこでどうしていたか記憶の無かった少女全員が揃って声明をあげたとなると一気に流れが変わってくる。


「面白いだろう?」

「面白いどころの話ではないですよ!」


 絶対裏があるのは間違いない。その裏の一番トップにいるのがラズリード議員なのは閣下も分かってるはずだ。


「もしかして…わたしのせいですか?わたしが閣下との関係を言ったから…」

「関係ないな。言っても言わなくても、こうなったような気がする。入念な準備が必要だろうからな」

「その目的って?ちゃんと調べれば閣下じゃないのは分かる事なのに……」

「実は、俺もこの事件に関しては詳しい事を知らないんだ。まあ、腰掛け軍人みたいな俺に横やりを入れられたくないというのは分からなくもないが」


 ふーとため息を吐き、閣下は机に肘をつく。


「今、この邸宅周囲には記者が大勢押し寄せてきている。幸いにも俺が脅したおかげかクロエの事は表に出てはいないが、この邸宅の出入りはかなり危険だ…。しばらく邸宅から出入りする使用人には私設警備隊の者を付ける事になるが、できれば邸宅外にも出したくはない」


 学院があるのでそれは無理だ。

 一日二日で落ち着くのなら引き籠っても大丈夫だけど、終わりが見えないのでいつまでも学院を休むわけにもいかない。

 それに、バルシュミーデには学院に通いながら務めている人もいれば、通いの者もいる。


「しばらくは登下校はサラと行動を共にしてほしい。通っている学院は違うが、登下校時間は同じくらいだろう?」

「わたしは良いですけど、サラ以外の人は大丈夫なんですか?」

「高等学院に通っている住み込みの人間はサラだけだ。それ以外はみな成人しているので、どうにでもなる。ただ、未成年のサラが私設警備隊の者と一緒とはいえ邸宅を出入りするのは危険かもしれない。強引な記者というのはどこにでもいるからな。その点で言えば、クロエは武術に優れているから、少し安心と言うのがある」


 つまり、サラの護衛をお願いしたいとそういう事のようだ。


「閣下は大丈夫なんですか?」

「カーティス殿下から連絡が入って、どうも流れが良くないらしい。力のある貴族は得てして恨まれる物だからある程度はしょうがないが…もしかしたら、この邸宅中を捜索される可能性もあるな」


 証拠がなければそこまではいかないが、軍務局きっての顔である閣下の名前が少女達から出てきたことで、世論からは更に厳しく追及されるようだ。

 庇っていなくても、軍務局が意図して隠していたそこに何かしろの忖度があったと言われてもしょうがない。


「とりあえず、こちらは静観するしかないな。下手に騒いだところで揚げ足を取られるだけだ。バルシュミーデ領でも静観の構えだ」


 どうやら、バルシュミーデ一族の現ご当主様は全部閣下におまかせのようだ。

 もともと政治的案件は現在ほぼ閣下が担っているので、この件もご当主たる女侯爵様は関与しないらしい。


「まあ、未成年に手を出しているというのは少し声明を出しても良いかも知れないな」

「それは?」

「宣言しておけば問題ないという事だ。隠しているのはやましい事があるからだとラズリードも言っていたからな」

「それは……」

 

 付き合っている相手が未成年である事を認める声明を出すという事だ。

 閣下は席を立ち、わたしの側にやってきて片膝をついてわたしの両手を掬い上げるように持ち上げた。


「それで少し収まればいいが、クロエはかまわないか?流石に名前は出さないが、もしかしたら漏れる可能性もある…」


 わたしが閣下と付き合っていると知られるとわたしの日常生活において支障がでる事を閣下は気にしていた。

 でも、いつかはバレる事だ。それが早いか遅いかの違いだけで。

 少しでもそういう弊害を気にしたくなかったのはわたしのわがままだ。

 だけど、こうなってはバルシュミーデの人に申し訳がないし、わたしが嫌だった。


「大丈夫です。あの人に言った時点である程度の覚悟はあります。むしろ閣下が悪く言われないか心配ですけど」

「悪意ある事を言われるのは慣れているから問題ない。クロエの生活も守るから心配しなくていい」


 そう言うと、まるで騎士の誓いをするかのようにわたしの手の甲にキスをした。

 閣下がそういう事をすると、キマり過ぎるので、心臓がどきどきする。

 

「あ、あの!今日、店長の店に行く予定なんですけど……」

「こっちからヴァルファーレの方に事情は話しておくから落ち着くまでは行かないでほしいが…、生活を守ると言いながらいきなりこれでは信用度は下がるな」


 苦笑しながら立ち上がると、閣下は席に座りなおす。


「朝食にしよう。朝から食事がおいしくなくなるような話題で悪いな」


 閣下の合図で、朝食が準備される。

 給仕がそれぞれの席に朝食を準備していく。


「いえ、しかたないと思います……あの、あとでママに連絡しておいた方がいいですか?」


 邸宅がこんなことになっていると知ったら心配するはずだ。

 今は寝ている時間だから、まだこの騒ぎを知らない可能性がある。


「ああ、マダム・ルイーゼか……実はマダム・ルイーゼから聞いたんだ。皇都新聞の件は」

「ママから?」

「クロエを預かると言っておきながらこれだから、心配もするだろうな。クロエをマダムのところにやろうとも思ったが、むしろ記者がいた方が人の目があるから、誘拐事件に関していえば安全だろうと言われた」

「ママ、他に何か言ってました?」

「クロエが必要なら護衛をつけるとは言ってたな…クロエの意思に任せると言っていたがどうする?」


 ママが言う護衛が誰なのかは知っているので、出来れば遠慮したいところだ。


「いえ、別に大丈夫です。ママにはわたしから連絡しておきます」

「そうか……もしかしてその護衛はルウイか?」

「違いますよ。たまたま琉唯は今皇都にいますけど普段は東国にいるんですから。他の人です」

「クロエとは知り合いか?」


 それに言葉が詰まる。

 興味本位とかそう言う事ではなく、純粋な質問だ。

あまり言いたくないけど、言っておいた方がいい。たぶん、ママもそれを見越して言ってきたと思う。


「別に言いたくないならいいが…」

「そういう訳ではないんですけど……」


 言いたくない訳ではない。言いづらいだけで。

 だけど、わたしは覚悟を決めて閣下に話す。


「単刀直入に言えば、兄の部下だと思います。わたしの三番目の兄で、琉唯とは同母の兄なんですけど、ママに便利に使われてるというか、用心棒?みたいな事していて、界隈の警備隊長みたいな事してるみたいですね。他にも色々仕事を手伝っているみたいですけど」


 それを言うと閣下はこめかみを押さえて深くため息を吐いた。


「……あまり詳しく聞いていなかったが、クロエの兄君について少し聞いておいた方がよかったな」

 

 なんだか心当たりがありそうな口ぶりだ。

 まあ、閣下はママのところに出入りしていたし、わたしの兄とももしかしたら会ったことあるのかも知れない。

 わたしの兄とは分からなくても、琉唯の兄としてだったら分かりやすい。

 なにせ、顔だちがよく似ているから。


「一応聞いておくが、リブラリカ皇国に他に兄君はいるか?」

「たぶん、いないと思いますけど…。一番上と二番目は基本的に東国から出てこないし、四番目の兄は父と一緒に放浪してるからどこにいるか分からないし…」


 四番目の兄がもしリブラリカ皇国内にいてもわたしは分からない。

 ただ、もし立ち寄っているなら会いに来てくれると思うので、今は別の国にいると思う。


「それでは、今リブラリカ皇国内にいるのはルウイと三番目の兄君で、間違いないな?その三番目の兄君だが、黒髪に青い目の男か?」

「あ、そうです。やっぱり会った事あったんですね」

「そのようだ……」

 

 琉唯とは顔立ちは似ていても雰囲気は全く違うので、気付かない人は気付かない。

 でも閣下はすぐに分かったようだ。


「で、その男がクロエの兄君だと?」

「同じ人物を思い浮かべているなら、そうです」

「……クロエはその男――…兄君の職業を知っているのか?」


 何を聞きたいのか良く分からないけど、さっきも言った通りだ。


「えっ?兄様からはママの所で用心棒して働いてるって聞いてますけど…他に何かあるんですか?」

「……いや、その通りだ。一応、俺の知ってる人物か最終確認したかっただけだ―――…食べよう」


 すっかり整った食卓を見て、閣下はカトラリーを手に取り食べ始める。

 わたしも閣下に倣ってカトラリーを持ち食べ始めた。

 頭が痛い問題がさらに発生したかのように眉間にしわを寄せている閣下に、何か不味い事言ったかなとわたしは考えていた。

 


 


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