57.ざわつく皇都邸宅での話
「すみません…なんか売り言葉に買い言葉になっちゃって……」
反論しなくて良いと言われていたのに思わず言い返してしまった事について一先ず謝る。
「もし、新聞に悪く書かれたらわたしのせいですよね…」
「それは問題ないが、クロエは良かったのか?」
「何がですか?」
「あの男に俺たちが付き合っていると言っただろう?」
そう言われて視線がさ迷った。
あの時は少し怒っていてつい言ってしまったけど、冷静になれば堂々と宣言したことが恥ずかしい上に、とんでもないトラブルを招きかねないと思いつく。
それを思うと少し落ち込んだ。
「ご迷惑おかけします…」
「こういうのは迷惑に入らないから大丈夫だ。」
閣下は全く気にしていなさそうな上、どこかうれしそうでもあった。
「なんか、機嫌がいいですか?」
「まあ、色々とな。とにかくそう言う事も含めて任せてもらっていい。一応、未成年を前面に出して脅しつけたから、下手な事は言わない筈だ。それに、向こうはクロエの名前を知らないだろう。むしろ、知りたいとも思っていないようだったしな」
お互い初対面なのに名乗りもしなかったし、閣下から紹介も無かった。
閣下の方はわたしとラズリード議員が関わるのを最小限にしたかったようなのでわざと紹介しなかったのは理解できたけど、向こうが娘を助けたわたしの名前を聞かなかったのも自分の名前を言わなかったのも不自然だった。
「取るに足らない相手だと態度で示していたのも気に食わない」
「はあ?」
「自分の娘を助けた相手の名前も知らず、自らも名乗らず、最低限のマナーもなかったのは、クロエが礼を欠いてもいい相手だと認識したからだ」
なるほど、言いたいことが分かった。
つまり、バーバリア領の領主一族と同じ考えの権力者だという事だ。
下々のものを軽く扱っても問題ない、知る価値のない存在、そんな考えの持ち主。
正義の使者ぶっていたけど、中身は俗物のようだ。自分の娘の件を建前にして邸宅に乗り込んでくる時点で、性格のいい人ではないのは分かっていたけど。
「権力者が国民の税金でのうのうと暮らしていると、自分はそんな国民の味方だと言いながら、自分の方がよほど国民を馬鹿にしていると気付いていないのか、それとも裏の顔なのか…まあどちらにしてもああいう輩が領地を治める貴族になれば、その領地は悲惨だな。祖父の介入は間違っていなかったとつくづく思う」
「今でも貴族との婚姻を諦めていないんでしょうか?」
「たぶんな。正直言って、今貴族になりたい奴は権力に取り憑かれたような奴らばかりだ。確かにリブラリカ皇国の貴族だというだけで他国からの扱いはかなりいいのは否定しない。だが、それに付随する面倒事を考えれば、裕福な上級階級でいた方が賢い」
貴族には貴族の苦労があるのは知っているけど、貴族になりたい奴は馬鹿だと貴族を批判するのは初めて見た。
自分も貴族の一員だからこその言葉なのは分かるけど、そんなに苦労するのかとわたしの知らない世界を少し覗いた気がした。
「昔は小さい領地であっても、純粋に領地収入だけで食べて行けていたのだが、今は物価も上がり、若者は都会に憧れて田舎を出てしまう事が多い。そのせいで田舎の領地は過疎地になり始め、領地収入は下がる一方。だけど、何かをするにも金がかかる…そしてそんな領地に旨味があると思うか?」
結婚して貴族の一員になるために借金を背負うよりも、裕福な暮らしを選択した方が頭がいい選択なんだそうだ。
シャーリーの家も結構大手の商会だけど、貴族になりたいかと聞いた時、絶対嫌だと言っていたのを思い出す。
身近に貴族のルードヴィヒがいるので、貴族でいることがどれほど大変なのか分かるのだ。
「そう言えば、どちらへ?」
エスコートをされ連れて行かれるまま歩いているけど、こっちの方は食堂ではない。
むしろ外に出る正面玄関方向だ。
「出かける予定があると言った手前、ロードリアにいるのもあれかと思ってな。せっかくめかし込んでいるのだから、外に食事に行こう。個室を予約してある」
「いつの間に…」
わたしと一緒の時にそんなそぶりは無かったので、恐らくわたしと邸宅内で別れた後だ。
そうなると、わたしの支度を整えていた侍女の面々は始めからこうなる事を知っていたのかも知れない。
ただ、そこでわたしは当初の目的を忘れない。
もともと邸宅には件の絵を確認するために帰ってくる予定だったのだ。色々とあってまだ確認できていないけど、忘れてもらっては困る。
「出かけるなら、絵を確認してからがいいです」
「そっちはすでに回収して俺の部屋に置いてある。クロエの言っていた対象の絵は一枚しかなかったからすぐに分かった」
「……手際がいいですね」
さすが記憶力の良い人だ。
当初の目的も忘れず、きちんと履行していた。
「出来れば、近いうちにそれぞれの絵のレクチャーをしてくれるとありがたいんだが。おそらく見たことはあると思うんだが、思い出せなくてな」
あの絵に引き付けられるのは陰気な人だ。
閣下の様な力強い意思を持つ人は見ても記憶に残らないのは仕方ない。
「わたしはいつでも大丈夫です。明日は高等学院が終わったら店長の店に行きますので、夜になると思います。それとも今日帰ってからにしますか?」
「いや、今日は食事をして帰ると遅くなるだろうから明日以降でいい。すでに事件が起きてから数か月たっているのだから、多少解決が遅れても問題はないだろう」
一日二日遅れても誤差範囲だと閣下は言う。
「いいんですか、そんなこと言って」
確かに数か月のうちの一日二日なら誤差範囲とはいえるけど、それを軍人が堂々と口にしていい事ではない。
少なくとも被害者にとってみれば一日二日は誤差範囲ではないはずだ。
「そうだな…じゃあ聞かなかったことにしてくれ」
――まあ、いいですけど…
本当は仕事をちゃんとしてくださいと言うべきところなんだろうけど、色々忙しい閣下にだって息抜きは必要だ。
わたしと一緒にいる事が息抜きになるのかは分からないけど、少しでも疲れが癒されればなとは思う。
*** ***
次の日、朝いつもよりもざわついている邸宅の気配に目が自然と覚めた。
いつも落ち着いた静かな邸宅にしては珍しい程だ。
どうしたんだろうと、身を起こし呼び鈴を鳴らすと、すぐに侍女がやって来た。時々廊下ですれ違う程度の侍女だ。
「おはようございます、お嬢様」
ワゴンを押して入って来たその女性、確か同僚の人には――…
「アゼリートさん…で間違いないですよね?」
「はい、お嬢様。ご挨拶する機会がなく、申し訳ございません。皇都邸宅にて侍女をしております、アゼリート・シグ・ゼフィットと申します」
ミドルネームがあるという事は貴族の一員。
ジグは長女につけるミドルネームだ。
「確か、ゼフィットは北部の領地ですよね?」
小さいとつくが。
流石に失礼なのでそこは言わない。
「そうでございます。先代のご当主様には大変お世話になり、その所縁でこうしてこちらでお世話になっております」
侍女の中には貴族階級の人間もいる。
昔からある行儀見習いの一貫ではあるけど、小さい領地は領地収入だけでは食べて行けないので、こうして所縁のある大貴族などのところで働いて仕送りしている事が結構あったりする。
零細貴族が、こうして他の力ある貴族や皇宮で働くのは昔からある事なので変な目で見られないが、逆に貴族が金のある上級階級の屋敷で働くのはあまり良く思われない。
ただ、こういう縁故採用は数も限りがあって、運と実力がなければ採用されることもない。そう考えるとアゼリートさんかなり優秀であると断言できる。
ちなみに、基本的にはイリアさんとリーナさん、それにサラがわたしの専属侍女としてついてはいるけど、イリアさんは基本的に日中のみ、サラは学生なので、基本的に夕方から寝る前まで、リーナさんは昼夜問わず邸宅内に入るけど、休息の時間も休暇もきちんと取らなければならない決まりなのでそういう時は、こうして邸宅の他の侍女がわたしの世話をすることになっている。
他にも何人かそういう侍女がいるけど、今日はその担当がアゼリートさんだったわけだ。
閣下やイリアさんからはもう少し専属を増やしたらどうかとも言われているけど、今のところこの邸宅で暮らしているわけではないので、こういう制度で問題は無かった。
「なんだか、今日は邸宅内が騒がしい感じなんですけど…何かありました?」
朝の準備を手伝うアゼリートさんに、朝起きた時から今も感じているざわつきの原因を尋ねる。
「その事で旦那様からお話がございます。朝食の席でご説明があるかと」
アゼリートさん自身もその理由を知っているけど、閣下から聞いてほしいという事だ。
どういう事だろうかと思いながらも、準備が整い部屋を出る。
食堂までの道すがら、やはりどこか落ち着かない雰囲気を感じた。この邸宅に来てからは初めての事だ。
食堂に着くと、すでに閣下が席に座って新聞片手にコーヒーを飲んでいた。
傍らのワゴンの上には数社の新聞が乗せられていて、こういう風に食堂に新聞を持ち込むことも初めてなので、これはますます何かあったなと感じた。
「おはようございます」
「おはよう、悪いな朝早くから」
「いえ、それは大丈夫なんですけど…」
夏の長期休暇の時はこれより早い時間から閣下の魔力訓練をしていた訳だし、朝は弱くないので問題ない。
席に座っても朝食の給仕が始まることなく、とりあえずお茶が準備された。
「これを読んでみろ」
皮肉気な笑みを浮かべながら閣下がわたしに新聞を差し出してきた。
手渡されたのは、皇都一の発行部数を誇る皇都新聞だ。
「えーと……」
広げて一番初めに目に入るのは一面の見出しとその記事。
そしてその瞬間、手に力が入った。
読み進めていくと、ぷるぷる震えてくる。
読み終えると、それ以上他の記事を読むことなく、俯きながら新聞を閣下につき返した。
「もういいのか?」
「結構です」
「実は他の新聞社の物もあるんだが…読むか?俺的にはゴシップ新聞なんかはとても楽しい読み物だったんだが。正直、新聞記事を書いているより、小説家になった方がよっぽど金になるんじゃないかと思うほどだ」
楽し気な口調ではあるのに、冷たい声音だ。
「まさか…あそこまで脅しつけておいたのに、昨日の今日とは恐れ入る」
感心しているのか呆れているのかそれともその両方なのか。
「おかげで朝から殿下からの連絡がうるさくて仕方がない」
分かる気がする。
こういう記事に反応しない訳ない。
それが心配でなのか、揶揄いなのかは分からないけど。
「否定できない部分もあるが……まさか俺が少女連続失踪事件の首謀者になるとは、思ってもみなかったな」
そう言った閣下の目は冷たさだけが浮かんでいた。
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