56.東の応接室での話
なるほど、だから話が噛み合っていなかったのかと納得する。
病院側もバルシュミーデの馬車を使用していたわたしがバルシュミーデの人間であるという認識の元、ラズリード議員に伝えたようだ。
おそらく途中で閣下もやって来たので、どこがで話が変わりわたしが助けたという事実がバルシュミーデ卿が助けたという風になったに違いない。
こればかりは人のうわさ話というのはどこでどう変わってしまうのか分からないので仕方がないと思う。
実際、閣下とわたしだったら話題性として話に上げるなら閣下の方が興味もわくし、捏造とまではいかなくても多少の脚色は有名税としてしょうがない所もある。
ただ、目の前の御仁は完全に閣下が助けたものとばかり思っていた様だった。口ぶりから彼の娘さんを助けた謝礼というのはただの形だけの話のようだ。話したいことがあるようだけど、そう簡単に閣下に会えない事は彼自身分かっているようで、今回の件を建前に強引とも言えるほどの面会を取り付けてきたらしい。
「病院側では、そう聞きませんでしたか?どうやらどこかで話が変わってしまっていたみたいですね。一応、皇都警備隊の軍人も一緒でしたので、確認していただけたら分かると思いますよ」
「それは……申し訳ない。ただバルシュミーデ卿が助けたと聞いたもので……」
完全に当てが外れたような、ばつの悪さが目立った。
「確かに誤解もあるのでしょうね。彼女が使用していたのはバルシュミーデの馬車でしたし、病院まで彼女を私が迎えに行きましたから」
ここで閣下が来なかったら、また別だったのかも知れないけど、結局わたしの存在はバルシュミーデの関係者という事で伝わっていたと思うので、あまり変わらない結末になっていたかも知れない。
「そうでしたか…では私は彼女に感謝せねばなるまい」
そう言ってわたしの方に向かって礼を述べる。
「感謝します。娘は時々数日間友人の家にお世話になる事がありまして、今回もそうだと思っておりました。軍務局の方から連絡が入った時には驚きました」
言葉は確かに驚いているようだけど、目がそう言っていない。
鋭い眼光がわたしに向けられている。
「しかも、聞けば私の娘だけではない様子で。早期解決どころか、軍務局内で隠蔽までしていると分かり、私は堪えられなくなってしまいました」
今日の新聞記事について言っているのだと分かる。
隠蔽ではないけど、傍から見れば情報を公開していない時点でそう見えるのは仕方ない。まさか、政治家の娘がこの件に絡んでいるなどとは思ってもみなかった事だろう。
「しかし、私の娘はあなたのおかげで手元に戻ってきました。本当にありがとう…、ささやかながらこれは謝礼のつもりです。受け取ってくれたら幸いなのですが」
すっと机の上に置かれた品物をこちらに渡してきた。
金品での謝礼は特に必要ないけど、お礼として渡される物を拒否するのは失礼に当たる。
これがもし有力者同士のやり取りなら、謝礼に含まれる賄賂とかも考えられるけど、わたしは一般人なので素直に受け取っても問題ない。
ただし、向こうは閣下に渡そうと思っていた品なので、かなりのものである可能性が高い気がした。
そんなものを気軽に受け取っていいのか分からない。
閣下の方をちらりと見上げると、軽くうなずかれたので、とりあえず受け取る事にした。
「ありがとうございます。人助けは当然の事なので、むしろ気を使わせてしまって申し訳ないです」
「いえ、娘の命の恩人なのですから――……時にあなたとバルシュミーデ卿はどういったご関係か?」
やはりそこは気になるか。
何も聞かずにさっさと帰ってくれたら良かったけど、向こうはまだまだ言いたいことがあるようで、会話を先延ばしにしたい様子だ。
「ラズリードさん、それはあなたには関係のない事だ」
「それはそうだがね」
ラズリード議員が言葉を切り、閣下に対し不快な目つきで睨む。
「実は娘からとんでもない事を聞かされたらそうは言ってもいられないのだよ」
あまりいい話題ではないようだ。
それはラズリード議員の目つきが雄弁に語っている。
「とんでもない事?」
「そうだ……なんでも娘は友人のところにいたわけではなく、君のところで世話になっていたと、そう言ったんだよ。そのときの驚きが分かるかね?」
娘を持つ父親として、娘が男の所で世話になっていたと聞かされればそれは驚くことだろう。
しかも、その娘がまだ未成年。心配しないわけがない。
しかし、閣下は慌てることなく言い返す。
「あいにくと、私はまだ未婚でして、娘を持つ父親の心境がいかほどか察することは出来ません。ただ言える事は、ご息女が嘘をつかれているという事です」
「なに?私の娘が嘘をついていると言いたいのか?」
「ええ、誠に申し訳ないですが、当邸宅にご息女を招いたことは一度もございません。社交シーズンでさえも」
それは完全に当てこすりだ。
お前を招いたこともないのに、娘を招くはずもないだろうと言う閣下の裏の声。
わなわなと震えだすラズリード議員に、思い切り閣下はため息を吐いた。かなり失礼な態度だけど、相手との関係性をみればこれくらい普通なのかも知れない。
「しかし、はっきりと私の娘は言ったのだ。お前に身体を望まれたとな!!」
一応部外者のわたしがいるのに、閣下をはっきりと非難する。
「まさかとは思ったよ。君の相手は成熟した大人ばかり、まだ世間のいろはも知らないような子供にまで手を出そうとは思わないとな…しかし、確認しなければならなかった。そして、確信したよ。娘の言葉が本当なのだと!」
そこでわたしを見て言った。
「未成年に手を出すようになるとは落ちたものだな。つぼみを自分の手で開かせるのは楽しい遊びか?娘に手を出し、今なおそうやって幼い少女を好きなように扱おうとしている。否定できまい!」
その意味を察し、わたしが少し赤くなる。
わたしと閣下の肉体関係の話だ。
熟れて慣れた肉体よりも若々しく初々しい初物と遊ぶのは楽しかと、未成年に手を出している事実があるのだから言い逃れはさせないと、そう言っていた。
それに対し、閣下は馬鹿馬鹿しくて付き合ってられないと言わんばかりの態度だ。
ただし、わたしとの関係を否定しなかったので、相手は勢いづく。
「私は泣き寝入りするしかない家族のために貴殿を訴える準備がある!そして、上手い事誘われているそこの少女を救い出す事もできる力もな!」
閣下に誘われたら、舞い上がって正常な判断が出来なくなりそうなのは良く分かる。
ただし、わたしは同意の元閣下と正式にお付き合いしている訳で、ラズリード議員の言う弱い立場から押し切られての関係みたいなものではない。
あまりの荒唐無稽さに閣下の態度も崩れる。
「何を言うのかと思えば、おかしなことを言うものですね。あなたの娘の事はなかなか有名ですよ?身分高い男なら身体を許すと専らの評判です。ああ、誤解がない様に言っておきますが、私は好きでもない女性と寝る趣味はありませんので。ちなみに、その件で訴えたいのなら、実際に肉体関係のある男性諸君にお願いします」
閣下ほどの人なら相手は選びたい放題。
ここまで口に出して言う閣下は珍しい。それだけ、ラズリード議員の娘には興味ない、妄言を信じるほど暇ではないと言いたいようだ。
「そもそも、証拠は?訴えてもかまいませんが、証拠がなければ話にならない。言った言わないではなんの実証にもならないと分かっているでしょう?」
「そこの少女がきっと良心に則って証言してくれるはずだ」
――あー、うん……なんだろう。この絶対的自信は……
むしろ、わたしは閣下側の証人になってもいいんだけど。
「もし、権力によって何も言えないのなら私が守ってみせるから安心してほしい」
どう返していいのか分からずに黙っていると、なにか勘違いされた。
わたしが身分的に閣下に対して拒否する事が出来ないのだと。
どうしようかと閣下を見れば、すぐさま閣下が反論する。
「いい加減にしていただきたい。私は犯罪行為を犯すことはしません」
「では、そこの彼女の事はどう説明するつもりだ?まさか、親戚だとでもいうのか?」
「先ほども言いましたが、あなたには関係のない事だ」
「そうやって、弱い立場の未成年者を手籠めにしている訳か。最近、そういう男が増えていると聞いてはいたが…、まさかそれが大領主の跡取りだったとは嘆かわしい!」
全く話を聞かない男に辟易としているのか、少し閣下が苛立ってきていた。
表面上は無表情だけど、閣下から立ち上る魔力からそれを察した。
「そもそも、未成年の少女をあのような時間に帰す事自体が証拠だ。しかも、彼女がいた場所はかなりいかがわしい場所だったとか?」
どこまで調べているのか分からないけど、確かにわたしが彼女を助けたというか保護した場所はそう言われてもおかしくない場所だった。
それに関しては言い逃れできないけど、どういうことなのかこっちも分からない。
ただ分かるのが、状況証拠で閣下に難癖付けたいという事のようだ。
――とにかく、わたしを槍玉にあげて非難したいわけか…。そう言えば閣下が言ってたな……未成年者と肉体関係があると、場合によっては男性側に責任と言う名の結婚を迫る事もあるって。
やはりろくでもない事を言いたかったようだ。
わたしがいなかったらでっち上げてでも結婚を迫ろうとしていたようだけど、閣下はそんなに甘くはない。
確かに一時的にスキャンダルに巻き込まれても、すぐにどうにかできる力はある。
目の前の人物は政治家だから影響力はあっても、そこまで考えなしだとは思えない。
「一体何が目的かは知りませんが、少なくとも彼女との関係はいかがわしいものでない事だけははっきり言えます」
「だったら、そこの彼女との関係も明らかにできるだろう?なぜ隠す?やましい事があるから隠すのではないか?わたしが言ったことを立証されるのが嫌なのではないか?」
少しでも傷を負わせたいのか、閣下を煽る。
閣下が説明しないのは、わたしの事を考えてだと思う。
わたしが今はまだ正式に公表したくないという意思を尊重してくれているからだ。
でも、言われたい放題なのは頭にくる。閣下がどれほど紳士で真面目なのか短い付き合いだけど良く分かっているつもりだ。
「君、こちらにきたまえ。この男にバツを下すには君の力が必要なのだ」
手を差し伸べられたが、わたしはその手を拒むように言った。
「先ほどからク、クリフォード様がおっしゃっている通り、わたしたちはいかがわしい関係ではありません。むしろ、あなたの娘さんがなぜそのような嘘をつくのか、それをあなたはなぜ信じたのか、それが不思議でなりません」
普段言い慣れない名前を呼ぶと、言葉が詰まる。
不自然にならない程度ではあったと思うけど、少しはわたしと閣下がいかがわしい関係でないと分かってもらえたらいいなと思う。
だけど相手は全くこっちの意見を聞こうとしない。
「そのような嘘をつく事は無い。君はまだ子供だ。この男に言葉巧みに騙されているに違いない!」
確かに、言葉巧みにいい様にされてるときはあるけど、他人から非難されるいわれはない。それに、付き合っているのは流されたからじゃないし、よく考えた結果だ。
それを知らない人にとやかく言われたくない。
閣下じゃないけど、わたしも少し頭に来た。
過去はどうかは知らないけど、閣下はわたしと付き合っているし、不誠実な人ではない。
「完全に、合意の元お付き合いをしています。そういえばいいですか?」
思わず言ってしまったが、全く話にならない相手にははっきり言った方がいい事がある。それによる弊害はきっと閣下が何とかしてくれると信じて。ある意味丸投げだけど、もしもの時の覚悟を今決めた。
「そんな嘘をつかなくても――…」
「ラズリード議員、私の信用がないのはともかく、彼女の言ったことは本当ですよ。私たちは男女の付き合いをしています。確かに彼女と同世代のご息女がいらっしゃる議員は心配な事もおありでしょうが、世間に顔向けできない付き合いはしておりません」
閣下が見せつける様にわたしの腰に手を回してきて、わたしはそっと寄り添うように身を寄せた。
その際、ラズリード議員を睨みつけてしまうのはご愛嬌だ。
閣下とは不釣りなのは自分が自覚しているけど、全くの他人から非難されると流石にいい気分ではない。
「さて、ラズリード議員。我々はこれから出かける予定があるので失礼します」
閣下に促されて立ち上がる。
「ああ、一つ言っておきますが…。彼女はあなたも知っての通り未成年です。もし私と付き合ってる事実を世間に公表するというのなら、それ相応の覚悟はしてください。私は彼女の生活が大人の事情で乱されるのを良しとしませんので」
底冷えのするような冷たい視線で脅しつける閣下と一緒にわたしは応接室を出た。
閣下の言っていた通り、面倒くさい人……いやそれ以上に厄介そうな人物だったなと感じた。
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