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55.皇都邸宅クロエの部屋での話

「お帰りなさいませ」


 馬車から下りるとすぐに執事長のウィズリーさんと数人の侍従、侍女が頭を下げ待機している姿が目に入った。


「どこにいる?」

「東の応接間にご案内しております」


 短い主従のやり取りを横で聞きながら、邸宅(ロードリア)における東西南北の部屋の位置について説明された時のことを思い出す。

 あれは、邸宅に来た初日。邸宅内を案内されながら、邸宅の歴史などについて説明されていた。その時に、部屋の割り振りについても聞いていた。

 北側は日の光が入りづらいので普通あまりいい部屋とは言えないが、北を守る者であるバルシュミーデの領地にちなんで領主一族が住まう部屋がある。

 もちろん、当主部屋を使っている閣下の部屋は北側だ。

 南は身分の高い人物や、親しい友人などが案内される部屋だ。日当たりが良く、南の領土とも仲がいいのでそう言う意味でも使われている。わたしの使っている部屋も、この一角にある。

 次に西側。

 こちらはあまり利用される頻度は高くない。というのも、大体が南側の客室だけで賄えてしまうからだ。使う場合も、南側に空きがない場合になる。

 そして、東側。

 今も昔もあまり仲の良くない事から東側は困った客、敵対した客などの相手に使用される。

 もちろん、そういう事情は本当に親しい人しか知らないので、ほとんどはこの邸宅の部屋の意味を知る事は無い。

 しかも、東側はそれを悟らせないようにするためか、それとも嫌味なのか、あからさまなほどに金をかけているので、通された人は大体勘違いする。

 自分が歓迎されていると。

 つまり、そこに案内されているという事はそういう事だ。

 

「いつお戻りになるかは分からない旨を伝えてありますが、いかがなさいますか?」


 その答えに閣下は頷いてわたしを見た。


「この際、とことん待たせてやれ」

「畏まりました」

「一度部屋に戻る。分かっていると思うが戻ってきたことは知らせなくていい」


 当然とも言える指示に、ウィズリーさんは畏まりましたと再び頭を下げる。


「イリア、クロエを頼む。たっぷり時間をかけろ。準備が出来たら知らせてくれ」

「畏まりました」

「いいんですか?そんなに待たせて」


 というかそんな地味な嫌がらせして、大丈夫なんだろうかと心配になる。


「こちらの都合も考えず押しかけてくるほど暇なのだから、待ちたければ待てばいい」


 そう言ってさっさと邸宅に入って行く閣下の後を、それでいいのかな…と思いながらもイリアさんに促されついて行く。

 途中で別れて、邸宅におけるわたしの滞在場所だった部屋に連れて行かれた。

 部屋に入ると早速と言わんばかりにイリアさんと待機していたリーナさんに制服を脱がされて風呂に入れられる。

 たっぷり時間をかけろと言われた通り、汗を流す程度ではなく、頭のてっぺんからつま先まで磨き上げられた。世話されることにすっかり慣れてしまったわたしはされるがままで、さらには全身マッサージまで施される。

 夜の社交に出かけるのではないかと思うくらいの時間のかけ方。

 人を待たせることに慣れていないわたしは少し戸惑う。


「本当に大丈夫なんですか?」

「問題ありません。旦那様が時間をかけろとおっしゃったのですから」


 すべてにおいて主人の言葉が優先されるのは当然だ。

 しかも、今回の相手は邸宅の人というよりもバルシュミーデと問題がある人物。つまり、この邸宅で働く人からしてみれば本家の敵とも取れる人。

 多少(・・)待たせるくらいどうって事ないようだ。


「お久しぶりでございます、クロエ様。本日のお召し物はこちらになります」


 お風呂から上がると、サラが部屋の中でこれから着る服の準備を整えていた。

 サラは高等学院に通っているので、邸宅で働いている時間は短い。そのためか久しぶりにサラに会った。


「サラ、久しぶり。元気だった?」

「はい。学院が始まったのでなかなか会う機会がございませんが、本日はこうしてお会いできてうれしいです」


 ニコリと笑うサラは元気そうだ。

 サラに手伝われながら、用意された服を着る。

 流石にドレスという訳ではないけど、普段着よりは華やかでドレスよりは格が劣る、そんな感じのワンピースだった。

 そして、そのワンピースをわたしは見たことがある。というよりも、少し前に閣下がわたしに服を買ってくれた時試着した中にあった。膝が少し隠れる位の長さで、生地の柔らかさ着心地の良さで高いのはわかったけど、正確な値段は知らない服。

 初めは必要ないと言ったけど、恋人に服を買うのは普通だと押し切られ、そして以前シャーリーが男が買ってくれるものを強情に拒否するのは良くないと言っていたのも思い出し、その結果何着か服をプレゼントされた。ただ、普段使い用に出来ないのはいらないと、そこだけは譲らなかったので、今着ている服は買わなかったはずだ。

 だけど、閣下はこっそり購入していたようで、他にどれくらい買ったのか聞くのが怖い。

 さらに小振りの宝石が輝くイヤリングと同じセットのネックレスで飾られ、色々と諦めの境地になった。

 考えたら負けだ。

 もうそう思うしかない。

 化粧と髪までセットされ、なぜか完全武装になったわたし。

 そこまでしなければならないのかと思いもするけど、相手が上級階級に属する政治家ならば、これくらいの装いは必要なのかも知れない。

 まあ、ただ相手を待たせるための嫌がらせの可能性もあるけど。


「今旦那様にお知らせしてきます」


 イリアさんがすっと出て行き、リーナさんとサラはお茶の準備をする。

 閣下の部屋とこの部屋はそれなりに離れているので、もしここまで迎えに来てくれると言ってもそこそこの時間がかかる。

 その短い待ち時間でさえも侍女はお茶の準備をして客人をもてなすらしい。


「お飲みになってお待ちください」


 リーナさんの言葉に、とりあえずお茶に口をつける。

 お風呂に入って汗をかいていたので、少しぬるめのお茶が飲みやすく、すぐになくなってしまった。

 おかわりを注いでくれている間に、お茶の準備がされていたワゴンの上を見ると、なぜかわたしが飲まないコーヒーまであって、それが不思議だった。


「どうしてコーヒーが?」

「旦那様がお飲みになりますので」


 疑問を口にすると、リーナさんがさも当然のように言った。


――旦那様がお飲みになる?


 イリアさんが閣下に知らせてくると部屋を出たので、たぶんここまで迎えに来るんだろうなとは思っていた。

 だけど、それがなぜここでコーヒータイムに突入するような事になるのか謎だった。

 わたしの準備は整っている。もうだいぶ客を待たせたのだから、このまま閣下が迎えに来たらすぐに出るのだと思っていたけど、どうやら彼女たちの考えは違うらしい。

 とりあえず閣下が来るのを待つ。

 そして、しばらくすると部屋のドアがノックされ、サラが静かにドアを開けた。

 案の定そこには閣下を連れたイリアさんがいて、閣下だけが部屋の中に入って来た。

 さっきと装いが変わっていて、わたしに合わせた格好だった。

 夜の社交には格が足りないけど、格式高いレストランに食事に行くにはちょうどいい、そんな感じの服装だ。


「あとはこっちでやる」


 閣下が二人に伝えると、静かに頭を下げてリーナさんとサラが部屋をさがって行く。

 ドアが閉められ二人きりになると、閣下はワゴンに乗っていたコーヒーを手ずからカップに注ぎ、わたしの対面に座った。

 まるでくつろぐかのような姿勢に、一体何が目的なのか分からず閣下に聞く。


「一体どういうことですか?時間も結構使ったと思いますけど…」


 美術館を出た時はすでにおやつの時間を過ぎて夕方に差し掛かっていた。

 ここに戻ってきた時は、日が落ちかけていて、今外は夕飯時の時間だ。

 美術館でお菓子スタンドを食べているのでまだお腹は持つけど、普段だったらそろそろ邸宅でも食事の時間になろうという頃だ。


「もしかして、食事に誘うとかそんなつもりじゃないですよね?」

「まさか、何が悲しくて仕事でもないのに顔も見たくない相手と食事をしなければならない」


 完全否定だ。


「普段なら今もまだ仕事中だ。今日はたまたま時間があるが、自分のために時間を割くのが当然と思われては困る。待てないのなら帰ればいいだけだ」

「それはそうですけど…」


 つまり嫌がらせの一環のようだ。

 実際、普段ならこの時間仕事から帰って来るかどうかという時間なので、忙しいという言い訳も通用する。

 閣下はコーヒーをゆっくり飲み終えると、ようやく立ち上がった。それに合わせてわたしも立ち上がる。


「さて、そろそろいい時間だ。行くか」

「分かりました」

 

 散々待たせて、きっと相手は怒っているに違いない。

 むしろ、それを狙っているとしか思えなかった。


「さて、何と言ってくるか楽しみだな」


 意地わるそうな顔をして、楽しそうに笑う。

 なんとなく、カーティス殿下や店長を彷彿とさせる。それを言えば、閣下は物凄く嫌がりそうだけど、類は友を呼ぶとはこういう事かと一人で納得してしまった。


「とりあえず、お礼を言われるだけなんですよね?」

「その予定だ。余計なこと聞かれたら、こっちから止めに入る」

「余計な事?」

「そう、余計な事だ」


 その余計な事とは具体的にどんな事なのか閣下は言わなかったけど、問題発言があれば止めてくれるようなのでとりあえず黙っている方がよさそうだ。

 部屋を出るとウィズリーさんが待機していて、ウィズリーさんの先導で東の応接間に案内される。

 部屋の前には見張りなのか、私設警備隊の面々が二人いて、軽く頭を下げてきた。

 反射的に頭を下げると同時に、ウィズリーさんがドアをノックすると、中から件の政治家の用事付けをしていたと思われる侍女がドアを開けてくれた。

 ウィズリーさんを先頭に、わたしと閣下が中に入ると、明らかに苛立った様子の中年ぐらいの男性がこちらに顔を向け、睨みつけてきた。

 いきなりのそれに、少しビクッと身体を震わせると、それに気付いた閣下が少し身体をわたしの前に出し、視線から庇ってくれる。


「お久しぶりです、ラズリードさん。だいぶお待たせしてしまったみたいですね」


心にもない事を言いながら、対面の二人掛けソファにわたしと閣下が腰掛ける。

 その後ろにウィズリーさんが控え、手際よく侍女がわたしと閣下の前に飲み物を差し出す。

 

「本当に、随分と待ったな。君は人を待たせるのが得意だと聞いていたが、本当のようだな」

「申し訳ありませんがこちらにも都合というものがあります。いきなり押しかけてこられても時間を作るのはとても大変なもので…このあとも少々用事がありますので、用件は手短にお願いします」


 いきなり押しかけられても迷惑だ。常識があるなら面会依頼を入れろ。用件だけ言ってさっさと帰れ。

 要約するとそんな事を閣下は言う。

 その慇懃無礼な態度に、ラズリードと呼ばれた政治家がピクリと反応したが、そこを深く追及する事は無かった。

 自分が非常識であるのを理解しているのか、それとも自分にとって不利な場であるからなのかは分からないが。


「ところで、彼女は?この場の話し合いにふさわしいとは到底思えないが?」

「この場の話し合い?それはどう言う意味でしょうか?私が報告を受けたのはご息女を助けた人物への謝礼を渡したいとの事でしたが…」

「そうだ。つまり君に用事がある。関係者以外は席を外してもらおう」


 何か話がズレている。

 わたしに会いたいという事なのかと思いきや、どうも違うらしい。

 閣下は少し考えて、もしかしてと呟いた。


「恐れ入りますが、もしや私がご息女を助けたとお思いなのでは?」

「そうだが?病院側に無理を言って聞きだしたのだ。いや、それは確かに権力にものを言わせたと言われても仕方がない。しかし、娘を助けてくれたのだ。礼ぐらいするのが常識で――…」

「そこがまず間違っています。ご息女を助けたのは私ではなく、彼女です」


 きっぱりと自分ではないと言う閣下のその言葉に、ラズリードが目を見開いてわたしを見た。

 どうやら、病院側ではバルシュミーデの名前しか聞けず、閣下が助けたものだと勘違いしていた様だった。




閣下はとりあえずクロエに色々貢ぎたいという話。


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