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54.帰宅中の馬車での話

 話が終わり、コンバイルをしまうと軽くため息を吐き、残ったコーヒーを飲み干した。


「少し連絡するところがあるから、席を外す。すぐ戻る」


 そう言って席を立つと足早に喫茶室を出て行く。

 どうしたんだろうかと考えながらも、とりあえず残りのお菓子を食べて待つ。

 すぐ戻ると言っていたわりには少し時間がかかっていたようだ。わたしがお菓子スタンドを攻略し(全部食べ)終えて、おかわりのお茶を飲んでいるタイミングで閣下は戻ってきた。


「食べ終わったか?」

「はい」

「迎えが来たが、行けそうか?」

「大丈夫です」


 手を取られ、そのまま馬車までエスコートされる。

 まっすぐ前を見て歩いている閣下の横顔を盗み見ると、なんの感情もなく何を考えているのか全く分からなかった。

 馬車に乗ると、すぐに足を組み目を閉じる。

 声がかけづらく、わたしも黙ったまま正面の閣下を見ていると、おもむろに目を開け、その鋭さにどきりとした。


「あの…、なにか非常にまずいことでも起きたんですか?」


 聞いて良いのか悪いのか分からないけど、沈黙が少し気まずくて質問してみる。


「あ、もちろん答えられないのなら別に――…」

「答えられない訳じゃない。むしろクロエにも関係ある事だから知っておいた方がいいんだが……少し考え事をしていた」

「考え事?」

「一言で言えば、クロエを会わせるか会わせないか…なんだが」


 どういうことか分からずにわたしは首を捻る。


「わたしに会いたい人がいるという事なんでしょうか?」


 さきほどのやりとりではとてもじゃないがそういう感じのやりとりじゃなかった。


「正確に言えば少し違うが、まあそうだな」


 ふーと息を吐き閣下は背を背もたれに預けた。


「さっきの連絡はロードリアに迷惑な客が押しかけてきたという連絡だった。追い返せとは言ったが、強引な客のようで帰らないらしい」


 心底迷惑そうな言い方に、仲が悪い相手なのかと思ってしまう。

 この間の様な国軍が無理を通して押しかけてきたとは思えないけど、それに近い感じかも知れない。


「ちなみに、仲は悪い」


――あ、そうですか。


 心の中を読まれ、閣下はあっさりと言う。


「さらに言えば、政敵だ」

「そ、そうですか…」


 それはかなり仲が悪いという事なのではと思ってしまう。


「そんな相手がわざわざ敵陣地までやってくるとは、何か企んでいると考えるのは考えすぎか?」

「いえ、そんな事は」


 むしろ疑うのは当然だと思う。


「どんな方なんですか?」

「一々こちらの揚げ足取りばかりな事を言ってくる相手だな。そういう意味ではよくそこまで言えるなと感心する」


 皮肉気に相手を貶す様子に、本当に嫌いな相手なんだなと理解した。


「それで、わたしとは一体どういう関係が……」


 そこが知りたいところだ。

 閣下は会わせるか会わせないか迷っていると言っていた。

 つまり、その閣下にとっての政敵とわたしが会うか会わないかという事で。

 ただ、わたしはその人とたぶん会ったことがない。

 向こうだってわたしと会ったことがない筈なのに、なぜわたしと会いたがっているのか謎だ。


「昨日助けた女性は覚えているか?」

「はい、昨日の出来事ですから」

「ちなみに今日の新聞は読んだか?」

「はあ…まあ一応」

「それなら話が早い」


 閣下は頷くと事情を説明してくれた。


「その女性というのが、今朝の新聞で大々的に軍務局を非難していた政治家の娘だ。その娘を保護してくれた人物に礼が言いたいそうで、ロードリアまでやって来たようだ」

「え、でもなんで邸宅に?」


 確かに昨日は閣下の家で食事をしたり話をしたり…まあ、色々していたけど、邸宅に住んでいるわけじゃない。

 お付き合いはしているけど、その件の人物がわたしと閣下の関係性を知っているとは思えなかった。


「おそらくだが、病院からの情報だろうな。素行が悪かろうと行方不明になっていた娘が誰に保護されたかくらいは知りたいだろう。腐っても政治家、こちらが病院側に口止めしたところで、礼を言いたいと説得されれば教えてしまうだろうな」


 そこを責めたりは出来ないと閣下は言う。

 わたしがバルシュミーデの関係者である事は閣下が来た時点で知られている。それに、わたしが使っていた馬車もバルシュミーデのものだ。

 わたしの存在自体はよく分かっていなくても、バルシュミーデの関係者ならそっちに聞けば大丈夫だろうと邸宅に来たらしい。


「えっと、わたしは会った方がいいんですか?」

「そもそも向こうはクロエの名前さえ知らない。会いたくなければ会わなくてもいいが、礼を言いたいという相手を追い返すのは正直外聞が良いものではないな。それが何か向こうが企んでいそうでも」


 面倒くさそうな相手だ。

 何か言えば揚げ足を取られるとか知ってしまうと下手な事は言えない。


「ただ、クロエが会いたくないのなら別に会わなくてもいい。俺からしたら会わせたくはないが、ああいう手合いは一度断っても蛇みたいに付きまとう。俺がいないところで接触されるよりは、同席しているときの方がまだましな気もして…」


 それで会わせるか会わせないか考えていたのかと分かった。


「わたしは別に会ってもいいですけど…」


 お礼を言われて終わりなら、一回会っておけば特に問題ない筈だ。

 むしろ、閣下の言う通り避けていたらこの先更に面倒な事になりそうだった。


「いいのか?」

「まあ、一回だけですよね?お礼を言うんだから…」

「そのはずだ」

「正直お礼を言われるような事でもないんですけど、でも親の立場からだとそうなるんでしょうね」

「たぶんな」

 

 その素っ気ない返事で、閣下はおそらく親としての善意ではなく、ほかの可能性が高いと考えている様だ。

 たしかに政治家は、そういう打算的な事も考えていそうではある。

 しかも、政敵とは言え閣下がここまで嫌っている相手なら、たぶん善意でのお礼と言われても素直に受け取るのは躊躇われた。


「何を言われても反論しなくていいから」

「いいんですか?」

「表向き向こうが礼を言いに来たのなら、それ以上の事を言いだしたら追い出すので問題ない」


 問題ないかどうかはともかくとして、閣下の言葉にわたしは頷いた。

 下手に返事したら、閣下を困らせる様な揚げ足を取られかねないのはこの短い間で十分に理解した。

 それに、新聞での高らかな軍務局の非難記事がわたし的に気に入らないので、お礼を受け入れたらさっさと部屋に戻ろうと決めた。

 たぶん、長々と居座ることはないだろうと思うけど、追い返せという閣下の言葉が効果を発揮しなかったところを見ると、揚げ足取りな上厄介な御仁そうだ。


「さすがに未成年をイジメる様な言動はしないとは思うが、相手は政治家だ。もし俺に対する非難であっても言い返す必要はない」

「さすがにあまりな言い方だったら言い返してしまいそうです」

「気持ちは分からなくもないが、できれば聞き流してもらえるとありがたい」


 その方が閣下的には助かるようだ。

 確かにわたしが言い返したところで、向こうを逆に喜ばせる可能性があるのなら、それに従う方が賢明なのは分かる。


「ちなみに、どうしてそこまで軍務局と犬猿の仲なのかは聞いても大丈夫なんですか?」

「訂正しておくが、別に軍務局と犬猿の仲という訳じゃない。嫌ってはいるが、そこまで罵倒し合う仲ではないな。つまり俺と…といよりもバルシュミーデと仲が最悪なだけだ」


 軍務局を声高に非難しているけど、一応国防がいかに大事かということも多少なりとも理解しているらしい。


「今回の新聞記事は、無能に金を使ってまで養うのはどうかと声高に言っているだけだ。もともと権力(・・)というものに執着している性格だからこそ、上層部が基本的に貴族で構成されているような国軍が嫌いなんだ」

「それじゃあ、なんでバルシュミーデとは仲が良くないんですか?貴族という権力者だからですか?」

「そもそもが向こうの父親の代からの因縁ではあるんだが…その父親と言うのが、なかなかの名士であったんだが、結構野心家で…貴族になりたがっていたんだ。まあ、新興商会を率いて金も結構稼いでいたしな」


 貴族と上級階級は近い権力を持ってはいるが、かなり違う。

 貴族は自分の領地を持っている支配者階級であり、この国が建国当初からの長い歴史を持つ家がほとんどだ。

 その分横のつながりも広く、各領土の領主は結束も堅い。

 たまにバーバリア領の領主みたいなやつもいるけど、ほとんどの場合隙がなく領地を守っている。


「領地持ちの貴族は、それはそれで色々と制約もあるんだが、力を持ってのし上がってきた奴らにしてみれば、貴族(・・)というのはかなりのステータスなんだ。たとえ金がなく、潰れかかっていようとも貴族であるという事自体が一種の羨望の的なのさ」


 その辺の感覚は分からないでもない。

 お金がなく、下手な商家の人間よりも質素に暮らしていようとも、貴族と言われれば、『おーそうなんだ』と違って見えてしまう。


「でも、今は簡単に貴族になることは出来ない。貴族とは領地を守る者。その領主を決める事ができるのは皇帝陛下のみ。どれだけ望んでも簡単に増えもしないし、減りもしない」

「貧乏な領地って、運営しているだけで赤字だって聞いたことありますけど…返還したりは出来ないんですか?」

「基本的に、領地を担保に金の貸し借りは出来ないから、領地を返還しようとも借金自体は消えない。じゃあどうするかと言えば、裕福な商家の人間と結婚するしかないのだが、それを狙っていたのが、件の政治家の父親さ」


 あまりいい顔されないとは聞いたけど、どうしようもなくなった領地はそうするしかない。

 力関係が貴族側にないのなら、ほとんど乗っ取ったも同じだ。


「だが、ここで横やりが入った。その横やりを入れたのが、母上の父親で俺の祖父なわけなんだが、まあ因縁はここから始まったな」


 つまり、狙っていた領地というのは北部の領地だったようだ。

 ただ領地の方針に関しては、北部を取りまとめているバルシュミーデであっても簡単に介入することは出来ない。向こうから泣きついてきた場合は手を貸すが、そうでもない限り領地侵犯になってしまい、バルシュミーデの方が罰せられてしまう可能性がある。


「商会を率いる手腕は祖父も認めていた。優秀なのも。だけど、それだけだ。領地を治める、そういう類の人間ではなかった。領地とは守るべきもので、搾取するべきものではない。基本的な気構えもなく領地を任せることなど出来る筈もない。早晩、破綻する。色んな意味で」


 そう思っていても、どうにもできない歯がゆさがあった。

 さらに領主にはそれなりの矜持というものもある。自分の領地の事を他領に助けてもらうという事は、かなりの覚悟が必要だ。

 しかし、その領地の領主は賢明だった。

 相手の狙いを知っていて、そして人となりも正確に把握し決めたのだ。

 こんな相手の手を取るくらいならと――…。


「助けを求められたら、どうにかするのも取りまとめ役の存在だ。そこで大手を振るって祖父が介入したのさ。そのせいで話はなくなり、恨まれる事になった」


 なるほど、それは根深い問題だ。

 それが子供世代、孫世代になっても続くとは。

 権力に執着しているからこそ、貴族階級の権力者を嫌悪する。

 改めてこれから会う人物の面倒さを知った。





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