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53.地下通路の先での話

 一番上まで来ると閣下は抱えているわたしを下ろす。

 わたしは下ろされると即座にくるりと背を向けて、壁を調べだした。


「そんなに嫌だったか?」


 途中から無言になってむくれて怒っているわたしに対し、閣下が苦笑しながら聞いてきた。

 

「別にすごく嫌だったわけではないですけど?でも、閣下は時々わたしの事をすごく子供扱いしますよね。よく抱き上げるし、頭撫でてくるし……」


――そりゃあわたしはまだ未成年だし、閣下とは十も離れているし?


 抱き上げられるのも、撫でられるのも別に嫌いじゃないけど、どこかなだめる様なそれは子供に向ける様なものだ。仕方ない所もあるけれど、悔しい気持ちもある。

 対等な関係でいたいとも思うけど、それが無理なのも分かっているからこそ、時々ムッとくるのだ。


「それが嫌だったのか?」

「そういう訳じゃないです。き、気持ちいい時もありますし…でもですよ?たまに子供扱いされていると感じるときがあるんです!」

 

 だけど、その答えに閣下は虚を突かれたように驚いていた。

 その後、くくくと肩を震わせて笑い出す。


「な、なんで笑って!わたしは真面目に―――…っ!」


 振り向きざまに顎を取られ、そのまま閣下が唇を重ねてきた。

 本当に一瞬の出来事ですぐに離れていったけど、至近距離にある顔は面白がっている表情だった。


「ちょっ!い、いいいきなりなんですか!?」

「いや、すまない。なんともかわいい事を言われて思わず……」

「思わずって――」

「別に子供扱いはしているつもりはないさ。子供扱いしていたらこんな事しない」


 こんな事とは今みたいな事だ。

 かあと赤くなって、そうだけど、そうかもしれないですけど…ともごもご言う。

 そもそも、わたしの言葉にどこにかわいい要素が含まれていたのか謎だ。

 わたしは抗議していたはずなのに。


「それから、無自覚に誘うんじゃない。そっちの方が困る」

「誘ってなんか…」

「そういう上目遣いは、誘っていると思われてもしょうがないんだが?」


 そんな事言われてもわたしと閣下は身長差が結構ある。見上げれば自然と上目遣いになってしまう。

 それにわたしは目を吊り上げてむくれているのだ。

 どこぞの女性のように閣下を誘っていないと言い切れる。


「全く理解していないみたいだな」

「そもそも、誘っているって思う方がどうかしてるんです!」


 こんな状況でそう思う方がおかしいと指摘すると、閣下はあからさまにため息を吐いた。


「だから無自覚は困る。どうやったら分かってくれるんだろうな?危機感を煽った方がいいのか?昨日みたいに――」


 そう言うと、閣下はわたしの手を拘束するように背後の壁に押し付け、腕の中に拘束する。

 そのまま、わたしの足の間に自分の足を割って入れてくる。


「何を――…」

「さて?こんな風に男を煽っても、まだ自覚がないのかな?」


 わたしは悪くないと抗議のつもりで顔をそむけると、その耳元に閣下の囁きが湿り気を帯びて吹きかけられた。


「どう思う?」

「っ―――…」


 ゾクリとする何かが背筋を駆け抜け、わたしはびくりと身体をすくませた。

 ぎゅっと目をつぶり、それでも答えないでいると、今度は耳を甘噛みされる。そして、わたしの中の何かを引き出すように、さらにゆっくりと首筋に顔を埋めてきた。

 吐息がかかり、身体が震える。

 拘束されたまま抵抗らしい抵抗も出来ずに、身を縮こませた。

 静寂が支配して、わたしは閣下の思うがまま翻弄される未来が見え、目の前の人がとても危険な人物に見えてきた。

 昨日もそうだったけど、こういう時相手が自分を性的に見ているのだと強く意識させられる。それが怖い。怖いのにどこかうれしいとも感じてしまう。

 でも今はやはり先の見えない恐怖の方が勝ってしまい、どうしたらいいのか分からず、ただ顔を背けて黙っていることしか出来なかった。

 この後どうなるのかなんて恋愛初心者のわたしには分かる筈もなく、じっとしていると、突然拘束が緩み、手が自由になった。

 そうかと思えば緊張していた身体から力が抜け、座り込みそうになったところを閣下に支えられ、そのまま抱きしめられた。

 そして、密着したからこそ分かる閣下の身体の震え。

 そこで、わたしは色んな意味で赤くなった。


――揶揄われた!


 こっちは色んな意味で必死でいっぱいいっぱいだったのに、閣下はわたしの反応を楽しんでいたようだった。

 わたしは完全に怒りで、自由になった手で閣下の背中をばしばし力の限り叩いた。


「信じられません!こんな状況で!!」

「悪かった。少しは危機感を持ってほしかったんだが――、必死な反応にちょっと意地悪したくなった」

「意地悪って!子供じゃないんですから!」


 子供っぽいのはわたしだけじゃないようだ。


「こんな事してる場合じゃないのに……もし犯人と出くわしたらどうするんですか。それに、わたしの機嫌を損ねると、ここから出られなくなりますよ!」


 ぷいっと生意気な事を言っても、それこそ子供っぽい仕草なのは分かっていたけど、言わずにはいられなかった。


「そうだな、悪かった」


 背中をぽんぽんとあやすように叩かれ、閣下の身体が離れていく。

 ようやく自由になり、わたしはまだ若干の不機嫌さのままくるりと背を向け、ここまで来た目的を果たそうと、壁を調べた。

 背中に視線を感じていたけど気にしないようにしながら、わたしはそっと撫でるように壁を調べ、少しだけ魔力を流してみる。

 壁に対し魔力が流れていくのを感じたけど、どうも動く気配がない。


――これは…、塞がれてる?


 何か荷物で塞がれているとか、そういう感じではない。

 完全に使えなくなっている。


「どうだ?」


 何事も無かったかのような声に、少しムッとしながらわたしは首を横に振る。


「塞がれているようです。この先が何か分かりませんが、使えないと思います」


 冷静さを装って答えるけど、視線を合わせない時点でわたしの心情などバレバレだと思う。

 それに気付いているだろうけど、閣下はその事を指摘する事もなく、戻ろうとわたしを促した。


「風の通り道があるのなら、近くに他の出入り口があるかも知れませんが、探してみますか?」


 わたしの質問に閣下は少し考えて、再び戻ろうと言った。


「どこにその使える出入り口があるのか分からないから今日は戻ろう。遅くなる前に帰った方がいい」


 最近起こってる行方不明事件の事を匂わせて、明るいうちにわたしを帰したいようだ。とはいっても、帰る家は邸宅(ロードリア)だけど。

 ふと閣下を見れば、また何か考えていそうな雰囲気でわたしを見下ろしていた。

 その何か(・・)がわたしにはすぐに分かった。そして、間違いじゃなかった。


「抱えて行ってあげようか?」


 にこりと微笑みながら、先ほどのやり取りの延長なのが分かり、わたしはきっぱりと言った。


「結構です」


 と。




*** ***




 美術館に戻ると、閣下はコンバイルで邸宅の方に連絡し、迎えを頼んでいた。

 邸宅からここまで来るには少し時間がかかるので、その間喫茶室の方で待つことにする。

 軽食が売られているそこは、テーブルごとが離れているうえに、草木などで個室の様な雰囲気になっているので、人の目を気にせず食事やお茶が楽しめるようになっていた。


「これで機嫌を直してくれないか?」


 苦笑と共に閣下はお菓子(わいろ)を差し出してきた。

 この喫茶室で最も高いお茶のセットで、実は一番人気という三段になっている色鮮やかなお菓子スタンドだ。

 おいしそうな焼き菓子やケーキ、小振りなサンドイッチなど、ボリューム満点なそれに、現金にも目を輝かせる。

 結構なお値段なので、自分で頼むには気が引けるので自分で頼んだことは無かった。

 おやつ代わりにしては少し量が多いけど、魔力を使った後なので、これぐらいぺろりと食べられる。

 一応想定としては二人前ぐらいの量だけど、閣下は見ているだけで口をつける感じでもなかったので、一人で攻略を開始した。

 まあ、閣下は甘い物が苦手なので、食べるとしても塩味のあるものしか食べないと思うけど。

 半分くらい食べて、お茶を飲み人心地つく。

 そのタイミングで閣下が話しかけてきた。


「これで許してもらえたか?」


 その穏やかな笑いとお菓子(わいろ)にほだされて、わたしは許す事にした。


「昨日もそうですけど、突然ああいう事しないでください」


 ただ物申したいこともあったのでそう言うと、閣下は肩をすくませた。


「つまり突然じゃなければいいって事か?」

「違います!ああいう…その…スキンシップといいますか――…」

「あれぐらいは、軽い触れ合い程度だろう?」

「か、軽い!?」

 

 わたしにしてみたら全く軽くない触れ合いだ。

 素肌を撫でられたり、舐められたり。

 これを軽いと言っていいのか分からない。わたし基準では全く軽くない。

 いや、でも閣下はこれ以上のことをしてきている訳で。それに比べたら――…


「俺の言っていることがおかしいと感じるなら、聞いてみてもらってもいいが?」

「き、聞くって誰に…?」

「ロードリアの人間でもいいし、友人でもいい。家族に聞いてみてもかまわないが?」


 絶対に聞けないやつだ。

 そもそも、肌を撫でられたり舐められたりするのは、軽い触れあいなのか聞く事自体わたしの何かがごりごり削られる感じだ。

 聞けるわけがない。


――いや、でもここできっちり知っておいた方が…

 

 誰に聞いても揶揄われる未来しか見えない。

 一番ましなのはたぶんイリアさんだけど、それだって閣下の身内で。

 何気なしに閣下を見れば、誰にも聞けない事を分かっているような顔だった。


「判断基準がないなら、俺の判断基準で進める事になるがかまわないな?」

「ちょっと待ってください!わたしの判断基準はダメなんですか!?」


 焦って言うと、閣下は特に困った様子もなく言った。


「それなら、クロエの判断基準を詳しく聞かせてもらおうか?」

「は、判断基準?」

「そう、そこを知らないとどうしようもないだろう?」

 

 その判断基準というものが極端に少ない事は分かっているだろうに、意地悪く聞いてきた。

 整然とした理論で言われると、わたしは言葉が出なくなる。


「しばらくロードリアにいるのだから、ゆっくり聞かせてもらおうか」


 その楽しそうな様子に、このあと邸宅に戻った後の事を考え少し憂鬱になった。


――逃げたい…


 そう思ってもきっと逃げられないだろうけど。

 ああ、ここで閣下に仕事の連絡とか入らないだろうかと姑息な事を考えていると、いきなり閣下のコンバイルが震え連絡が入ったことを知る。

 仕事関係で連絡が入るのはそう珍しい事じゃないので、閣下は何気なくそれに応じた。

 急用ならいいのになとか思っていると、閣下の眉間が寄り、追い返せとの言葉で、何か面倒な事が起こったのが分かった。




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