52.地下通路での話
魔力を流せば微かに輝き、その光は一瞬で収まった。
これで通れるようになっているはずだ。
すっと壁に手を置くと、壁がゆっくりと回転扉のように回転する。
「不思議だな…」
閣下はわたしが魔力を流す前に手を置いて確認していた。
どうなっているのかを。
触れればそこはただの壁で、拳で音の反響を確認しようとしても、音の全てが吸収されてしまうのかその先のことは全く分からずで。
それなのに魔力を流すと、それが当然のように壁が動く。
「まあ、こういう仕掛けは結構至る所に残ってますよ」
リブラリカ皇国は大陸最古の国と言われている。
そして、この皇都は建国時代から今においても遷都することなくここにあり続けているので、旧時代の技術も随所に使われていた。
もちろん、今の時代使用する事が出来るのはほとんどないくらい壊れてもいるけど、こうして現役で使える物もある。
「…今度ぜひ使える物を紹介してほしい」
その言葉にわたしは目を輝かせて大きくうなずく。
「もちろんいいですよ!」
たぶん閣下は国防の観点から知りたいんだろうけど、わたしの興味のある分野を少しでも知ってもらえたらうれしい。
「では行こう」
周囲を見回し、誰もいない事を確認する。
壁を回転させ反対側へ回る。
すぐ下には地下に続く階段があり、いかにもどこかに続いていそうだ。
壁を元に戻すとそこは完全な闇で、わたしは魔力を集め光の球体を発生させて周囲を明るく照らした。
「便利だな…」
「重宝してます」
光源がない場合、こういう魔法はすごく便利だ。
実際、傭兵している人なんかも火を起こす魔法とか水を作り出す魔法とか、そういうものを使っている人は少なからずいる。
魔法自体は廃れてきても、便利な魔法はこの先も生き続けていくと思う。
「俺にも出来るか?」
「素質的にはこういうのは向いている方だとは思いますけど……」
勘だけど、閣下はこういうのに向いていない気がする。
言葉を濁らせたわたしに、それだけで閣下は自分がそういうのに向いていないのだと理解した。特別期待はしていなかったようで、何も言わずに階段を下りて行く。使えれば便利だなぐらいな考えのようだ。
「埃臭いな…」
そう言いながらも、およそ百年単位で使われていなかったとは思えないくらいの埃の積もり具合。
「最近…とは言っても数か月前にはなるだろうが、使われた形跡があるな」
明らかに埃の積もり方が違うのを見て閣下が確信する。
わたしもそう思うので頷いた。
「これはどこに繋がっているんだ?」
「たぶんですけど、これ皇都外に繋がっていると思います」
皇都の中は大体わたしが見て周った。
おもしろいものもあったけど、その中にこういう道につながる出入り口は無い。
それに軍の施設だったと考えると、皇都を脱出するための道だとも考えられる。
階段は結構下まで繋がっていて、最下層まで到達すると大人一人が進める位の細い通路が続き、しばらく歩くと今度は広い通路と合流した。その左右は長い道が続いていてどちらに進むか迷う。
閣下は腕を頭上に伸ばし、しばらく考えると右に向かって歩き出した。わたしもその後を追う。
「なるほど…皇都の地下にこんなものが。それであの法か……」
「あの法律?」
納得いったとでも言うような閣下の言葉に、わたしは首をひねる。
そもそも法律関係は専門外だ。
「皇都の建築に関しての法だが、地下の開発に関してはかなり厳しい定めが記されている。まるで地下には何かがあるかのように」
ただその何かは今まで知らなかったようだ。
確かにこんなものが皇都中に張り巡らされていたら、かなり危険だ。
整備されたこの道は一部でも崩壊すれば、連鎖的に崩壊しそうで、そうすれば地上部分の建物にまで被害がおよび、大規模災害に陥りそうだった。
もしくは、皇都への新たな侵入口として利用されるかだ。
そこで思うのはただ一つ。
「今更ですが…わたしがこの場所の存在について知るのはまずいんじゃないんですか?」
「まずいだろうな。忘れ去られているとはいえ、一応軍務局が使用していたことを考えると情報漏洩ととられてもおかしくない」
「また第一皇子側が喜んで槍玉にあげてきそうな話ですね」
「ただ、この件に関しては民間からの情報提供と言える上、その民間人がいなければ中に入ることも出来ない。そうなるとこちらに非があるとは言い切れない」
なんだかんだ言われようとも、状況的に情報漏洩ではないと判断される目算が高いようだ。
それに一応カーティス殿下も聞いていたし、この入り口はわたしから教えたことで閣下から言い出した事でないのはあきらかだ。
「どちらにしても、ここの存在が今まで忘れ去られていたのは問題だろうな」
「上層部は知らないんですか?」
「一応軍務局総轄の立場にいるカーティス殿下が知らないのに、知っている人がいるとは考えにくいな。それこそ、皇帝陛下皇太子殿下、その辺りが口伝として残していくか…そういうレベルだ」
「それに、知っていたら窃盗事件が起こった時に知られていますものね」
うんうんと頷くと、そういえばと閣下がわたしに聞いてきた。
「クロエは当時からこの存在は知ってた筈なのに、どうして軍に伝えなかった?」
「えっ?えー?」
そう言われて、そう言えばなんで言わなかったんだっけと思い出す。
魔法とか魔力とかの存在を信じてもらえないというのはあったし、調べれば分かる事だからくらいにしか考えていなかった気がする。
「ああ、それと店長に止められた気がします」
「ヴァルファーレに?」
「カーティス殿下も言ってたじゃないですか。元は第一皇子派閥の軍人が調べていたって。店長、第一皇子が好きじゃないみたいなので苦労する姿を見たかったんじゃないですか?当時はそれ知らなかったから、疑われるからやめなさいぐらいしか言われなかったとは思いますけど」
店長の性格を良く知る閣下はため息を吐いた。
「ありえそうだ。ヴァルファーレならな」
「でも、なんで店長はそこまで第一皇子を嫌ってるんですか?」
「根本的に性格が合わないのはそうなんだが……まあ、色々あってな」
「色々ですか」
その色々に関して閣下から漏らす事はないようだ。
他人の事情を軽々しく口にするような事は無いので、知りたければ店長に直接聞くしかない。
もしくは調べるか。
興味はあったけど、店長にはこのリブラリカ皇国に来てからたくさんお世話になったし、人には知られたくない過去だってあるので、そこは触れないでおくと決めた。
「そう言えば、こっちってどっち方向でしょう?」
壁ばかりだと方向感覚が鈍る。
階段自体が螺旋階段のようになっていたので、余計に方角が分からない。
閣下は腕を上げて何かを確認すると右に歩き出したけど、わたしにはさっぱりだ。
「今は大体南の方に向かって歩いてるな。今日は少し南西方向から風が吹いていたから、風の抜け方で判断した」
どうやらこの広い通路は大体北から南に向かって伸びているらしい。
北には皇宮もあるので、もしかしたらこの道に繋がっている可能性がある。
そう考えると、なかなかやばい通路な気がした。
時々細い通路がこの広い通路に合流していて、さながら地下都市の大通りのようだ。
「もしかして、皇都中に張り巡らされているんでしょうか?」
「かも知れないな。これは本格的に調べる必要性がありそうだ。もし犯人グループがこの道を活用しているのなら、皇都がかなり危険だ」
もしかしたら、この場でばったり会ってしまう可能性も否定できないと気付くと、少し緊張した。
「もしもの時は逃げるぞ」
「逃げるんですか?」
「向こうの武装次第ではどうにでもなるが、こんなところで大立ち回りして、この空間が崩壊する事になったら大問題だ」
「ああ…」
閣下的には敵が強い弱いは関係なく、この通路で戦う事の方が問題だと言う。
確かに強度も何も分かっていないのに、ここで戦えばどんな結果になるかなんて誰にも分からない。
逃げるが勝ちとは違うけど、生き埋めになるくらいだったらとりあえず撤退した方がいいとは思う。
「あ、どうやら終着点のようですね」
行き止まりに差し掛かり、そこから上に伸びる階段がある。
あの美術館から真っ直ぐ行くのならもうすでに南門は越えている。感覚的には南門出てすぐ位だろうなと思えるくらいの長さだ。
実際の皇都は入り組んでいるので、真っ直ぐ南門まで歩いて行くの不可能だけど。
「これは、上に行ってもまた入り口で解除が必要な可能性が高いな」
「そうですね。むしろそうやって隠されていないなら、すでにここの存在は知られていますよ」
むしろ、この際大々的に知られた方がいい気がした。
現在では、他国との交流も盛んだ。
昔のように排他的ではないので、ここの事を他国の人間に知られるよりも先に公表して、大規模に調査と守りを固めた方が安全だ。
実際、今回の犯人はここを利用していた可能性が高いし、もしかしたら裏社会では結構知られている可能性もある。
「この事は殿下と相談する必要性があるな。場合によっては皇帝陛下とも…」
「もしかして、皇族を逃がすための物とか言いませんよね?それだったら、わたしたち余計なこと知ったって言って殺されたりしません?」
「……本の読み過ぎだ」
軽い冗談に呆れたような反応で返ってきた。
ちょっとした冗談。少し場を和ませようとしただけだ。
別に緊迫した空気ではないけど。
「下に行くのは楽ですけど上り階段はつらいです」
結構下におりた感じはしていたので、その感覚でいくなら結構あるはず。
ふー、とため息を吐くわたしに対して、閣下が何か悪だくみでも考えていそうな怪しい笑みを浮かべて、わたしに向かって手を広げた。
「……なんですか?」
「協力してもらってる民間人に対して負担を強いてばかりなのはどうかと思ってな」
つまりどういうことなのか閣下の言葉の意図がわからず、考える。
すると痺れを切らしたのか反応の鈍いわたしに、閣下はわたしとの距離を縮めると少し屈んでそのままわたしの身体を抱き上げた。
「わっ!」
拒む暇もなく、あっと言う間に閣下に抱き上げられ、一瞬バランスを崩しそうになった。
後ろに倒れそうになり、重心を前に倒して、閣下の肩にしがみ付く。
「な、なななんですか!いきなり!!」
「民間人のクロエばかりに負担を強いているので、これくらいはしようかと。まあ、馬車代わりとでも思ってくれ」
子供を抱き上げるかのように腕一本でわたしを抱き上げた閣下は、そのまま階段を上り始めた。
「いやいやいや、わたし大丈夫です!一人で行けます!わたし重いですし!」
「特に重さを感じたことはないから問題ない」
いや確かに閣下には良く抱き上げられるし、膝に乗せられたりするけど、これは腕一本なわけで、いつもとはかかる体重が違う訳で…いやそもそも馬車代わりっていうのもおかしい理論で――
そんなぐるぐる考えているわたしを尻目に、閣下は口元を緩めながらさくさく階段を上って行く。
結局、わたしは閣下を言い負かす事も説得することも出来ず、そのまま一番上まで抱き上げられたまま運ばれたのだった。
隙あらば触りたい閣下の話。
突然の触れ合いは緊張して混乱する、未熟なクロエの話。
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