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51.美術館での話

 わたしと閣下が訪れたのは店長の店から一番近い美術館だ。

 そして、一番初めに被害のあった美術館でもあった。

 中に入るのにわざわざチケットを買って入館する。

 閣下は仕事なのだから、館内にいる職員に声をかければ入りたい放題なんだけど、軍服ならともかく、今日の装いは皇宮に出入りする時の様な少しあらたまった装いだったので、職権乱用するような真似は出来ないそうだ。


「何度か来てはいるが、一度全部見て行ってもいいか?」

「もちろんです」


 閣下は事件が起きる前も後も何度も来ているそうだ。 

 この美術館自体は三階建ての建物だけど、敷地がかなり広い。

 美術品の展示は一階と二階だけど、ほかの別棟には軽い軽食が取れる喫茶室やお土産を売っている売店なんかもある。


「何度か来ているって事ですけど、何かお目当てがあるんですか?」


 良いものは良いと見る目はあると思うけど、特別美術品に関心があるようには見えない。


「ここの防犯システムはバルシュミーデの最新型が使用されている関係で、時々な」

「それって…事件の時は結構大事になったんじゃないですか?」

「まあな。散々捜査担当の軍人から嫌味を言われたな」


 そのせいで、防犯システムの見直しを余儀なくされて大変忙しかったらしい。

 ただ、防犯システムはどこにも不備は見られず、しかも正常に動いていたので、結局防犯システムの事を熟知している内部犯だと思われていた。


「あくまでも外からの侵入を防ぐものだから、内部に侵入されると弱い所もあったのは認めるさ」


 今は内部システムも開発中との事だ。

 でもそんなことペラペラわたしに話しても大丈夫なのか心配になる。


「そういう内部情報いいんですか?」

「そういう?バルシュミーデの開発中の物については問題ない。軍の内部情報に関しては――、本当はまずいが、まあ民間協力者だから多少は許されるはずだ」


 確かに口は堅い方だし、不必要に外部に漏らしたりはしない。

 信頼されていると思えばうれしい反面、身内に対して甘いのではないと心配にもなる。


「もし何か言われても、そもそもクロエを巻き込んだのはカーティス殿下だから、あっちが責任取るだろう」

「えっ……」


 しれっとカーティス殿下に責任転嫁した。

 カーティス殿下が知ったらまた文句の一つも飛んできそうだ。


「クロエはこの美術館の建物自体の造詣は深そうだが、美術品に関しては詳しいのか?」

「あー…それは……」


 そう言われると苦笑いしか出てこない。

 わたしも店長と一緒で、特別美術品に関して詳しくないし、興味もない。

 宝石とかは好きだけど、だからと言って価値が分かるのかと言われると、良いものは分かるけど値段の推測は出来ない、ぐらいの知識しかない。

 鑑定があるのに?と言われても、わたしの鑑定は魔道具関連にばっかりベクトルが傾いているので、多少分かる程度にしか発揮されない。

 多少分かる程度とは、偽物の宝石か本物の宝石かぐらいの鑑定能力だ。

 結局鑑定深度が深くても汎用性がないので、逆に就職として活用するなら迷宮協会ぐらいにしか行くところがないかも知れない。

 わたしの苦笑いで全てを察したのか、閣下がゆっくり見どころのある絵の前で説明してくれた。

 それがなかなか楽しい。

 良く知っているなと思う知識とかもあって勉強になる。

 絵画には様々な種類があるけど、わたしは結構宗教画が好きだったりする。詳しいのかと問われれば、そんなに詳しくないし、宗教画のほとんどは聖王国に由来する物ばかりだから飽きるという人もいるけど、描いている人によって聖王国が発行している教典のとらえ方が違うので面白い。

 それを言うと、閣下はなるほどと頷く。


「閣下はどういう絵が好きですか?」

「俺は、あえて言うなら歴史画が好きだな。昔の人々の営みやその時に流行っていたもの、食べ物服…そういうものが詰まったものが興味深い」


 閣下らしい意見だ。


「作者とかにこだわりはないんですか?」

「特には。良いものは良い。それだけが判断基準だ。同じ作者でもこの絵は好きだが、この絵は嫌いと好き嫌いが分かれる時もある」


 結局絵画は各々の好みの問題という事だ。

 作者が同じなら大体同じ作風になるので、絵によって好みが分かれることは少ないけど、絵にも善し悪しがあると閣下は言う。

 出来のいい絵と出来の悪い絵、そういうものがあるそうだ。


「でも出来の悪い絵なんて作者自体が捨てそうじゃないですか?」

「好きな事で食べて行けるというのは少ない。生まれが裕福でない限り、こういう美術系は金がかかるからな……出来が悪くても売る場合がある。のちに有名になった時、そういものに価値が出てきたりするのがこういう世界だ」


 それだけ聞いていると、閣下は作者買いするよりも自分の好みの絵を買う派なのだと感じた。

 でも実際それが正しいと思う。


「あっ、でもわたしは宗教画とはいいましたが、それよりも迷宮から産出された絵画が一番好きです」

「それは絵の好き嫌いというよりも、根本的に違った意見だな。それこそ見境なさそうだ」

「そうですね。迷宮から産出されたものってだけでわたしの中の価値は上がりますよ。もちろん絵として好き嫌いはありますけど」


 この美術館にも少なからずそういったものが展示されている。

 わたしが美術館に来たことがあるのは、建物に興味があったのもそうだけど、迷宮産の美術品にも興味があったからだ。


「そう言えば…盗まれた三枚の絵画も迷宮産でしたよね」

「ああ、正直言えばあまり人気があったとは言いにくい絵だったがな」


 閣下の言う通りだ。

 人は明るい綺麗な絵を好むものが多い。暗くて、少し怖い雰囲気のものは良いと思っても長い事見ていたいものじゃない。

 そして、盗まれた三枚はどれも、暗くて怖い感じの絵だった。

 しかも、絵の出来として評価に値するかと言われれば、そうでもない。ただ、迷宮から産出されたので美術館にあるだけだった。


「あれよりも価値のある絵はあるから、なぜそれだったのかというのは当時から疑問だったな」

「どれもルメリードの物でしたので、ルメリードが好きな人なんじゃないんですか?」

「ルメリード?」


 閣下がまるではじめて聞いたような顔でわたしを見下ろした。

 わたしの方こそ閣下がそんな顔をするのが不思議だった。


「ルメリードをご存じないんですか?」

「知らないな、作者の名前か?作風…とは違うだろうし……」


 本当に知らないようだ。

 わたしはそれに驚く。

 絵が盗まれた時点で知られていると思っていたので、何も知らない事に思わず呆然とした。


「あの――、えっとルメリードっていうのは今はもうない迷宮です。確か、消滅したのは百年くらい前だったと思いますが…、当時は情報も発達してなかったし、迷宮だと認識されてからも産出されるのはあまり人気のない美術品ばかりで、認知度は低かったかも知れませんね」


 あまり有用でもないんので、サクッと攻略されて一番最下層の核を破壊し消滅したはずだ。

 残しておいても、旨味がない迷宮は放置され、そのうち魔獣があふれ出る可能性もあるので迷宮協会が介入して迷宮を処分する事がある。ルメリードはそんな迷宮の一つだった筈だ。


「クロエが知っているのは…」

「まあ、鑑定結果にルメリード産って出ていましたから。それで知りました」

「……また一つ知らない情報が出てきたな」

「あ、じゃあこれも知らないかも知れませんね」


 ルメリードの事を知らないなら、その絵の事についても詳しくない可能性があったので説明した。


「ルメリードって魔道具とか呪われたものが多く産出されていたんです、そのせいか、そこから出てくる美術品もどこか暗くて怖いものが多くて。その絵の多くが、悪魔が描かれているんです」

「悪魔?」

「どれも悪魔召喚とか、悪魔が人を襲っているようなどろどろしたものっていうんでしょうか?迫力あるのはもちろんなんですけど、むしろ迫力あるから忌避されるといいますか」


 だけど、そういうものが好きな人も一定数いるものだ。

 特に、精神的に少し病んでいるような人間は、この絵が好きな傾向がある気がする。


「ルメリードから産出されて今現存する絵は盗まれた三枚以外にももう一枚あって、その四枚で一セットとも言えます。並べると、一枚のストーリーになるんですよ。バラバラなのが悔やまれる一品です」

「知らない話だな。それを知っているのは他にいるのか?」

「さあ?わたしも結構最近四枚一セットなのを知ったので、知る人は少ない気がします。現に調査中の軍務局が知らなかったのですから」

「最近?」


 そう、最近だ。

 それまでわたしは三枚一セットのストーリーだと思っていたけど、実は四枚目が存在していたのだ。

 その一枚を目にした瞬間に、はじめてストーリーの全体像が見えた。


「その最近知った一枚はどこに?」


 案外、近くのものは目に入らないようだ。というよりも、意識していないという方が正しい。


邸宅(ロードリア)です。はじめて中に入った時数々の美術品に驚きましたけど、その陰に隠れるようにひっそりとあって、驚きました」

「邸宅に?」


 閣下自身も驚いたようだ。

 そもそも、閣下自身が買い求めたものでないのなら、気にも留めないのかも知れない。

 子供の頃からあればそれが日常になるからだ。

 閣下は顎に手を当て該当する絵を考えているようだった。


「実はそれだけ、暗くて怖い感じの絵ではないんです。見かけ上はですけど」

「見かけ上?」

「見た目だけなら、綺麗な宗教画にも見えるんですけど、裏読みすると、死を連想させるような絵なんです」


 邸宅の人たちはどちらかと言えばみんな明るくて生き生きとしている人たちばかりだ。

 たまには不満もあるだろうけど、病むようなほど落ち込んだりすることはないんだと思う。

 ああいう絵は、そういう陰鬱な人と波長が合うのか、どれだけ隠されていようと人の目に少なからず映るけど、たぶん邸宅の人は色んな意味でそういものを吹き飛ばす力があるんだと思う。

 わたしも鑑定を使っていなかったら、たぶん気付かなかった。

 それくらい存在感がなかったのだ。

 そして、もしかしたら盗んだ人も気付いていない可能性がある。

 一応三枚で完結しているようなストーリーではあるし、四枚目はそもそも一般的に人の目に映るような場所にない。

 もし、知っていたとしても容易に盗みに入れるような場所じゃないのは間違いない。


「俺もそんなものがあるとは知らなかった……魔力的に封じられてる出入り口を確認したら、邸宅に戻ろう」

「わかりました」


 二階まで一通り美術館を見て周り、わたしは閣下を例の入り口まで案内した。

 一階にあるその場所は秘密の場所だったはずなので、人の目につかない奥まった所にある。

 いわゆる死角になる場所で、しかもなんとなく人はそこを避けて通っている感じだ。

 たぶん、何かの力が作用していると思っている。

 閣下もそれを感じていた。

 わたしはきょろきょろと周囲を見回して、とりあえず見られていない事を確認する。わたしの後ろで閣下がわたしの姿を隠すように立つ。

 わたしはそっと壁に手をついて魔力を流した。




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