6.訓練室での話
現在目の前のは簡易武器を持った閣下がいて、そして相対するわたしの手にも同様に武器が握られていた。
バルシュミーデには私設警備隊が存在していて、彼らは店の警備や重要人物の護衛などを行っている。
そのバルシュミーデの私設警備隊の面々が訓練する場所が敷地内にあった。
閣下はそこを空けさせて、わたしを伴って中に入って行く。
中は、店内と同様程よく冷えていて、こんなところにもお金をかけている事に驚いた。
閣下は、ラフな格好をしてはいたけど、戦闘用の防具という訳ではない普通の服だ。
「好きに打ち込んで来い。俺からは手を出さないから」
無防備とも言える構えに、絶対的強者の余裕が見て取れる。
わたしよりも強い事は初めから分かってはいたけど、こうして目の前に立たれると、それを一層感じられた。
「刺突武器が得意だと言うから準備したが、自分の得物の方がいいか?」
「いえ、これで大丈夫です。自分の物は刃が潰れていませんので。まあ大丈夫だとは思いますが、何かあっても困りますので」
「大した自信だ」
余裕の笑みで閣下が言う。
なんだか馬鹿にされている気分だけど、閣下にしてみればはるか格下に当たる強がりくらいにしか思えないのも当然。
まあ、少しくらいは驚かせてみたい。
わたしは軽く息を吐き、集中する。そして一気に駆け出した。それこそ、常人の目で追えない速さで。
そのスピードのまま腕を思い切り突き出す。
普通だったら、ここで終わる筈だった。
しかし、閣下はいとも簡単にわたしの突きを躱す。追撃しようと、グッと利き足に力を込め更に踏み込み、思い切り薙ぎ払う。
ガキィンと甲高い音が響き、閣下が自身の手に握る剣でわたしの剣を受けた。
全く身体の芯がブレず、軽々と余裕さえも見える閣下がぐっと力を込めてくる。
このままでは押し負けるのは分かり切っている。
わたしはわざとふっと力を抜き、一瞬の隙に横へ飛び退った。
「なるほど、確かになかなかやるな」
「では、わたしの腕は信用してもらえるという事でよろしいですか?」
「攻めるのと撃退するのはまた違う、そうは思わないか?」
「えっ?」
閣下が言い終わるか終わらないか、今度は閣下が一気に距離をつめてきた。
ハッとする暇もなく、本能が危険を察知して身体が反応する。
——早すぎ!!
わたしがいた場所に轟音が響く。
間一髪で後ろに飛び難を逃れたが、次の瞬間には目の前に閣下の剣が迫る。わたしは覚悟を決めて、両腕で剣筋を受けた。
身体が吹っ飛び、背の壁に激突。
痛みはなくても、ぐっと息が詰まる。
仕留め切れていないと分かっているのか、閣下の猛攻は止まらない。
というか、手を出さないと言った言葉はどこ行った!と文句を言いたい。言える状況でもないけど。
そもそもさっきの一撃も一般人が受けたら、それだけで死ぬんじゃないかってくらいの威力だ。
こちらの実力を測っているのか、それともある程度本能で分かっているのか…。
上から振り下ろされる閣下の剣。
重い一撃は受ければそれで終わりだ。
普通なら――
剣と剣がぶつかり合う重い音。閣下の見開いた目が印象的で、弾いた時の高い金属の擦れる音が耳に残る。
「はあああ!!」
一瞬閣下の身体に隙ができた。チャンスとばかりにわたしは気合と共に踏み込む。
しかし、相手は冷静だ。
一合二合と剣を切り結び、剣を剣で受け力比べになる。お互い相手の出方を見ているが、そうそうに仕掛けてきたのは閣下だった。
まるでわたしの動きなど分かっているかのように薙ぎ払う。
勢いで二、三歩後ろに下がりつつ勢いの止まらない閣下の剣を横によけて避けた。更に追い打ちをかける閣下に、思い切り後ろに飛び距離を開ける。
二人の間に距離ができ、わたしは荒くなった息を整えた。しかし、閣下の方は息一つ乱れておらず、余裕の表情だ。
「言うだけの事はあるな。まさか、力負けしそうになるとは思わなかった」
閣下が感心したように言う。
しかし、それを素直に賛辞だと受け取れない。何せ、閣下は実力の半分も出していない。
「君が、まさかヴァルファーレと同じタイプだとは思わなかった」
閣下の目が薄暗く光る。口元は愉快そうに笑っているのに、目が笑っていない。
「”魔法士”などという存在は、意外といるものだな」
その言葉に、わたしがピクリと反応する。それを見逃す閣下ではない。
ふっと笑って言葉を続けた。
「やはりそうだったか。ヴァルファーレもあの体格からは想像できない力と俊敏さを持っているからな。正直、旧時代の魔法全盛期の時の魔法士はどれほどのものか恐ろしいくらいだ」
閣下は剣を下ろし、構えを解いた。
もともと実践ではなくあくまでも模擬戦。
わたしがどれほどの実力かを見るものだったので、閣下自身は満足した様だった。
「”身体強化”か、便利そうな“魔法”だな」
馬鹿にすることもなく、卑怯だと言う事もなく、それが事実であると淡々と認める閣下に不思議そうにわたしは聞いた。
「今時魔法なんて時代遅れだと言うかと思ってました」
閣下は微かに笑って答える。
「ヴァルファーレとはそこそこの付き合いだ。それこそ、あいつが模擬戦で堂々と魔法を使っていたからな、その脅威を身を以て体験させられた」
頭が凝り固まった人かと思えば、意外と柔軟性もある。
遥か昔旧時代と呼ばれる時代、まだ魔道具がここまで普及する以前において、最強とされていた魔法という技術。魔力という力を運用して現象を生み出す力は、戦場において無類の強さを誇った。
その時代にはそれこそ魔力を持ち、魔法を扱う人が特権階級として君臨していた。しかし、次第に一部だけが扱える魔法という技術が廃れていき、その代わりに台頭してきたのが魔道具だった。
誰でも簡単に扱えて、魔力がなくても魔法が使える、そんなものが開発されれば、誰もがそれを使うようになる。
魔法は魔力が尽きれば使えなくなる。魔道具も元をただせば魔力で動かしているけど、これの便利なところは、取り換えが利くと言うところだ。数多くそろえておけば、使えなくなってもすぐに交換して使うことが出来る。だが、魔法士はいなくなればすぐに補填できるものではない。
次第に無能の烙印を押され、魔法を学ぶ者がいなくなるのは当然の事で、現在では魔法の存在自体が嘲りの対象となった。
「店長ならたとえ何と言われようと好き勝手やりそうですね…、というかみんなが馬鹿にしていた規則の原因を今知りました」
「どういうことだ?」
「今の皇都ロザリア高等学院の実践実技講義に魔法の使用禁止という時代錯誤な一文があるんですよ」
魔法なんて使える人自体が少なくなったこの時代で、しかも魔法が使えると言うだけで馬鹿にされるような世間の目の中で、使えたとしても常識ある人なら使わないであろうそれに対し、規則として制定するのはどういう事なのかずっと疑問だった。
中には明らかに時代錯誤な規則を堂々と馬鹿にするやつもいたけど、近い過去で起こった事に対し危機感をつのらせた教師陣が新たに定めた規則だったのだと知った。
「まあ、まず間違いなくヴァルファーレのせいだろうな。少なくとも俺の時代にはそんな規則はなかったからな」
その頃の事を思い出しているのか、眉間にしわが寄る。それとも店長と戦った時の事を思い出しているのだろうか。
ただ閣下は少し誤解をしているように思えた。
わたしと店長が同じと言っていたけど、そこは違うと言っておきたい。
「閣下は魔法というものに対して少し誤解しているようですけど、もしかしていわゆる攻撃魔法と身体強化みたいな補助魔法が同一のものとお考えなのでは?」
「違うのか?」
確かに魔力を使って行使する力という点では同じだけど、厳密に言えば攻撃系魔法と補助系魔法は体系が全く違う。
正確に言えば、素質があるかないかだ。
普通はどちらか一方にその素質は偏る。もちろんどちらも使える魔法士というのは存在しているけど、そういう存在は中途半端な威力のものしかどちらも使えない。
「店長は完全に後衛魔法士です。身体強化が使えると閣下は言っていましたけど、たぶん違うと思います。攻撃魔法の一種に似たようなものがあるんですけど、そちらではないでしょうか?」
実はその魔法はかなり怖い魔法でもある。
能力を無理やり引き出し、自己崩壊させる、そんな魔法だ。
「まあ、店長ほどの実力者なら身体強化も使えそうではありますけど…、でもおそらく閣下には敵わないと思いますよ。実際、魔法無しの接近戦なら身体強化を使っても店長は閣下には勝てないでしょうし」
「どうだろうな、当時は接近戦もかなりこなしていたが…」
「というか、店長と付き合っていたせいか、閣下も無意識に身体強化魔法を使っていますよ。少なくとも、そう感じました」
わたしの言葉に、驚いたように閣下が目を見張った。
「俺が?魔法をか?」
「結構いるんですよ、知らずに使っている人って。特に危険な仕事を生業にしている人は、無意識に使ってる事が多い気がします」
例えば、単純な力だったり、目や耳や鼻が人よりいいとか、足が速いとか、とにかくそう言う些細な事。
意外と魔力を持っていて、無自覚で魔法を使えている事はよくある事だ。
ちなみに、閣下もその口である。
そうでなければ、身体強化を使っているわたしに敵うはずがない。
魔力での補強と言うのは、体内魔力量に応じて違うけど、わたしは昔基準でも戦略級魔法士並みの魔力を持っているので、そうそう力負けもしなければ、速さが目で追いつく事もない。
なのに、閣下は軽くわたしを捉えたし、力比べになった時わたしと同等かそれ以上だった。
最終的に気付いたのは、切り結んだ時に武器に魔力を感じたからだ。
模擬剣と言っていたので、絶対に使用者の魔力でしかありえなかった。
「ヴァルファーレにも言われたことないんだが…?」
「店長の場合、知っていても言わなさそうですよね。でもそこまで意地悪でもないと思いますので、何か言われた事あるんじゃないですか?」
閣下は少し考えるように腕を組み、しばらくすると、そういえばと呟いた。
「まだ学生時代の時の話だが、一度ヴァルファーレからもう少し鍛えた方がいいと言われた事がある。その時は実践講義の後だったから、単純に身体を鍛える、もしくは技を鍛える、その程度に思っていたが…」
「それ、店長が言うとかなりおかしくないですか?だって、閣下の言い方的に店長にはなんだかんだで勝っているように思えましたが?」
“当時は接近戦もかなりこなしていた”と言っていたけど、それは自分の方が上であるからこその言葉だ。
「もっと鍛えた方がいいっていうのは、魔力の方だったという事か?」
「それか、不完全ながらも出来ていた身体強化の方か…」
どちらにしても、今現在閣下がそれを使っている事は間違いないだろう。
そして自覚もないから、本能的に無意識下において力を発揮していると。
「少なくとも、閣下はかなり魔力を持っていそうです。もともとバルシュミーデは建国から続く家柄ですから、魔力が強くでるのはおかしくはなさそうですし…。閣下の場合、父君の血とも考えられます」
建国当初は、当然特権階級はほぼ全員が魔力を持つ魔法士だった。
建国時代から続く大領地の領主一族は、いまでもそれなりに魔力は持っていそうだ。調べないだけで。
「今までも興味もなかったからな、調べもしなかった。正直、魔法なんて使えなくても問題ないしな」
その通り。魔法は現在において使えなくても全く問題はない。
ただ、便利な魔法もあるので、わたしは使っているだけだ。
「意識的に使えるようになったら、閣下は紛れもなく世界最強になりそうです…」
今でさえも、身体強化魔法を使いこなすわたしの兄たちぐらいには強い。
「なるほど、確かに知ってしまったら意識的に使えるようになりたいな。君は教える事ができるのか?」
出来るか出来ないかで問われれば、出来る。
ただ、そのためにはしばらく毎日閣下に合う必要性もあった。
つまり、面倒くさい。
だけど、ここで恩を売っておけば何かあった時に助けてもらえるかもしれないという打算が働いた。
なにせ、バルシュミーデ。バルシュミーデに出来ない事はそうそうない。
わたしはにこりと笑って提案した。
「できますけど、お教えします?」
「そうだな、門外不出とかでなければ頼む」
こっちの思惑は分かっていそうだけど、閣下は迷う事がなかった。
「契約書の類は必要か?」
「特には。閣下を信用しますよ」
わたしに契約書の事を聞いてきたけど、契約書が必要になるのはむしろ閣下の方だ。魔力を扱う事を教えるのは面倒くさいだけで危険はない。しかし、悪意ある教え方だと命の危険があるので、それを防ぐために契約は必要だ。
特に効力の強い血の契約が。
わたしがそれを伝えると、閣下が必要ないと答えた。
「少なくとも、君は俺を害する事は無いだろう?」
「なんでそう言えるんですか?」
初対面の人間相手に無防備すぎな気がする。
閣下は、ふっと笑って言った。
「ただの勘だ」
「勘って…」
呆れた理由だ。
でも、なんか悪い気はしない。
「これからよろしく頼む、クロエ」
閣下が手を差し出してきた。それをそっと握ると、閣下が力強く握り返してくる。
わたしは閣下に初めて名前で呼ばれて、ちょっと認められた気がしていた。
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