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50.5.閑話での話:マダム・ルイーゼ視点




 時が経つのは早いものだと最近よく感じる。

 あの小さな赤ん坊が立って歩いて、たくさん笑ってたくさん泣いて。

 軽々と抱き上げていた時が懐かしい程に大きくなった。

 東国の奥様の手元を離れ、このリブラリカ皇国に来たときはまだ幼さばかりが目立っていたのに、最近急に大人の女性の様な雰囲気になって驚いたものだ。

 それが恋によるものだとすぐに勘づいたけど、おそらくまだ自覚前。あれこれ指摘するとかわいそうなのでそっとしておいた。

 そして、先日電話があった。


――喜ばしい事だけど、経営者としては嘆くところかしらね…


 まあ、お得意様を失おうともそれはそれだ。


――そろそろ来る頃かしら?


 特別約束はしていない相手。

 でも恐らく来るだろう最上級のお客様。

 もし来たら丁重にこちらに案内する様に店の人間には伝えてあるので、待たされることなくこちらの部屋に来るはずだ。

 そしてそれは間違いじゃなかった。


「マダム、バルシュミーデ卿がお越しです」

「どうぞ」


 外から声がかけられて、来たかとにこやかに微笑む。

 ドアが開かれ、相変わらずの男ぶりのいでたちで、彼は部屋に入って来た。


「お久しぶりですね、バルシュミーデ様。相変わらずお忙しそうですわ」

「お久しぶりです、マダム・ルイーゼ。先日は助かりました」


 その口調に少しおかしそうに口元を隠しながらうっすら笑う。

 いつもならもっと砕けた口調なのに、なんとも驚くべきことだ。

 席を進めると、彼はいつもの定位置に腰を下ろし、わたくしは手ずからお茶をいれ彼に差し出した。

 いつもならコーヒーを外の従業員に頼むところだけど、今回は少しばかり思う所があったのでお茶を出す。

 しばらくそれを見つめていた彼だけど、大人しく口を付けた。


――なるほど…。かわいらしいところもおありなのね。


 くすくす笑いたくなるところをぐっとこらえて、わたくしは対面に座る。


「なかなかいい茶葉を使っていますね」

「ええ、実は()が好きな茶葉ですのよ」


 先にしかけると、普段その仕草や動作から何も悟らせないバルシュミーデ様の手が一瞬止まり、味わうように再びお茶に口付ける。


「そうでしたか…ぜひ教えて頂きたいですね」

「まあ、でしたら少しお分けいたしますわ」

「ありがとうございます」


 全く、こんな話をしたいわけではあるまいに、いつものように用件をすぐに切り出してくれればいいものをと思わなくはない。


「ところで、今日はどういったご用件でしょうか?」


 先日は情報を買いにやってきて、女性は買わずに帰って行った。

 そういう事は良くあるので、その時は何も思わなかった。

 ただ、きっとそう言う意味でこの店に来ることはないだろうと確信したのは先日の事。

そして今日、どこか緊張した面持ちでやって来たので全てを悟った。

 カップをソーサーに静かに戻し、彼は居住まいを正しわたくしに覚悟を決めて頭を下げた。

 何となくそうなるだろうなとは感じていたので、驚く事は無い。


「あいさつが遅れて申し訳ありません。先日からマダムが後見人であるクローディエと交際を始めました。本来なら交際前に確認を取るところですが、なにぶんマダムとクロエの関係を知ったのが数日前でして…」

「どうせ、クロエが何も言わなかったのでしょう?」


 言い訳の様な彼に対し、わたくしは言葉を重ねて止めた。

 まあ想像は出来る。

 わたしとの関係を別に隠しているわけではないけど、なんとなく伝えにくい事があると後回しにしてしまう所がある。


「おそらく、琉唯辺りから言われたのでしょうね」


 厳密に言えば、わたしに許可を取る必要性はない。

 琉唯とその上の兄二人の母親ではあるけれど、クロエの母親という訳ではないから。

 もちろん、あの子の事を昔から娘のように可愛がってきたけれど、男女交際に口を挟むのは本当の母親でもしないだろう。

 ただ、わたしとバルシュミーデ様の関係を見れば、黙っているわけにはいかない。

琉唯辺りがバルシュミーデ様の心境を考えてクロエに言ったのだろうと理解できた。


「わたくしはね、あの子の事を娘のように思ってきました。わたくしが生んだ子供が男三人だった事もあって、ことさら可愛く思えたものです」


 クロエは東国の奥様の所で大事に育てられてきた。

 本当に素晴らしい奥方様で、わたしの生んだ子供の教育もかの方が手配し育ててくれた。

 そのおかげか、兄弟仲は悪くない。

 ただ大切に育てられたせいか、クロエは少しばかり男女の仲には疎い所もあって心配もした。

 ここは大都市で、悪い男なんて腐るほどいるのは知っていたから。

 変な男にだけは捕まらないように警戒していたけど、まさかこれほどの男性を捕まえるとは思ってもみなかった。

 

「バルシュミーデ様の人となりはそれこそ成人前から知っておりますわ。ですから、クロエの事を安心して任せられます。ただ、分かっているかと思いますがクロエはまだ未成年。その辺りの事は重々承知していただきたいですわ」

「わかっています」

「それを聞いてほっといたしましたわ」


 この国で学ぶことを勧められ決めたのはクロエ本人で、一番上のお兄様の大反対を振り切って単身やってきた。

 もし変な男に捕まりでもしたら、それこそ留学を取りやめられて、東国から出してもらえないかも知れない。

 それぐらい溺愛されている。

 わたしに挨拶するよりも、むしろそっちの方が大変そうだ。


「なかなかお忙しいのは理解しておりますが、もしクロエとの事を本気なのでしたら、出来れば早めに東国の奥様とクロエのお兄様にはお会いした方がよろしかと存じます」


 おそらく、本気なのだ。

 本気ではなかったら、未成年と付き合うような男ではない。

 クロエを選んだ時点で、色々な覚悟が決まっていると想像できた。


「ええ、ご注進ありがとうございます。できればご両親にもお会いしたいのですが、それは難しいのでしょうか?」


――両親…つまりクロエの遺伝子上の両親という訳ね……難しいか難しくないかで言えば、難しいわね


 父親に至っては年中世界中旅してまわっているので会おうと思ってもなかなか捕まらない。

 どこにいるかは彼についている息子が時々知らせてくれるので無事なのは分かっているくらいだ。こちらから連絡を取る手段がほぼないので、どうしようもない。

 ただ言えるのは、無視しても問題ないという事。


「クロエの父親は無視しても大丈夫ですよ。人の事とやかく言える立場ではないので。実の母親は知ったら喜んでくれるでしょうが、クロエを実質的に育てた方は納得されないかも知れません」

「…クロエからは二十離れた兄君がいるとは伺っておりますが……」

「まるで自分の娘のようですわよ。実際、クロエと同じ年の子供がいてもおかしくない年齢ではありますけど」

 

 父親の様な存在。

 むしろこっちの方が厄介だ。

 父親でないから余計にクロエに対する責任とかを感じている節がある。

 むしろ、クロエがいたから結婚が遅れたと言っても過言ではないほどだ。まあ、それもあって奥様が引き離したとも言える。

 奥様はクロエの育ての親で、実際自分の子供も育てた正真正銘の母親(・・)だったので、にわか父とクロエの関係性が少し歪なのには気付いていた。

 その判断は間違いじゃない。

 今は結婚して、自分の子供を持ったおかげか、それとも彼の奥方の影響か少し考えが変わったようだと聞いている。


「クロエの育った家は武の一族。弱い男はそれだけで弾かれますが……バルシュミーデ様なら問題ないでしょうね」


 この国最強とまで言われた個人武力を持ち、心の方も弱くはない。

 しかも全く衰える気配のない権力さえ持つのだ。

 ケチつけたくてもどこにもケチをつけられない。

 敢えて言うなら、未成年に手を出した、という事だけど……。


――あら、そういえばクロエにどの程度手を出したのかしら?


 先ほどクロエは未成年だからほどほどにと釘をさし、彼もわかっていますと答えた。

 別に成人するまで手を出すなと言ったわけではない。身体の負担を考えて無茶しすぎてはだめですよと言ったつもりだった。

 なにせ、クロエと目の前の彼は結構な体格差があるのだから。


――そういうつもりだったけど、もしかして別の意味に捉えていたら……


 全く手を出していない…、とは考えにくい。

 だけど、身体の関係があるのかといえば――、なさそうだ。

 勘だけど。

 そして、彼の返答を聞く限り、クロエの成人まで待ちそうな雰囲気だ。


――あら、まあ……


 驚くべき精神力。忍耐力。

 今が最も男盛りな時なのに、まさかまさか――。


「女性が必要な夜は、こっそりご案内して差し上げますよ」


 にこりと微笑めば、少し嫌そうだった。


「そういう意味ではこちらに伺う事はもうないでしょう」

「そうですか?残念ですわ」


 金払いも女性への扱いも遊び方も心得ているお客様が減るのは経営者として悲しいが、こういう店の人の移ろいは仕方ない。

 独身時代は通った殿方が、結婚し子供を持ち訪れる事が無くなるのはしかたがない事。

 厳密にはまだバルシュミーデ様は独身だけど、お付き合いしている女性に対し不誠実な事はしない人だ。


「クロエの事をよろしくお願いします」


 微笑みながらそう言うと、もちろんだとでも言うように頷く。

 そして、その後軽く世間話をしてから帰って行った。

 もちろん、クロエの好きな茶葉を持って。


「ふふふ、本当にかわいがっているのね」


 お茶嫌いなくせに口をつけ、こちらに気を使って言葉まであらたまった口ぶりだった。


「久しぶりに、クロエとお買い物でも行こうかしら…」


 最後に会ったのは、まだ自覚がなかった時。

 実際にお付き合いを始めてどう変わったのか、どんな顔をしているのか楽しみだ。

 わたしは少し浮かれてクロエに連絡をとった。





時系列的に、バーバリア領から戻ってきてすぐくらい。


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