50.客が三人いる店での話2
「それで、わたしに聞きたいことってなんですか?」
新聞に載った事件でわたしに聞きたい事。しかも事件が起こったのはかなり前の話で。
カーティス殿下に促されて、閣下が地図を取り出してカウンターの上に置いた。
それをわたしが覗き込む。
地図は皇都全域の地図で、そこに三つの丸がついていた。見たところ全て美術館だ。
そこで、わたしはかなり前の新聞記事を思い出した。
「あ、もしかして美術絵画の窃盗事件ですか?」
「よく覚えてるな。結構前の事な上、聞き込みしてもそんな事あったかなくらいの認識だったんだが」
「よく覚えてます。だって絵が三枚も盗まれたのに、犯人は捕まっていないし、三枚盗んでぴたりと止まったし」
その窃盗事件は春先、まだわたしが高等学院入学したくらいの時に起きた。
立て続けに三か所の美術館から絵画が盗まれて、当時は他にこれといった事件が無かったのでなかなかなニュースになっていた。
美術館や博物館などは、かなりの値打ちものが展示されているので防犯設備は一流だ。特に皇都の美術館や博物館は観光施設になるほど人が訪れる場所だ。中途半端なものは置かれていない。
「ま、察しはついたと思うけど、人は新しい事件、それがセンセーショナルな事件なら、すぐにそっちに流れちゃう。このところ、そういう事件が多いから」
カーティス殿下の言う通りだ。
皇室の関わる盗難事件とその裁判、バーバリア領での領主一族による大量殺人未遂事件、そして皇都で最近起こっている行方不明事件。
どれもこれもかなりの話題性だ。
数か月前の事件何て影に隠れて忘れられてしまう。
「でも、わたし別に事件当日近くにいたとか、そんな事はないですよ。何が聞きたいんですか?」
普通こういう捜査の聞き込みは、事件当日に近くにいた人とか近隣住人からするものだ。店長の店でする事じゃない。
「ヴァルファーレには、魔法的にこういう盗みは出来るのか聞いていたんだ。結論から言えば、出来ない事もないという事だったが…クロエはどう思う?」
そう問われ、わたしはうーんと少し考えた。
でも、わたしも店長と同意見だ。
むしろ、わたしだったらたぶんできると断言できる。だからこそ、店長は出来るとは言わずに、出来ない事もないと濁したのかも知れない。
「店長が出来ない事もないと言ったのは、わたしを庇った言い方かもしれませんね……」
ぽつりとそう言うと、どういうことだと先を促された。
「わたしなら、出来ると断言できます。魔法…というか魔力を使える人は大体できる手があるんですよ。ただ、店長は……まあ、細かい魔力操作が苦手だから……」
店長は大きな魔力を扱う事には長けているけど、少量の魔力を扱うのが苦手だ。
「知ってるかも知れませんが、盗みに入られた美術館って、昔…つまり旧時代では軍務局が使用していた隊舎だったんです。で、使われなくなったけど、かなり頑丈で警備や防犯の観点で言えば、流石軍の使用していた設備。結構すごいんです」
そう、民間に売り渡された古い建物で設備だけど、民間にとってみれば当時はかなりの設備だった。
その機能は、美術館にしたり博物館にしたりするのが適していた。それを活用して作られたのが今回盗みに入られた美術館だ。
「問題なのが、これが旧時代に作られたものって事なんですよ」
旧時代は魔道具がここまで発達していない時代だ。この時代の主力は魔法。
「つまり、この建物も魔法的に色々盛り込まれて作られているんです。今ではそれを知っている人はかなり少ないでしょうね。防犯の観点から言っても、それを紙に残して保存しているとも考えにくいし…もしかしたら、機密文章が軍務局のどこかに眠っている可能性もありますけど」
ただ、わたしはそれを知った時実はこっそり色々調べた。
調べた内容は未だに誰にも話していないけど、たぶん店長あたりは察していそうだ。
今ここで話しておいた方がいいなと話す。
「わたし、そういう施設を色々調べるのも好きで、偶然知っちゃったんですけど…魔力で封じられた道があったんです。多分、軍の施設だったし、緊急避難用だったのかも知れませんが」
「なんだって?」
「それ本当?」
閣下とカーティス殿下が同時に声を上げた。
それにわたしは頷いて続けた。
「実際にちょっと興味本位で試しちゃって…こっそりと」
そこで、琉唯がお前なと呆れたため息を吐いた。
「それ、犯罪だって気付いてる?目の前のお前の彼氏様が何だったか覚えてるか?」
「ちょっと興味があったんだからしょうがないでしょ。だって、当時まだ中等学院に入る前だった…子供だったし…今でも子供だけど――…でも!試しただけで中には入ってないですよ!だから不法侵入とかではないですからね!だから、ぎりぎり犯罪ってわけでは――」
わたしは必死に自分を弁護する。
「どっちにしても、そんなものが存在している事自体が驚きだよ。ヴァルファーレは何も言わなかったし」
「魔法的に出来るかと問われただけで、そこを聞かれませんでしたからね」
なんとも店長らしい答えだ。
「つまりヴァルファーレもその道の存在は知っていたと?」
「知っていましたよ。学院の課外授業で行かなければたぶん生涯知る事は無かったかもしれませんが」
店長は美術品とか骨董品に関しては興味がないので、自分から積極的にそういう所に行く人ではない。
わたしもそういう品物に関しては特に興味はないけど、旧時代の建物とかは好きだ。なので知っていた。
「なぜすぐ教えなかった?」
「教える必要性を感じませんでした。そもそも、ほぼ誰も知らず魔力を持ってる人全員が出来る事でもありませんから。実際私が出来ないので、証明しろと言われても無理ですし」
店長が肩を竦めてそう言った。
それに言ったところで誰も信じない。それくらい魔法という分野の知識的地位は低いのだ。
「――話を戻すが、とにかくクロエには出来るという事でいいんだな?」
「出来ますね、特に今のご時世ならバレずに」
「お前、一気に一番怪しい人物になったな」
わたしではないと分かっているからか琉唯が茶化す。
一番怪しいけど、わたしじゃない。
「クロエがやったとは思わないが……魔力や魔法でどうにか出来るのなら、犯人を絞り込むのも難しいな」
意識して魔力を使える人というのは、それほどいないけど、大っぴらにしている人は更に少ない。
わたしは鑑定魔法が使えるので隠してはいないけど、そうじゃない人は一定数いる。
ただ、閣下が言っていた犯人を絞り込むのは難しいの言葉に、わたしは少し首を捻った。
「そうですか?少なくとも美術館に詳しくないと出来ない事だから、良く来てた人とかに的を絞ればいいんじゃないでしょうか?」
入館する時に名前を書かなくてはいけないので、不正に入り込んでいない限り名前が残る。
「それはやったが、それぞれアリバイもある」
「信用できるアリバイなんですか?」
「…自分で聞き込みしたわけではないが、出来ると判断されているな。当時は」
完全に手掛かりがない状態なのが分かった。
「役に立てずにすみません」
「いやいや、むしろ大手柄だよ。不正に侵入しようと思えば出来るっていう情報はすごい進歩だよ。聞いてよかった。ヴァルファーレが教えてくれてたらもっと良かったんだけどね」
ちらりとカーティス殿下が店長を見るけど、店長はそれに対し完全黙秘だ。
「実際見て見たいところだ、その道を」
閣下が考えるように言うと、店長が提案した。
「それなら今から行ってきてはいかがでしょう?」
その提案に、わたしは目を瞬かせた。
一刻も早くこの男三人を追い出したい雰囲気を感じる。
「そんな邪険にしなくもいいのに。それに、そうなると彼女借りる事になるけど、いいのかな?」
「軍の調査に協力するのは至極当然ですよ」
心にもない事を店長が言うと、閣下が鼻で笑った。
というか、調査に協力するのはわたしだ。今日はここでの仕事なので店長の許可は必要だけど、店長がさくっとわたしを押し付けた。
閣下はその真意を探るように店長を疑っていたけど、結局店長の提案を受け入れる。
「それなら、クロエをこれから借りるが、終わったら店に送ればいいか?」
「いえ、たぶん遅くなりそうですし自宅の方へ送ってあげてください。近頃危険ですから。クロエ君、準備してもらったのにすみません」
「いえ、大丈夫です。明日は来た方がいいですか?」
「もし予定がなければお願いします。そろそろ整理しないといけない物が増えてきてしまったので」
確かに、店長が戻ってきてから物が増えた。
迷宮で手に入れた迷宮品ばかりだ。
店長は迷宮産魔道具にしか興味ないけど、迷宮から産出されるのは何も魔道具だけではない。
時に美術品や骨董品、魔石や宝石なんかも見つかったりする。
そういうものは通常の物より割高だ。
そして今、店の奥にはそういうものが溢れていた。
鑑定した後に、オークションに出すなり、専門の業者と取引するなりする事になるけど、それまで雑多に置かれているので整理しておきたいところだ。
そこでふと思い出した。
美術館から盗まれたものが、そういう迷宮から産出された絵画だったのを。
美術館や博物館にそういった迷宮産の物が展示されるのは珍しい事じゃない。しかも、そういったものの方が人が集まるのまた事実だったりするので、売りに出されれば個人で購入するというよりも美術館や博物館が購入する事が多い。
たぶん、店の奥のいくつかもそうなると思う。
「ちょっと準備してきます」
「急がなくていいから」
準備してすぐに着替えるのは変な感じだけど、エプロン脱いで短上衣を羽織るだけだ。
準備した時と同様で、そんなに時間がかからず準備は終わる。
髪は結んだままで、鞄を持って戻った。
「お待たせしました」
わたし待ちだった男三人が立ち上がる。
「捜査はクリフォードに任せて、私とルウイは宮に戻るよ。まだ仕事が残っているんだ」
「……だったら初めから来ないでください」
「いやぁ、息抜きは大事でしょう?」
何を言っても無駄だと知っている閣下は、それ以上何も言わなかった。
嫌そうな顔をしているので、閣下にとっては不都合か不愉快な事が二人の間で起こっているようだ。
店を出て大通りで別れる。
ここまで皇室所有の馬車で来たようで、わたしと閣下は店から一番近い美術館に歩いて向かう事になった。
そんなに遠くないので、問題はない。
こんな有名人が堂々と歩いていていいのかとも思ったけど、実は人と言うのは有名人に関してそれほど頓着しない生き物だと最近知った。
一瞬視線は感じても、すぐにその視線は外れる。
閣下の顔は有名だけど、同一人物だと思われない事がほとんだという事だ。
むしろ過剰に反応する方が珍しかったりする。
――確かに人の中にいたらイケメンだから見るけど、すぐにクリフォード・ゼノン・バルシュミーデと判断できるかは……分からないかも知れない。
すっごいファンとかだったらすぐ飛びつくくらいの話題性ではあるけど、名前と顔を知っている程度だったら、そこまでじゃない。
「なんだ?」
「なんでもないです」
こっそり見ていたのはバレていたようだ。
わたしは誤魔化すようにそう言った。
閣下は深く追及せずに、人通りが多い道で自然と手を握ってきて、わたしはそっとその手を握り返した。
それがこっそり逢瀬を重ねる恋人みたいで、少しドキドキして頬が熱くなった。
顔も名前も知ってる有名人がその辺を歩いていても、気付かれない事はよくあるよねって話
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