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49.客が三人いる店での話

 わたしが閣下から渡されたメモは簡潔にこう書いてあった。

“しばらく邸宅(ロードリア)に泊るように。マダムの許可は取ってある”と。

 閣下はこのメモを書いた時には新聞に載るであろう記事の事を知っていて、そして事件の対象となっている年だったので一人では危険だと先にママに知らせたんだと思う。

 ママも閣下なら預けても問題ないと判断した様で、すでに許可は下りていた。

 一応確認でママに連絡したら、やはり閣下から連絡がいっていて、許可したと言った。

 なんでも、閣下なら安心して預けられるとの事だ。

 仮にも男性の家ではあるけど、閣下の家なら使用人も大勢いるし、閣下自身も基本的に真面目なので、間違いはおこらないだろうとも言っていた。


「じゃあ、なに?同棲生活でも始めるってこと?」

「だから!一時的措置なの!どっちかっていうと同居だから!」


 いちいち突っ込むシャーリーを睨むと、はいはいと手をひらひら振られた。


「まあまあ、シャーリーもそう言う事言わないのぉ。言いたい気持ちは分かるけどぉ。――…でもぉ、その方がいいわねぇ」


 リリノールがわたしとシャーリーを仲裁し、話が戻る。


「一人よりかは安全だよな、やっぱ。それに守りも堅いだろうし」

「どうして、そんないつもそう脳筋なの?考えが」

「ちげーのかよ?」

「……間違ってはないでしょうね。たぶんうちよりも強固な守りよ」


 そりゃあそうだ。

 なにせ邸宅(ロードリア)は大領地バルシュミーデの皇都邸だ。その総領息子で唯一の跡取りが仮住まいとして暮らしているのだから、守りは堅い。

 ただし、この間のように国軍が押し入ってくれば、流石に押しとどめる事はできないけど。


「とにかく、そういう事だから。しばらく落ち着くまでは家に帰らないと思う」

「あとは軍が解決してくれるのを祈るばかりね」

「早期解決しないと、市民からも叩かれるだろうから、いまごろ必死かも知れないな」


 どっちにしろ、わたしたちに出来る事は自衛以外なにもないということだ。

 そうこう話している間に、鐘が鳴りみんな席に座った。

 教師が入って来て、学院の一日が始まった。




*** ***




 今週は半日なので、講義が終わると各々帰って行く。

 お昼ご飯ぐらいはと食堂で五人で食べて、それぞれ予定があるのでそこで別れた。

 わたしは今日店長の店にバイトに行く日だ。

 乗合馬車を乗り継いで、店に着くと中から楽し気な話し声が漏れてきていた。


――珍しい…


 そもそも客がいる事自体珍しいけど、話が盛り上がって店の外まで聞こえてくるのは更に珍しい。

 わたしはそっと店のドアを開けて中に入る。

 鈴がカランと鳴るので、一瞬会話が止まるけど、中にいたのは全員わたしの知る人たちばかりだった。

 客はなんと、閣下とカーティス殿下、そしてその護衛としてついてきたであろう琉唯の三人だ。


「やあ、久しぶりだね」


 始めに声をかけてきたのは、キラキラ輝く胡散臭い笑みを浮かべた第三皇子のカーティス殿下だ。

 この人は相変わらずの皇子様ぶりなのに、今日も全く信用できない気配で満ちていた。


「お久しぶりです」

「いやぁ、女性は少し見ないだけで一気に変わっていくね。そう思わないか、ルウイ?」

「それ、俺に振るのか?止めてもらっていいか?」

「じゃあ、クリフォード」

「私にとってはいつも同じです」

「それは、のろけ?それとも自慢?可愛いって事言いたいの?」


 にこにこなのに、にやにやとつけたい効果音の顔に、閣下は苦虫を潰したかのように顔を歪めている。

 店長はそんなやりとりを止めることなく、微笑んでいた。


――あー、これがこの人たちの日常か…


 そう思えるほど自然体の会話と表情だ。

 琉唯は琉唯で、わたしと閣下の事なんて聞きたくないのか、聞かないふりをしようとして失敗している。


「ほら、ルウイも兄として妹に一言言わなくていいの?むしろクリフォードに『かわいい妹に手ぇ出してんな、この幼女趣味(ロリコン)!』とかないの?」

「ねーよ、むしろ妹貰ってくれてありがとうございますと拝むとこかもな」

「おお!兄公認かぁ!良かったねクリフォード」


 どこもかしこも揶揄いの対象がいると、話す内容は同じらしい。

 恋愛話(コイバナ)が好きなのは何も女子だけではない様子。一部男子も大好きな話題のようだ。

 

「ちなみに、ご両親は公認かな?」


 カーティス殿下は楽しそうに聞く。

 それにピクリと閣下が反応した。


「誰が、私の両親に話したんでしょうね?ぜひお聞きしたいところだ」


 低い声が、冷たくカーティス殿下に問い詰める。


「えー、ほら?やっぱり知ってるかなと思って…わざとじゃないんだよ?わざとじゃ」


 絶対わざとだ。しかも閣下の口ぶりからしたら、閣下のお母様であるバルシュミーデ女領主様もご存じのようで…


――あれ…もしかして修羅場になるパターン?


 大事な息子と付き合いだしたのにあいさつもないとかいびられるパターン…だったらどうしようか。

 誠心誠意謝るしかないけど、許してもらえるのだろうか。そもそも、もしかしたら母親として閣下の結婚相手は決めていた可能性も……


「あ、あいさつに伺うべきでしょうか…?」


 ぐるぐる考えて、口から飛び出してきたのはそれだった。

 それを聞いたカーティス殿下が苦笑し、閣下はため息を吐いた。そして、琉唯がそれ普通逆だろと呟いた。

 

「むしろそれを言うのはクリフォードじゃないかなぁ」

「両親より、兄貴に挨拶する方が大変そうだけどな」


 二人が口々にそう言った。

 閣下は大丈夫だからとわたしに言う。


「こっちの両親――特に父は反対どころかクロエを気に入っているから大丈夫だ。母も反対はしていない。自分が結婚もせず子供を作ったのだから、文句も言えないしな――むしろ、ルウイが言った通りだ」


 それは両親に云々というやつだろうか。


「本来なら、ご両親にきちんと会うべきなんだが……」

「無理だろうなぁ、親父はどこいるか知らねーし、クロエのおふくろさんは気軽に会える人じゃねーし」


 どっちにしろ、結婚するわけじゃないのでそこまであいさつにこだわっていなかった。というか、何も考えていなかったけど、閣下は少し気にしていたようだ。

 

「ま、どこにいるか分かんねー親父はともかく、俺ら育てた兄貴の母親にはあいさつしてもいいかもな。あと兄貴。どうせ次の長期休みには帰んだから、一緒に行けば?」

「それがいいな。」

 

 わたしが良いも悪いも言わないうちに話がまとまって行く。

 閣下がいいなら、わたしは別にいいんだけど、ちょっと恥ずかしい。


「あ、でもわたしも…そのきちんとごあいさつを…」


 閣下はもちろんかまわないと頷いてくれた。


「今度、領地に連れて行こう。母はいつも領地にいるから――」

「ちょっとお二人さん、いい感じの所悪いけど、時と場所を考えてくれるかな?」


 呆れたようなカーティス殿下がわたしたちの会話に割り込んでくる。


「前にも言ったけど、そう言う事は自分の家でやってくれる?ヴァルファーレが迷惑がってるよ」

「いえ、別に私は迷惑など。ただ、クロエ君はこれから私と仕事なので返してもらえるとうれしいんですけどね」

「あ、すみません!すぐに準備します!」


 店長に言われてわたしは慌てて店の奥へと入って行く。

 準備と言っても、制服の上から汚れてもいい様にエプロンをするだけだけど、荷物を置いていつも背に流しっぱなしの髪もまとめる。

 鏡でおかしい所はないか確認し、すぐに店の方に戻ると、閣下が不機嫌そうに腕を組んでカーティス殿下を睨んでいた。


「すみません、戻りました」

「ああ、大丈夫ですよ。今日は余計な客が三人も来ていますので、掃除もしにくいでしょうし、少し座ってゆっくりしていていいですよ」


 店長が自分の隣の席に促す。

 確かにお客様が来ているのに掃除はしにくい。

 特に広い店という訳でないので、男が三人も来ると結構手狭だ。


「余計とは失礼だね。客は客だよ?」

「何も買わない客を客とは言いませんよ。ただ、雑談しに来ただけではないですか」

「雑談じゃないよ。ちょっとヴァルファーレの意見を聞きに来ただけなのに」

「そうですか、ではクロエ君も来たことですし、意見交換は終わったので帰ってください」


 ふーと息を吐き、店長がことりと手に持っていた魔道具を置く。

 どうやらわたしが来る前に三人が来た用事が終わって、雑談していたらしい。

 そしてわたしが来たので、店長は三人を追い出そうとしていた。


「待った!私は彼女の意見も聞いてみたいんだよね」


 突然話を振られ、わたしは首を傾げた。


「殿下、クロエをまた巻き込むつもりですか?」


 すっと閣下の目が細められた。

 しかし、流石付き合いの長いカーティス殿下。全く動じない。


「巻き込むって、意見を聞くだけだよ。市民からの情報取集は、間違った行為じゃないよね?」

「実際、こういう年の子の方が私たちより色々知っていることがありますからね」


 店長は諦めたようにカーティス殿下の肩を持った。

 さっさと追い出したいけどカーティス殿下がわたしから話を聞かないと動かないと悟り、一番早い解決にわたしを差し出した。

 閣下は嫌そうだったけど、二人の正論に口を噤んだ。


「実は、クリフォードにある事件を担当してもらう事になったんだ」

「ある事件?今日の新聞の件ですか?」


 もしかしてと思ってわたしが聞くと、カーティス殿下は首を横に振った。


「違うよ。まあ、全く違う訳でもないのか?まあ、事件としては違うけど、あの事件のせいで人手が足りなくなったというのは間違ってないかなぁ?」

「はあ……」


 つまり、例の事件のせいで人手が足りなくなり、足りなくなってる捜査中の事件を閣下が担当するという事だ。


「普通、逆じゃないですか?」

「それがねぇ、クリフォードってすごく優秀でしょう?事件なんかも結構すぐ解決しちゃうんだ」


――それが?いいことなんじゃ…


 ぴんと来ないわたしにカーティス殿下が苦笑い。


「汚い大人の事情だよ。簡単に解決されたら困る人間がいるのさ。主に、軍務局を縮小したい政治家さんだけど」

「ああ、なるほど……」


 軍務局が無能だと世間に知らしめて、そんな無能を税金で養うのはいかがなものかと世論を味方につけたいのだと分かった。


「でね、そっちからの介入でクリフォードは今回の件から外れる事になっちゃって」

「どこにでもいるんですね、市民の安全より自分たちの方が優先って考えの政治家が」


 カーティス殿下が言うように確かに汚い大人の事情だ。


「結局、クリフォードは人手が少なくなった場所に配属ということになったんだけど、それが窃盗事件だから、こうして地道な聞き込みさ」

「地道な聞き込みって言うのでしょうか?店に突然来たかと思えば、最近盗難に遭ってないかと聞いてきて、ないと答えたら居座って雑談が始まるのは…」

「一応、聞き込みという事になるな。事件が起きたのが近くの美術館だから」


 面倒くさそうな態度で、閣下はこの窃盗事件に配属されたのを面白く思っていない事に気付いた。

 仕事に対して真摯に向き合っているだけに、少し不思議だった。


「なんだか、嫌そうですね。その窃盗事件を担当するのが」

「そもそも盗難が起こったのが春先だ。すでに五か月近くたっているのに全く進展していないものをどうやって調査しろと?直後からならともかく、今更やれと言われても盗難の痕跡一つ残ってはいない。ほぼ絶望に近い状況だぞ?」

「そうですけど、なんか閣下なら何か見つけてあっと言う間に解決しそうだから……」


 この見たもの全てを記憶している人なら、五か月たとうが一年たとうが本気を出せば全て見逃さす事件解決しそうだ。


「実は、クリフォードがこれほどやる気ないのが、この事件を担当してたのが第一皇子派閥の人間だったからなんだよ。まあ、やる気がないっていうよりは何も調査が進んでなくて呆れてるっていうのが正解かな」


 なるほど、忙しいのに人の尻拭いに駆り出されたという事か。


「やれと命令されればどれほど理不尽でも従うし、一応窃盗事件で困っているのは当事者だ。適当にやるつもりはないが、何分手掛かりがなにもなくて」


 色々あるだろうけど、軍人の本分は忘れていない。

 国民のために軍が存在し、犯罪を防ぎ犯罪を見つけ対処する。そして、どんな事件でもそこにいる被害者のために動くのだ。

 



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