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48.教室での話

「大丈夫だったんですか…?」

「何が?」

「わたしたちの事言っちゃって……」

「ルドルフ中尉は人の事をあれこれ言いふらすような性格じゃないしな」


 対面に座らず横に座っている閣下がわたしの髪を梳きながら言った。


――なるほど、相手の性格も考慮してって事か


「ただ、俺は誰かに聞かれたらそう答える。もちろん、時と場合を考えるし、面倒くさい相手にバレるとクロエに負担になるのも分かってるから自重はするが、まあ、つまりバレても問題ないという事だな」

「うぅ…それ結局わたし次第ってことですか?」

「前にも言ったが焦らせるつもりはない。ゆっくり大人になってくれればいいから」


 ゆっくりとあやすような髪を梳く動作が気持ちよくて、うとうとする。

 邸宅(ロードリア)まですぐだけど、目が次第に重くなっていく。

 寝ちゃだめだと思いながらも、閣下の着いたら起こすからというありがたいお言葉で、少しだけと思いながら目を閉じた―――――――――つもりだった

 


――あれ?


 起きたらカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。

 寝起きで頭がぼーっとする。

いつの間にか寝間着になっていて、いつ着替えたのかも覚えていない。


――おかしい…たしか馬車の中で閣下に起こすと言われたような……


 ぼんやりしてもしょうがないので起きだすと、同時にドアがノックされた。

 はいと返事をすると、リーナさんがワゴンを押して入って来た。

 ワゴンには色々乗せられていて、朝の準備の手伝いに来てくれたようだ。


「おはようございます、良くお休みになられましたか?」

「おはようございます、リーナさん…わたし昨日部屋までの記憶がないんですけど……」

「わたくしも夜勤担当の侍女から伺ったのですが、邸宅(ロードリア)に旦那様とお着きになったときにはクロエ様がお眠りになっていた様で、旦那様がこちらまでお連れしたそうです。もちろん着替えなどは夜勤の侍女が担当しましたが」


 やはりそうだったか。

 記憶がない時点で、もしかしてとは思った。

 夜に無断で女性の部屋に入るのは止めると言っていたけど、これは例外のようだ。まあ、わたしにも非があるので、これは不問にしないと駄目だけど。

 そんな事を考えながら、わたしはリーナさんが用意してくれた水を使い朝の洗顔を行う。

 その後、制服に着替えようとリーナさんに声をかけた。


「わたしの制服はクローゼットの中ですか?」

「いえ、こちらにお持ちしました。少し汚れていたので洗ってあります」

「ありがとうございます」


 そこまでしてくれるとは思いもよらず、綺麗になった制服を渡された。

 中衣(ブラウス)も綺麗にアイロンがかかっていて、これはとてもありがたかった。

 ただ一つおかしい事がある。


「あの――このスカート……」

「なんでしょう?」


 にこにこと微笑まれて、うっと言葉が詰まりながらも、わたしのはいていたものではないと話す。


「はい、もともとこちらにも皇都ロザリア高等学院の制服を一着ご準備してあります。クロエ様が身に着けていたスカートは少々丈が短いと判断いたしまして、新しいものをご用意いたしました」

 

 絶対、閣下の指示だ。間違いない。


「こちらもきちんと洗ってありますが、今日からはこちらをお召しください」


 有無を言わさずわたしに膝丈のスカートを渡してくる。

 流石バルシュミーデの侍女。押しつけがましくないのに逆らえない圧力を感じる。本気で言われれば逆らうことが出来ない。


「どうされました?」

「……いえ、ありがとうございます…」


 わたしは大人しく渡されたスカートをはいて準備を整える。

 それを見計らってリーナさんが一枚のメモを渡してきた。


「こちらを旦那様からお預かりしております」

「閣下から?」


 これから食堂で会うはずなのになんだろうと思いながら、わたしはそのメモを開いた。




*** ***




 わたしが朝食の席に着いた時、閣下はすでに出かけていた様で、一人で朝食を食べて、邸宅(ロードリア)を出てきた。

 執事長のウィズリーさんが馬車を用意すると言ってくれたけど、邸宅からなら歩いても近い。それに、バルシュミーデの馬車を使っていたら学院内にいる信奉者にひどい目にあわされそうなので、丁重に辞退し邸宅を出た。

 皇都ロザリア高等学院は北地区にあるので、邸宅からだと南地区のわたしの家よりも早く着く。流石に着くのが早くて生徒はまばらだ。

 そのまま教室に向かうと、いつも早いシャーリーとばったり出くわした。


「どうしたのよ、それ?スカートダメにでもしたの?しかも眠そうだし…」


 あいさつもそこそこに、いの一番にシャーリーに指摘された。

 

「いや、ちょっとね。色々とあって……」


 本当に色々あった。

 色々あり過ぎて、たくさん寝たはずなのにまだ眠い。


「なによ、やらしいわね朝から。そんな眠そうだと色々勘繰りそうよ」

「違うから!」


 にやにや笑っているので、完全に遊ばれているのだと分かる。

 分かるけど、否定しておかないと大変な事になりそうだ。


「冗談よ。もしそんなことあったら、今ここにいなさそうだし」

「もしそうでも意地でも来るよ」

 

 そうでないと、絶対勘繰られたすえにバレる。


「やめといたら?そっちの方がみんなの目の毒になりそうだわ。そういう事に耐性のないクロエなんかは、思いっきり顔に出そうだし、桃色空気で教室中いたたまれなくさせそうだから」


 うっと言葉が詰まる。

 シャーリーの意見が正し過ぎて何も言い返せない。


「おはよぉ~、どうしたのぉ?朝から」

「はよー。マジ眠い」

「おはよう、何話してたのさ?」


 寮住まいの三人がやって来た。

 大体この三人は一緒に来るけど、時々ロイが寝坊して置いて行かれたりする。一応待ち合わせ時間と場所があるらしいけど、来なかったら置いてくという個人主義だ。

 遅刻ギリギリで駆け込んでくるときにルードヴィヒに起こせよと言ってる姿をよく見る。


「それが、クロエのスカートが式典用の正式版になってるから、どうしたのか聞いてたの」

「あらぁ、本当ねぇ?」

「破いたのか?」

「汚したの?」

 

 汚すは良いとして、破くとは…ロイはわたしの事どう思っているのだろうか。そんなに暴力女にでも見えるのだろうか。それとも暴れたりない暴走女か。


「ちょっと色々あって、短くするのダメになったの」

「クロエはそんなに短くないと思うぞ?短いっていうのはシャーリーみたいなのを言うんじゃないか?」


 ロイがシャーリーを指さして言うと、その指をシャーリーに叩き落とされていた。


「あんた、どこ見てんのよ!そもそも男が女子のスカート丈の事口にする事自体デリカシーなさすぎよ!」

「うっせーな!俺はフォローしただけだろ」

「フォローになってないわよ、このスケベ男!」


 ロイに悪気がないのは分かるけど、確かに男子が口を出すものじゃない。父親とかならともかく。

 シャーリーは背が高く足が長いから、スカートが短くても長くてもなんでも着こなすけど、流行通りに今は短いのが好きだ。

 そしてわたしたちの中ではかなり短い。

 男性であるお父さんとこのスカート丈の事で喧嘩までして勝ち取った権利だそうだ。そのせいか、すごく察しがいい。


「ああ、もしかしてバルシュミーデ卿に言われた?むやみに他の男に足見せるなって?」

「……言われてないけど…」


 もごもご否定するけど、半分くらいは否定になっていない。


「でもそれに近い事は言われたって事か…、バルシュミーデ卿って他の男に嫉妬するような人じゃないと思ってたんだけど、自分から選んだ女性にはそうなるのか。いいこと知ったな」

「で、それなわけねぇ。嫉妬されてるとか愛されてるわねぇ」

 

 昨日の夜の事を思い出し少し赤くなった。

 嫉妬なのかどうかは分からないけど、従わないと次はもっとひどい目に合いそうなのでそれしかなかったとも言う。

 

「赤くなっちゃって、何かいいこと(・・・・)あったのかしら?」

「もう、この話は終わり!つまりそう言う事だから、わたしは今後この姿です―――…ところで!みんなは新聞読んだ?」


 この話を延々と続けると、わたしばかりが被害に合うので、強引に話を変えた。

 全員が仕方ないなって顔をしたけど、わたしの話に乗ってくれる。


「新聞は読んだけど、クロエが話題にしたいのはどれの事?」

「そりゃあ、昨日のルードヴィヒが教えてくれた件だけど?」


 そう、わたしが話したかったのは昨日ルードヴィヒに言われた件。

 軍上層部が情報規制していた、行方不明事件。

 それが皇都屈指の新聞、皇都ロザリア新聞の一面を飾っていた。

 昨日の今日の話なので、少し驚いたのだ。


「それね、こっちも驚いたよ。もう少し遅くなると思ってたのに」

「記事の内容的に突然の発表というよりも、新聞社にその事実を漏らした政治家さんがいたっていう方が正しいだろうね」


 そうなのだ。

 その問題の事件の被害者父親を名乗る政治家が声高に軍務局を批判していた。


「まさか、軍務局も把握していない行方不明者がいて、それが政治家の娘とは夢にも思ってなかっただろうね」


 その政治家の娘が戻ってきたことで、全てが明るみに出た。

 

「それって、行方不明になった時点で問題になるんじゃねーのかよ?」

「ま、あんまり素行は良くないって話だし。男の部屋で寝泊まりとか普通にやってるから、親も大ぴらには言いにくいし。だけど、こうなるとなんとも強気になれるのが政治家なんだよ」

 

 自分の娘の素行を隠しながら、事件性があるのに隠していたと声高に非難できるという訳だ。


「しかも、その政治家が軍務局とは犬猿の仲とくれば、どうなるか分かるだろう?」


 どこにでもある権力争い。

 みなまで言われなくても全員が理解した。


「今日、朝起きた時には閣下がいなかったんだけど、もしかしたら軍務局の方から呼び出されていたのかも」

「というか、やっぱりお泊りだったのね」

 

 泊ったことに突っ込むシャーリーをわたしは無視した。

 そこに話を戻さないでほしい。


「まあそんなわけで、もしかしたらもっと行方不明者が増えるかも知れないね。それに、軍務局がどんな見解で発表するか、楽しみだ」


 他人事ならば楽しめるけど、そうじゃないなら楽しめない。

 特にわたしは閣下の事があるから心配だった。

 ただでさえ忙しい人なのに、軍務の方でも頼られていたら、そのうち過労で倒れそうだ。


「わたしたちに出来る事と言えばぁ、なるべく一人にならないってことよねぇ?」

「それしかないだろうね。出来れば女性同士じゃなくて、男も一緒だとなおよしだと思うよ」

「でもさ、なんで男は狙われていないんだろうな?」

「さあ?攫って売るとしても、男より女の方が需要があるからじゃない?ま、売るのが目的ってわけじゃなさそうだけど」


 今のところ犯人についての手掛かりは一切ない。

 そもそも、どうやって攫われたのかも明らかになっていないのだから当然だ。

 新聞の記事によると戻ってきた子はみんな攫われた直後から記憶がなく、むしろなんで病院にいるのかも分かっていないような状態だと書かれていた。

 つまり、本当に何も分かっていないのだ。

 しかも、分かっていない行方不明者だっている可能性があるわけで。


「クロエはバルシュミーデ卿の事心配してるみたいだけど、むしろ今は自分の事心配したほうがいいんじゃない?一人暮らしだし…、もしあれだったらしばらくうち泊まる?」

「それなんだけどさ…実は――…」


 わたしは朝受け取ったメモについて話し出した。




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