47.北ロザリア病院での話
「これも確認だが、二人はどういう関係か?」
やはり疑っていた。
ルドルフ中尉はロイドさんと知り合いという事は、おそらく結婚している事も知っている。そんな妻子のある彼が、こんなところでわたしと馬車に乗っていたら、それは不審に思うだろう。
しかし、ロイドさんは慌てることなく事情を説明した。
「こちらのお嬢様は旦那様のお客様で、ご自宅にお送りするところでした。しかし、途中御者が道を間違えたのか、こちらの方へ…」
「バルシュミーデ閣下の客?彼女の自宅は?」
「あ、わたしの家は南地区です。ロイドさんと話していて、気分転換に窓の外を見たら見たことのない建物が並んでいておかしいなとは思っていました」
「バルシュミーデの御者が道を間違えるはずが……」
「こちらも混乱しているんです、ルドルフ中尉。御者も突然意識を失いまして……」
ロイドさんの言った通りで、こっちも何が起きたのか良く分からず混乱中。
順序だて説明しても、たぶん良く分からないと思う。
「とにかく、こちらの女性を病院に運ぶ方が先決かと思います。バルシュミーデの御者の方もですけど」
「そうだが…あいにくと今近くに病院はない。悪いが運んでもらう事になるが…」
「わたしは大丈夫ですが、のちのち問題になりますか?」
わたしはいいんだけど、これはバルシュミーデの馬車だ。わたしの一存で決めるわけにはいかず、ロイドさんに聞いた。
ロイドさんは一応閣下の命令でわたしの護衛としてついてきている。
予想外のこととはいえ、馬車を目的以外の事に使うのはある意味命令違反に近い。
「クリフォード様も、緊急事態なら許可なさると思います。ただ、一応連絡だけはしてもよろしいですか?」
ルドルフ中尉に許可を求めると、彼は少し考えロイドさんに聞く。
「できればバルシュミーデ閣下にお越しいただくことは出来ないか聞いてもらってもいいか?」
「なぜでしょう?」
「少し、伺いしたいことがあるのだが…無理なら後日こちらから伺うが……」
「おそらく大丈夫だとは思いますが…聞いてみます」
連絡する前に、ロイドさんとルドルフ中尉がそれぞれ女性と御者を馬車の座席に寝かせる。
その後、ロイドさんが少し離れてコンバイルで閣下に連絡を取った。
相手はすぐに出たようで、会話が少し聞こえてきた。
「ロイドです、少しよろしいですか?はい――…そうですね。それで――…えっ?これからこちらに?――……はい、実は皇都警備隊のルドルフ中尉と一緒でして、これから病院へ……ここからですと北ロザリア病院が一番近いかと――……かしこまりました。そのようにお伝えします」
コンバイル越しで閣下と話していたロイドさんが、話終わったのかこちらにやってくる。
漏れ聞こえてきた会話では、どうやら閣下も病院の方に来てくれるらしい。忙しいのに申し訳ない。
「ルドルフ中尉、クリフォード様も病院の方へお越しくださるそうです」
「それは助かる」
馬車はロイドさんが御者席で馬車の手綱を握り、わたしがその隣に座る事になった。
ルドルフ中尉は近くの隊舎で馬を拾って後から追うとの事で、わたしたちは先に出発した。
「怒っていませんでした?」
「えっ?クリフォード様がですか?そんな事はありませんよ。お嬢様の事を心配しているようでしたが」
「それなら良かったです」
もし命令違反で怒られでもしたら申し訳ない。
「クリフォード様はこのような事で怒る方ではございませんよ。時々、理不尽になる時もありますが」
「ああ…なんとなく分かります」
確かにたまに理不尽になる。
今日のスカート丈を指摘された時みたいに。
「…私の言ってる理不尽とお嬢様の考える理不尽は違う気もしますが……」
「えっ?」
「いいえ、なんでもありません」
隣でぼそりとロイドさんが何か言うが、わたしには聞こえず、ロイドさんに聞き返すと誤魔化された。
なんだろうかと首を捻るけど、ロイドさんは言う気がないようだ。
「そろそろ着きますね」
正面に大きな白を基調とした建物が見えてきた。
この皇都には大きな病院が全部で五つある。
東西南北と中央に一つずつ。どれも国営の病院で、他にも小さな個人経営の診療所がいくつかある。
そんな北地区にあるこの病院は、五つの病院の中でも一番広い敷地だ。
もとは貴族の邸宅があったらしいが、没落と同時に国が買い取り病院を立てたらしい。
そんな権力者が多く住まう北地区のこの病院は、どこか他よりも華やかな雰囲気があった。
馬車で敷地内に入り、正面玄関前でわたしを降ろしてもらい、中の職員に事情を話す。
するとすぐに対応してもらえ、ロイドさんに二人を降ろしてもらいベッドへ運ぶ。
そのタイミングでルドルフ中尉も到着した。
「すまん、遅くなった」
「大丈夫ですよ。今先生が診てくれてます」
わたしたちに出来る事はとりあえず待つ事だけなので、廊下で静かに待つ。
夜の病院は日中とは違い静まりかえっている。時折、話し声も聞こえるけど、どれも小声だ。
「夜の病院って少し怖いですね」
「外からの患者も見舞客もいませんからね。職員だって夜勤の職員以外はいないでしょうし」
だからなのか足音もよく響く。
奥から近づいてくる足音に三人がそちらに顔を向けた。
やってきたのは、閣下だった。
なぜ病院の奥からと思ったけど、裏にも出入り口がある。邸宅の方向的に裏から入った方が早い事に気付いた。
閣下も廊下で待つわたしたちに気付いたのか、少し速足で近づいてきた。
「バルシュミーデ閣下」
「ああ、久しぶりだなルドルフ中尉。確か今は皇都警備隊に所属していると聞いたが…」
「その巡回中にお二人に遭遇しました」
「世話をかけた」
閣下もルドルフ中尉とは顔見知りのようだ。
親し気に見えるので、それなりに仲がいいのかも知れない。
「クロエ、怪我は?」
「わたしはなんともないんですけど…」
病室の方に視線を向けた。その中にはバルシュミーデの御者がいる。
「今、病院側に話を付けて会議室を借りれた。出来れば順を追って説明してほしい。ルドルフ中尉も私に何か聞きたいことがあると聞いたが……」
「出来れば二人きりで伺いたいのです。軍上層部が関わる事ですので」
閣下はそれに頷く。
とりあえず、全員で会議室に入る。
わたしの隣に閣下が座り、わたしの正面にはロイドさんが、閣下の正面にはルドルフ中尉が座った。
「夜も更けてきたので単刀直入に聞くが、一体何があった?」
この場を閣下が仕切ってロイドさんに聞く。
たぶんルドルフ中尉も知りたいことなのは間違いない。
「申し訳ありません、実は本当に良く分からないのです。気付いたらその場にいた、そうとしか言えず……」
ロイドさんの言葉にわたしが同意した。
「ロイドさんと馬車の中で話していたんです。それで今どの辺かなって確認しようとしたら、明らかに見覚えのない所だったんです。おかしいと思ってロイドさんが御者に声をかけても反応がないし、急に馬車の速度が上がるしで」
一つ言えるのが、魔法の痕跡があるという事だ。
ただし、人が起こせる事でもないほどの魔力の痕跡。これをルドルフ中尉に言っても信じてもらえないけど、閣下ならたぶん信じてくれると確信してそれも話した。
「何を馬鹿な――…」
やはりルドルフ中尉は否定的だった。
魔法が廃れたこの時代で魔法の影響について語っても、ほとんどの場合ルドルフ中尉と同じ反応なのは分かっている。
でも閣下は思った通り信じてくれた。
「なるほど…?魔法的影響か――…」
閣下はわたしの見解を考え出す。
すると、ルドルフ中尉が信じられないとでも言うように閣下に意見した。
「今の話を信じるのですか?魔力とか魔法とか――」
「昔は存在していたのに、なぜ今存在しない物として考える?それこそおかしいと思うがな」
「……それは、そうですが――」
正論ではあるけど、ルドルフ中尉は納得していなかった。
いきなり別空間に迷い込んだだの、霧の中から女性がふらふら歩いてきただの言ったところで普通信じられないのも分かる。
「少なくとも、私の身近には気軽に魔法を使う人物が二人もいるからな。クロエの言う事も疑うことは出来ない」
その身近というのはたぶんわたしと店長だ。
別にわたしは気軽に魔法なんて使っていないけど、閣下に言わせれば似たようなものなんだそうだ。
「ルドルフ中尉もヴァルファーレの事は知っているだろう。学院時代の後輩なのだから」
「それは…」
「あれだけ周囲に及ぼす魔法を使えるやつがいるのだから、魔法を悪用するような輩もいる。実際、そういう人物に会ったばかりだしな」
魔法を悪用する人物とはバーバリア領に関わっていた魔法士の事だ。
その後の行方を追う事が出来ないと聞いた。
一応、店長に聞いた東に仕える魔法士の事も伝えて調べてもらっているけど、芳しくないようだ。
「とにかく、この件は少し調べる必要がありそうだ。彼女の事もどこの誰だか分からない事にはどうにも――」
「その件で、少しお話ししたいことがあるのですがよろしいですか?それと、閣下に伺いたいことが」
その雰囲気でわたしとロイドさんには聞かれたくない話なのだと察した。さっきルドルフ中尉が言っていた軍の上層部の話のようだ。
軍務の事を同席して聞くことは出来ないので、わたしとロイドさんは二人で会議室を出た。
「すっかり遅くなっちゃいましたね」
「そうですね…、お嬢様はこのままご帰宅されますか?」
それはつまり閣下の家に泊るかどうか聞いている。正直悩む。
今からここを出たら、それこそ深夜みたいな時間になるうえ、さっきみたいな事がまた起こると帰るどころじゃなくなる。
それだったらここから近い閣下の家に泊った方がいいかも知れない。
頼めば多分泊めてくれるはず。
着替えは初日に泊った時からなぜか一式揃っているし、明日も半日だからこれといった講義はないので教科書は必要ない。あっても見せてもらえばいいし。
――問題は制服の中衣がない事だけど……
流石に汗をかいているのでこれを着回すのはちょっとできない。
まあ、適当なものを着ても短上衣着ちゃえばそんなに目立つ事は無いはず。
――確か、イリアさんが準備してくれた服の中に似たようなやつがあったはず…
なんだか閣下の家に泊った方が楽な気がしてきた。
こういう事態だから、わたしが泊まりたいって言っても深読みして揶揄ってこないはず。
「どうしますか?もし帰宅されるなら、クリフォード様に伺ってきますが…」
「その必要はない。今日は流石に泊っていけ」
話が終わったのかタイミングよく閣下とルドルフ中尉が会議室から出てきた。
わたしが言うより先に閣下の中ではお泊りは確定路線だったようだ。
「ありがとうございます。実は、泊っていいか聞こうと思ってました」
「今から帰るのは逆に危険だ。あんなことがあったばかりだし」
閣下も同じ事を考えていた。
「ルドルフ中尉、後の事は頼めるか?」
「もちろんです。こちらで責任を持ってご家族にはご連絡いたします」
「身元が分かってるんですか?」
わたしの疑問にルドルフ中尉がしまったとでもいうように顔をしかめた。
「まあ、そう言う事を調べるのも軍人の仕事だからな」
そう言うと閣下は誤魔化すようにわたしの手を取った。
「行くぞ。明日も学院だろう?」
「はい」
気になったけど、それ以上閣下は言うつもりがなく、わたしを促す。
そんなわたしと閣下の親し気な様子を見ていたルドルフ中尉がわたしたちに疑問を投げかけた。
「申し訳ないのですが、お二人はどういう――?」
ルドルフ中尉にはわたしが閣下の客であるとは説明したけど、どんな客かは説明していない。
というか、説明に困る。
いや、困りはしないけど、大ぴらにするのも憚られる、そんな関係――と言ったらまた誤解しそうだ。ロイドさんとの事のように。
そんなわたしの考えを知ってか知らずか、閣下は嘘偽りなくそのままの言葉で返した。
「付き合っているが、それが何か?」
あまりにもあっさり言った。
ルドルフ中尉は処理しきれない言葉でも聞いたかのように、唖然としていた。
「えっ……それは――…」
「彼女だという事だ。一般的に言えば、恋人の女性、付き合っている女性――…説明が難しいな。とにかくそう言う事だ」
「は、はあ…」
それ以上言う事がないとでも言うように、閣下はわたしを促して歩き出した。
その後ろをロイドさんが付いてくる。
その更に後ろを見れば、壊れたおもちゃのように固まったままのルドルフ中尉がいた。
――だ、大丈夫かな?
こっちが心配になるほど、ルドルフ中尉は呆然としていた。
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