46.霧の中での話
その後、泊っていくかと揶揄われたわたしは丁重にお断りした。
ただ、それなりに時間も遅くなっていたので、閣下が送ってくれると言ってくれた。だけどわたしの家と往復するとかなり時間がかかってしまうので忙しい閣下に申し訳なくて遠慮すると、それならせめてと馬車と私設警備隊の一人を護衛として貸してくれる事になった。
「クロエがいくら強くても、流石に心配だからな」
「ありがとうございます」
邸宅の入り口で別れの挨拶をすると、最後に軽く触れる程度のキスをされた。
「ちょ…」
自分の家だからといって周りの目を気にしないのはどうかと思う。閣下の家は当たり前だけど侍女とか侍従とかいろんな人がいる。
しかも今はわたしの見送りでこの場に何人か顔見知りまでいるのだ。
「自分の家だからな。以前、こういうことは自分の家でやれって言われたことだし。使用人は全員無駄な事は言わないから大丈夫だ。見なかったことにしてくれるさ」
むしろわたしが気にしすぎる方が、見なかったことにしたくてもできなくなるらしい。
「うぅ…でもなるべく人がいないところでお願いします……」
「なるほど?人がいなければ何をしても良いと?」
「そう言う意味じゃありません!」
怪しげな笑みを浮かべた閣下に言い返す。
残念と言いながらも、全く残念がっている姿が見られないので、ただ遊ばれただけだったのに気付いた。
それはそれでムカつくけど、経験豊富な閣下の前ではうまくあしらう事も難しい。結局楽しく遊ばれてしまう結末しか今はない。そのうち、そういう会話を楽しむ余裕が出来れば、閣下を弄べる日もそう遠く――…はないかも知れないけど、色々と不味そうなのでやめておくに限る。
閣下を揶揄っていい結果にはならなそうだ。主に自分が…。
「怒るな、ほら」
閣下に手を取られて馬車に乗せられた。
わたしが馬車に乗ると、その後ろから警備隊の人が乗り込んでくる。閣下よりも背が高く、横幅もある、ガタイのいい人だ。
その人が乗り込むと御者が馬車のドアを閉めて、わたしは窓から顔を出す。
「服装はきちんとするように」
「分かってますよ!明日からちゃんとします!」
「大丈夫だとは思うが、気を付けて」
「はい、おやすみなさい」
最後の挨拶はそんな感じで軽く終わった。
馬車がゆっくり走り出す。
皇都を走っている乗合馬車とは違いほとんど揺れる事もないので、すごく乗り心地がいい。
油断すると眠くなりそうなので、折角一緒に乗っている話し相手がいるので聞きたかった事を聞くことにした。
「あの、お話ししても大丈夫ですか?」
話かけられるとは思っていなかったのか、少し驚くような顔になったが、すぐに笑みを浮かべた。
「もちろんです、私も少々退屈しておりましたので」
わたしに気を使わせないようにそう言ってくれた。
優しい人なんだなと思って、うれしくなる。
「お名前を聞いてもいいですか?」
「ロイド・シュリューゲルと申します。生まれはバルシュミーデ領で、父は領軍の中隊指揮官をしております」
皇都にいる私設警備隊の人の動きはまるで軍人並み、いやそれ以上だと感じていたけど、たぶん何人かはバルシュミーデの領軍に所属している人なのだと確信した。
一応領軍は、領地を守るためにしか動かす事が出来ないので、私設警備隊などといった形で皇都に存在している。
こういう形をとっているのは何もバルシュミーデだけじゃない。
他の有力な領地も大体やっている。暗黙の了解というやつだ。
「妻子もおります。今は領地の方にいますが、近ごろはとても便利になりまして帰りやすくなったのがうれしいですね」
皇都から馬車や馬でバルシュミーデまで行くと四日はかかる。気軽に行って帰れる距離ではない。
しかし、魔鉱石列車なら少し費用はかさむけど一日でバルシュミーデまで行ける。なんとも便利な時代になった。
「往復は少し厳しいですが、二日くらいなら容易に休みがとれますので」
月に三、四度は必ず家に戻っているらしい。
子供はまだ小さいようで、会うたび成長していて驚くとうれしそうに話す。
「他にもそういう人はいるんですか?」
「バルシュミーデからの人とそうでない人は半々と言ったところでしょうか?ただ、皆腕はたちますよ」
そうだろう。
なにせ、気配の消し方がすごくお上手なのだから。
「ところで、ずっとわたしの護衛をしてたのはロイドさんですか?それとも別の人?」
「なんのことでしょう?」
穏やかに微笑みながら顔色一つ変えない姿に、流石だなと思った。
皆腕がたち、気配の隠し方も上手い。だからこそ、気付くのに少し時間がかかった。最近、というか、閣下と付き合いだしてから、なんとなく視線を感じるときがあったのだ。
時々道ですれ違う時に見られることがあるけど、それとは違う視線。
自意識過剰かとも思ったけど、わたしには確信があった。
間違いなく、誰か護衛と言う名の監視をしている人がいる。
「わたし、普段魔力を使ってない時はあんまりそうでもないんですけど、魔力使ってるときは結構人の気配にも敏感で……」
それは身体強化を使ってるときが一番顕著に感じる。
そして、魔力を目に集める鑑定。その瞬間は色んなことが見えてしまうのだ。
「別に、話せないんならいいですけど。話せないって事は、閣下からの命令なんですよね?それなら閣下に今度会った時聞きますし」
ここまで言ってもロイドさんの表情は崩れない。
「初めはイリアさんの護衛だと思っていたので何も思いませんでしたが、あのバーバリア領での時、わたしが閣下のお父様に連れ出されたのを閣下が知るのが早すぎだなって思ってたんですよ。それで確信に変わりました」
店長は閣下に連絡するのを嫌がっていたので、絶対連絡していない。
そして、閣下のお父様もたぶん閣下に連絡を入れていない筈だ。あのカーティス殿下にも似た愉快犯的気質から言えば間違いないと思う。
「まあ、閣下の心配性は今に始まったことじゃないので別にいいですけど…」
一方的ではあるけどロイドさんは最後まで話を聞いていた。
何も返さないところを見ると、事実のようだ。誤魔化す事も出来たのに、それをしないのはわたしに対して誠意があるからだと思う。
ロイドさんは、肯定も否定もしなかったが、代わりに穏やかな笑みを浮かべたままわたしに助言をしてくれた。
「私から何かを申し上げる事は出来ませんが、もし何かおありなら隠さずクリフォード様と相談するのがよろしいかと思います。男女の仲はどちらか一方でも我慢を強いられ続けると破綻することがほとんどですので」
さすがは既婚者。言う事が違う。
でも琉唯も言っていた。報連相は大事だと。
「そうします。兄にも似たようなこと言われたので」
なんとなくすっきりした気分になった。
ただロイドさんがなんだか微笑ましものでも見たとでも言うようにわたしを見ていて、複雑な気持ちになった。
バルシュミーデの人はみんなわたしと閣下の事を反対することなく生ぬるく見守ってるようで、何も言わないけどそれがまた気まずかったりする。
わたしは気分を変えるようにロイドさんから視線を外して窓の外を見た。
話していると時間の流れが分からなくなるので、いまどの辺か確認する。外は暗いけど、街灯も明るく輝いているので、風景からどのあたりか判断しようとした。
しかし、外は見たことのない建物が並び、あれと思った。
「なんか、道が違います?」
「本当ですか?」
ロイドさんも窓から外を見て、おかしいと感じたようだ。
「確かに…ここはまだ北地区です。しかも、スラム方向で……」
御者に確認しようと、御者台に繋がる小窓をロイドさんが叩く。しかし、反応が返ってくることなく、逆に馬車は次第に速度が上がっていく。
「あっ!」
ガタンと大きく馬車が揺れ、身体の傾いたわたしをロイドさんが支えてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ありがとうございます」
「何かおかしいです。皇都の様子も…」
窓の外を見れば、道を歩く人の姿が全くいない。
確かに遅い時間ではあるけど、人が一人もいないのは不自然過ぎる。
しかも周囲に濃い霧がたちこめ始めていた。
「……とりあえず、この馬車を止めましょう」
「どうやってですか?」
「私が御者台に飛び移ります。お嬢様はこのままお待ちください」
「大丈夫ですか?」
「これくらいでしたら問題ありません」
嘘を言っている様ではないので、ロイドさんにお願いする。
わたしも御者台に飛び移ることくらい出来るけど、たぶんロイドさんが許さない気がした。
「少し離れていてください」
風圧によって、普通に手では開けづらくなっているドアをロイドさんが蹴破る。
バンっと音が響き、ロイドさんが馬車の屋根に手をかけ一気に屋根の上に飛び乗った。
しばらくすると、御者台にロイドさんが移り、御者の身体に触れて話しかけている。しかし、手綱をもったまま御者は意識を失っているようで、ロイドさんが御者から手綱を抜き取り操作した。
徐々にスピードは落ち、馬車が止まった。
その頃には完全に周囲が霧に包まれていた。
「お嬢様、ご無事ですか?」
「大丈夫ですけど、御者の人は大丈夫ですか?」
「眠っているだけのようです、一体何が起きているのか…」
肌に感じる魔力に、この霧が魔力的要素で出来たものだと気付いていた。
だけど、これだけの空間を作り出すのに、かなりの魔力を必要とするはずだ。人の力で出来る事だとは思えない。
「どうやら、これも使えないようですね」
これとはコンバイルだ。
壊れたかのように全く反応しないらしい。
完全に別世界に入り込んでしまったようで、どうすることも出来ない。
「完全に閉じ込められたようですね。わたしでもどうにもできそうもありません」
高密度の魔力を打ち破るのは、かなり難しい。
ただ、なんとなく閣下だったら簡単にこの空間を壊すことが出来そうだなと思ってしまった。なにせ、魔力の塊である魔法を切ってしまうような人だから。
どうしたものかと考えていると、ロイドさんがわたしを背に庇うように前に出て正面を見据えた。
「あ、人が…」
正面から一人の女性がふらふらと歩いてきた。
でも、様子がおかしい。今にも倒れそうな雰囲気だ。
「危ない!」
そう声を上げるのと同時にロイドさんが女性に駆け寄って、倒れそうになった彼女を抱きとめた。
「ロイドさん!」
「大丈夫です、気を失っているだけのようです」
顔は青白く精気がない。
顔つきはまだ若く、おそらくわたしと同じくらいだ。
「あ……」
女性を抱きとめた瞬間、先ほどまでの濃い霧が嘘のように晴れていく。
そして、気付けば往来のど真ん中で馬車を立ち往生させている形になっていた。
どういう事だろうかとロイドさんと顔を見合わせると、すぐに険しい顔をした皇都警備隊の軍人さんが駆け寄ってきた。
「そこの市民!何をしている!まさか、馬車で人を引いたのか!?」
まるで犯罪者のような言われようだけど、確かにこの状況ならそうみられてもおかしくない。
「違います!この人が急に現れて…」
どう説明していいのか分からない。
さっきのおかしな出来事を話しても、気がふれたぐらいにしか思われないかも知れない。
どう言ったらいいのかと考えていると、ロイドさんが軽く首を横に振る。
「どういう――…」
「すみません、ルドルフ中尉。この女性が急に馬車の前に現れたのです。もちろん轢いてはいません」
わたしの言葉を遮って、ロイドさんが軍人さんにそう誤魔化して言った。
嘘ではないけど本当でもないけど、これ以上の説明が難しいのも確かだ。
「お前は……バルシュミーデのロイドか?」
「はい。一応怪我がないかの確認はお嬢様と一緒に行いましたが、外傷の様なものはありませんでした」
どうやら、ロイドさんとこの軍人さん――ルドルフ中尉は知り合いのようだ。
ルドルフ中尉もしゃがみ込んで、ロイドさんが抱き上げている女性をざっと確認し、わたしたちが言っていることが嘘ではない事を認めてくれた。
「確かに、馬車で轢いた様子はないな……ただし、少し事情を聞きたい。こんな時間にこんな場所にいるのだからな」
ここは東西南北全ての場所にあるスラム街の一角にほど近い場所。
こんなところにこんな時間に用事があるのは住人かもしくは後ろ暗い人だ。
そして、ルドルフ中尉のわたしたちを見る目で、わたしたちが後ろ暗い関係なのではと疑っているのが良く分かった。
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