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5.バルシュミーデ本店での話

 バルシュミーデ本店上層階は役職が付く経営陣の執務部屋が並んでいた。

 その中でも一番立派なドアを開くと、一番初めに目に入るのが一面いっぱいの窓ガラスだ。


「すごいですね!」


 こんな贅沢にガラスを使えるという事自体お金がある証拠だけど、たしかにその分の価値がありそうだ。

 素直なわたしの感動に、閣下は得意げに言った。


「確かに金はかかっているが、ここから見る景色が最高なんだ」


 バルシュミーデ本店はどこよりも高い建物だ。

 限界ぎりぎりまで高くしたと言ったのは、誰にも遮られることのないこの景色のためらしい。


「皇宮が、真正面ですね。皇宮は地盤的に一番高い場所にあるから、この建物と皇宮は実際は同じくらいの高さなんですよね」

「良く知ってるな」

「有名です」


 わたしは得意気に言った。

 とは言っても、かなり有名な話であるし、自慢できる知識という訳でもない。


「失礼いたします」


 窓に寄って眺めを見ていると、軽いノックの後に女性が一人入って来た。

 とても綺麗な女性で、その手はワゴンを押していた。

 ティーポットとカップが二脚、軽い茶菓子が乗っている。

 

「こっちに座れ」

「あ、はい」


 女性が少し目を見張ってわたしを見ていた。

 悪意あるような敵視は感じなかったけど、なんか居心地が悪い。知らない女性に礼儀正しくないところを見られたせいもある。


――いつもだったらもうちょっと礼儀正しく猫被ってるんです!


 と叫ぶも、その叫びを理解してくれる人はいない。

 閣下に座れと言われたソファに座ると、女性がお茶を注ぐ。綺麗な琥珀色のお茶で、甘い花の香りがした。


「ありがとうございます」


 お礼を言うと女性がにこりと微笑んだ。

 大人の女性の雰囲気で知らずに少し赤くなった。

 女性はお茶の準備が整うと閣下の後ろに立つ。


「彼女はイリアと言って、普段はバルシュミーデの皇都邸宅”ロードリア”の侍女をしている。若いがかなり有能な人物だ」

「イリアと申します、お嬢様。よろしくお願いします」


 改まった挨拶に、慌てて立ち上がった。膝丈スカートの端を掴んで軽く膝を曲げて頭を下げる簡易的なカーテシーでこちらも挨拶をする。

 ここまでする必要性はないけど、なんとなく”わたしも礼儀正しくできます!”と主張したかった。

 特に仕事の出来る女性には、よく見られたい。

 わたしも女だからこそ、有能な女性には一種の憧れがあるのだ。


「クローディエ・リデオンです。こちらこそよろしくお願いします」


 頭を上げると、微笑ましそうなイリアさんと不機嫌そうな閣下がいた。


「なんですか?」

「俺にはそんな風じゃなかったな」

「いや、わたしだってそれなりに礼儀を弁えています」

「俺には必要なかったと?」

「そういう振る舞いをする前に色々あり過ぎて、頭から抜け出ました」


 店で店員と客と言う立場で会ったのだからしょうがないと思う。

 こういう風に挨拶されたら、わたしだってもう少し礼儀正しく頭を下げたと思うけど、そもそもそういう雰囲気でもなかった。


「まあいい」


 いいなら初めから言わないでほしいものだ。

 憮然としてイリアさんが入れてくれたお茶を飲む。

 深い味わいに、花の香と味が心地よい。自然と顔が緩んだ。


――おいしい!


 こんなおいしいお茶を飲むのは久しぶりだ。

 お気に入りのお茶専門店でもここまでのお茶はなかなか出ない。

 そもそも、お茶の茶葉からして高級品なのだろう。


「気に入っていただけて光栄です。旦那様はあまりお茶を好まれないので、貰い物の茶葉が腐る一方でして、こうして振る舞えてこちらこそありがたい限りです」


 閣下は面白くなさそうにお茶を口にした。

 好まないだけで、嫌いという訳でもなさそうだ。


「好まないと知っているんだから、いつものようにコーヒー持って来い」

「あら、お嬢様に合わせてお茶で良いとおっしゃったのは旦那様ですよ?」

「そうは言っていない!」

「同じことですよ、コーヒーじゃなくて良いと言ったのは確かなのですから」


 あの閣下にここまで言えるなんてすごいと感動して見ていると、目の合った閣下に睨まれた。

 でも全く怖くない。


「旦那様、そんな風に睨まないで下さい。子供の頃から、不都合なことがあると周囲を威嚇する癖、直りませんね」

「説教を聞くために呼んだわけじゃない」


 主人と使用人の間柄であるのに、とても親しそうだ。

 どうやら閣下の子供時代も知ってる、逆らいづらい相手らしい。


「お仕事もさぼって、かわいらしい女性を招いてお茶会するなんて聞いた時には邸宅のみんなが驚いてましたよ?」

「そう言うつもりで言ったわけでは――」

「そう言う事にしておきます。ところで、わたくしを呼んだ理由をお聞かせ願いたいのですが?」


――イリアさんすごい、閣下を言い負かしてる!


 力関係ではイリアさんの方に軍配が上がるようだ。

 正面に座る閣下が、嫌なものを見られたとでも言いたい顔つきだった。

 閣下は諦めたようにため息を吐き、わたしを指し示した。

 

「少し試す事になったから、準備してやってくれ。流石にその恰好では無理だろう?」

「試すとは?」

「ちょっと訳ありで、実践的な模擬戦をやる事になった。動きやすいものを選んでやってくれ。支払いは俺の方に回していいから。ちょうどバルシュミーデの新装備が発売されてたな?」

「ええ、ですが旦那様——」

「何かあるか?」


 閣下の命令にも近い言葉に、今度はイリアさんが押し黙った。

 そして頭を下げる。


「わかりました、お嬢様のお世話はお任せください。その代わり、戻るまでは仕事をしていてくださいね。書類が溜まっております」

「分かってる。ああそれと、訓練室も空けてもらってくれ」

「連絡しておきます、それではお嬢様こちらへいらしてください」


 目まぐるしく主従の間で決定し、それが当然のようにイリアさんがわたしを促す。


「え、大丈夫ですよ。これでも…」

「……スカートで動き回ると見えるぞ」


 何がとは言わなかったが、言いたいことは分かる。

 

「一応、下に見えても大丈夫なショートパンツ穿いてますよ」


 ほらっとスカートのすそを持って見せると、閣下がぎょっとした。

 イリアさんも困ったように微笑む。


「見せるな!君には恥じらいというものがないのか!?」

「そんな事はないですけど、まあ別に見られて困るものでもないですけど?」


 そもそも、今流行りなのは太もも丈のスカートなので、ショートパンツを見せるくらいはどうってことない。

 もちろん赤の他人にいきなりスカートの中見せろと言われれば、ショートパンツを穿いていてもお断りだけど。むしろ、一発蹴り上げてるかもしれない。


「これだから最近の若い者は…」


 閣下も十分若いけど、十も年が離れていると年寄り感覚になるようだ。


「いいから行け。好きなの選んでいいから…」


 閣下が疲れたように言う。

 閣下の精神衛生上服を選んできた方がよさそうだ。ここは素直に従おう。


「こちらへどうぞ」


 イリアさんが先導して部屋を出て行く。

 わたしはそれに着いて部屋を出た。



*** ***



 量産型魔道具店バルシュミーデ本店は、一階から五階までが店舗となっている。各階ごとで売っている物が違うので、分かりやすい配置となっていた。

 わたしはイリアさんに連れられて、四階の魔石武具のコーナーに来た。

 ここでは武器や防具の販売を行っているようで、多種多様な武器が並んでいた。

 そもそも、魔石武具とは何かというと、世界に存在している人類共通の敵たる魔力を有した魔獣を倒すために開発された武器や防具の事だ。

 この魔獣は魔力でしか傷つけられず、旧時代は一部の人間しか倒す事が出来なかった脅威の獣だ。

 しかし、人は魔道具というものを作り出し、武器防具も作り出した。

 現在では魔石武器と呼ばれる武器が主流で使われており、魔獣の素材から防具や魔道具が生み出されている。


「お嬢様、こちらはバルシュミーデで開発した新しい防具服になります。女性にも人気のデザインですよ」


 特別室みたいなところで、色々服を渡される。

 どれも魔獣の素材から作られた防具服で、耐衝撃性、耐久性などに優れた代物のようだ。

 値段がすべて取られているので分からないけど、普通に買ったらかなりの値段になりそうだ。


「性能重視なら、こちらになりますね。バルディリスの糸を使ったものですので、素材も柔らかく機動性重視の方には特にお勧めです」


 軽い材質だけど、いい素材で出来ている。

 バルディリスとは魔虫の一種で、魔力を含んだ糸を吐き出す。

確か、バルシュミーデで量産できる体制を整えていたはずだ。最近ではただ作るだけではなく、こうした素材の養殖まで始めているようで、ますますバルシュミーデの権勢は強まるばかり。

 魔道具と言えば、バルシュミーデの一強だ。

 

「いかがですか?」


 促されるまま着てみると着心地はなかなかいい。


「いい感じです、動きやすくて」


 腕を回してみても引っかかりはない。

 伸縮性もあるし、動きやすいのは確かだ。


「他にも色々あるのですが、こちらでよろしいですか?旦那様が支払うので、この際高い物でもよいのですけど…」

「いえ、そこまでは…」

「お嬢様はお綺麗ですので、何を着てもお似合いです。選ぶのも迷いますね」


 楽しそうにイリアさんが言う。

 買い物と言うのは女性にとっては娯楽だ。それがたとえ人の服を選ぶものでも。


「あの、ところでそろそろ”お嬢様”は止めてくれません?クロエでいいですよ」

「そういう訳にはいきません。旦那様のお客様ですからね」


 お客様とは違う。

 ただ、放置できなかった未成年を保護しただけだ。


「理由はどうあれ、旦那様がお茶まで振る舞ったのですから、お客様も同然ですよ。旦那様は旧友でさえもどうでもよくなれば自分のテリトリーから追い出すような方ですから」


 それはどう思えばいいのだろうか。

 わたしが閣下にとって役立つ存在だと思われているという事なのか。


――ありえる、それか同じ被害者だという憐れみの様な同情心か…


 むしろ、後者な気がしてきた。

 店長からの被害者、それに対する同情…、これだな、きっと。


「どうしてもクロエとは呼べないって事ですか?」


 イリアさんは少し考えて、ではと言った。


「クロエ様でよろしいですか?さすがにこれ以上は無理です」


 お嬢様かクロエ様か…、まだ名前の方がましな気がした。


「わかりました、それでお願いします。わたしはイリアさんって呼んでも大丈夫ですか?」

「敬称は不要ですが、お好きなようにお呼びください」


 年上の大人の女性を呼び捨てにするほど、わたしは偉くない。

 むしろこうして世話を焼かれているのも違和感だ。

 もちろん、イリアさんにとってこれは仕事の一環で、それを止める権利がわたしにはない事も分かっているし、仕事を取り上げて困らせるようなことはしたくない。

 わたしは、どういう付き合い方が正しいのか分からないので、とりあえずイリアさんに従って動くだけだ。

 服が決まると、イリアさんが髪を結ってくれた。

 無造作に一括りにしていた髪を解いて、少し派手に動いても大丈夫なようにしっかりと結いなおす。

 慣れた手つきで、イリアさんは人の世話をし慣れているのだなと感じた。


「綺麗な黒い御髪ですね。東国の方々はこういう髪質を"絹の様な"と表現するのでしょうか?」

「気付いてたんですか?」

「そうですね、お世話をされ慣れていないので、外国の方だとは思いました。美しい黒髪でしたので、東国の方かと思ってはおりました」


 この国では、お金を払えばそれ相応のサービスを得られる。こちらが動かなくて声をかければそれ相応に対応してもらえるのだ。

 ある意味、文化とも言える。

 お金を払っているのだから、当然と言う考え。

 それと同じで、侍女や女中、メイドなど、そう言った人の世話を断るのは、その人たちから仕事を奪っていると思われてしまう。

 なので、大人しく世話を焼かれるのが正解なんだけど、わたしの家というよりも外国では自分の事は自分でやるという風習が多いので、外国人勢はこの文化に戸惑うのだ。

 もちろん、すぐに適応する人もいるけど、わたしはなかなか慣れずにいた。


「東国は、この国で言うところの皇族でも出来る事は自分でやるって考えなので、ちょっと慣れないんです」


 イリアさんは頷く。


「そういう方もいらっしゃいますから、無理に慣れていく必要はありませんよ。ただ必要以上にかまえないで下さい」


 出来ましたよ、と鏡を見せてくれた。

 一人じゃこんな風に編み込んだり結ったりできないので素直にうれしい。


「ありがとうございます」

「頑張ってください」


 ニコリと微笑むイリアさんに応援されて、よしがんばるか!と気合が入った。


気が向きましたらブックマーク、評価よろしくお願いします。





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