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40.舞台の上での話2




――まずい!


 咄嗟に身体が動いていた。

 後ろから閣下の鋭い声が聞こえたけど、気にして何ていられない。

 

――間に合って!


 わたしは一気に魔力を解放し、叩きつけるように水面に結界をはる。

 光の収束が水面の中に抑え込まれ、痛いくらいに湖全体が輝いていた。


「クロエ!」


 跪いて手を水面にかざしていると、閣下が膝をつきわたしを覗きこんできた。


「大丈夫か!?」

「不味いです。今にも爆発寸前で、とにかくここから人を離して下さい」


 とにかく観客としている人たちを全員避難させなければならない。

 輝く水面に、パフォーマンスだと思ってる客が大半で、何かが起こってはいるけど、命にかかわる非常事態であると理解している人はいなかった。


「父上!」


 閣下がお父様を呼び、すぐに観客を避難させるように言う。

 しかし、それを許さない人物がいた。

 この領地の領主とその息子だ。


「貴様ら!なんの権限があって邪魔をする!」

 

 自分の娘を下がらせ、わたしに掴みかからんばかりに迫る領主を閣下が押しとどめてくれた。


「緊急事態だ。それにお前には犯罪の容疑もかかっている」

「何を言って――!まさか、北が南に介入するとでも言いうのか!?」

「この状況下で――…現状を全く理解できていないと見える」


 緊急を要する事態に押し門答をしている暇はない。

 

「閣下、これだけの規模ですから長くは待ちません!」


 魔力は有限だ。

 わたしの魔力は多い方だけど、それでもこれだけの規模の湖に蓋をするような結界はかなり大掛かりだ。

 むしろ、良く間に合ったと自分を褒めたい。

 そんな大掛かりな魔力放出は、長く持つはずがなかった。


「早くそれをどかせ!」


 いつの間にか領軍が取り囲んでいる。

 領軍とは、領地を守る軍だ。

 国軍とは違い、その権限は領地内だけのもの。そして、トップは領主だ。

 領主の命令に逆らう訳もなく、しかも完全に侵入者の形のわたしたちをこの祭りを邪魔する犯罪者だと認めているようだ。

 何も知らなければ、そうなるのも分かる。


「失礼いたします、バルシュミーデ卿。できれば武装を解除しこちらの指示に従っていただけますか?そちらの女性も――」


 この軍をまとめる指揮官が閣下に提案する。

 どこかおかしな領主に比べ、かなりまともそうな人物だ。


「悪いがそれは出来ない。むしろ、そっちの仕事は私たちを捕える事でなく、観客を避難させることだ。早くしないと、ここら辺一帯は吹き飛ぶぞ」


 閣下の簡潔な説明に指揮官が驚きの表情で閣下を見た。


「どういうことですか!?」

「いいから早くその侵入者どもを捕えよ!」


 後ろから領主の怒声が響いた。


「ローデルリヒ!何をしようとしていたか、分かっていないのか!?」


 領軍に囲まれているのはお父様も同じだ。

 何人かの護衛がお父様を守るように立ちはだかっているけど、数の暴力には敵わない。

 こちらから剣を抜くことはせず、睨み合っていた。


「あの、カールハイツ・ゼノン・シュトーレンも耄碌したものですね。この状況をご理解いただけないとは」


 皮肉気に、あの領主の息子がお父様を堂々と馬鹿にした。


「どう言う意味だね、エーリッヒ・ゼノン・バーバリア」

「これが最善の方法なんですよ」


 何が最善なのか。

 この場にいる住民、観光客全てを死に追いやるこれが、最善?


「我々とて、あの魔道具が直る見込みがないことくらい分かります。あなたに頼ったのはもしかしたら、という気持ちがあったのは事実ですよ。しかし、そんな時あるお方がある方法を教えて下さいました」


 ふふふと薄気味悪く領主の息子――エーリッヒが笑う。


「魔道具は迷宮産であってもいつかは壊れます。モノなのですから当然です。今をしのいでも、そのうちまた同じような事が起こるのは目に見えている。だからこそ、そんな事の起こらない方法を我らは作り上げたんですよ!」


 エーリッヒの言ったことは誰も理解できていなかった、おそらくわたし以外は。

 わたしはその恐るべき考えに瞬時に思い至っていた。

 まさかという思い。

 そんな方法を今、起こそうとしている事実に。


「何を言っているんだ?」

「ご理解いただけなくてもいいんですよ。すぐに分かります。今日で全てが変わる。永遠に水の湧き出る湖を我らは手に入れるのですからね」

「――この場にいる全員を犠牲にして、ですか?」


 わたしが静かに口を開く。

 その言葉にエーリッヒが愉快そうに笑った。


「おやおや、やはり気付きましたか?なるほど……あのお方があなたには気をつけろと言っていましたが……本当に――」

「クロエ、一体――…」

「閣下、無から有を生み出す事は出来ないんですよ。そんなの自然法則に反します。ここの湖の水だって、結局は魔力が元になっているんです」


 そう、この水は魔力で作られている。

 そして、昔は多少水に困るくらいでもそれなりに雨は降っていた。

 なのに徐々に降水量は減っていき、ここ近年では周辺領地は深刻な水不足に悩まされる事になった。


「ここ近年、降水量が無くなって行ったのは、あの迷宮産魔道具のせいだと確信しています」


 これだけの水を発生させているのだから、主登録されている人間だけでは絶対に無理だ。

 確かに、あの魔道具からは人の魔力を感じていたけど、たぶん大気中の自然魔力も多量に取り込んでいる筈。

 まだ魔道具が一般的でなく、魔法が主流の時代、迷宮産魔道具を改造することも行われていたと聞く。

 その魔道具があれだとしたら、考えもつく。


「自然魔力が枯渇して、手がない場合次に考えるのは、古今東西――生贄です」

「なに?」

「ここにはかなりの人が集まっています。戦争で人を殺すよりももっと効率よく一気に魔力を集められることでしょう」


 人は微弱ながらも魔力を保有している。

 死んだ直後、その魔力は自然に放出されることは、魔法士が生きていた時代に明らかになっていた。

 その魔力をかき集めれば、膨大な魔力が集まる。

 それを利用したシステムを構築すると、エーリッヒは言っていた。


「非人道的方法で、そんなことするのは許される事じゃないですよ!」

「おかしなことを…、ここに集まっている連中が何の役に立つ?むしろこの領地のために死ねるのだから、感謝してほしいくらいだね」


 本気でそう思っているエーリッヒの考えに全く同調できない。


「あそこの身分高い人たちも犠牲にするつもりだったんですか?」


 もし本気で実行するなら、別邸も飲み込まれていたはずだ。

 そうなれば、親族からの攻撃はそうとうなものになる。


「ああ、あそこの無能な人間は依頼があったから」


 それはつまり、殺しのと言う意味だ。


「しかし全く、頭がいいのも考え物ですね。そんな生意気な女はモテないんですよ?」

「残念なことに、そんな頭のいい女が好きな男もいるんでね」


 閣下は、エーリッヒに対し無感動に剣を突き付ける。

 エーリッヒが意外そうに片眉を上げた。


「一つ聞きたいんですけど…あなた方はここにいて大丈夫なんですか?」


 どう見ても自分たちでどうにかできる様には見えない。

 しかも、大気中に放出された魔力を集めるのにもかなりの技術が必要になる。彼らに出来るとは思えなかった。


「もちろん。あの方が、我々に対策を取ってくださっていますので」


 閣下がちらりとわたしを見た。

 本当かどうか尋ねる視線に、わたしは軽く首を振る。

 わたしの見た限りでは、全くの無防備だ。

 これだけの魔力爆発なら直前よりも事前に準備して対策していてもおかしくない。

 閣下は軽く頷くと、二人に向かって宣言した。


「ローデルリヒ・ゼノン・バーバリア及びエーリッヒ・ゼノン・バーバリア…二人を大量虐殺未遂犯として拘束する」

「果たしてできますか?」

 

 周囲を取り囲んでいるのは領軍で。

 両軍は領主の命令で動く。

 この人数と武力衝突ともなれば、閣下もただでは済まない。

 

「お前は何か勘違いしていないか?領軍とはいえ軍だ。犯罪者を捕えるために、国軍の指揮で動かす事もできるんだということを」

 

 領主たちの告白を聞き、それでも味方する領軍はどれほどいるのか疑問だ。

 半信半疑でも、義理立てして領主側につく可能性もある。


「どうする?」


 閣下が軍の指揮官に尋ねた。

 領主とその息子の告白を聞き、顔が歪んでいた。

 領軍の指揮官は、基本的に領主一族だ。この指揮官もまた領主一族なのだろう。

 自分の親族がそんな事を考えていたとは思いもよらなかったはずだ。


「バルシュミーデ卿……私は軍の規則に従おうと思います。犯罪を見逃す事は、規則に反しますので…」


 悲し気にそう言った。

 

「何を言っている!そちらにせよ、ただでは済まないぞ!!貴様は私の息子なのだから――!」


 ここで犯罪者として捕まればお前も道連れだと喚くが、彼の覚悟は決まっていた。

 慕われる領主ならここで味方に付く軍人もいたかもしれない。しかし、そうではなかったようで、指揮官側に全員が付いた。

 領軍に取り囲まれ、腕を拘束された二人。

 そのまま引きずるように、その場を離されていく。


「すぐに観客を避難させます」

「急いでくれ」

 

 指揮官が頭を下げると即座に行動を開始する。

 彼の指示に反発することなくスムーズに動く領軍の軍人たち。若くてもなかなか慕われているようだ。

 お父様たちは大丈夫かと見れば、一緒になって動き出していた。手伝うらしい。


「クロエ、どうだ?」

「正直いいとは言えませんね」


 爆発を押しとどめてはいるけどそれだけだ。

 この湖が魔力で出来た水なので、魔力の伝導がいいのが救いだ。

 ただ、魔石の魔力を外に流すには、どうしても手に触れる必要がある。


「ちょっと潜って魔石取ってきます」


 それしかない。

 魔力の伝導がいいので、水に潜った状態でも結界の維持は容易にできそうだと判断した。


「待て、それは危険だ!」

「でも、わたしにしか出来ないです」


 それは閣下も分かっていると思う。

 いつまでもこうしてはいられないし、避難が間に合うとも限らない。


「わたしは出来ない事をできるとは言いません。信用してください」


 にこりと笑って閣下に言うと、閣下は諦めたようにため息を吐いた。


「本来なら、軍人である俺が何とかしなければならないが……」


 苦痛の表情だが、軍人としての彼は決断していた。


「大丈夫です。万が一にもわたしは魔力で結界がはれますし、むしろ失敗したらってそっちの方が怖いです」

「大丈夫だから。責任は全て俺がとる…だから――」


 わたしは閣下の唇に自分からキスをした。

 閣下は驚いてわたしを見下ろす。


「その、ちょっと勇気がほしくて……」


 恥ずかしくなって言い訳がましくそういうと、今度は閣下からキスしてきた。

 さっきの掠るような物とは違い、しっかりと重ねて。


「無事で戻って来てくれたらそれでいいから」


 わたしは立ち上がって、装飾品を全て取り払う。

 そして、裾を思い切り引き裂いて、動きやすいようにした。


「泳ぎは得意なんで!」


 そんな軽口をたたきながら、わたしは水中に潜って行った。





結局いちゃつきたい二人の話


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