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39.舞台の上での話







 次第に人のざわめきが大きくなる。

 このお祭り最大の見世物である、乙女の儀式が始まろうとしていた。

 湖の周囲には一般客の観客席が設けられていて、そこは満席のようだ。

 わたしたちのいるバルコニーは特等席の中でも最上級とも言える場所で、そんなことまで全部見える。

 会場全体が見渡せる場所で、隣の席の人を気にする必要もなく、ゆっくり見ることが出来る場所。

 わたしは知らなかったが、この特等席はかなりの値段だと後々知った。


「始まるな」


 厳かな音色が響き始め、ざわめきの残っていた会場が静まり返る。

 曲の合間に、この湖の神話が語られ、今日までのこの領地の歩みについて流れていく。


「事実を知っていると滑稽だな」

「閣下は、ご存じだったんですか?」

「なにが…ああ、あの乙女役がもうすでに乙女じゃない事をか?」

「違いますよ!この領地の真実……というか――…もしかして…」


 もしかしてあの乙女役である領主の娘とそういう関係だったのかと問えば、焦りもせず違うと答えた。


「あの女は結構有名でな。それこそ父親が金の力で揉み消しているが、上の人間に媚びる様などまるで場末の娼婦のようだ」

「……場末の娼婦なんて知ってるんですか?」

「物の例えだ。しかし、あながち間違いでもない。マダム・ルイーゼが後見人なら、末端がどういう状況か知っているだろう?」


 こくんと頷いた。

 ママのお店はその界隈では一番のお店で、店にいるお姉さま方は一晩でかなりの金額を稼ぐ。

 身体を売らなくても芸を売り、自尊も高く、自分を見下す客など相手にしない。つまり、客を選べる人たちばかりだ。

 もちろん格が下がればそうは言っていられない。

 手あたり次第の男と夜を共にしなければならない娼婦も多いのが現実だった。

 つまり、今から登場する乙女役の女性はそういうふうに手あたり次第男と関係を持っている女性だという事だ。


「流石に俺は誘われた事は無い」


 身分差があり過ぎて、閣下が出席する様な場に彼女は入れないようだ。


「でも、そういうのはどれだけ揉み消そうとしたところで男たちの口から伝わって行くものさ」

 

 男には男の付き合いがある。

 特に男にしか立ち入ることが出来ない店では、そういうこと(・・・・・・)も盛んに話されるらしいと聞いたことがあった。


「話を戻すが、滑稽と言うのはどちらもだ。この領地の神話や歩みの滑稽さが大半の気持ちだが」

「じゃあ、知っているんですね?」


 その言い方はまぎれもなく魔道具の事を知っている。


「別荘で父に軽く聞いたが、その前から知っていた。俺の友人は、そう言う事には鼻が利くんでな」


 友人とは店長の事だ。

 つまり、だいぶ前から知っていたという事になる。


「いつから?」

「さあ、正確には覚えていないが……ここ近年の事だったと思う。この地域で急速に雨が降らなくなってきた辺りだから…二、三年前か?」


 それはかなり前なのではないか。


「お父様的にいいんですか?」


 一応、秘匿されていた事だし、お父様は古くからかかわってきた自分達一族ぐらいしか知らないと言っていた。

 たしかに閣下はお父様の息子だけど、南の人間という訳ではない。


「さあ?別に北が介入しなければ、知られても知られてなくてもどちらでもいいんじゃないのか?」


 どこか突き放したような言い方だ。


「不思議か?この関係に」

「はい」


 少し説明が難しいなと閣下は前置きしながら、わたしに分かるように説明してくれた。


「父親として尊敬もしてるし、大領地を治めてきた父のようになりたいとも思ったが…、結局俺は北の人間だ。南の領土に関与するのは良く思われない。父も兄もそれを望んでいないだろうしな」


 閣下は北の大領地の跡取りだ。他領への干渉は周りの目がある。

 いくら兄弟だからと言って助力を頼まれてもいないのに手を貸すのは、北の領土が何かの思惑を持って動いていると取られかねない。


「たとえ、俺がそういう意図はなくても、どこにでもそう言って勘ぐった挙句上げ足を取ってくる奴はいるというだけの話だ」


 血の繋がった人を表立って手助けできないけど、もし困っていたら手を貸すくらいの事は普通にしそうだ。

 だからこそ、南の領土の事なのに情報を持っていたのではないかと思った。


「ああ、あれが乙女役だ」


 一人の女性が、装飾を施された舞台の上を歩いて行く。

 その手には何かを持っているようだけど、小さくて見えない。


「クロエ、これを」


 閣下にオペラグラスを渡された。

 こういう席で出し物を見たことがないので頭になかったけど、閣下は抜かりなく準備していたので、ありがたく借りる。

 

「あの人が――…」


 正直言えば、閣下の言う通りな人だなと思った。

 オペラグラスで覗けば、確かに顔は整っているけど、悪女っぽい気の強さが顔に現れていた。

 お父様がわたしの衣装は乙女の衣装を模して作られていると言っていたけど、あの湖の中心舞台へ歩いて行っている人の衣装は、形は似ていても露出が多い。なにより、胸元が開きすぎて、とてもじゃないけど神聖な儀式を担当する乙女役とは思えない。

 音楽も照明も荘厳で厳かな感じなだけにあの女性が全て台無しにしている気がした。

 ふいに、観客席の方を見れば、鼻の下を伸ばしている男が何人もいる。


――隣に彼女を連れているのにそれはないんじゃないのかな。彼女が睨んでますよ……


「何か面白いものでも見えたか?」

「いえ、浮気性の男性とお付き合いするのは大変そうだな…と」

「何を見てるんだ一体……」


 呆れたような閣下の声を聞きながら、周囲をさらに見ると、一点で止まった。


「どうした?」


 オペラグラスであちこち見ていたわたしが一点を見つめて止まったので聞いてきた。


「えっと…、お父様が――…」

「父が?」


 オペラグラスを渡して、指をさす。


「何をしているんだ?」


 お父様の側には護衛の人もいる。


「もしかしてこっち見てます?」

「いや、大体の位置は把握していても角度的に向こうからこっちは見えない筈だ」

「そうですか…」


 それは良かった。

 こんな姿見られたら、別荘に帰った時が怖い。


「向こうはしきりに彼女を気にしているようだが……」


 その視線の先を追うように閣下が顔を上げたので、わたしは咄嗟に閣下からオペラグラスを取り上げた。


「どうした?」

「え、ええと……」


 なんとなく見てほしくなかった。

 別に閣下を信じていない訳じゃないけど、あの露出の激しい肌を見てほしくなかった。とくに自分にはとてもかなわないような胸元を。

 視線をさ迷わせているわたしに閣下は、すぐにその行動の意味に気付く。察しのいい男は、こういう時嫌だ。

 うれしそうな、揶揄うような感じでわたしを見てきた。


「嫉妬――とは、うれしいな」


 ちゅっと頬にキスされ、ますます視線をさ迷わせる。

 霧散していた怪しげな雰囲気が戻りそうになり、わたしは湖を指さす。


「あ、あの!あの人が持ってるの、この領地が秘匿してきた魔道具じゃないです!」


 お父様はあの魔道具を祭りの時に使うと言っていた。

 わたしはてっきり、乙女役の人が持って演出か何かをするのかと思っていた。


「一応、あれは秘匿されたものだ。そうそう人前には出さないが、祭りで使うというのはあながち間違いじゃない」

「どういうことですか?」

「あまり夢のない事を言うのもあれだが、あの乙女役の女性が持っている物を湖に投げ入れ儀式を行う事で水が湖に満たされる、そういうシナリオだ。ただし、満たされるのは翌日で、その夜のうちに魔道具を使って水を作っているんだろうな」


 特に今は結構水位が下がってきている。

 それが一晩で満たされれば、たしかに奇跡を感じると思う。

 ただし、裏舞台をしらなければの話だけど。

 わたしは再びオペラグラスで彼女の持っている物を見る。今度は、鑑定も使って。

 なんとなく魔力がこもっている気がしたのだ。


――なんだろう…、何かの魔道具かな?


 そして、わたしは閣下から勢いよく立ち上がり、バルコニーの手すりに手をかける。

 その勢いに閣下も立ち上がり、わたしの肩を掴む。


「どうした?」

「あれは!まずいですよ!!」

 

 オペラグラスを投げ出し、いまにもバルコニーから落ちそうな勢いのわたしを閣下が落ち着かせるように後ろから腰に腕を回し自分の方に引き寄せた。

 だけどわたしの勢いは止まらない。


「すぐに止めないと!これ以上刺激したら!!」


――どうしてあんなものが!?


 焦る気持ちとは裏腹に、順調に進んでいくその舞台の上。

 わたしの焦りに閣下にもその緊張が高まった。


「クロエ、説明してくれ。あれとはなんだ?」

「あの人が持ってるの!魔力飽和している魔石です!少しでも刺激すれば、この一帯ぐらい簡単に吹き飛びますよ!!」


 魔力飽和の魔石とは、魔力が入り過ぎて少しの刺激で大爆発するような代物だ。

 自然界において、魔石は自然と多くなった魔力を放出しているので、飽和状態になる事は無い。

 かなり昔の話だけど、戦争時代には攻撃魔道具の一種として猛威を振るっていたこともある。もちろん、魔力の塊なので魔力による防壁によって簡単に防げるけど、今の時代そんな方法で防げる人などほぼいない。

 だからこそ、この一帯が吹き飛ぶ未来しか見えない。

 閣下はそれを聞いてすぐに理解した。

 さすが、量産型魔道具の開発販売をしている企業の主。魔石の危険性については良く知っているのだろう。

 わたしは下を見て、この高さなら身体強化で着地すれば問題ないと判断する。

 ただし――…


――動きづらい!


 長い裾がわたしの動きを抑制する。

 緊急事態下において、服を破いてもきっと怒られないはずだと思い、裾に手をかけた。

 その瞬間、足が宙に浮く。


「あっ!」

「あれをなんとかできるのか?」


 閣下に抱き上げられて、閣下を見上げた。


「難しいけど、何とかしないと危険すぎて動かせません!」

「分かった」


 いつの間にか腰に自分の得物を下げている閣下がバルコニーに足をかける。

 手すりから勢いよく跳躍し、わたしの身体が風を受けた。


「ひぇ!」


 自分で飛び降りるのと、人に抱えられて下りるのとでは違う。

 しかも、わたしは下に飛び降りようとしたのに、閣下の跳躍は違かった。

 観客席も全て飛び越えて、一気に最前席――いや、儀式の舞台に降り立った。


――な、なななんで!


 普通の身体能力では絶対無理だ。

 跳躍する瞬間確かに閣下は身体強化を使っていた。おそらく、自分の意思で操っていた。

 

「な、なによ!あんたたち!!」


 一番の盛り上がりシーンで邪魔された彼女は、ひどく怒っていた。

 分からなくもないけど、緊急事態だったのだから許してほしい。

 閣下がわたしを地面におろして、彼女に淡々と事実を伝えた。


「悪いが緊急事態だ。お前のそれはリブラリカ皇国では規定違反の魔石である可能性が高い」

「あ、あなたは……」


 閣下の姿に彼女が赤くなった。

 ビシッと国軍の軍服を着ている閣下が何もしていなくても立っているだけで色気があるのは分かる。

 分かるけど、良い気がしない。


「クリフォード!クローディエ!」


 後ろから閣下のお父様が慌てたように出てきて、わたしたちの名を呼んだ。

 観客席は完全に騒然となっており、一体何事だとざわめきが次第に大きくなっていく。

 しかし、閣下は無視して彼女に向かって手を差し出す。

 早く魔石を渡せの意味で差し出した手だったけど、彼女は何を勘違いしたのか、自分の手を閣下の手に重ねようとしていた。

 その姿にちょっとムッときて、閣下の前に出て二人の間に割り込んだ。


「すみませんが、そちらを渡してください。危険なものなんです」

「はあ?なんであんたなんかに指図されなくちゃいけない訳?」


 完全に敵扱いのわたし。

 上から下まで見られ、睨まれた。

 わたしが割り込んだことがお気に召さないのか、こちらの指示に従う気はないようだ。

 完全に間違った対応だったけど、わたしが嫌だった。身体が勝手に動いてしまったのだから、しょうがない。


「そんなに欲しいなら……取ってくれば?」


 そう言って彼女は叩きつけるように湖に投げ入れた。

 その瞬間、一気に光が収束した。





嫉妬という感情を手に入れたクロエの話

嫉妬するクロエがかわいい、どうやってかわいがろうかと不埒な事を考えている閣下の話


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