38.バルコニーでの話
「こ、これは…あの、どういった事でなんですか?」
「んっ?」
料理を自ら手配し持ってきた閣下は、それをバルコニーのテーブルに置き、飲み物をグラスに注ぐ。
そして、なぜか椅子に座っているわたしを抱き上げて、自分の膝の上に下した。
つまりわたしは現在、閣下の膝の上で横抱きに座らされている状況だ。
この態勢はおかしいのではないだろうかと閣下を見れば、むしろわたしが疑問に思う事がおかしいとでも言うようにわたしを見ていた。
「別に何もおかしい事じゃない。付き合った男女の触れ合いの一種だ」
「は、はあ…」
「クロエは、かわいいものとか綺麗なものを抱えたりしないのか?」
そう言われれば、思いつくことはある。
――確かに可愛いぬいぐるみとか、小型のふわふわした動物とか……って違う!
「いやいや、確かにありますけど!でも、人じゃないですし!可愛いぬいぐるみとか、そういう――」
「似たようなものだ、対象が違うだけで」
「対象?」
「クロエは、ぬいぐるみとかそういうのを抱えるんだろう?俺は、クロエが可愛いからこうしていたいんだ。ひざに乗せるものが違っても気持ちは同じ、そう言う事だ」
――全く違いますけど!?
閣下が直球過ぎて、顔が赤くなる。
いや、告白の時も遠回しじゃなかった。はっきり言われた。
でも、今日だけで性格変わり過ぎな気がする。
ただ、これがおかしいかどうかなんてわたしには分からない。参考に聞きたい人もそばにはいない。
同年代同士のお付き合いの話は、学院内で良く聞くし、時々付き合っていると思われる男女が寄り添っているのを見たことはあるけど、それはあくまでも同年代の話。
もしかしたら、閣下の大人の恋愛にはこういうことは普通なのかも知れない。
そこで、自分の父親と母親たちの関係を思い返す。
子供たちの目の前ではあからさまにくっついてはいない……
――いないどころの話じゃないかも…
むしろ、一兄様のお母様には冷たくこき下ろされて、ママにはにこやかにばっさり突き放されて、わたしの母様はそもそも会えないし……。
あれ?全く参考になりません……。
そもそもお国柄が違う。
こっちはどちらかと言えば性に対し開放的なところがあるけど、東国は閉鎖的で、人前でそんな触れ合いはしないのが美徳とされるような国だ。
閣下が普通と称したことが、たぶんこの国では本当に普通な出来事なのだろう。
「何をそんなに考えている?」
「いや、自分の常識の再確認を――むぐっ」
閣下が口の中に切り分けた肉を押し込んできた。
吐き出すわけにもいかないのでそのまま咀嚼すると、今度は飲み物を渡される。
「閣下?」
「考える事、人に意見を聞くことは大事だが、こういうことは人それぞれだ。どれが常識でどれが非常識かは、自分で決めればいい。俺はそうやってきた」
「そ、そういうものですか?」
「そうだ。そして、これは俺にとっては普通だ。常識的な事だ」
そうなのかと納得し、ふと過去の女性にもこんなことをしてきたのかと気になった。
別に過去は過去だし、消える事は無い。
閣下は成人した大人だし、女性が必要な夜だって――…あるだろうし……。
「今度は何を考えている?」
ちびちび渡された飲み物を飲んでいる姿に、閣下が眉を寄せた。
「いえ、大したことは……」
「大したことじゃないなら、何を考えていたか聞きたい」
「さすがにちょっと……」
過去の女性の事を聞くのは、嫉妬してる女みたいで聞きづらい。
別に過去の人に嫉妬したって無意味だ。目の前に実物がいて、閣下を誘惑していたら話が変わるかも知れないけど。
それに、これはあんまり聞いていい事ではない事は分かっている。
「で?何を考えていた?」
「うっ……、いや本当に大したことでは」
「そこまで隠す大した事ではない話を聞きたい。まだ時間もあるしな」
追及を緩めない。
閣下が軍服を着てるせいか、尋問されているような気分になった。
「ほら?」
腰に回されていた腕に少し力が入る。
そしてスッと腰のラインを撫でられた。それに身体がビクッと震える。
「か、閣下!」
乙女の衣装は締め付けが少ない。
肌の露出は少ないけど、フワフワした生地なので、触れればドレスよりも無防備なのは分かる。
「言わないともっと触れるぞ?」
「だ、だめです!」
耳元で脅され、わたしは閣下の手を握って動きを止めた。
ただし、閣下の方が一枚も二枚も上手だ。
「で?」
「ひゃっ!」
今度はぺろりと耳を舐められ、変な声がでた。
それに気を良くしたのか、耳を軽く噛んできて、嬲るようにゆっくりと舐め上げられる。
離れようとしてもそれを閣下は許さず、わたしはいいようにされていた。
そしてついに限界が来て、わたしは叫ぶように閣下に暴露した。
「ほ、他のお付き合いしてた人も膝の上に乗せていたのか考えてました!」
言い切ると、うぅと顔を手で覆う。
閣下の手がピクリと反応し、なぜかぎゅっと抱きしめられた。
「してない。こんな事、他にはしてない。クロエだけだから」
「え、でも常識が――…」
「常識と言うのは時として覆されることもある。今もそうだ」
言いくるめられている自覚があったけど、ここは素直に頷いておく。
これ以上根深く聞くと、収拾がつかなくなりそうだった。
「過去の事は出来ればあまり気にしないでほしいが…」
自分のやらかしてきた過去を思い出しているのか、眉間にしわが出来た。
悔いているのか、思い悩んでいるのか、そんな顔だ。
さっきの事は、ちょっと気になっただけで、別に過去の女性に嫉妬しているわけではない。
しかも、閣下と肉体関係のあった娼婦と知り合いなので、もう色々考えてもしょうがないと割り切っている。
――あっ、そうだった…
琉唯に言われていたママのことを思い出す。
確か、付き合うにしろ付き合わないにしろ、閣下には言っておくようにと言われていた。
「閣下…、ちょっと話しておきたいことがあって」
言いづらそうに話し出すわたしに、眉間のしわをそのままに先を促した。
「わたしのママについてなんですけど…」
「母上が?」
「いや、ちょっとわたしの家庭が複雑と言うか、そのママはわたしの母親じゃないんです」
「…ママと言うと、あのバルシュミーデでの話相手という事で間違いないか?」
わたしの拙い説明にも、閣下はすぐに理解してくれる。
「そうです。そのママです。わたしの生みの親が少し離れて暮らしてまして、ここで学ぶときにママ――つまり琉唯のお母さんなんですけど……に後見人になってもらっていて」
そこで閣下は少し考えるそぶりを見せた。
「クロエとあのルウイと言う男が血縁関係にあるのはあの法廷で知っていたが、正確にはなんだ?」
閣下の疑問にわたしはそう言えば琉唯の事をちゃんと紹介していなかったなと気付いた。
「そう言えば言ってなかったですね!琉唯はわたしの兄です。すぐ上のっていっても十離れていますけど」
「兄……」
「それで、父には本妻の奥様が東国にいて、琉唯のママとわたしの母様は愛人枠?って感じで」
うまく説明できないけど、まあなんとなく伝わればいいかと思いつく限りで説明する。
「……それで?」
「それで、琉唯のママはこのリブラリカ皇国でお店やってて、何かあったら頼るようにって後見人になってくれたんです」
「今度会ってほしいとか、そういう話か?」
「いえ、むしろ閣下はママのこと良く知ってるかと思います。でも、琉唯から閣下に話しておけって言われたんで」
ますます良く分からないという顔をされた。
「何の店をやってるんだ?俺が知っているという事は取引相手か、それとも……」
「その、ちょっと言いづらいんですけど――…娼館です。マダム・ルイーゼの事は閣下も知ってますよね?そのマダムが琉唯のママで、わたしの後見人なんです」
「何?マダム・ルイーゼが?」
「はい、この間ママに閣下の邸宅にお世話になってるの知られて…あまりご迷惑おかけしないようにしなさいって言われました」
――これはかなり驚いている…?
何か考えているのか、思考が停止しているのか、さっきまでわたしの身体を撫でていた手が完全に止まっていた。
「マダム・ルイーゼは…知っていたのか――…」
「え?」
呟かれた言葉が聞こえずに聞き返すが、重いため息で返された。
「なぜ言わなかった?」
「隠していた訳じゃないですけど…、普通に考えて言いづらくないですか?後見人が娼館経営者とか、あんまりいいイメージないですし…、閣下も使っているし――…」
「今後は使わない。だからマダム・ルイーゼにもあまり聞かないでくれ」
――なんだか、父様に似てる…
完全にやらかした時の父様と同じ顔だった。
知られたくない事を知られたり、知ってしまったり、そんなときの複雑そうな顔だ。
わたしが見ているのに気付いたのか、手で顔を覆い隠し、わたしの頭を自分の身体に押し付けた。
「あの、別に気にしてませんよ?これは本当です」
閣下が何かに後悔しているようなので、とりあえず慰めてみた。
付き合っている彼女からそう言われたら少しくらいは慰められるかと思って。しかし、もっとため息を吐かれた。
「いや、自分の行いのせいだとは分かっているが……そこまで言われると流石に――…」
どうやら、わたしの慰めは慰めにならずにもっと悩ませる結果になってしまったようだ。
「あの、嫌ですか?ママがマダム・ルイーゼって知って……」
ちょっと不安になった。
今なら、琉唯の言葉が分かる気がする。
閣下は、確実にマダム・ルイーゼがわたしのママである事を気にしていた。
「――不安にさせたか?……さすがに驚きはしたが…、嫌ではない。クロエの家族がどういう仕事をしていても、俺が好きなのはクロエだからな」
ただ、もう少し早く知りたかったと閣下は言った。
「早く知っていたら、衝撃は少なかったですか?」
「まあ、多少は」
「すみません……」
黙っていたのは説明が面倒くさいというのがあったから。それに娼館経営者の娘という肩書は、あまり好ましくもない。
ママの事を軽蔑とか疎んでいるとかそう言う事ではない。むしろ尊敬してるし、頼りになる人だ。
だけど周囲はそうは見ない。
娼館経営者=ふしだらな女性という勝手なイメージがあるのだ。
ママもそれを理解しているから、わたしにあまり干渉しないようにしてくれている。
閣下もそれに気付いていて、理解してくれた。
「俺はマダム・ルイーゼを嫌っていない。むしろ、尊敬してもいる」
そう言ってくれた閣下にわたしはうれしくなった。
「ありがとうございます。わたしもママのこと大好きだし、すごい人だって思っているんで、そう言ってもらえてすごくうれしいです!」
閣下はお世辞で言ったわけではない。
本当にママのこと尊敬してるのだと分かった。
やはり、閣下は周囲のイメージで相手を固定化しない、すごい人なんだと実感した。
20万文字突破した記念?の話なのに、膝抱っこは付き合ってたら普通だと閣下がクロエを調教する話。
閣下、ちょっと触り過ぎという話
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