36.5.閑話での話:カールハイト視点
確かに興味があったのは否定しない。
結婚適齢期とも言える年齢で一向に結婚するそぶりも見せず、その場限りの関係ばかりの女性としか付き合う事がない息子が、ついに一人の女性に心を決めたと聞いた時には、それこそすぐにでも結婚するのかと思ったほどだ。
しかし聞けば相手は未成年。成人間近なのかと思えば、成人まではあと二年ほどあるという。
いつも付き合うのは、妙齢の男慣れしているような女性ばかりのクリフォードが、本気で選んだのが未成年の少女。
興味がわくのは仕方がない。
もしここで、妻たちがいたならば、止められていたと思うが、運のいい事に妻たちは、クリフォードの母親であるアーデルハイトに誘われてバルシュミーデ領に行っていた。つまり、誰にも止められずに、皇都を訪れた。
もちろん、用事もあった上、会える保証はどこにもない。
だが、幸運な事に息子の友人であるヴァルファーレ君に紹介してもらえた。
入ってきた時の彼女は、いい意味で裏切られた。
まだ幼さを残してはいるが、大人に向かう少女特有のかわいらしい雰囲気があった。そして、なによりもその容姿は、容姿の整った貴族にも負けない、むしろそれ以上の美しさ。
知識も豊富で、頭もいい。
きっと息子とも話が合うのだろう。
強引とも言える力技で皇都から連れ出したが、その時のクリフォードの怒り声など父親である私でもめったに聞いたことのないものだった。
彼女も困惑気味だったが、一応仕事だと思って私についてきてくれた。
お詫びと称して色々服を買い、中でも儀式の乙女衣装は私でも言葉が詰まるほど似合っていて、そして気付いた。
その透明感にも似た清廉な空気、恥ずかしそうに俯く表情にどきりとする。
何気なく髪を耳にかける仕草にも色気を感じ、クリフォードが彼女を選んだ理由も分かる気がした。
「よろしかったのですか?」
「何がだ?」
「護衛もなくお二人を行かせて……」
「ここで護衛でも付けたら、本気でクリフォードに嫌われそうだからしょうがない。それに、クリフォードに対応できない相手がいるなら、誰が一緒でも無意味だろう?」
まさか、仕事を終わらせて休む暇もなくここまでくるとは思わなかった。
勝手に彼女を連れ出した私に対し、苛立ちを隠そうともせず冷たく睨まれ、その本気を察した。
正直、ヴァルファーレ君に紹介してもらった時は二人は付き合っているのだと思っていたが、クローディエと話しているうちに、どうも様子がおかしい事に気付いていたし、息子の反応から、もしかしてという思いが現実なのだと気づく。
「まさか、クリフォードの片思いだとは思わないだろう?」
まあ、彼女の反応からするに、片思いとは違うが。
でも、恋人でもないそれ以前の彼女にちょっかいをかけたのは流石に反省した。
「クリフォード様のことをご心配なのは分かりますがほどほどにしませんと」
「手元で育つことのなかった息子だ。どうしても色々気にかけてしまうんだよ」
末の息子でありながら、自分の手元で育つことのなかった息子に対し、いつも気にはかけていた。
生まれから少し特殊な環境で、身体の成長はともかく精神面での成長は心配したものだ。
しかし親の心配をよそに、息子――クリフォードはしっかりとした性格に育った。
頭もよく回転も速い。
正直、兄二人よりもあらゆる面で優秀と言ってもよかった。
実際、周囲の人間からは時々言われる。
だからと言って、上の息子二人が劣っているわけではない。むしろ、かなり優秀だった。それ以上にクリフォードが優秀だっただけだ。
運が良かったのは、上の息子たちとある程度年が離れていた事だとは思う。
そうでなかったら、優秀な末っ子に嫉妬してここまで仲良くなりはしない気がした。
クリフォードは兄二人を慕っているし、上二人の息子達はクリフォードを可愛がっている。良い関係になってくれてよかったと心から思う。
「もしかしたら、進展して戻って来るかも知れないな。それだけで済むならいいんだが…」
ついてくるなとハッキリ言われ、ぎこちなく赤くなる彼女を連れて行ったクリフォードに一応釘は刺したが、果たして我慢できるのか気になった。
まあ、我慢強い息子の事だから、流石に最後までは――…しないと思いたい。
いくつになっても、子供と言うのは親の心配の種だと実感した。
「失礼いたします、カールハイツ様。先ほどお調べになられていた調査報告が届きました」
ドアをノックし静かに入って来るのは、私が引退したときに本邸を退職し私についてきた元執事長だ。
年上の彼は、のんびり隠居生活でも楽しむのかと思えば、結局私の世話を焼いている。
奥方が先立ってしまったのもあるかも知れない。
「こちらを」
すっと渡してくるその調査書。なかなかきな臭い事が書かれていた。
それを読み終わると、私は筆頭護衛に渡す。
「失礼いたします」
その場ですぐに読み始め、顔が険しくなった。
「これが本当ですと、問題なのでは?」
「まだ、確証があるわけじゃない。疑念の段階だ」
「……いまからでもクリフォード様に護衛を――…」
「ある程度のことは話してある。もしかしたら彼女からも聞くかもしれないし、大丈夫だろう」
息子の強さは嫌と言うほど知っている。
時々、本当に人なのかと疑いたくなるような強さだ。
「東が介入か――…やってくれる」
調査報告書には東領土の使者がローデルリヒを訪ねている事が書かれていた。
それだけでは特別大事にするような事ではない。
しかし、その使者はそのまま領主邸に滞在し、領主とその子息に何か入れ知恵をしている様だった。
主に、例の魔道具についてだ。
ここの領主一族は揃いも揃って強欲だ。
そんな強欲な存在が使者の話を受け入れ、こちらを切るという事は、自分たちに利になる事を提案されているからなのは分かる。
そしてここ最近で、最も彼らが恐れているのがあの魔道具が失われる事だ。
あの自信がありそうな様子から、代替えとなる魔道具が見つかったか、壊れかけの魔道具を修復する手立てが見つかったかだ。
彼らはあの魔道具に頼り切りで、自分たちで他の道を探そうという気もない。
しかし、私はそれに関しては懐疑的だ。
なにせ、クリフォードの友人、迷宮産魔道具に関しては右に出る者がいないとまで言われるヴァルファーレ・ゼノン・ルイージュが手が一つしかないと言ったのだから。
そして、その手段は彼女クローディエだ。
むしろ、迷宮産魔道具を修復できる魔法が使える事自体驚いた。そんなものがある事自体にも。
「東の介入――…狙いは何でしょうか?」
「独立だろうさ」
面倒なことになりそうだ。
東領土はその領土がリブラリカ皇国に属することになった頃から、リブラリカ皇国を裏で憎んでいる。
それは上の人間だけでなく、市民にまで伝搬していた。
幼い頃から刷り込みの様な教育を施しているのは分かっているが、止めることは出来ない。学校ではなく、各家庭で行われているそれを把握するのは不可能だ。
「完全に逆恨みだろうに」
もともと、東は我々の領土ではなかった。
戦争によって今から四百年前にリブラリカ国に属する事になったが、はっきり言っていらなかった。
当時貧困に喘いでいた東の国家を誰も受け入れたいと思っていなかったが、人道的に見ても受け入れざるを得なかったというのが真相だ。
だが、人は簡単に歴史を改ざんしていく。
いくら事実を教えようとしても、家庭内で否定され続ければそれが子供たちの真実となるのだ。
正直、そこまで嫌なら勝手に独立でもなんでもすればいいと思っている。
もちろん、そんな事を許せばリブラリカ皇国の沽券にかかわるので絶対に許される事ではないが。
しかも、現時点で東領土は現第一皇子殿下派閥ということも引っかかる。
第一皇妃殿下との結婚が全ての間違いだったが、おそらくそれは皇帝陛下自身分かっている事だろう。
子供である第一皇子殿下にはそれなりの情がありそうだが、第一皇妃殿下には全くと言っていい程愛情を感じられない。完全な事務的態度で、他国が絡む公的場面でも最近では第二皇妃殿下が采配を振るっており、完全に距離を置かれている。
もしかしたら、第一皇子殿下が皇帝にでもなったら独立でも約束しているのかも知れないが、そんな未来は絶対に来ない。
領地をもつ貴族の大半が許すはずもないからだ。
「今回の事も、内乱…とまではいかなくても多少の火種にはできる筈だ。それがなぜここなのかだがね」
「今南の領土は隣国のせいで難民が流れ込み治安が悪化しております。そこを突かれたとしか…」
「今疑問なのは、どうやって魔道具の存在を知ったのかという事だ。褒めるのも嫌だが、あれに関してはかなり徹底して情報を隠している」
それこそ、当時から関りのある私の一族以外は知らないと断言できる。
「もっと調べる必要があるが……領主邸に行ったとき嫌な感じがした」
「それは――…」
「ただの勘だが、もしかしたら大掛かりな何かが動いているかも知れないな」
私は少し考え、命じた。
「クリフォードにも伝えてくれ。何かが起きるかもしれない事を。我々も湖の方に向かおう」
何もなければ問題ない。
ただ、あの時の彼らは尋常な思考ではなかった。そんな気がした。
「もしかしたらクリフォードにも手を貸してもらう事になるかも知れないな」
せっかくの彼女との逢瀬を邪魔すれば後々何を言われるか分かったものではないが、人の命には代えられない。その辺の事はよく理解している筈だ。
一応立派な国軍所属の軍人なのだから。
「出来るだけ人を集めて、何か起こったら対処出来るように。あそこには多くの人が集まっている筈だ」
祭りの見せ場、一番盛り上がる最終の出し物。
儀式というが、それはたんなるパフォーマンス。神聖な場を人工的に作り出しているだけの偽物。
ただ、確かに綺麗なのは認める。
そして、恋人同士で見れば最高にいい雰囲気になれることも。
「ああ、やはり一緒に行くべきだったか…」
ふと、着飾ったクローディエが思い出された。
手放しに褒めたが、全て心からの言葉だった姿。
白と青を基調とした衣装に、装飾品が本当に良く似合っていた。
クリフォードが怒っていたのは無理やり連れだしたからだけではなく、綺麗に着飾った彼女の衣装や装飾品の類を全て手配したのが私だったからだ。
自分で飾り立てたいという願望が見えていた。
――本当に、好きなんだな…
自分の所有物にしたい気持ち、自由にさせたい思い、色んな気持ちが表れていた。
父親だから息子の事が多少なりともわかる。
「旦那様、ご用意が整いました」
「今行く」
祭りの最終日は満月と決まっている。
月が明るく地上を照らしていた。
今頃二人は何しているのかと思いつつ、今日ぐらいは何も起きなければいいと思っていた。
今頃の二人:たぶんイチャイチャ……してるかも知れないという話
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