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35.バーバリア領での話2

 バーバリア領領主邸は、それは立派なものだった。

 どう立派かと言うと、ああ、羽振りがいいなって思う感じの立派さだ。

 一言で言うと。


――成金…


 そんな感じの外観だった。

 もちろん、一見歴史あるように見えなくもないけど、閣下の邸宅(ロードリア)を見慣れてしまうと、なんとも品がないように見えてしまう。

 馬車を降りるとすかさず執事長と思わしき人がやってきて深々と頭を下げる。


「お待ちしておりました、旦那様は応接室にてお待ちでございます。そちらのお嬢様は…?」

「私の客だ。例の件で力になってくれることになっている」


 ちらりとわたしの方を見てお父様が言った。

 


「かしこまりました。こちらへどうぞ」

「行こうか――…それからここではカールハイツと…」


 わたしの背を押しながら耳元で囁く。

さすがにここでは娘設定は無くなるようだ。

中に入ると、これまた豪華絢爛の言葉がふさわしい内装で、ちょっと呆気に取られてしまった。

 煌びやかな装飾はまるで舞踏会のようだ。

 こんなの毎日見てたら目が痛くなりそうだなと思った。


「すごいだろう?」


 お父様が呟く。

 たぶんわたしの顔で何を考えていたのか察した。


「まあ…」


 お金をかけて派手にすればいいってものではない。

 良いものを見極め、要所要所を特別に演出した方が品がいいのに何も分かっていないらしい。

 お金を使う=権力の象徴とでも思っていそうだ。

 間違ってはいないけど、ちょっとズレている気がする。

 案内している執事長が豪華なドアの前でノックをした。


「旦那様、お越しになりました」


 中からすぐに返答があり執事長がドアを開けて、わたし達を中に通す。

 中には、おそらくここの領主であるバーバリア卿とそのご子息と思われる若い男性が待っていた。

 バーバリア卿は、この館の主にぴったりと言いたい風貌で、あまり関わり合いになりたいとは思えない人物だ。

 その横のご子息はこの父親に似ていないけど、嫌な感じがした。


「お待ちしておりました、シュトーレン様!」

「待たせてすまなかった。少々厄介なことがおきたのでね」

「ええ、それは事前にお聞きしております。それでそちらは?」


 そこでわたしの事を上から下まで不審者の様な目で見た。

 不快な目だ。

 それに気付いたお父様が、わたしをその視線を遮るように前に立つ。


「事前に連絡した通り、この魔道具をなんとかしてくれるかも知れない女性だ」


 言葉に少し力が込められた。

 お父様から立ち上る圧が増し、わたしを見る視線が不愉快である事を向こうに知らせる。

 引退したとはいえ、南の国境を任された元大領主でありこの南を統括する人だ。その存在感に、目の前の領主たちは抗う事など出来ない。


「そ、そうでしたか……どうぞお座りください」


 お父様の隣に座り、正面に座る領主を見る。

 やはり、あまりいい雰囲気ではない。

 お父様がことりと預かっていた魔道具をテーブルの上に置く。


「それでどうでしたか?」


 早速と言わんばかりに答えを急いだ。

 本来こういう場では、世間話から始まって、徐々に核心にせまる話題にしていくと習った。それを全く無視したやり方は、かなり親しい友人同士なら許されるけど、明らかに身分が上の人間にする事ではない。

 

「少し焦り過ぎではないかね?」


さすがに顔に出すようなことはしていなかったが、あまり快くは思っていないようだ。


「しかし、シュトーレン様もご存じでしょう?」

「ああ、まもなく湖の水が尽きるということか?」


 それにぎょっとしたのはわたしだけではない。

 わたしの驚きはまもなく水が尽きるという事に対してだったと思うけど、向こうはそんな重要機密をわたしの様な部外者にしらせたことに対するものだ。


「シュトーレン様!」


 たまらず領主が声を上げた。


「ローデルリヒ、先ほども言ったようにこの魔道具を直してくれるかも知れない女性だ。全てを知らせて何が悪いんだ?」


 全く理解できないとでも言うようにお父様が言うと、領主のご子息が口を挟む。


「シュトーレン様、そちらの方にはただ直していただけるように依頼すればいいだけの話ではないのですか?そこまで教える必要性が?」


 息子の方は父親と違って冷静なようだ。

 

「コンバイル越しでは難しい話だったので今はなすが、どうやらこれを直すには、一時的に彼女に所有者を移す必要性があるらしい」

「なんですって?こんな小娘に!?」

「ローデルリヒ」


 静かな声だけど、目の前の領主を黙らせるのは簡単なようだ。

 なんとなく、こういう所に閣下を感じた。


「これはもうお前たちだけの問題ではない。解決するには、私の権限で動かせてもらう、そう約束したはずだが?自分達で解決できないから私に頼ってきたのだから、指示に従うのは当然のことだろう?」

「ええ、しかし!」

「彼女は信用できる人物だ。まあ、君たちに知らせることなど何もないがね」


 自分の配下にいる人間であるように説明する。

 力関係は完全にお父様が上だ。


「では、お聞きしますが――」


 お父様と領主の間に再びご子息が言葉を重ねた。

 一体この人はなんだろうかと考えてしまった。

 上位者であるお父様と領主である父親の間に割って入るその度胸と礼儀のなさは。まるで、この領地の支配者でもあるかのようなふるまいだ。その無礼な態度に父親も止めないところを見ると、息子に意見できる立場ではないように感じだ。


「そもそも、シュトーレン様は信用できるお方なのですか?」

「それはどう言う意味だ?」


 その瞬間、お父様が明らかに反応した。

 鋭くご子息を睨みつけ、静かに発した言葉は怒りに満ちている。

 しかし、それを平然と受け流し、ご子息は続けた。


「もともと、この領地に介入してきたこと自体おかしな話なのです。いつも他領の味方をされている方が信用できる人だとなぜ言い切れるのですか?」


 完全な挑発。

 皮肉気に微笑みながらお父様に言う。目が完全に敵対者の目だ。


「ローデルリヒ、お前の息子はこう言っているが、お前はどう考えているんだ?」


 たとえ力関係が息子の方が上でも、現時点での当主であり決定権は父親の方にある。

 普通の冷静な領主なら、まずシュトーレンに敵対する事は出来ない。

 しかし、バーバリアの領主は違う。

 どこかにやにやとした笑みを浮かべながら、自分たちが優位者のように振る舞った。


「……息子の言う通りですな。シュトーレン様は、常に我らの事をお考えではなかった。そして今も。もし少しでも配慮があるのなら、そこの小娘に話す前に一言あってもよかったのではないですか?」

「本気で言っているのか?」

「ええ、本気ですとも」


 信じられないとでも言わんばかりのお父様に、ご子息が勝ちを確信した笑みで笑った。


「少なくとも我が領の財政を減らすような交渉を他領と行う人を私どもは味方とは思えません。そう言う事です」


 財政を減らすというのは隣の領との水の売買に関する事だという事はすぐに分かった。

 お父様は冷たく彼らを見てなるほどと冷静に判断する。

 

「…そちらから見ればそうなるのか。理解した。ただし、理解するのと納得するのとはまた違う。我々は同じ船に乗った同胞だと思っていたが、それは違う様だ」

「ええ、時にして船の中でも争いは起こるものです」


 お父様は味方ではないとはっきり宣言した。

 その言葉を聞き、お父様はわたしを促して立ち上がる。


「一応知らせておくが、それを使えば近いうちに完全に破壊するらしい。それが深度九の鑑定士の鑑定結果だ」


 親切にもその事を教えるのは、それが依頼でもあったからだ。


「お前たちは選択した。シュトーレンの力は借りないと。だったら私のすべきことは何もない。たとえ、この地が争いになろうとも」


 完全に決別の言葉を返し、お父様はその場を後にした。

 外では、かなり早く部屋から出てきたわたしたちに驚く執事長がいて、お父様が馬車の用意を命じた。


「何かあるな…」


 それをお父様は感じているようだ。

 彼らにこのような選択をさせた何かが。

 馬車に乗りこむ前に、お父様が護衛の人に何か命じていたのが目に入った。




*** ***




 お父様の別荘は、さきほどの成金屋敷とは違う落ち着いた内装だった。

 どこか温かみがある女性が好みそうな内装は、おそらく奥方様が選んだに違いない。


「すまなかったね、色々巻き込んで」

 

 まさかの事態にお父様も把握できない事が多くあるようだ。

 予想外の事は誰にも止められない突発的事故のようなもので、しょうがない事だと割り切っている。


「いえ、色々と驚きましたが…」


 例えば、湖の水がもうすぐつきるとか。


「まさか、あんな事言われるとは想定外過ぎてね、自分を少し驕っていた様で恥ずかしい思いだよ」


 お父様は紛れもなく権力者だ。

 周りのことに気を配るのは当然で、それが当たり前の世界で生きてきた。時には、他領の争いに口を挟むこともあるだろうけど、利を配りながら双方が納得する形で話をまとめてきたはずだ。


「わたしは、お父様が間違っているとは思いませんでした…」


 お父様が少し驚いたようにわたしを見た。

 強要しなくても、わたしがお父様(・・・)と呼んだのが意外だったようだ。


「やっぱり、いいね。女の子というのは……」


 慰められたよと言われ、微笑む。

 そこで思い出したようにお父様が言った。


「そうそう、あそこで説明しようとしたんだけど…」

「え?」

「さっきのドレスの事だよ」


 そういえば、後で話すって言っていたなと思い出す。


「あれね、もしかしたら気付いているかも知れないけど、祭りの終盤に行われる儀式で乙女役の女性が着る服なんだよ」

「儀式?」

「まあ、ただの見世物だけど、湖の上で祈るだけなんだけど、神話をモチーフにしたあれさ」


 それがこの祭りの一番の見せ場なのさとお父様が説明してくれた。


「神聖な儀式のようで、なかなか感動するよ。女性はその乙女役に憧れるもので、仮装したりもして楽しむんだ。面倒なことをお願いしたお詫びのつもりだったんだけど…まさかねぇ」


 そこで面白そうにわたしを見た。


「店中が君を見てたでしょう?あまりにも似合いすぎてて、本物のように見えたんだろうね。基本的に乙女役は顔で選ばれるところがあるから」

「そう…なんですね」


 さすがに肯定すれば自意識過剰な反応なので曖昧に笑う。


「今年の乙女役は、領主の娘さ。まあ、神話に基づくなら間違ってはいないけど」


 間違ってはいないけど、どうやらご不満なようだ。


「別に見れない顔じゃないよ。それなりに整っているけど……あの神話は乙女(・・)なんだよ。その意味分かるかい?」


 ちょっと顔が赤くなった。

 つまりそう言う意味で乙女じゃない人物を乙女役にするのはいかがなものかと…。


「別にいいんだけど、事実を知ってるとちょっとね。まあ、そんな事はどうでもいいんだけど、つまりお祭りを楽しんでほしかったのさ」


 出会ってからこっちずっと信用ならなそうな人だったけど、その言葉からは純粋に楽しんでほしいという言葉が伝わってきた。


「お祭り本番は明後日だから、一緒に祭り見物にでも行こうか。夜はアレに着替えて儀式を見に行こう。特等席を準備しているから」


 やること無くなったから、存分に遊べるよなんて言ってきた。


 そして二日後の夜、別荘の侍女に手伝ってもらいながら衣裳に着替えていると階下が少しざわついていた。

 何事かと聞くと、困ったように侍女がこう言った。


――クリフォード様がお越しです、と…。





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