4.馬車での話2
「君はかなり優秀なんだな、正直これを見せられるとは思わなかった」
閣下がわたしにブローチを返す。
“魔道具取扱免状”とは魔道具を取り扱う店を構えてもいいですよという許可書の様なものだ。
資格級位によって取り扱える魔道具の幅は違う。迷宮産魔道具を取り扱えるのは一級からで、それでもかなりの難易度だ。
しかし、その更に上の特級はリブラリカ皇国の中では最大難易度を誇っている資格。
というのも、この特級に限り複合資格だからだ。魔道具を取り扱えるだけでなく、様々な特殊技能が試験で試される。
そんなものを十代の小娘が所有していたら、それは驚くだろう。
かなり希少資格なので、合格者が出たら騒がれるレベルだ。
その当時――というか昨年は少し騒がれもしたけど、わたしが未成年という事で、新聞記事に小さく載るくらいだった。
しかし、噂に違わぬ記憶力で閣下はその小さな記事の事を覚えている様だった。
「それなら覚えている。確か皇都新聞の合格者発表欄に最年少合格者が出たと書かれていたな…君の事だったのか」
ちなみにわたしの前の最年少取得者は店長だったりする。
閣下は少し考えるように目を閉じ、なるほどと呟いた。
「ヴァルファーレがあの店を君に任せた理由は分かった。それに、魔道具の扱いに関してはむしろ俺よりも専門的な事も」
あっさりとわたしを認めた事に、逆にわたしが驚く。人の意見もきちんと受け入れる度量がある人らしい。
「ただし、そうだとして未成年という点が引っかかる」
未成年はあらゆる意味で弱い立場だ。
公的に何かするにも保証人とか後見人とかそう言う人が必要で、手間も時間もかかる。
「皇都ロザリア高等学院は元貴族学院という事もあって、実践の講義もあったと記憶しているが、やはり迷宮産魔道具の店で一人きりと言うのは危険だしな」
「大丈夫だと思うんですけど…わたし結構強いですし」
「ほお?」
そりゃ閣下と比べたら弱いかも知れないけど、高等学院の実践講義ではぶっちぎりのトップだ。
それをアピールすると閣下は面白そうな顔をした。
「では、どれだけ強いのか見て見よう。バルシュミーデにはそういう施設もあるから運動がてらに手合わせでもするか」
――いや、忙しいんじゃなかったんですか?
なんだか遊び相手でも見つけたかのような閣下に、わたしはちょっと口元が引きつる。
「俺は軍内部でも男女差別はしない主義だ。男であろうと女であろうと、強いならその強さを尊重している。つまり、たとえ未成年でも強いなら尊重するさ」
自分からの干渉がいやなら、勝てという事だ。
ただ……
――無理でしょ…
そもそも、閣下は現役の軍人で、しかも驚くほどお強い。
実は、三年に一度の武術大会というもので直近三回で優勝している大陸一強いとまでされるお人。
もうなんでもござれな設定過多な反則級男。
――善戦すれば、少しは認めてくれるかな…
などと姑息な事を考えてしまうのは仕方ない事だ。
「バルシュミーデについてからだな、君がどれほどの腕前か楽しみだ」
なぜか嬉しそうに閣下が言う。
むしろ、身体を動かしたくてしょうがないのは閣下の方な気がする。
ストレス解消に付き合わされているわけではないと思いたい。
*** ***
馬車が、一際賑わう道をゆっくり走る。
現在わたしが暮らすリブラリカ皇国は中央大陸と呼ばれる大陸で最も広大な国土を保有する国だ。
国力は言うまでもなく大陸一であり、ともすれば世界一とも言われる程。
そんな経済的に潤うリブラリカ皇国の中でも一際お金の集まる場所がある。それが、リブラリカ皇国皇都ロザリアの東地区。
リブラリカ皇国皇都ロザリアは、四つの区画で出来ている。
東地区は元は軍事施設があった場所でその守りが強固の地盤のまま開発がすすめられたため、新地区として開発されたときから金融の中心となった。お金のやり取りが盛んな大企業、大商会が次第にその利便性から土地を買い東地区はさながら商業区画のように住み分けた。
そして眠らずの街とも言われる程昼夜を問わず賑わいを見せている。
ここには大手の企業や商会、他にも様々なブランドが軒を連ねているが、この区画の特徴は、とにかく建物が高層であるという事だ。
もちろん限度もあるけど、高い建物を持っている=力の象徴でもあるためか、大企業や大商会はこぞって高層建物を建築した。
もちろん閣下の営む量産型魔道具店であるバルシュミーデの本店もこの区画にある。
「この暑い中、賑わってますね」
「むしろ、暑い暑いと言って外に出ない方が珍しいんじゃないのか?外というか店の中の方が涼めるだろう?」
現在、冷却魔道具は一般家庭にはほとんど普及していない。というのも、お値段が一般的でないからだ。
開発されてから五年ほどの年月が経ってはいたが、大型の物の方が作りやすく、金額も抑えられるという現状の中、集客を狙って装置を導入する店舗が増え、現在東地区の商業区画のほとんどは店に入れば涼めるようになった。
人の心理的に、何も買わずに休むのは心が痛むのか、とにかく何か商品を買ってくれる。そのため、売り上げが上がってる店もかなりあるらしい。
そう言う意味では、閣下のいう事も正しい。
家にいるよりは一回は外に出る必要があっても、商業区画を梯子すればかなり快適に、そして楽しく過ごせる。この人込みの大半はそういう客だ。
暑いね、じゃあちょっと買い物行く?みたいな感覚で友達と遊びに来ているのだろう。
それを考えると、人の出入りの少ない店長の店が空調管理されているのはかなり珍しいと言わざるを得ない。わたし的には快適に過ごせるからうれしいけど。
「確かにそうかも知れませんが、あの店にいれば涼めるので特に外に出る必要性がないんですよね」
「若いんだから、少しは動いたらどうだ?」
「店に出勤という日常的な運動はしてます」
「それを運動というなら、俺の仕事は訓練だろうな」
「軍人さんですからね、日々の訓練お疲れ様です」
にこりと笑って嫌味を躱すと、閣下は目を閉じて深いため息を吐いた。何を言っても無駄だと悟ったようだ。
閣下はあからさまに嫌そうな目つきでじっとわたしを見た。
「なんですか?」
「黙っていればそれなりなのにな…」
ぼそりと呟いた言葉はこの狭い空間の中ではハッキリとわたしに届いた。
わたしを肩を竦めて言う。
「よく言われます」
クロエは黙っていれば深窓の貴族令嬢に見える――とは友人たちの論だ。
そこまでひどい性格はしていないとは思う。少なくとも話が通じないような変人変態ではない…筈だ。
「そうか、君の知り合いはよく君を知っているようで何よりだ」
何気にひどい事をさらりと言う。
というか、失礼すぎないか。一応初対面なんだけど。
それなりに礼儀をわきまえている筈の閣下だけど、むしろ本性はこっちなんだろう。
「閣下も世間で言われている評価と違いすぎませんか?」
ジト目で閣下をみれば、当然だろうとでも言うように口角が上がる。
「世間体というのもあるし、そもそも外面というものは誰にでもある。言葉遣いも気遣いも付き合いによって変わるものだ。実際、ヴァルファーレに対しては常にああだしな。正直、初対面であれを見せてしまったら取り繕う気にもなれない」
まさかの店長のせいだった。本性を晒しても問題ないと言われて、喜んでいいのか悲しんでいいのか反応に困る。
しかもその本性、わたしにはとっても記憶のある性格だ。
「閣下は、まるでわたしの一番上の兄みたいですね。わたしの兄も似たような面倒見の良さなので、なおさらそう感じます」
面倒くさそうにしながらも、結局面倒を見てしまう厄介体質。一度懐に入れたら最後、それが死ぬまで続いて行く。
その分警戒心も人一倍の筈なんだけど、閣下は始めからわたしに本性見られてしまったせいか、あっさりと身の内に入れてしまったようだ。
「兄弟がいるのか?」
「兄が五人います。一番上の兄とは二十離れているので、第二の父親みたいな鬱陶しさですよ」
兄の顔を浮かべて、少しうんざりした。
第二の父親のような鬱陶しさとは言ったけど、むしろ本当の父親よりも口うるさかったかもしれない。
心配性と言えば聞こえはいいけど、なんでもかんでも口を挟んでくるので、しまいには母の方が兄を嗜めていた。
「二十離れているとは…俺も兄が二人いるが、一番上の兄とは十離れていているだけだが、未だに俺は子供扱いだ」
兄たちの顔を浮かべて苦笑している閣下は、微笑ましい記憶しかないようだ。
はっきり言って、我が家は微笑ましいで終われる程生易しい家庭ではなかった。
「仲がよさそうで羨ましいです」
心底そう思う。
その言葉に意外そうな顔で閣下が聞いてきた。
「年が離れていれば、上は下に甘くなる傾向があると思うが…」
「親よりも兄に育てられたから、それこそ兄は親寄りです。甘くなるどころか、厳しさ一直線って感じです。もちろん、面倒見は良かったですし、感謝もしてますけど、思春期の妹からしたらうざいって感じですよ」
「そういうものか…、俺は男兄弟だったからな」
性差というのはそういうものだ。
そもそも年の離れ方も違う。十ぐらいだったら、ただ兄として見られたかも知れない。
「他の兄君も似たような感じなのか?」
「一番上が一番口うるさかったです。他は何かと構いたがるだけでした。それを考えると、閣下は本当に一番上の兄に似てます。末っ子ってどちらかと言えば我儘になりません?」
わたしは一番上の兄が親の代わりに厳しかったせいか、そこまで我儘にも傲慢にも育たなかったけど、一般的には末っ子は甘やかされる傾向にあって、多少なりとも我儘になると思う。
それを考えれば、閣下は末っ子なので面倒見の良い長男タイプにはならない気もする。
「俺の場合、こういう風になったのは母親が原因かもしれないな。知っているだろう?」
疑問形ではあるけど、自分の事を知らない人はいないという態度。でもその通り。
そりゃあ知っていますとも。むしろ、この国で閣下の生い立ちを知らない者はいないんじゃないかってくらいには有名だ。
閣下の母親は当時大領地バルシュミーデの次期跡取りで、結婚するなら婿養子を取らなければならなかった。
しかし、一目ぼれした相手が南の国境を守護する大領地の領主ですでに三人の妻もいた二十も年上の男。当然周囲は反対。当の南のご領主様も苦笑しつつも子供のいう事だからと本気には取らなかった。
元来北部の人間は気に入ったものを手放したがらない執着体質が多い。
それはもちろん閣下の母親も色濃く受け継ぎ、結婚できないのならせめて子供だけでもほしいと言い放ったそうだ。
呆れかえる周囲に対し、ただ一人彼女の本気を受け止めたのが、南のご領主様の現第一正妻である方だった。
あらゆる意味で出来たお方で、そこまで言うなら我が夫を落として見せなさいと誘惑を公認。
結局、閣下の母君の猛アタックに根負けした南のご領主様が最終的には折れる形になった。もちろん、妻三人の了承の元に。
婚姻を結べば色々厄介ごとが増えるので、結婚はせずに子供だけ作る事になり、閣下はそのまま母親である現バルシュミーデ女侯爵の下で育てられることになった。
色んな意味で規格外の女傑。
それが閣下の母親だ。
「子供の頃からよく振り回されていた。母親がああだと、俺がしっかりしなければという思いが強かったな」
うん、まさしくその思いは長男体質。
むしろ、北部に多い執着体質も合併して身内は守る者という根本的考えがありそうだ。
「ヴァルファーレは母上によく似ている。そのせいで無視できなくてな」
何となく分かる。
店長は、絶対末っ子気質だ。我儘と言う訳ではないけど、なんとなく甘え上手?なところがある。
面倒ごとを押し付けられても憎めない性格なのは事実だ。
「そろそろ着くな」
その言葉通り、しばらくすると馬車が止まる。
ドアが開けられ、閣下が先に下りた。乗る時と同じように、手を差しだされその手を取った。
もちろん、まわりからの視線が気になるので顔を隠すように帽子のつばで顔を隠す。
降りて見上げれば、そこはバルシュミーデ本店。
広大な敷地と高い建造物、それだけでバルシュミーデの権勢が分かる。
「相変わらず大きい…」
思わず漏れた呟きに、閣下は満足そうに頷いた。
「苦労もあったが、これが出来上がった時は感動したな」
閣下の苦労話はちょっと聞いてみたい。
何気に、苦労知らずかと思った人が、苦労の連続だったという事が知れて、親近感が沸いた。
「こっちだ、そっちは店への正面玄関だからな」
閣下に誘導されて、わたしは普段足を踏み入れる事ができないバルシュミーデの中枢へ足を踏み入れた。
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