34.バーバリア領での話
バーバリア領領都ローラシア、水の都として知られるこの都市は普段からなかなか観光客でにぎわっているけど、今はそれ以上の賑わいを見せていた。
暑い夏の盛りに水の豊富なこの都市は、水をふんだんに使い都市の温度を下げているので、南に位置しているが避暑地として有名だ。
ここには閣下のお父様の別荘もあるそうで、そこに滞在予定となっていた。
一応ここのご領主様とは知り合いなので、領主邸に滞在もできるらしいけど、別荘の方が気兼ねしなくていいと言う事で、閣下のお父様が決めた。
ちなみに、お父様呼びは継続中。
そう呼ばないと本当に反応しないのだ。
そして、ローラシアに着いてすぐ、わたしは着替えを購入しに店に連れられてきていた。
「ああ、それもいいね!でも夏らしくそっちの色も…」
まるで着せ替え人形にでもなった気分だ。
押し付けられた数多くの服に、そんなに必要ないと言っても聞いてもらえず、とりあえず試着だけでもと店の店員に言われ、次々と着替えていた。
「女性の買い物はちょっと苦手だけど、娘の買い物は楽しいね!」
ぜひ苦手なままでいてほしいものだ。
この勢いでいつも来られたら、絶対娘は嫌がるのを気付いてほしい。
「ああ、そうそう折角だからサイズもちゃんと測っとかないと。次の時は既製品じゃない服を――」
「カ、カールお父様!わたし、この夏の間で少し背が伸びているんで!」
暗に今サイズ測ってもすぐ無駄になると主張する。
――このまま進められると、嫌な未来しか見えない。
そしてそれは嘘ではない。
この一か月の間で、身長が伸びていた。
太ったと思ったのは身長が伸びて、多少女性らしく肉が付いたからのようで、イリアさんに指摘されて気付いた。
確かに、胸周りのサイズが変わっていたし、身長も伸びてスカート丈も変わっていた。
普段、そんなにひどいものを食べていた訳ではないけど、おそらく邸宅で栄養改善され、知らぬ間にすくすく育っていたらしい。
少し平均身長よりも低かったので、うれしい誤算だった。実は今もまだ成長しているようで、身体がちょっと痛かったりする。
「へー、そうなのか…女の子の成長は早めに来るっていうのが通説だから、もう成長期は終わっているのものかと思っていたよ」
「お、父様の言っている事はその通りですけど、結局は個人差なんだと思います」
「うーん、息子たちは意外と背は早く伸び切ったからなぁ。さすがに体格はもう少し後だったけど」
男子勢も、背は伸びても筋量はあとからくるものだ。
結局、この頃の子供は成長期がほぼ終わっても体形は変わる。
「それなら仕方ない。また今度にしようか」
あっさりと諦めてくれてほっとする。
父娘の体ではあるけど、初対面の男性に色んな所のサイズを知られたくない。スリーサイズなんかは特に。
「じゃあ、最後にこれも、着方はわかる?分からなかったら店員を呼んで――」
「一人で大丈夫です」
ついでと言わんばかりに店の店員が持ってきた白いドレスを押し付けられる。
諦めて受け取ったそれを持って、再び試着室に入った。
一体いつまでこれをやっているのか。
買い物は好きだし、服を見るのも着るのも好きだけど、これは気疲ればかりする。
店長からなんでも買ってもらいなさいと言われたけど、少しでいい。本当に。
わたしは、最後に渡されたドレスを広げる。
白と青を基調としたドレスで、生地が柔らかい。足先まで隠れそうな裾の長さ。生地自体がキラキラと輝いていて、高そうだ。
後ろの紐の部分で調節できる感じだけど、これは一人ではできないので適当に締める。
――むしろ、ドレスと言うより、何かの儀式に使いそうな服。というより仮装衣装か…うーん……。
袖の長さ、裾の長さ。
首回りも布で覆われ、露出が少ない。
着てみると、フワフワした軽さ。思った通り、スカート丈は足先を覆い隠し、後ろに流れる。
重くはないけど、動きにくいのは間違いない。
「あの…」
試着室のカーテンを開き声をかける。
「あっ、着れた――…」
わたしの着替え中に何か書類を読んでいたようなお父様が、顔を上げ言葉に詰まった。
驚きの表情を隠そうともせず、目を見張っている。
――えっ、何事!?
従業員も、少なからずいた客もこちらを見ている。
店中の視線が集まり、何となくカーテンの陰に隠れた。
「えっと…、似合ってないですか?」
恐々と声をかけると、お父様が満面の笑みで、こちらに寄ってきた。
カーテンをさっと開いて、正面からわたしを見下ろす。
「いやいや…まさか――…予想外と言うか、むしろ分かっていたというか…」
上から下までじっくりとみたお父様がそんな事を言いだす。
「すごいね、君。似合い過ぎて、驚きを通り越し呆然としたよ」
「は、はあ…」
――つまり似合ってはいると。
ただし、こんな服を着て行く場所なんてない。
しかも、未だにわたしが視線を独占中。
「なかなか、どうして――…そうかクリフォードは面食いだったのか…」
褒められている…とは思うけど、結局一体何なんだろう、このドレス…と言うよりも衣装は。
「これも既製品なのが悔やまれるな…、もっと一から作ったら。まあ、時間がないから仕方がないか……ああ、君!」
なにやらぶつぶつ呟いて、店員を呼びつける。
「これを明日の夜までに彼女のサイズに合わせてくれ。あと、装飾品の類はどこに?一式そろえてもらってもいいか?そうだ、代金はいくらでも」
「えっと、お父様?」
「ああ、すまない。ちょっとサイズを測る必要性がでた――悪いけど、頼むよ」
こちらにどうぞ、女性店員に促され試着室に巻き戻る。
何がなにやら理解できないまま、色々サイズを測られた。
そのあと、新しく購入されていた服を着させられて、試着室を出てきた時には支払いも何もかも終わっていた。
さすが閣下のお父様。決断はやく大人買い。
その後店の前に待っていた馬車に乗せられる。
「良く似合ってるよ。やはり女の子は華やかでいいね」
「色々とありがとうございます」
ほぼ強制的に連れてこられたけど、買ってもらったものに対してお礼を言うのは礼儀だ。
「それより最後のはどういう意味がある服なんですか?」
「ああ、あれか。後で話すから、ちょっと待ってくれる?」
今は話す気はないと言うのが伝わってきた。
「ところで今からどちらへ?」
馬車に乗せられ領都の中心に向かっていた。
賑わう街並みが流れていき、多くの別荘地帯を通り抜けようとしてわたしが声をかける。
お父様は、にこりと微笑んで言った。
「もちろん、領主邸だよ」
「え?」
「これの事話さなくちゃいけない上に、相談もあるからね。一応、皇都出るときに連絡したら、今日は領主邸にいるって言われたから」
これとは、あの迷宮産魔道具の事だ。
「あの、ずっと思っていたんですけど…」
「なんだい?」
「これ、領地から持ち出しても大丈夫だったんですか?」
店長の店で聞いたお父様の話からすると、かなりの機密案件だ。
それこそ、この魔道具があるから水に困らないという事は住民は知らないだろうことは窺えた。
そんな機密の塊をあっさりと領地外に出すと言うのもおかしな話だ。
「つまり、それだけ重要な案件って事だよ。これが正常に動かないと周辺領地との力関係も崩れてくる。最終的に領地間での争いになんて発展したら、南の治安は一気に悪くなるだろうね」
今でも良くはないけど、と続けた。
それは隣国が内戦状態で、それに接している領地に難民が流れ込んできて治安が悪化しているせいだ。
カーティス殿下が視察に行っているのもそういう理由だと思う。
「クローディエは、この辺の事をどこまで知ってる?」
この辺とはこの領地と周辺領地の事を聞かれているのだと分かる。
「新聞に載っている一般的情報的に言うなら…、あんまり仲は良くなさそうだとは思いました」
そう評したわたしにお父様は頷く。
一言で言えば、支配者と従属者の関係。
対等とは言い難い関係。
そんな感じだ。
「この領地もそうですが、この領地に面する領地は降水量が少なく、しかも大きな川もないせいで水不足が常に問題になっています」
昔はそうでもなかったけど、ここ近年は特に水不足が深刻だ。
そのため、この魔道具のおかげで水不足が解消されているこの領地の水――つまり湖の水を、周辺領地に人工の川を使って分けているのだ。
その結果、有利な立場となったこの領地は、かなり羽振りもいい。
しかも、ほぼ言い値で譲れる優位性のため、かなり強気だ。
「当然、恨まれますよね」
「一時はもっと酷かったんだよ。それを私が仲裁した形だけど、その時秘密を偶然知ってね。それ以来ちょくちょく仲裁に駆り出されているんだ」
南の大領主だったお父様は、国境を守護するだけでなく南領地の争いごとに介入しバランスをとる役目もある。
「クローディエは湖の神話を知ってるかな?」
「もちろん知っています」
話が変わり、なんだろうと首を捻りながら頷くと、お父様はゆっくり話し出す。
「湖の神話は、実は結構最近作られたものだ。まあ、最近と言ってもここ数百年の間だけど…」
「数百年…」
人の生にみればそうとう長い年月だ。
しかし、その数百年前に湖の神話が作られたと言い切った。
「湖の神話はこうだ。水の少ない領地だったこの領地の領主の娘が神に祈って、自分の命と引き換えに雨ごいした。その祈りが神に届き、その娘の清らかな願いを聞き届け、湖を授けた――というどこにでもありそうなものだ」
感動も何もなく、どこかつまらなそうに話す。
「実際は、こんな便利な魔道具が発見されてそれを活用しただけだけど」
だからこそ隠そうとした、そうお父様は言う。
「自分の領地だけでなく他領まで賄える水を作り出す事が出来る魔道具がどれほどのものか想像できる?知られれば争いの種にしかならない。奪い合いの始まりさ」
水が豊富な領地でさえもいざという時のために欲しかねない。
むしろ皇室がそれを聞きつけたら、それを取り上げる可能性だってある。
だったら、隠して自分たちのために使う方がよっぽど賢い。
「だけど、当然疑問に思う領主だっているのさ。特に、領地を統括するような立場の人間はね」
もともと降水量は少ないと言っても、少し生活に困る程度の量だった。
それが急に豊富に使えるようになると、その要因を一早く調べるのは大領主の務めなのかも知れない。
「上手く隠していたとしても、分かるものさ。でも、理解もした。だから、それを口に出さない代わりに、周辺領地にも配慮するようにいいつけたのが、私の先祖なんだ」
しかし、時代を下る毎に周辺領地との溝は深まった。
人は簡単に強欲になれる。
高い金銭での水の供給に仲裁に駆り出されるお父様。
お父様の強みは、この魔道具の存在を知っていた事だけど、逆にこの領地の領主も気付いていた。
お父様が、この魔道具の事を公表する事が出来ない事を。この魔道具の存在を周囲に知られれば、最悪の結果になり得るだろうところまで来ている事に。
「まあ、先祖の尻拭いをするのも今を生きる人間の役割さ。そういうわけで、今これを失う訳にはいかないから、私が預かってなんとかできそうな人物に当たったという訳さ」
今一番賑わう時期に領主が皇都にでも行けば何かあると思われる。
しかし、この機密を知っている信用ある人物は少なく、そんな少ない人物に護衛を付けて送り出せば、それもそれで怪しまれる。
この存在を知っていて、周囲にバレる事を恐れている人物で最も信用できる人がお父様だったということだ。
「ヴァルファーレ君にはどうすることも出来ないと言われた時、いよいよ覚悟を決めるかなと思っていたところにクローディエの存在を知って、神は私を見放していなかったんだなって思ったよ」
領地間の争いは、ひどくなれば様々な領地に飛び火する。
その前に抑えられないと、南の領地を統括する大領主の責任問題にも発展しかねない。
この地位を狙っている人間は少なくないけど、今は難民問題を抱えているので、余計な争ごとは結局国のためにならない。
多方面に顔の利くお父様が出張ってきたのは、そう言う事だった。
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