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31.客のいる店での話

 琉唯と話をした翌日、珍しくコンバイルの呼び出し音が鳴った。

 誰だろうと思って通話ボタンを押すと、相手は店長だった。

 むしろ、コンバイルの使い方覚えていたのかとちょっと感動する。


『ああ、クロエ君ちょっと頼みたいことがありまして。これからこっちに来れますか?』

「大丈夫ですけど、どうしたんですか?」


 とても珍しい頼みごとになんだろうと返す。


『詳しい事は店で。休みなのにすみません』

「大丈夫です。今から行きます」


 そのまま連絡を切ると、わたしは立ち上がった。

 わたしは今中央図書館にいる。

 というのも邸宅(ロードリア)にいると気まずいからだ。

 閣下に告白されて以来、一度は家に戻ろうと思った。魔力の訓練は朝行けばいいと、そう思った。

 だけど、閣下やイリアさんからなんだかんだと結局説得されてしまった。

 ただ、ずっと邸宅(ロードリア)にいると、なんだか落ち着かなくて、結局中央図書館という逃げ場で日中を過ごしていた。

 その事に関してはわたしの気持ちを汲んでくれているようで、閣下は何も言わない。

 でも何も言わないからこそ、気まずくて、結局琉唯に恋愛相談(コイバナ)に付き合ってもらったという訳だ。

 琉唯から早く言えと言われたけど、実はその前日から閣下は殿下のお供で南の領地へ視察に行っていて、未だに何も言えていない。

 流石にコンバイル越しに返事をするのは非常識だという事は分かっている。直接言いたくても、視察は結構長くなるようで、もうあと二、三日はかかるらしい。

 会うと気まずく、会えないと悶々とする。

 情緒不安定過ぎて、しばらく皇都を離れて何も考えずのんびりしたい気分だった。

 実は、それもいいかなと思っていた。

 店長から長期間店を任せていたお詫びに、休暇をもらっていたし、あの事件以来ちょっと周りもうるさかったので身を隠したい気持ちもあった。

 どこに行くかは決めていないけど、北と南以外の場所だ。

 そんな事を考えながら乗合馬車を乗り継いで店長の店まで行く。中央図書館から店長の店までは結構あるので、時間がかかった。

 ちょっと遅くなったかと思って、遠慮気味に店のドアを開ける。店のドアについている鈴がカランと鳴り、中に入るとすぐに店長と目が合った。


「こんにちは。すみません、中央図書館にいたので少し遅くなりました」

「いえいえ、急に呼び出したのはこちらなので気にしないでください」

 

 店に入るとすぐに店長が声をかけてきた。

 しかし、店にいたのは店長だけじゃなかった。

 カウンターの席に座り、店長と談笑していたのは五十歳くらいの男性。赤毛に大柄な身体、それに日に焼けた健康的な肌。質のよさそうな服装は、その男性がかなりの身分である事を示している。


「お嬢さん、こんにちは」


 振り返りこちらを見た男性に一瞬既視感があった。

 誰かに似ている…そんな気がしたけど、それはすぐにかき消えた。


「こんにちは。すみません、お客様がいらしたんですね」


 どうもわたしが入って来たことで会話が途切れたようだ。

 申し訳ないことしたなと思いながら、カウンターの方へ寄って行く。


「いえいえ、こちらこそ申し訳ないです。お嬢さんを呼ぶ原因を作ったのは私ですからね」

「ええと?」

「クロエ君、こちらはカールハイ――…いえカール卿です」


 なぜか一瞬カール卿と紹介された人物が店長を鋭く制したように見えた。

 二人のやりとりになんだか含みがありそうだ。


――ええと…、なんだかすごい人でお忍びとか…?


 途中まで言いかけていた名前を言い直した店長と、それに対し満足そうに頷くカール卿。


――深く突っ込んだら負けな気がする…


 身分を隠しているのなら、聞かない方が身のためな気がした。


「はじめまして、ご紹介に与りましたカールと申します。気軽にカールおじ様……いえカールお父様とでも呼んでください」

「カール卿…」


 呆れたような雰囲気の店長と、どう反応していいか分からないわたし。

 その二人の間でカール卿はにこにこと笑っている。


――冗談…ってことでいいのかな?


 ひどく本気で言っていそうだったけど、さすがにお父様はない。


「ええと、ユーモアのあるお方なんですね…」


 どう返していいか分からず、とりあえず冗談で終わらせようとすると、カール卿が真面目な顔でわたしに言う。

 

「私は常に真面目ですよ。実は私には娘がおらず、大きな息子ばかりが三人もいるんです。これがまあ、とにかく大きく育ちまして…、もちろん息子はみな愛しておりますよ。自分の子供ですから」


 息子さんが三人…。


「息子たちのお嫁さんも気立てのいい子たちですから、上手くいってはいるのですが、どうしても年頃の娘を構う父親というものに憧れがありまして…」

「は、はあ…」

「あなたのような素敵なお嬢さんが自分の娘だったらどれほど幸せかという思いが先走ってしまいました」


 なんだこの人、おかしい人なのかな…。

 でも店長と知り合いで、おそらくかなりの身分の貴族で、きっとかどわかしの類のおかしい人ではないはず。

 まさか少女趣味(ロリコン)ってわけでもないだろうし。


「ごほん――…カール卿、クロエ君が混乱してますのでその辺でおやめください。冗談にしてはやり過ぎですよ」


 咳払いでカール卿を止めた店長に、不満げにカール卿が言う。


「ヴァルファーレ君、私は本気だよ?」

「本気の方がもっとまずいです。彼を怒らせたいんですか?」


 ()の言葉に、カール卿が黙り込む。

 かなり強い抑止力のようだ。

 

「あ、あの!ところでわたしに何の用ですか?」


 話を変えたくて、わたしが叫ぶように二人の会話の間に割って入る。

 何か用事があって呼ばれたのに、入った瞬間にこんな変な事になって、話が途切れていた。


「すみません、実はちょっとお願いしたいことがありまして」


 それはさっきコンバイルでも言われた。

 何か頼みたいことがあると。

 しかも、このカール卿が関わっているような感じの事も本人が言っていた。


「まずはこちらを見てください」


 そう言ってカウンターに置かれたものを差し出してきた。

 魔力の流れを感じるそれは、まぎれもなく魔道具。

 しかも――…


「迷宮産魔道具ですね?」

「ええ、そうです。どういった用途のものか分かりますか?」

「ちょっと待ってください…」


 カウンターに置かれたそれをじっくりと鑑定する。


――これは…


「水を作る?…いえ発生させる魔道具ですか?」

「おお!その通りですよ。新聞にも載ってましたが、お嬢さんは優秀なんですね」

「いえ、そんな…」



 カール卿が大袈裟に褒めてくれたけど、新聞の言葉になんとも言えない気分になった。

 あの事件が大々的に新聞に取り上げられて、わたしの名前も載ってしまった。そのせいでわたしの周りが少しうるさかった。

 とりあえず、友人たちがみんな連絡を寄こしてきて、話を聞きたいと興味本位を隠さず強請ってくるくらいには。

 しかも、取材を申し込まれたりして、そこは閣下が矢面に立って断ってくれたけど、それも原因で皇都を離れたいとも思っていた。

 でもそんなことを知らないカール卿はにこにこと笑って褒めてくれているので、わたしは困ってしまった。


「おや、すみません。お嬢さんの気に障る事を言ってしまったみたいですね」


 察しの良いカール卿が申し訳なさそうに謝るのを聞いて、こっちこそ申し訳なくなった。


「大丈夫です。ちょっと、新聞に載ってしまったせいで周りがうるさかったので…」

「ああ、そうだったんですね。そうとも知らず…」

「あ、でも大丈夫です。その――…頼りになる方が対処してくださったので」

「ほう?頼りになる方?」


 カール卿の目がキラリと輝く。

 何か言ってはいけない事を言った気分だ。


「カール卿、話が逸れてますよ」


 横から店長が話を戻す。


「申し訳ない、面白い――…いえ、実に興味深い事を聞いてしまったもので…」

「ほどほどにしてくださいね、後々大変そうなので。とにかくこの魔道具の件でクロエ君に助けていただきたくて」


 そこからカール卿が店長の言葉を引き継いで説明してくれた。


「これはね、この皇都から南に少し行ったところにある、バーバリアという領地のものなんです」


 カール卿の言葉でリブラリカ皇国の地理を思い出す。

 リブラリカ皇国バーバリア領は、皇都から少し南に行った先にある領地だ。この領地は大きな川がない代わりに大きな湖がある。その湖の水を領地の領民生活用水として使用しているのは有名な話だ。

 そしてこの時期最もにぎわう有名なお祭りがあった。


「確か、夏のお祭りが有名な領地ですよね?」

「そうそう、その領地ですよ。それで、これはその有名なお祭りに使うものなんです。というよりも、湖の水そのものなんですよ」


 わたしはぎょっとして鑑定した魔道具を見た。

 そんな話聞いたことがない。


「いやー、実は機密扱いなんですが、今回ばかりはどうしようもなくてですねー。」


 カール卿、そんな機密を一般人にポロっと話さないでほしい。

 どうしようもなくても、自分たちで何とかしてほしい。


「実は、ここの領主とはちょっと知り合いで、もともと私がこの魔道具の事を知っていたというのもあるのですが、最近水量が減ってきたと相談されまして。自分で言うのもなんですが、私は顔だけは広いので何か知っているのではないかと思われたようなんですよね」


 実際は迷宮産魔道具に関しては門外漢なので困ってしまったんですけどね、とカール卿は続けた。


「で、ヴァルファーレ君を紹介したのは良いんですけど、ここ最近ずっとヴァルファーレ君とは連絡が取れずに困っていたんです。ところが昨日ヴァルファーレ君が皇都に戻ってきたと聞きまして、暇な私がここまで赴いたんです」


 なるほど。

 この魔道具の不調原因のためにここまで来た、という事だったのか。

 ただ、わたしが見たところ、これは店長(・・)では無理な案件だった。そして、自分(・・)が呼ばれた理由も分かった。


「クロエ君ならもう分かっていると思いますが、これはもう壊れかけてます」


 ずばり確信を口にする店長。

 カール卿の驚きがない所を見ると、すでに知っているようだ。


「迷宮産魔道具は一点物です。似たようなものは存在しても同じものは存在しない、これが通説です。しかも、修理は非常に難しい。ただし、修理出来る事もあります」


 店長は言葉を切ってわたしを見た。


「クロエ君、単刀直入に言いますが、これを直してはもらえませんか?」


 なんとなく、そう言われるような気がしていた。これの不調の原因が分かった時から。


「店長には難しいですものね」

「ええ、私は破壊系は得意ですけど癒し系は不得意どころかできません」


 魔法の性質的に分かっていた。

 これはわたしの案件であるなと。


「君たち、出来れば私にも分かるように説明してほしいんですけどね」


 店長と二人で分かり合っていたら、カール卿が口を挟む。

 すみませんと店長が謝り、カール卿にこの魔道具の説明を始めた。




なぜこのサブタイトルの付け方にしたのか悩む今日この頃…

客の正体はまあ、分かるよねって話。


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