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30.夕暮れ時の円盤庭園での話

 リアムドさんの告白後、色々と騒然としていたけど、全部カーティス殿下と閣下で話をまとめて、わたしはお役御免となった。

 わたしの言葉を全て信じるには、結局教会で調べるほかにない。

 ただし、本人が色んなことを認めたおかげで、早く解決しそうだと言われた。


「まあ、結局は君のおかげで色々分かった訳だけど…ちょっと分からないのは宝物殿は魔道具への抑止力が働いてるのになんでリアムドのところに戻れたのかって事なんだよね」


 それはわたしも思った。

 皇宮宝物殿ほどになればその部屋全体に魔道具が勝手に動き出さないように対策が取られているはずだ。

 実際カーティス殿下もそれは認識している。


「一つ可能性としては、抑止力以上の強い力が魔道具にあったという事です」


 そして、そんな細工が出来る人物があの日宝物殿に入った人物の中で一人だけいる。


「迷宮産魔道具は主と認めた人にしか扱えませんが、魔力を蓄えることは出来ます。それこそあらゆるものから受け取る事が可能です」


 店長がそれを行ったという証拠はない。証拠はないけど、限りなく黒に近いのはカーティス殿下も気付いたようだ。


「なるほどね、まあ仮にヴァルファーレが何かしたとしても、あいつの考える事なんて碌な事でもなさそうだし」


 知った仲だからこそ、相手の事もよく分かる。

 店長が親切心だけで動く人ではない事を。


「きっとヴァルファーレに問い詰めたとしても話してくれないだろうしね」


 逆にもし話したら、それは店長が犯罪に手を染めている証拠にもなってしまうので、謎は謎のままの方が良いかも知れない。お互いの精神衛生上の観点で。


「ちなみに、君はヴァルファーレがなんでそんなことした可能性があると思ったの?」


 理由はあるけど確証はない。なので、カーティス殿下にはただ何となく、とだけ答えた。


「そう、別に無理に知りたいわけでもないからいいけど。聞いたら聞いたで私の精神が崩れそうだよ。主に発狂して」


 むしろそうなるのは閣下の方な気がした。

 愉快犯は、その横で悪事をたくらみそうだ。


「とにかく、今日はどうもありがとう。クリフォードがまだかって顔でこっち見てるから早く行くといいよ」

「え?」

「一応君を預かるのは裁判が終わるまでだったからね、帰るのはクリフォードと一緒だよ。聞いてない?」


――聞いてませんが…


 てっきり今日まではカーティス殿下の宮でお世話になるものだと思っていた。


「お互い、もう少し話した方がいいだろうし、今回は誰も邪魔しないクリフォードの家だから、ゆっくり話し合うといいよ」


 にこりと楽し気に笑みを浮かべながら、琉唯を伴って背を向けた。

 琉唯は親指を上げ、がんばれと合図を送ってきた。


「もういいか?」


 カーティス殿下との話が終わったと判断したのか、閣下が後ろから声をかけてきた。


「はい、あの――…」

「話は邸宅(ロードリア)に戻ってからでいいか?」


 昨日の夜、一応少し話はした。

 お互いに謝って、少しわだかまりも解けた。

 それでも閣下を意識してしまう。

 馬車の中ではお互い口も開かずいた。

 閣下は目を閉じて何かを考えている様だったので、わたしも話しかけづらかった。

邸宅(ロードリア)につくと閣下はわたしの手を取って歩き出す。

夕暮れ時、少し涼しくなってくる時間帯に、わたしは閣下に連れられて邸宅(ロードリア)の円盤庭園にいた。

 なぜここなのか。

 おそらく邸宅内より、ここの方が人に話を聞かれないからだとは思う。

 いつもの距離感で、閣下が隣に座る。

 いつもと同じ距離なのに、今日はやたらと近く感じた。なんとなく、頬が火照ってきたけど、外の暑さだと思いたい。


「リアムド・ローレントには何て言われたんだ?」

「えっ?」

「何か話していただろう?」


 突然思い出したかのように閣下が質問してくる。

 別に大した話はしていない…いや、していたかも知れない。

 これを閣下に伝えていいものか迷ったけど、言う事にした。閣下は口が堅いし、沈黙で返しても、結局そのうち分かる事かも知れないから。


「お礼を言われました。黙っていたことを」

「黙って?」

「はい、実はあの迷宮産魔道具には中身が入っていたんです」


 それはたぶん正確には誰も知らない。

 あれを欲した第一皇子でさえも、何が入っていたのかは把握していないと思う。聞いてはいるのかも知れないけど、どちらにしても第一皇子が扱える品ではないのだから。


「わたしが初めに鑑定したときには確かに中には三つほど品物が入っていましたが、法廷に持ち込まれたあれにはすでに中身がなかったんです。たぶん、その事だと思います」

 

 閣下は驚いたように続きを促した。


「法廷でも言いましたが、あれはリアムドさんの一族が受け継いできたもので、今の主はリアムドさんでした。ですから、中身を自由に取り出す事だってできるんです」


 別にわざと黙っていた訳ではない。 

 わたしの役割は、あくまでもあの木箱の鑑定であって中身までは頼まれていない。中身まで問われていたら言うしかなかったけど、何も聞かれなかったので言わなかっただけだ。

 

「中身はなんだったんだ?」


 それこそ、おそらく第一皇子が欲しがったものだ。

 この国では不必要なモノ。場合によっては争いを呼び起こすもの。


「わたしが知っているのは冠と剣とマントの三点であるという事です」


 そこでわたしはリアムドさんからおすすめされた本を鞄から取り出して閣下に見せる。

 それを開いた閣下は、目を見張った。

 気付いたようだ。

 この絵に本当に小さく写っている、あの木箱。気にしてみないと誰もが見逃すそんな背景にも似た木箱が歴代国王の後ろに必ず描かれていた。


「あれが本物かどうかはわかりません。でも、わたしには値段がつけられない(・・・・・・)ものなのは間違いありません」

「……もし、それが事実ならなぜ皇宮宝物殿に?」

「わたしにはわかりません、でも知ってもどうしようもない気がします」


 深く知ろうとすれば、きっと隣国の騒動に巻き込まれる恐れがある。

 閣下はわたしが渡した本をじっくり見てポツリと言った。


「似ているな…」

「え?」

「リアムド・ローレントに、目元が」


 わたしは閣下の見ている本を横から覗き込む。

 言われれば確かに、そんな気がした。


「言われて見れば…」


 そう言って顔を上にあげれば、閣下がわたしの事を見下ろしていた。

 その目が少し怖くて、近すぎたかと後悔する。

 少し、身体を離そうとしたら、閣下に手を取られ引っ張られた。閣下の膝の上から本がばさりと落ち、その音がいやに大きく響いた。

 声を上げる間もなく閣下の身体の上に乗り上げるような態勢になり、そのまま閣下に軽く抱きしめられ、一気に顔が赤くなる。


「か、閣下――!」


 胸に抱きすくめられて、声が上ずる。次第に鼓動が早くなってくるのが自分でもわかった。


「な、なに――」

「――――…」


 小さく囁くようにわたしに耳に届いた声に、大きく目を見開いた。閣下の腕の中でもがこうとしていた身体が硬直したように動かなくなる。

 確かに聞こえたその言葉。

 風にかき消える様な声音とともに間違いなくわたしに響いてきたその告白。


「あっ……」


 突然すぎるそれに、わたしは何と言っていいのか分からず、閣下の腕の中で大人しくなる。

 それに気付いたのか、閣下が腕を緩めた。

 わたしはゆっくりと顔上げ、閣下を見上げる。

 

「クロエ…」


 わたしを見つめる閣下の目はどこか優しく、真剣だった。


「好きだ、お前の事が心から…」


 今度はわたしの目を見てはっきりと言った。

 わたしはその意味をすぐには理解できずに閣下を見ていると、閣下は困ったよう苦笑した。

 そのまま額にキスを落とす。

 頬に添えられた閣下の手がいつもよりさらに冷たく感じるのはわたしの頬が熱いからだろうか。


「あの…わたし……」


 どう答えていいのか分からず、言葉が出ない。

 そんなわたしの事が分かっているのか、頭を撫でながら閣下が言った。


「返事は急がない。ゆっくり考えてくれてていいから」


 わたしはそれにこくんと頷いて、俯く事しか出来なかった。




*** ***




 それから、わたしと閣下の関係性が変わったかと言えば、あまり変わっていない。

 結局、返事は待つと言われたまま、わたしは返事を保留にしていた。本当はすぐに返事をしなくちゃいけないのは分かってるけど、機会を失うと途端に言う勇気が無くなってしまった。

 ただ、冷静に考えるとわたしは閣下になんて返事をしたいのか、良く分からない。

 嫌いではない、好きだとは思う。

 でも付き合うならその先もきっと閣下は考えているような気がして、そこまで考えると怖くなる。

 しかも、返事を待つと言って焦らせるつもりはない雰囲気を出しておきながら、閣下は最近わたしに良く触れてくるし、更に甘やかしてくれる。そのせいでやたら恥ずかしい。

 せめて、家に帰ろうかとも思ったけど、結局イリアさんに言い含められて未だに邸宅(ロードリア)にお世話になったまま。

そして口約束とはいえ、契約があるから毎朝必ず閣下に触れなくちゃいけないのも、最近は緊張する。始めの頃は気長に頑張ってほしいとか思っていたけど、今は早く習得してほしいと願っていた。

 店長の店に行く時も、なぜか必ず付いて来るようになった。イリアさんも一緒だけど、訳知り顔で閣下と二人きりにしようとするのは止めてほしい。

 選択をせまってくるわけじゃないけど、こっちの事をやたら知りたがる。

 答えるのは簡単だけど、わたしばかり丸裸にされている気分になった。

今は、店のカウンター越しでわたしの髪の毛先を弄びながらわたしの作業を見ているだけだったけど、妙に視線が気になって仕方がない。ついでに髪に触っている手も。

これでは自然と閣下を意識してしまう。それを閣下が狙ってやっているのか謎だけど、たぶん意識してやっている。

いい加減なんとかしたいこの空気に、そもそも閣下は仕事は大丈夫なのかと問いかけようとした。

しかし、それを言う前に店のドアの鈴がカランと鳴る。

わたしは閣下から逃げ出すように勢いよく立ち上がった。すると、入って来た人物はその勢いに驚いたように立ち止まる。

 そしてわたしもまた、入って来た人物に驚いて目を見開いて叫んだ。


「店長!」

「おや、クロエ君。店を開けておいてくれたんですね?ありがとうございます」


 にこやかに自分の店に入って来た店長は、店のカウンターに座っている閣下を見て、不思議そうな目でみた。

 そして、わたしの赤くなっている顔を見て、一瞬目を細めた。

 だけどそれも一瞬ですぐにしたり顔でわたしに注意してくる。


「クロエ君、あんまりその男に懐いてはいけませんよ。危ないですからね?うっかりすると、妊娠なんて事に――」

「ヴァルファーレ…」


 静かな閣下の声にわたしはびくっとなった。

 低いその声は、怒りに満ちていて、それは一体何に対する怒りなのか分からないほど様々な感情が混ざっていた。


「なんですか。そもそもなんでクリフォードがここに?仕事はどうしたんですか?もしかして何か問題が起きましたか?とてもそんな雰囲気には見えませんでしたが…」

「俺はお前に言いたいことがたくさんある……せっかくだから今日は殿下も誘おう。きっと暇をしているだろうからな。お前の帰還を心から喜んでくれる事だろう」


 迫力ある笑みを浮かべながら、目だけは笑っていない口調で店長に言った。


「え、その言い方はちょっと嫌ですねぇ。ご遠慮したいんですが…」

「ヴァルファーレ!」


 店長の呑気な声音に、閣下の怒声が店中に響いた。

 

 



とりあえず、直球…

閣下も緊張しております、たぶん…

そして店長がやっと帰ってきました。


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