26.法務局での話
「ところで、早く離れてくれないかな?いつまで彼女を背に隠したままにしておくの?」
「クロエは今殿下の前に出れる格好ではありませんので」
突然の出来事で忘れていたけど、わたしは今薄い寝間着一枚だったことを思い出した。
透けているわけではないけど、身体の線ははっきりとしている。
閣下がカーティス殿下の視線から隠してくれているけど、何か羽織るものがほしい。
「まさか、自分なら見ていいとでも思ってる?」
むしろ、閣下にだって見られたくはない。
真正面から見られているので今更だけど。
「…そのうち公的に見れる権利を手に入れる予定ですので」
ぼそりと呟かれた言葉は、掠れていて背後のわたしには聞こえなかった。
しかし、カーティス殿下と琉唯には聞こえていた様で、カーティス殿下は面白くなさそうな顔で、琉唯はおいおいマジかよっとでも言うような目で閣下を見ていた。
「あの……今何て?」
わたし一人状況を良く分かっていないのでもう一度聞くと、苦笑とも取れるため息が返ってきて、そっと頭を撫でられる。
最近分かったけど、閣下は頭を撫でるのがお好きなようだ。
わたしも閣下に頭を撫でられるのは嫌いじゃないので何も言わずにされるがまま。
「今は、まだいい。明日、色々終わったらまた話をしよう。そろそろ眠くないのか?」
そう言われると、確かに眠い。
悩むべきことが解消されて、ほっとしたって言うのが大きい。
「俺たちはもう行くから。ゆっくり休め」
ふわりと閣下が来ていた上着を羽織らされる。
そして、頭をもう一撫でしてからカーティス殿下と琉唯を伴って部屋を出て行った。
――もう寝るから、これ別に良かったんだけどな…
この上着をどうするか考え、なんとなくそのまま握り絞める。
閣下の匂いがして、どこか安心した。
シーツの中に潜り込むと、さっきまで寝付けなかったのが嘘のようにそのまま夢の中に落ちて行った。
*** ***
翌日、すごくすっきりした気分で目が覚めた。
もんもんと考えていたこの数日が嘘のように、頭がクリアだ。
「おはようございます、本日のお召し物はいかがしますか?」
ローリエさんが今日の法廷での装いを聞いてくる。
わたしは、数日前に家から取ってきた正装を着る事にしていた。
冠婚葬祭、どんなところにでも着て行けるであろう、便利道具。その名も、制服。
ドレスはわたしの身分でやり過ぎだし、だからと言ってあらたまった服なんて持ってないわたしだけど、これならどんな場所でも通用する。
しかも、皇都ロザリア高等学院は元貴族学校って事でデザインも凝っていて、外に出ても恥ずかしくない。
「制服ですか?一応こちらでもご準備しておりますが…」
むしろ、制服の方がわたしにはしっくりくる。
戦いの場において、その身を守ってくれるそんな気がした。
「これで大丈夫です。暑いですけど、上に短衣を羽織れば、かなりしっかりした作りですので」
普段暑い時期に上着は着ない。
ただし、正装となると上着を着る事が推奨されていた。
わたしは久しぶりの制服に腕を通す。なんとなく、気持ちが引き締まる感じがした。
朝食はいつものようにしっかり食べ、迎えが来るまで待つ。
時間になったのか、ドアをノックする音が聞こえた。
「迎えに来たぜ」
たぶんそうだろうなと思っていたけど、迎えに来たのは琉唯だった。
これから、法廷に立つわたしの気持ちを和らがせるために気心の知れた相手を寄こしたんだと思う。
「なんだよ、制服か?お洒落とかしとけよ」
「お堅い法廷で、一人着飾るとそっちの方が非常識でしょうが」
軽口をたたきながら、琉唯が横に立って歩き出す。
カーティス殿下の宮の正面玄関に馬車が着けられていた。
「おはよう」
カーティス殿下が馬車に乗らずに待っていた。
わたしの事を待っていた様だ。
先に行くかもしくは後から行くものだと思っていたけど、一緒に行くらしい。
「おはようございます。一緒に行かれるのですか?」
「そうだよ。行く場所一緒だし、その方が効率的でしょ」
皇子殿下と馬車同乗なんて、普通に暮らしていたらない経験だ。
もちろん、皇子宮にお世話になる事なんてもっとない事かも知れないが。
「昨日はゆっくり休めた?」
「はい、大丈夫です。あの後すぐ寝ましたので」
「それは良かった。全く、あいつには言っておいたんだけどねぇ」
あいつとは閣下の事だ。
言っておいたとはなんだろうと首を傾げると、苦笑だけが返ってきた。
琉唯をちらりと見ても、面白そうな顔をしているので、そっちは睨み返しておいた。どうせ碌な事を考えていない。そんな顔だ。
「あの後さ、ちょうどクリフォードが来たからまあ情報共有したんだけど、なかなか面白い事が分かったよ。まあ、必要な情報かはともかくとして、有益な情報ではあったな」
「わたしの方も、あの迷宮産魔道具の事少しわかりました。少々厄介な…面倒な品である可能性が高いってだけですが」
「へー……良く調べられたね。そう言う事はヴァルファーレが得意だけど、君もなかなか…。でも今言う気はないんでしょ?」
「はい、これ言うと一応犯罪なので」
分かっているよとカーティス殿下が頷く。
「ちなみに、私はあまり寝てない」
「えっ…」
「クリフォードが面倒な時間に来て、面倒な事言い残して行ったから、色々考える羽目になった」
にこりと微笑んでいる姿はいつも通りなので、全く気付かなかった。
琉唯も頷いているあたり、付き合わされたんだろう。
「クリフォードはさっさと帰っちゃうし、きっといい夢見ただろうね。悩んでる姿とか笑えたけど、少しその悩みも解消されただろうから」
「はぁ…悩みですか?」
閣下が悩む姿とかあんまり想像できない。
たしかに昨日の夜はちょっとおかしかったけど。
「まあ、そのうち全部悩みが解消されたら、もっと楽しい事になりそうだけど…。頑張ってね」
なぜか応援された。
「なんか、すごい面倒ごとに巻き込んでごめんね。これ貸しにしといていいから」
「いや…それは…」
皇子殿下に貸しを作るとか恐れ多い。
いざという時は最強のカードになりそうだけど、ただそのカードを使う事態とか怖すぎる。
「ああ、もう着いたね」
窓の外を見れば法務局が見えた。
この法務局が法の全てを取り仕切っている機関で、裁判もここで行われる。
リブラリカ皇国は他国に先駆けた法治国家だ。
その法は皇族だって無視できない。もしそれをしてしまえば、権力者はなんでも許される、という事が国民の間で言われてしまい、法そのものが揺らいでしまう。
だからこそ、こんな面倒なことになってしまったんだけど、わたしはこの法自体は悪くないと思っている。
その法によって国民は守られているからだ。
当初の導入はかなりの反発もあったようだけど、時代が変われば制度も変わる。そうやって徐々に法の内容が変わりながら今に至る。
もちろん、今だって権力者はなんだかんだで言い逃れしたり、金で解決したりそう言う事はあるけど、それを全部防ぐのは無理だというものだ。
「私はこっちだけど、君は向こうだね。一応琉唯を付けとくから。あと、もう少ししたら案内人が来るはずだよ」
「いいんですか?」
琉唯はカーティス殿下の護衛枠だ。
「君に何かある方が怖いよ、主にクリフォードが」
とは言っても、カーティス殿下が一人になるのも問題な気がするけど、この後すぐに閣下と合流するらしい。
「一応、なんだかんだ言われるけど、クリフォードに敵う相手ってこの国じゃいないからね」
そう言うと、カーティス殿下は手をひらひら振りながら行ってしまった。よく知っている場所なのか案内もつけずに行ってしまったけど、わたしは初めての場所なので案内人が来るのを待つ。
「お前さ、やっぱすげーよな」
「はあ?」
「頭いいのもそうだけど、無意識に権力者魅了してるとことか、尊敬するわ。それ才能だよな」
「別に魅了してないし。成り行きなんだけど」
「無自覚ってこえーよ。まあ、それがお前の良い所でもあるけどな」
ぽんっと頭に手を置かれた。
意味が分からず少し睨みつけると、琉唯はさっさと頭の上から手をどかす。
「ま、そのうちわかんだろ」
二人で話をしていると、案内人と思われる人がやってきた。
法務局の制服を纏っているので、ここで働いている人に間違いない。
「おはようございます。リデオンさんですか?」
「はい、そうです」
「こちらは?」
「兄です。わたしが未成年なので、付き添いです」
その言葉に、向こうは困った顔になった。
この言葉は正解のようだ。
明らかにどうしようか、いやしかしとぶつくさ言っている。
「早く案内してくれよ、未成年の付き添いに成人した兄が付き添うのは法律違反じゃねーけど?っというか、法律でも定められてるだろ?」
法律では、未成年者が法廷で証言する際は成人した血の繋がった家族もしくは公的後見人の付き添いは可能とある。
つまり、琉唯の付き添いは公的に認められた権利だ。
「それとも、兄が一緒ですと問題があるんですか?」
法を順守するべき法務局の人間が不当な理由で琉唯を追い払えるわけがない。
そこまで言うと、諦めたようにこちらですと案内する。
「やっぱりかって感じだな」
ぼそりと琉唯がつぶやく。
それにわたしが頷いた。
「お前一人ならどうにかなるって考えもあれだけどな」
もしここで護衛だと紹介したら、絶対に追い返されると思っていた。
向こうにとってみれば、カーティス殿下側の護衛は敵なのだから。
ただし、兄であるなら話は別だ。
一応、わたしたちが兄妹であるという証拠も持っている。何事も準備は大事なのだ。
「こちらでございます。こちらでしばらくお待ちください」
法務局員はドアも空けずに逃げるように去って行った。
どうやら、厄介な御仁が中にはいるらしい。
琉唯も連れてきた責任を追及されたくないのは分かるけど、いいのだろうかと考えた。
ただ、ここで逃げ出すあたり、向こう側の人間ではないようだ。
「んじゃ、敵陣へ行こうかね?」
どこか楽しそうに目を輝かせる琉唯に、いきなり喧嘩は吹っ掛けないでよと祈るばかりだ。
ドアを開けると、第一皇子にあのブルドガスとかいう軍人(他数人の護衛軍人)、私設秘書、それにリアムドさんが揃っていた。
琉唯がわたしの前に入ると、明らかに歓迎されていない雰囲気で、第一皇子は不愉快そうに琉唯を見ていた。
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