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25.裁判前夜の第三皇子宮での話

「ああ、旧王朝の事を調べたいなら、この本はお勧めだよ」


 リアムドさんが本を渡してくれる。


「ありがとうございます」

「僕もこの本は好きなんだ。詳しく書いてあるし、なんていうか、自分のルーツが知れるから」


 自分のルーツという事は、リアムドさんのお母様の事が書かれているのかも知れない。

 彼にとって、自分の生まれと言うのは自分を肯定するために必要な事だったようだ。


「じゃあね、今度は法廷で……かな?」

「かも知れません」

「一応、僕たちは味方同士ってことになってるから、法廷ではよろしくね」

 

 こっちは了承したつもりはないけど、わたしの書いた鑑定書が向こうにある限り、わたしは向こう側の人間だと認知されているのはしょうがない。

リアムドさんはそのまま区画を出て行った。

 来た時と同様で一人だ。


「この間は護衛いたんだけど…」


 ぽつりと言うと琉唯が側に来て警戒を解いた。


「少なくとも、今はいなかったな。俺の警戒を突破できるような奴なら別だけど」

「それこそ、少ないんじゃない?一兄様だって褒める位すごいんだから」


 その後に野生の獣並みとつくけど、まあ一応褒めている…はずだ。


「この間は、鑑定品持ってたからかな…」

「考えたくねーけど、それだけあいつの命の価値が低いって考えもあるぜ?」

「…嫌な考えだね」


 でもあり得そうな話だ。


「あいつの持ち物なんて、あいつが死んだら親兄弟のものだろ。死んでも問題ないって考えかも知れねぇよな」


 優秀だからこそ疎まれる。

 特にもし仮に彼の兄である第一皇子の私設秘書がリアムドさんよりも劣っていたら?それこそ彼の命などどうでもいいと思っている可能性がある。むしろ、そう考えた方がいい気がした。

 リアムドさんは言っていた。

 兄にこき使われていると。第一皇子の事も家族の事もどうでもいいと。平凡な夢を持っていると。

 むしろ、リアムドさん自身も巻き込まれた口で、被害者であると、そんな気がした。


「俺らのとこなんて、一兄(いちにい)のとこのおふくろさんがすげーできた人だから仲いいけど、もっとギスギスした関係であっても不思議じゃねーよ」


家族仲がいいのは良い事だ。

だけど、世の中そんな家族ばかりじゃない。つくづく、自分が恵まれていると実感した。


「南の訛りがあったのはお母様の影響なんだね」

「ああ、さっきの?そうだろうな、家族との会話が一番子供に影響するからな、お前みたいに」


 暗に自分の呼び方について言ってきた。

 それを聞かなかったことにして、わたしはリアムドさんにおススメされた本を開いた。

 



*** ***




 それから数日、琉唯を護衛に店長の店に行ったり、中央図書館に行ったりして過ごしていた。

 裁判の事は自分に出来る事は無い。

 色々調べて、確信が持てたこともあったけど、それが必要になるかも分からない。

 とりあえず、今出来る事をしながら裁判の日を待っていた。

 前日は流石にカーティス殿下の宮で大人しくしていたけど、机でレポートを仕上げていた。


「お前、それ本気だったんだな」


 と琉唯に言われたそれとはレポートの事だ。

 琉唯に言われて色々考えてみたものの、結局いい案が浮かばなかったので準備した。もちろん、琉唯の助言は無視だ。

 裁判が終われば、たぶん閣下と話す事になると思う。そもそも、荷物が邸宅(ロードリア)に置いてあるし、一度は行かなければいけない。

 喧嘩別れで終わっても、あいさつは必要だし、そもそも閣下との口約束の契約はまだ継続中だ。

 もし、このままお別れとなってしまったとしてもとりあえず琉唯に頼んでおけば、魔力の訓練は問題ないだろうから大丈夫。

 本来なら閣下は雲の上の様な人だ。

 店長の事がなかったら知り合う事もなかったはず。

 なんだか、思考が後ろ向きになって行く。

 会いたいのか会いたくないのか、怖いのか怖くないのか…。


「だめだ…寝れない――」


 明日になれば全部終わるのかと思うとなかなか寝付けなくて、ベッドから起き上がった。

 夜中に近い時間で、宮全体が静まり返っている。


――少しくらいなら…


 なんとなく寝苦しい感じがして、少しだけバルコニーに繋がる窓を開けた。

 流石、一番高い場所にある皇宮の敷地内。暑い時期なのに、風が涼しい。

 ふらりとバルコニーに出てぼんやりする。

 なんだか怒涛の一か月だ。

 思い返せば、すごく非現実的で。


――わたしは何を言いたいんだろう…


 色々あった。

 話したいことが、出会ってまだ一か月にも満たないそんな関係でも、関係性は変わった。

 大人な人、話していて楽しい人。


――なんだかごちゃごちゃしてきた…


 自分でもどうしたらいいのか分からない。

 友達とも違う、だけど赤の他人とも言えくて。


――もう寝よ…


 緊張しているから面倒な事しか考えていない気がする。

 明日になれば、明日が終われば。

 そんな事ばかり考えても、結局なるようにしかならない。

 バルコニーの手すりにもたれていた頭を起こした。

 雲が陰ったのか降り注いでいた月の光が遮られ、少し影が落ちる。


――影?


 背後に、自分のではない影があった。

 ドキリとして、カーティス殿下の言葉を思い出す。


――質の悪い侵入者…?


 自分の迂闊な行動を呪いたくなる。

 カーティス殿下は今夜は皇太子宮に泊ると言っていた。まさか、この宮の主がいない時に侵入者が現れるとは思っていなかった。


――叫べば何とかなるかな…


 背後にいるのに気配すら感じなかった相手に、自分が勝てるとは思えなかった。

 全力で抵抗すれば、何とかなるかも知れないが、緊張に手が震えた。

 一体何が目的か分からないけど、この状況がまずい事は分かる。

 よし、と覚悟を決めて叫ぼうとした瞬間、口を後ろから押さえられた。


「んっ!」


 口元を押さえる大きな手。

 震える手に重ねられる大きな手。

 そして、少しひんやりしているその大きな手…。


「驚かせてすまなかった」


 耳元で謝るその声――。


「手を離すから、叫ぶのだけはやめてくれ」


 そういうと、手がそっと外され少し距離が開く。

わたしは後ろを振り返り、別の緊張が押し寄せてきた。


「閣下……」


 月明かりの中の侵入者は閣下だった。

 なんで、どうしてと疑問が繰り返し押し寄せていたけど、何も聞けずに閣下を見上げていた。


「元気そうだな」


 先に話しかけてきたのは閣下の方だった。

 じっと見られて、わたしはハッとする。

 寝苦しくてちょっとのつもりでバルコニーに出たので、薄着の寝間着姿だった。その無防備な姿に流石に恥ずかしくなって赤くなる。


「どうしてこんな時間に…」


 今はもう真夜中に近い時間帯だ。

 わたしが起きていたのは、たまたまで。


「こんな時間じゃないと警備の目が厳しいからな」


 というか、そもそも寝静まった時間に来る方がまずい気がする。

 いくら閣下とカーティス殿下が親しい間柄でも非常識と言うやつではないだろうか。


「なんで裸足なんだ?」

「ああ、えっと…」

 

 わたしが色々これはまずいんじゃないかと悩んでいるのに、閣下はわたしの足元が気になったようだ。

 ただ単に、冷たくて気持ちいいから裸足だっただけだけど、寒そうに見えたようでそっと抱き上げられて、奥に連れて行かれた。


「あの……」


 奥にはさっきまでわたしが横になっていたベッドが置いてあり、そこに下ろされた。

 閣下はそのまま離れていくのかと思えば、ぎしりと音を立ててベッドに片膝を立てる。

 えっ、と思う暇もなくわたしは閣下に押し倒された。


「か、閣下?」


 流石に不味くないだろうかと思う態勢。

 わたしを見下ろす閣下の目が、いつもより濃い。


「すまなかった…」


 突然の謝罪にわたしは目をぱちぱちと瞬かせた。


「色々考えた、どうしたいのか。これからどうするのか」


 閣下が何を言いたいのか良く分からない。まるで自分に言い聞かせるような言葉だ。

 わたしに聞かせたいというよりも、自分の中にある覚悟を言葉にする事で自分を奮い立たせているような、そんな声音だ。


「閣下…わたしもすみませんでした。色々…」

「何が?」

「守ってもらっていた自覚もなくて、自分のしたいようにしてしまいました。迷惑かけたなと…」


 閣下が謝ってくれたおかげか、自分でもさっきまでの緊張はどこ行ったと言いたいくらい素直に言えた。


「別に、それはいいんだ。クロエにはクロエの考えがあって、俺が強制することは出来ない。ただ、頼られなかったことに少し苛立ちはあった」

「そんな!わたし、むしろ閣下に甘えすぎたかなって思っていて……その――ありがとうございます。本当に、感謝してます」


 カーティス殿下から謝罪じゃなくてお礼を言う方がいいと言われたのを思い出して、色んな事の感謝を伝えた。

 なんだか真正面から言うと恥ずかしくなって、少し視線が逸れてしまったけど伝わったはずだ。

 そっと頬を撫でられる感触に、閣下を見上げた。

 その目に、その視線に釘付けになって動けない。


「クロエ――」


 閣下の少し掠れた低い声が響き、そのままベッドに体重を乗せてきた。

 顔が近づき、良く分からない混乱の中身体を固くしたその時――…


 思いっきりドアの開く音が部屋中に響き、部屋の明かりが一気についた。


「あのさ……いい雰囲気の所悪いんだけど、ここどこだと思ってるのクリフォード」


 と、呆れたような声が聞こえてきた。

 ハッとして、閣下の肩越しに声の方を見れば、暗闇の中二つの影が伸びていた。


「そっちの気持ちも分かるけど、そう言う事は自分の家でやってよ」


 そう言う事とは?と思いながら閣下を見れば、閣下は苦い顔をして拳が震えていた。

 

「大体、しばらく来ないって言ったのそっちでしょ。前にも言ったけど、来るなら昼間来てよ!」


 その正論に、閣下は深くため息を吐いた。

 自分に非がある事は認めている様だ。

 

「はい、それじゃあまず彼女の上からどこうか?話が出来ないでしょ」


 爽やかなセリフだけど、どこか面白がっている口調に閣下は無言で身体を起こした。


「一体、こんな時間になんの用ですか殿下。非常識ですよ」

「うん、それ君にだけは言われたくないセリフ。無抵抗な女性に襲い掛かりそうになっている親友を止めてあげたんだから、むしろお礼をいう所じゃない?」

「親友ではありません。ただの顔見知りです」

「おぉ、そう来る?私と君の間で。懐かしいなぁ、ヴァルファーレと一緒に過ごした高等学院時代…」


――なんだろう、この状況…。

 

 言い合う二人の口戦は終わらなそうだ。

 そして、結局閣下は何しにきたのか良く分からない。

 ちらりと、カーティス殿下の側にいる琉唯を見ればウインクされた。




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