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21.朝の第三皇子宮での話





 カーテンの隙間から、外の明るい光が入って来ていた。

 夜に長兄の夢を見た気がした。優しく頭を撫でてくれて、すごく気持ちよかったそんな夢だ。

 なのに、なぜかそれが現実だったような気もして…。

 なんとなく頭がぼーっとして、身体を起こしてぼんやりとしていると、ノックがされてこの皇子宮の侍女と思われる女性が入って来た。


「おはようございます。起きていらっしゃいましたか」


 少し年配の女性だ。

 すっきりと背筋を伸ばしてきびきび動いてる様は、流石皇子宮の侍女だなと思う。

 決して邸宅(ロードリア)の侍女が能力で負けているわけではないと思うけど、なんというか雰囲気が違った。


「しばらくの間クローディエ様のお世話をさせていただく、ローリエと申します」


 なんか厳しそうな人だ。

 甘い態度は絶対許してくれなさそうな、ちょっとでも礼儀に反する事をするなら一言言ってきそうな、そんな感じだ。

 

「ご気分はいかがですか?お疲れのようなら、ゆっくり休むようにカーティス殿下よりご伝言がございます」

「あ、はい…、気分は大丈夫ですけど、ちょっと疲れてはいます」


 なにせ、昨日は色々あり過ぎて濃い一日だった。

 今考えると第一皇子は何がしたかったのか良く分からない。

 わたしに証言させたかったようだけど、あの扱いは酷すぎた。あれではわたしに対する心象も最悪だし、最悪自分に不利になる証言だってされてもおかしくないはずだ。

 だからこその()だったのかも知れないけど。

 ただ、向こうもわたしがただ大人しいやられるだけの性格じゃないのは想定外だったと思う。

 見た目だけなら、か弱い婦女子って感じに見えるし、一応それは自覚してる。よく言われるし。

 結局、わたしが鑑定した品の持ち主と第一皇子が知り合いで、わたしが政戦に巻き込まれたのだけは分かったけど、詳しい経緯がはっきりしないので、詳しく説明が欲しいところだ。本格的に。

 それに可能なら、もう一度あの迷宮産魔道具を鑑定したい。

 カーティス殿下に頼んだら出来るのか、聞いてみたい。


「お食事はいかがいたしますか?」

「いただきます」

 

 間髪入れずに答えた。

 昨日は朝食を食べて以来、ほとんど何も食べずに寝てしまった。昼は放置され、夜は疲れていたせいか食欲がわかず、そのせいか、今はものすごくお腹が空いていた。


「こちらにご準備させていただきますが、その前にお着替えをお手伝いします」


 すでに準備されていた服は動きやすそうなワンピースだった。

 なんとなく、ここにいる間中ずっとドレスを着ていなくちゃいけないイメージがあったので少し拍子抜けだ。

 

「ドレスじゃなくて大丈夫ですか?」


 素直に聞くと、ローリエさんが説明をしてくれた。


「正式に皇族にご挨拶されるときや本宮に行かれるのでしたら、しきたりに則た正装も必要ですが、カーティス殿下は肩苦しいのがお嫌いなので、ご自身もこの宮にいる間は国民が着るような普段着でございます」


 だからわたしも普段着の様な装いでいいとの事だ。

 ただ、準備された服はどれもわたしが普段買わないような上品かつ素材の良いものだったが。


「これはこちらで準備していただいたものですか?」

「いいえ、バルシュミーデの侍女がお持ちしたものでございます。急な事でしたので、こちらでの準備が不足しておりましたので」


 イリアさんが持ってきたものだ。

 わたしがバルシュミーデに持ち込んだ服はさすがにここでは軽すぎるので、イリアさんが気をきかせて準備をしてくれたようだった。

 たぶん、費用は閣下持ち――


――いいのかなぁ…


 衣食住を一時的とはいえ世話になっていると、申し訳なくなってくる。

 食と住は閣下に誘われたので、まだいいけど、流石に衣までお世話になるのは違う気がした。

 ただ、今回ばかりは助かったので、あとでお礼を言っておかなくちゃと心に誓う。もし後々請求されたら…ママに助けてもらおう。


「食材で食べられないものはございますか?」

「えっと、アレルギーはないのでなんでも大丈夫です」


 ローリエさんは着替えを手伝うと、呼び出しの鈴を鳴らす。

 するとワゴンを押して侍女が二人入って来る。

 ワゴンの上には暖かそうに湯気が立っている食事が乗っていた。


「窓際のこちらの席に準備させていただきます」


 第三皇子宮全体は、バルシュミーデの冷却装置が使用されているようで快適な温度が保たれている。

 ただし、皇宮は皇都ロザリアの中でも最も標高が高い位置にあるので、窓を開けるとそこそこ涼しい。朝晩は装置を切って窓を開けている事が多いとの事で、今も窓が開けられていた。


「朝はともかく、夜は窓開けておいて大丈夫なんですか?」


 主に警備的問題で。


「問題ありません。侵入者はすぐに発覚しますので。宮の主であるカーティス殿下に知られずに侵入する事は不可能でございます」


 宮の主であるカーティス殿下がいる場合に限りなにか特殊な警備体制が敷かれているようだ。

 皇子宮の警備体制についてわたしが知るべきところではないし、教えてもくれないだろうけど、とりあえず安全であるなら問題はない。


「こちらへどうぞ」


 促されて席に着くと、お茶を注がれた。

 とりあえず喉を潤し、スープに口をつける。

 野菜の甘みと旨味がぎゅっと詰まったスープがおいしくて、夢中になった。


――流石皇子宮邸宅(ロードリア)にも負けてない。


 いや、ここは邸宅(ロードリア)の料理人を褒めるところか…。

 閣下は食道楽って感じには見えないけど、おいしいものを食べたいという欲は人並みにはあるようだ。

 卵料理も濃厚で、野菜も新鮮な甘みがある。

 お腹が空いていたので無言で食べていると、側で給仕をしていた若い侍女が少し驚いた顔で見ていた。

 ローリエさんと、もう一人の侍女は顔に出ていなかったけど、ローリエさんが若い侍女に何事か用事を言づけて退室させた。なんとなく、わたしは何を言ったのか分かった。


――初めの頃は閣下もよく見てたからな…わたしの食べる量を。


 つまり、そう言う事だ。

 普通の一般的女性なら、多少残る程度の量。よく食べる女性でも、綺麗に食べきれる量の食事量は、わたしにはちょっと足りなかった。

 もりもり食べている姿を見て、足りないだろうと判断したローリエさんが若い侍女に追加を持ってくるように言ったのだろう。わたしが食べきる前に。

 これで満足できない訳じゃないけど、もっと食べていいなら食べる。

 籠に入っている最後のパンを掴むと同時に、侍女が戻ってきたようだ。ただ、どこか焦っているようで、ローリエさんに耳打ちしていた。

 ローリエさんはそれを聞くと、全く…とでも言いたげに微かに目を閉じた。

それと同時に、この皇子宮の主が部屋に入って来た。


「殿下、許可なく入室は大変失礼です」

「いやあ、どうせ許可出ると思ってたし、ちょっとした誤差でしょ。着替えていた訳じゃないんだから」


もし着替えていても、悪びれもなく軽くごめんねぇとか言って終わりそうだけど、この皇子様は。


「いやぁ、よく食べるねぇ」


 ローリエさんの苦言の言葉をあっさり流し、わたしの対面に座る。

 諦めたように、ローリエさんがカーティス殿下にお茶を淹れ、残りの二人の侍女が料理の追加を給仕していた。

その様子に感心したようにカーティス殿下が言う。

 皇子殿下がいるのに食べながらなのはちょっとと思ったけど、カーティス殿下が気にしないようだったので、食事を続ける。


「これほど食べる女性っていうのも珍しいんだけど、一体その身体のどこに入ってるんだろうね。不思議だなぁ」


 対面でローリエさんが淹れたお茶を飲みながら、にこにこと会話するカーティス殿下だけど、そんな世間話するために来たわけじゃないだろう。


「ちょっと話がしたくてさ。昨日の続きってわけだけど、この後用事でちょっと出るから今のうちにと思って」


 わたしの方もカーティス殿下に聞きたいことがあったのでちょうど良かった。

 ただ、食べてる最中だけど。

 もうすぐ食べ終わりそうなのを察したのか、食べ終わってからでいいとの事で、遠慮なく持って来てくれた料理の追加分も食べた。

 わたしが食べ終わると、あまり聞かれたくない話なのか、侍女を全員下がらせ、カーティス殿下はわたしに向き直った。


「一番聞きたかったのは君が鑑定した値段なんだけど、あれ間違いないんだよね?」


 件の迷宮産魔道具の事だ。

信じられない気持ちも分かる。なにせ、見た目はどこにでもありそうな木箱だ。ただ、間違いないと言い切れるその性能と値段。

正直今思えばむしろ、安いくらいだとも思ってる。


「少なくとも、あれより下がる事は無いと思います。むしろ、オークションの開催時期とか条件によってはもっと値段は跳ね上がると思います」

「それほどなのか…、撤回する気はないんだよね?」

「わたしは公的資格に則って発言するだけで、虚偽の発言はしません」


 困ったような感じではないので、わたしが撤回しないこと自体は想定内の様だ。


「ヴァルファーレの所で働いているから、きっとそう言うだろうなって思ってたよ」


 どこかうれしそうににこりと微笑む。

店長は、そういう忖度は一切しない人だ。公平と言えば聞こえがいいけど、やりづらい相手ではある。

 そう言う意味では、わたしも店長と同類と言えた。


「二十億リラかぁ…財務がうるさそうだよ。まあ、払うとなると皇族…というか皇帝陛下の資産からってなるけど、それも元は税金だからなぁ…」


 困ったように言ってるけど、その口調は楽し気だ。


「あの、実はちょっと事情説明をしてほしいんですけど…」 


 多少邸宅(ロードリア)で聞かされたけど、それだけで全てを把握する事は出来なかった。

 なにせ、怖い人が殺気立って今にも人を殺しそうなほどで、それどころではなかったというのもある。


「そうだね、あんまり楽しい話じゃないんだけど、君は完全に巻き込まれちゃったしね…なんでこんな時にヴァルファーレがいなんだか…」


 店長だったら巻き込んでも良かったのか。

 一応、店長は公的な人間じゃない一般人だと思うけど、お友達は巻き込んでもいい一般人枠らしい。

 カーティス殿下は事の起こりをはじめからわたしに聞かせてくれた。

 第一皇子が欲しがっていた迷宮産魔道具の事、それが紛失して、発見された時にはすでに人の手に渡っていたけど、それが皇都の学生だった事。その学生が、第一皇子派閥の人間だった事。


「あのー、それなら別に皇室がその魔道具をお金払って取り戻す必要ないのでは?その手に入れた学生さんが、そのまま第一皇子に渡せばいいだけじゃないんですか?まあ、それなりの礼金は必要かも知れませんが…」

「でしょ、普通そう思うよね?ここらから、ちょっと面倒くさい事情なんだけど…」


 なんと、その学生が第一皇子に渡すのではなく、正式に皇室と取引を申し出たの事で非常にややこしい事になった。

 たとえ正規の値段で取り戻しても、皇帝陛下と第一皇子との取り決めで、それは第一皇子に譲られることになっていた。そのうえ、第一皇子派閥の人間に莫大なお金が流れれば、結局それは第一皇子の陣営が自由に政治資金として使えるお金になってしまう可能性がある。

 つまり、品も金も手にする事が第一皇子の狙いなんだとか。

 ここまでくると、完全に自作自演を疑うところだけど、証拠は何もない。

 そして、ここで問題となったのが、その品物が一体いくらなのか、という事だ。

 ちなみに、宝物殿の管理者では良く分からなかったらしい。ただ、それに関する資料が残っていたのだけど、そこには迷宮産で産出された木材を使用した木箱という簡潔な説明しかなかった。

 つまり、珍しい一品ではあるけど、そこまで値の張るモノじゃないという見方だった。

 そこに持ち込まれたのが、わたしの鑑定した鑑定書という訳だ。

 そこまでの値じゃないところから、一気に価値が高騰して、どちらの陣営も黙っていられなくなったというのが今らしい。

 ちなみに、宝物殿の管理者筆頭は鑑定士の試験官もしている深度九も鑑定できる凄腕だ。

 そんな相手が良く分からなかった品という事は、かなり限定された人しか鑑定できない珍しいものだ。

 完全に相性の問題。


「鑑定って相性があるって言われてるけど、正直鑑定が出来ない人間からすると全く未知の領域なんだよね」

 

 それはそうだろう。

 鑑定できるわたしだって不思議なんだから。


「上手く言えないんですが、鑑定対象が教えて(・・・)くれるんです。人で言う所の自己紹介みたいな感じなんですよ」


 それこそ、そういうものだとしか言えない。

 すべてのモノには命があり、意思があると言われているが、 そう言われているのは、この鑑定のせいだと思っている。

 一つ一つの品が、この人なら見られてもいいと言っているような、そんな感じで教えてくれるのだ。自分の事を。

 どういう原理かなんて考えたこともない。

 ただ、そういうものだと理屈なく受け入れる、それが鑑定だ。

 だからこそ、その鑑定品との相性によっては全く鑑定できない品がある。

 わたしもある。

 特に一般的な骨董品関係は、相性が悪いのかなかなか鑑定できない。逆に、魔力が籠ったものならほぼ出来る。

 深度九は事実上のトップクラスの鑑定士と言われているけど、実際はこんなものだ。

 迷宮産のものが鑑定できるからすごいと言われるだけで、なんでもかんでも出来るわけではない。

 だからこそ、鑑定士は自分に出来る鑑定以外の仕事はしたがらないし、横のつながりで得意な人に紹介もする。


――そういえば、あの人も誰かに紹介されて来たな…


 その誰かは結局教えてもらえなかったけど。





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