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20.5.閑話での話:カーティス視点

「一応言っておくけど、これは不法侵入罪だからね」


 客室から出てきた人影に私が声をかけると、その影が振り返る。

 堂々として全く逃げようともしない不法侵入の犯罪者であるクリフォードが、なんてことない顔で私を見る。

 さも彼女の部屋に入る権利があるかのような態度で。


「こっちの連絡全部無視して、現れたと思ったらこれ?一応言い訳とかないの?今だったら寛大な気持ちで聞いてあげられるけど?」

「申し訳ありませんでした」


 言い訳もせず素直に謝罪するクリフォードにおやっと思った。

 いつもならなんだかんだと言い訳もくっついてくるのに、それさえ言わないとは何か変なモノでも食べたのかと思うほどだ。


「別にいいけど…、話せたの?」


 部屋を指し示すと、クリフォードは首を横に振った。


「いえ、眠っていました。疲れていたんだと思います」


 それはそうだろう。

 朝から色々あり過ぎた。

 こっちも大概疲れていたけど、寝る直前に侵入者の気配を感じて寝るに寝れなかった。


「起きていたんですか?」

「この宮の事ならすぐわかるよ。私の宮だからね」


 王族に備わる特殊技能のせいで、人の気配には敏感だ。

 その範囲は自分の宮の中なら全て感じられるほどに。誰にも話したことは無かったけど、クリフォードはなんとなく気付いてそうだ。

 これ以上の立ち話もあれなので、私の部屋に向かう。

 何も言わなくてもクリフォードがついて来る辺り向こうも何か話がありそうだ。


「悪いけど、飲み物は出ないよ」

「構いません」


 ソファに腰掛けて足を組む。

 クリフォードの顔をうかがうと、どこか覚悟が決まった顔だった。


「なんだ…、無自覚のままだったら遊ぼうと思ったのに」


 私がからかい半分でそう言っても、クリフォードからの反応はない。

 どうやら、本当に自覚したらしい。


「私もさっき自覚したところなんで、戸惑っていますが」


 全く戸惑っていないように言われても説得力がない。


「一応聞いておくけど、それってどういう自覚?妹としての家族愛?それとも深い関係になりたいっていう異性愛?」

「間違いなく、後者です」


 一切感情を読ませないような顔つきできっぱりと言い切った。

 なんだか少しうれしくなる。


「そうかぁ、なんか絶対クリフォード一番最後に政略結婚で結婚して、冷たい家庭でも築くんじゃいかなぁとか思ってたんだけどね」

 

 私の結婚は政治的案件が絡むから、きっとそのうち兄上にとっても自分にとってもいい相手を適当に選んで結婚するんだろうなと思ってたし、ヴァルファーレはなんだかんだで要領良いので過去の事さえ自分の中で折り合い付けばサクッと結婚しそうだ。

 それに比べクリフォードは、そこそこ遊んでいるくせに結婚となると頭が固い。なんというか、昔ながらの気質があるせいで、色々と結婚を夢見るタイプだ。硬派と言えば聞こえがいいけど、結局頑固の一言で片付く。


「私自身も意外でした。母の事を笑っていられません」


 クリフォードの母上は、情熱的だった。

 一目惚れからの、最後までそれを貫き通してクリフォードを生んだのだから。


――北部の人間はそういう人が多いのかな…


 なんて考える位には、一途なところがある。


「顔が見たくなったのは分かるけど、せめて堂々と日中に来てよ。面倒でしょ、主に私が」

「それに関しては本当に申し訳ありません…。ただ、しばらくはクロエと顔を合わせたくない事情がありまして…」

「その事情を聞きたいね、今すぐに」

 

 言葉を濁して誤魔化そうとしているけど、それは許さない。

 はっきりかっこ悪い所を見せてほしい。それくらいの意地悪は許されるはずだ。私の睡眠時間を削ってくれたのだから。

 クリフォードは固く口を閉ざしているけど、私にしてみればばればれだ。だてに幼馴染をやっていない。

 いわゆる、男の事情と言うやつだろう。


「顔を見たら、襲いそうかな?彼女にここは安全って太鼓判を押したのに、一番危険なやつが堂々と忍び込んでくるとはね」


 遊びで子供に手を出すような下種な男ではない。真剣だからこそ、戸惑ってもいるし、どう向き合えばいいのか分からないのだろう。

 だけど、顔は見たいようだ。

 こっそり夜来るその行為――、それを世間ではどういうか知ってる?夜這いだよと重ねて言うと、クリフォードがぐっと詰まる。

 どうやら理解してやっているようだ。からかいで言ったのに、実に楽しい反応を返してくれた。

 ただ、自覚するのは良くても少し心配な事もある。


「私が言うのもなんだけど…、彼女まだ子供じゃない?初心すぎて、男の心理なんて分からなそうだけど、大丈夫なの?」

 

 少し話しただけでも分かるけど、彼女は絶対まだ乙女だ。十六だと早い子ならすでに結婚していたり、経験もあったりする。だけど間違いなく彼女は経験がない。

 それ以前に、まだ成長しきってない子供らしさがある。


「子供だっていずれは大人になります。ゆっくり待ちます。ただ、もう少し時間が欲しいだけで」

「……君ってそんなに辛抱強かったっけ?」

「怯えさせてもしょうがないでしょう。それから、今後遊び(・・)に付き合うつもりはありませんので、違う人を誘ってください」


 まさかの禁欲生活発言。

 

――いや、まあ好きな子が出来たらその子と…って気持ちは分かるけど……分かるけどさぁ…


 それが一体いつになるのか…。果てしなく長い気がするけど、クリフォードは我慢する様だ。

 素晴らしい忍耐力…というか鉄壁の理性。


「もうがんばれって応援しか出来ないよ、なんか聞いててこっちが恥ずかしい」


 冗談でもなく、独身の健康男子が真顔で禁欲するとか言い出すと、なんでかこっちが悪い事した気分になる。


――すっごい気まずいよ…男同士でこんな真面目な話は!


 冗談だからこそ笑い合って話せる内容も、本気だと揶揄う事も出来やしないという事を今日初めて知った。


「私とクロエのことはもういいでしょう。そういう訳ですので、クロエの事はしばらくお任せします」


 どちらにしても、もう一度向こうに渡す事になったら、今度こそクリフォードが怒りの限り乗り込んできそうだ。そういう面倒くさい事にならないように、しっかり見張っておかなければ。


「クリフォードはどうするつもりなのさ?このまま何もしないつもり?」

「実は、クロエはあの迷宮産魔道具を知っている様なんです。あれを鑑定した日、様子が変でした。思い出せそうで思い出せないとも言ってたので、どこかで見た記憶があるんだと思います」


 色々知ってそうな気配はしていたけど、なんとも多くの引き出しがありそうな少女だ。


「それについて調べてみようと思います。主に、あれを手にした民間人について」


 あまりにもタイミングよすぎる存在に、クリフォードも不審がっていた。ただ、あれからクリフォード自身も調べたはずだ。

 私の疑問に気付いたようで、クリフォードが続けた。


「もう少し詳しく調べます。主に、交友関係についても」


 きっぱりとそう言うと、失礼しますと断ってクリフォードが席を立った。


「最後に、ちょっと聞きたかったんだけど…。どうしてあんなに不機嫌で怒っていたの?」


 背を向けて歩き出した彼に向って私が尋ねると、少し罰が悪そうに言った。


「自分に腹が立ってました。感情をコントロール出来なかった事もそうですが、強いと言われていても大事なところで守るべき人が守れなかった自分に」


 それだけ言うとさっさと部屋を出て行った。

 しばらく静寂が続き、感慨深いなぁなんて考えていた。

 学生の頃はヴァルファーレの適当さにクリフォードが面倒みて、私のちょっとした悪戯にクリフォードが諦めのため息を吐き…人生達観してるような大人びた態度だったけど、恋をすると人はあそこまで変わるんだなぁとちょっとうらやましくなった。


「で、君の立場からして、クリフォードの事はどう思った?」


 暗闇の陰の中からこちらを窺っていた男が、すっと月夜を背に現れた。

 いつものクリフォードだったら気付けていたはずだけど、今の彼は冷静なようでそうではなかったので気付いていなかったようだ。

 面白いものを見たとでも言うようにニヤリと笑いながら、ルウイがドアに視線を向けた。


「苦労するだろうなとは思ったな」


 それが何に対する苦労かは、色々あり過ぎて断定できない。


()として思う所は?」

「はは、やっぱり気付いたか」

「まあね。クリフォードも疑問には思っているんじゃないかな?」


 彼女を初めて見た時から思っていた。

 このルウイと彼女の立ち姿や歩く姿勢がそっくりな事に。同じ流派で学んだ人間特有の統一感。

 しかし、それ以上に彼と彼女はよく似ていた。


「あんまり似てねーんだけどな、クロエは完全に母親似だし。俺ら兄弟は全員どちらかといえば親父似だ」

「なんというか、雰囲気がね」


 クリフォードも兄弟間では似てない。だけど、似た空気を持っているので、ああ兄弟なんだなって分かる。


「クロエ自身もにぶチンだけど、兄貴がなぁー」


 確か彼より十上の兄上だ。

 つまり、彼女とは二十も離れている事になる。


「もうマジでクロエの父親だよ。むしろ血の繋がった実の父親の方が、唯一の女って事で甘すぎるからな…」

「父親二人いるようなものねぇ…それは苦労しそうだ」

「少なくとも、あの二人は自分より弱い奴にはクロエは渡さないって感じだから、正直一生結婚出来ねぇんじゃねーかと思ってたわけよ」


 彼女が色恋沙汰に鈍いのは、どうやらそういう事を徹底的に排除されて来たからのようだ。

 ただ何となく分かる。

 私の父親である皇帝陛下も妹達には甘い上に、自分が認めた相手以外とは結婚させんとか言っているから。


「そう言う意味では期待してるって感じだな」


 兄らしく、心配してもいる様だ。


「そう言えば君、知り合いに会いに来たみたいなこと言ってたけど、それって彼女?兄君と喧嘩したっていうのは何かの理由付け?」


 ルウイが瞬きをして、次の瞬間に笑い出す。


「あははは、喧嘩したって言うのは本当だぜ。容赦ないんだ、一番上の兄貴は。(クロエ)に会いに来たっていうのも本当だな。妹に兄貴を取りなしてもらおうと思ってさ」


 なんとも情けない事情に、うっかり顔に本音が駄々洩れてしまった。


「いや、しょうがねーじゃん。兄貴はなんだかんだでクロエには甘いし。手紙の一つでも持ち帰れば、超手柄だから。マジで」


 手紙一つで喜ぶ兄上か。

 これで結婚なんてなったらどうなる事やら。しかも、聞くところによると国際結婚になるだろうし。

 クリフォードがバルシュミーデの跡取りだから絶対嫁取りだろうしなぁ。


「あの男、どうもますます強くなりそうだし、大丈夫じゃね?あーあ、俺も鍛えなおさねーとな」


 ルウイがぶつぶつと呟いて部屋を出て行った。

 とりあえず、今考えるべきことはクリフォードと彼女の未来ではなく、近い将来に起こる面倒な事なのは変わりない。

 ただ、少しだけ気分が良くなった。





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