20.第三皇子宮での話
連れ出された時は、すでに夕方近かった。
暗い独房の中で、時間感覚もおかしくなっていた様で、意外と時間が経っていたことに驚く。
そのまま連れてこられたのは、第三皇子宮でそこでお風呂に入れてもらえた。
着替えもそろっていて、なんとびっくりイリアさんが控えていた。
「あれ、イリアさん?どうしたんですか?」
「きっと着替えに困っているのではないかと思い、お持ちしました」
確かに服がなかったからありがたかった。
準備すると言われた第一皇子殿下の所ではああだったし。
どうも、第三皇子殿下が連絡を入れてくれたようだ。
「お手伝いいたします」
この後第三皇子殿下のカーティス殿下に話を聞かれる予定だ。
流石に皇子に会うのに普段着は礼儀として不味いので、ドレスだった。
むしろ、疲れているから明日以降にしてほしいけど時間は待ってはくれない。少しでも早く対策を練りたいそうだ。
わたしがやらかした事も対応してくれるっていうので、文句も言えない。
「大丈夫ですよ、カーティス殿下はお優しい方なので」
イリアさんがそう言って慰めてくれたけど、会うのが憂鬱だった。
たぶん疲れているからそんな気分なんだろうけど、邸宅が恋しくなった。
わたしが着替えたタイミングで、第三皇子宮の侍女が入室してくる。皇子の元まで案内してくれるようだ。
嫌がってもしょうがないと気合を入れて、邸宅での特訓?の成果を見せるように歩く。
イリアさんが言うように、習うより慣れろは正しい。
着慣れていなかったら、皇子宮で足元ばっかり見て歩くことになっていそうだ。こういう特訓の成果を披露する場は、いきなり登場するものなんだなと実感する。
「失礼します」
今更ながらにカーテシーであいさつする。
本当に今更だけど。
「楽にしていいよ、疲れてるところ申し訳ないけど、少しでも早く事情を聞きたくてね」
ソファに勧められて、侍女がお茶を淹れて退室していく。
そうすると本当に二人きりになった。
少しわたしの視線が部屋の中を動いて、それにカーティス殿下が気付いた。
「ああ、あの護衛ね、今はいないよ。ちょっと席外している」
さっき第一皇子宮について来ていた、同郷の知り合いはいないようだ。
というか、この皇子殿下とどういう関係なのか知りたい。
閣下は、どういう経緯か知らないけど手合わせしたみたいだし、なんでか目の前の皇子様とも知り合いみたいだし…。
どっちにしても、皇子なのに護衛の一人も置かなくて大丈夫かと思ったけど、そういえばこの人も強いのだと思い出した。
皇族は人気者なので、人となりは世間にも知られている。
まさか第一皇子殿下があんな人だとは思わなかったけど。
「改めまして、カーティス・ルイズ・リブラリカだ。今回の事は巻き込んで申し訳なく思っているよ」
まさかいきなり謝罪から入るなんて思っていなくて少し慌てた。
「いえ、巻き込まれたというか、自分から巻き込まれに行ったっていうか…」
率先して第一皇子殿下の元に行ったのはわたしだから、まあ自分のせいとも言えなくはない。
「まさか、第一皇子があそこまで考えなしだったとは思わなくて。少なくとも、いつもはもう少しましなんだよ?」
一応弟から“まし”とか言われる兄とはいかに…。
わたしにもどうしようもない兄がいるけど、あそこまでは酷くない。ちょっとおかしいだけで。
「いやあ、まさかバルシュミーデの邸宅に押し入るとか想像もしてなかったよ。動きがあった時、クリフォードに連絡したら舌打ちされてそれから連絡つかなくなるし」
閣下が外出した矢先に戻ってきたのはカーティス殿下からの連絡があったからのようだ。具体的になんと言われたのか分からないけど、少なくともわたしが危険だと判断するような何かがあった。
「連絡つかないんですか?」
「まあね、君が連れて行かれたって言われてからこっち、全部無視されてるよ。ここまであからさまに無視されるのは初めてかも知れないなぁ」
ちょっと困ったようにカーティス殿下が言う。
閣下は基本的にはなんだかんだ文句を言いながらも、連絡を無視する事は無かったらしい。
「ところで、君とクリフォードの関係だけど…、一体どういう経緯でクリフォードのところにいたわけ?その辺がちょっと分からないんだけど…」
閣下はカーティス殿下にも話していないみたいだ。
わたしはそもそもの始まりをカーティス殿下に話し始め、今に至る現状を報告した。
実際は、わたしも丸め込まれた感じで閣下の邸宅でお世話になることになって、なぜか鑑定した品の件でこんな事になって、ちょっと怒涛な展開過ぎて良く分からなくなってきていた。
カーティス殿下は時折相づちを打ちながら、途中で話を遮ることはせず最後までわたしの話を聞いていた。
話終わると、どこか納得いかないような顔でうーんと唸る。
「クリフォードの話だよね?」
「そうですね、閣下の話ですね」
「クリフォードが君を邸宅に誘ったんだよね?」
「そうですね、閣下に誘われました」
「……」
「……あの、おかしいですか?」
何か考え込んだカーティス殿下が思い切り頷いた。
「おかしいね、すごくおかしいよ。あのクリフォードだよ?身内以外どうでもいいと思っているような身内至上主義者だよ?そのクリフォードが赤の他人を自分の邸宅に入れるなんておかし過ぎでしょ」
類は友を呼ぶって本当だなと変なところで感心してしまった。
閣下も店長の事をひどく貶す感じだけど、カーティス殿下も負けていない。ここまで相手の事を分かり切ったように断言するところなんか、そっくりだ。
「しかもそれ、首輪なの?自分の物だって言いたいのかな?色が非常にあいつの色だよ」
カーティス殿下が指さす先は閣下がくれた身体を冷やすための試作品魔道具。
閣下から貰った話をしたら、不思議そうにしてた記憶がある。
「いや、首輪というか、そういう魔道具ですし…、色はたぶん涼し気だからこの色なんじゃないですか?」
「……君、ちょっと初心過ぎない?」
呆れたような言い草に、ちょっとムッとする。
だけど、そんなことないですと反論できない位には、色んな人に言われていた。察するのは得意なほうだけど、どうやら恋愛関係にはその才能は発揮されなかったらしい。
ただ、今問題になっているのは閣下と自分との事だ。
これだけは言える。
閣下にとって自分は妹枠なのだと。
そう伝えると、ますますおかしいものを見る様な目になった。
「はあ?本気で言ってる?……いや、本気そうだけど…というかクリフォードが悟らせないようにしてるだけとか…?」
最後はぶつぶつと自分に問いかけるように言って、わたしは聞き取れなかった。
「いや、ちょっと色々聞きたい事あったけど…、何聞いていいのか分からなくなったよ。何となく事情は察したけど……」
何となく納得して、カーティス殿下が頷いた。
まだどこか疑問をもってそうな雰囲気だけど、おもしろいおもちゃを見つけた少年の様な顔になって、少しご機嫌だ。
「まあ、あいつもそのうち何か言ってくるでしょ、君がここに居たらさ。向こうの執事長には連絡したから、クリフォードの耳にも入るだろうし。今頃何してるんだろうね」
さて、閣下は常に忙しいから、今頃怒りに任せながら仕事でもしてそうだ。一応今日は休息日だけど。
「最近さ、ちょっと色々あって良く会ってるけど、妙にそわそわしてるし、ちょっと突くとイライラするし、疲れてるのかと思って気を使って遊びに誘っても乗ってこないし、遅くなると早く帰ろうとするしで、一体なんなんだって思ってたけど…、どう思う?」
――どう思うと聞かれても…。
もしかしたらわたしがいるから気を使ってなるべく早くも帰ろうとしてるとか?
大体、わたしに聞くより閣下の行動原理についてはカーティス殿下の方が詳しそうだけど。
カーティス殿下もわたしの答えを期待している訳でもなかった。
「私的にクリフォードのイライラ原因はこの際どうでもいいんだけど、問題は何で君の存在を先に教えておいてくれなかったのかという事なんだよね。知っていたら、色々先手が打てたのに」
それこそ、わたしが分かるはずない。
「クリフォードは絶対君が鑑定できるって知ってたはずだ。少なくとも、相手側に問題になってる魔道具があるって知った時にはね。それなのに私に言わないのは不自然過ぎて、一周回って気持ちが悪かったんだけど…」
言葉を切ってわたしを意味ありげにカーティス殿下が見る。
「なんか君見て、なるほどって思っちゃったよ。なんだかんだで付き合い長いから、あいつの考えとか行動理由とか察しが付くっていうか…北部の男だなぁって感じがするっていうか」
「はぁ…」
わたしはさっぱり謎だけど。
カーティス殿下はうんうんと頷きながら、にこやかな笑みを浮かべて鈴を鳴らし侍女を呼んだ。
「今日は本当に悪かったね、そろそろ終わりにしよう。色々聞きたいことも聞けたし、部屋に案内するから安心して休むといいよ。ここは安全だから」
わたしが話したのは閣下とどう知り合って今に至るかって事だけだったけど、カーティス殿下はとりあえず満足したらしい。
「あの、ところであっちは大丈夫なんですか?」
「あっち?…ああ、第一皇子の方ね。心配しなくても大丈夫。皇太子である兄上にも事情は説明してあるから、何か言ってきても有責は向こうだし」
確かに、ここで騒いでも向こうが不利になるだけだ。
なにせ、現行でこの皇子様が現状を目撃しているのだから、保護と言う名目でわたしを連れ出す事はもう出来ないだろう。
「特にブルドガスはね。まさか、現役軍人があんな風に市民に伸されたら恥ずかしくて誰にも言えないでしょ」
あれは痛そうだから、ちょっと同情はするけど。
そう言ったカーティス殿下は、自分はやられたくないなと呟いていた。
兄に教わった撃退法は、男にはかなり有効攻撃だったのだけは分かった。
*** ***
その夜――
すごく濃い一日だったせいか、ベッドにはいるとすぐに眠くなった。
うとうとしながらも、なぜかすぐに夢の中に落ちれずいると、月明かりが陰ってなんだろうとシーツの中で身体を動かす。
「起こしたか?」
聞き覚えのある声だけど、なぜか思い出せずにいる自分がいた。
わたしを上から見下ろしている顔が暗くてよく見えない。
「寝ているのか?」
声の主は枕元に座ってわたしの頭をそっと撫でる。それがまるで長兄とそっくりな仕草で、気持ちよくて思わずうっとりと目を閉じた。
「兄様…」
わたしの呟く声に、声の主が苦笑した。
「俺は家族にはなりたいが、兄になりたいわけじゃないんだがな…」
「?」
なんだか良く分からないけど、撫でられる心地よさに段々と眠くなって瞼が重くなる。
それと同時に影が濃くなって、瞼に口づけられた。
声が耳元で聞こえてきて、何かを言っている。
「色々、すまなかった……。クロエ……俺は――…」
最後の言葉は聞き取れず、わたしは深い眠りに落ちていった。
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