19.第一皇子宮での話
リブラリカ皇国第一皇子、ウィリアム・ゼノン・リブラリカの第一印象は、あまりいい印象ではなかった。
そもそもの始まりがああであったのに、仲良く出来るはずがない。
それでも、それになり皇族としての威光やら威厳やらを持っているのかと思えばそれも違う。
確かに、皇族だし両親ともにそれなりに整っている顔立ちだから、その間のこの皇子様だってなかなか女性には好まれそうな顔立ちだ。
だけど、何と言うか一言で言うと――。
――自己陶酔系ナルシスト男…
だった。
自分が言ったことがまるで正しいと思って、しかもまわりもそれに賛同する。自分がこの世で最も尊い男なのだと言わんばかりにカッコつけているけど、こっちからしたら痛い男を見ていてこっちが恥ずかしくなった。
しかも、第一皇子殿下は御年三十二歳になる。わたしからしたら、おじさん枠に入るような年の差だ。
そんな年の男がそんな感じなら、ハッキリ言って気持ち悪い。
第一皇妃殿下の実家が内紛中だから皇太子になれなかったと言われているけど、正直素質の時点で第二皇子殿下にも第三皇子殿下にも負けているのを確信した。
――こんな奴を皇太子にしたら皇帝陛下の頭を疑うわ…
むしろ、国民が揃って反対しそうだ。
実際の皇族の性格まで下々の人間には知られていないけど、近くで見ている貴族様方とか政治家連中なんかはそろって進言すると思う。
――少なくとも閣下とは相性最悪だろうな…
実力主義なところのある閣下にしてみれば、皇族としての能力が全くなさそうな目の前の御仁は嫌いそうだ。
嫌いだからこそ、政敵になっちゃったんだろうけど。
「本当に信じられないな…間違いないんだな?」
ここに来てから何度言われた言葉だろう。いい加減、そこに戻って来るのは止めてほしい。
さっきから、本当か?とか信じられないとか、嘘じゃないんだろうなとか、同じことの繰り返し。
その度に後ろに立っている軍人と私設秘書のような人物が、本当ですとかまちがいじゃありませんとか繰り返していて、一体何がやりたいんだか謎だ。
「まるっきり子供だな、成人も間近だと聞いたが…」
――なんだろう、この人に言われるとイラッとくる…
顔が引きつらずに笑えてるか疑問だけど、嫌われても問題はない。どっちにしろ好きになれない人種だ。
「まあいいさ、お前は私に召されたことを感謝するんだな。あのヴァルファーレが目をかけているんだ、さぞ私の役に立ってくれる事だろう」
全く感謝出来ないけど。
しかも、別に役に立ちたいとも思わないけど。
「しかし、君がバルシュミーデのお気に入りとは…、もともとあれとは合わないと思っていたかが、本当に私とは趣味が合わなそうだな」
わたしと閣下の関係は、第一皇子が考えているような関係ではない。
そこははっきりさせておきたいけど、この皇子には何を言ったところで無駄な気がした。
「確かに、顔だけは見られるものだが、身体は楽しめそうもないな」
――ちょっと、どこ見て言ってます?完全な性的犯罪ですけど!それにわたしは今成長期ですから!!
予定ではこれからもっと大きくなるのだ。
色々と!
「もしかして、意外と小柄な方が楽しめたりするのか?……どう思う、ブルドガス?」
「私には少し理解しかねますが、もしかしたらそう言う事もあるのではないでしょうか?なにせ、あのバルシュミーデが可愛がっているんですから」
「ほお?興味あるのか?」
「バルシュミーデが可愛がっているのなら、興味はありますね。今までとは少し趣が違うみたいですので」
この不愉快な会話をいつまで聞いてないといけないのか。
一応わたしはそちらのいう所の保護対象人物なのに、丁重とは全く異なる対応で、着いてからこっち、ずっと立たされたままだ。
これは一種の虐待に入るのではとまで考えた。
「どちらにしても、この子供が鍵を握っているなら、逃げ出されないように扱う必要があるな」
「その通りです。それと、その生意気な態度をもう少し躾ける必要もあるかと」
生意気な態度とはどれの事か。
ここに着いて以来、一切の発言を禁じられ、問われた時だけ応えるように言われ、動くこともせずずっと立ったままで――。
――ああ、顔に出てるって事かな
むしろ、こんな扱いでそれでも黙っていられるほど大人じゃない。
なんか、ものすごく巻き込まれた感があるけど、閣下に攻撃できないからってわたしに八つ当たりは止めてほしい。
証言欲しいなら、もっと世間一般的な優しさを見せてほしいものだ。
――ああなんか、すごく後悔してきた…
とりあえず、命のやり取りの危機だったからしょうがなく話に乗ってきたけど、これだったら…
――庇うんじゃなかったな…
閣下の方も心配したけど、結局閣下ならなんとかしそうだ。
次期トップ派閥の最高権力者の弟と仲良くしているんだから、そっちから何か手助けがありそうだし。
「まあ、いい。法廷では、こちらの言う通りの証言する様にしろ」
「ウィリアム殿下、躾けは私におまかせください」
ブルドガスと呼ばれている軍人がにやにやと脂下がった顔でわたしを見て言った。
「好きにしろ、ただし漏れるなよ」
第一皇子殿下は興味がないのか、それだけ言い残すとさっさと秘書の人と退室していった。
全く、ここの倫理感はどうなっているのやら。
――これ、世間にバレたらまずいのはそっちのハズなんだけどな…。
第一皇子殿下が退室すると、先ほどまでの従順な態度が一変して尊大な態度になる。
先ほどまで主人が座っていたソファにドカリと腰を下ろし、正面からにやにやとわたしを不愉快な目で見ている。
「バルシュミーデにはどんな風に可愛がられているんだ?ん?」
下劣極まりない質問に、わたしの顔が歪む。
それが気に食わないのか、腰から体罰用だと思われる短鞭を取り出す。そんなものを持ち歩いているだけで、性格歪んでる人間なのは分かる。
「さあ、どうなんだ?」
鞭でわたしの顎を持ち上げ、下卑た目で見ながら、わたしの前に立つ彼は、軍人らしくかなり体格がいい。
普通ならわたしが力で敵う訳がない。
そうあくまでも普通ならと注釈が付く。
一応、警告はしておいたほうが良さそうだ。
「あの、わたしに何かしたらただじゃすまないと思いますよ」
「それはバルシュミーデが報復してくる、と言う意味か?ふん、そうなれば徹底的にバルシュミーデを叩き潰せて楽しいだろうなぁ」
そういう訳じゃないけど、もういいか。一応警告はしたし。
精一杯の強がりだとでも向こうは勘違いしたのか、ますます愉快そうに笑う。絶対、いたぶるのが大好きな変態だと確信する。
向こうはこちらの警告を一切無視して、無遠慮にわたしに腕を伸ばし、服に手をかける。
わたしはその瞬間、思いっきり足を振り上げた。
*** ***
これが、未成年の保護対象に対する扱いなのかと疑問に思う。
確かに、ちょっとばかり暴れたけど、正当防衛だとはっきり言える。問答無用で、こんなところに押し込まれる意味が分からない。
「やりすぎたかなぁ」
ちょっと後悔。
だけど、兄直伝の撃退法であしらっただけだ。まさか、国軍の正式軍人があそこまで弱いとは思わなかった。そこはちょっとした計算違いだった。
「というか、もしかしてこのまま殺すつもりかな…」
それはないと信じたい。
信じたいけど、この独房地下にあって窓一つない。空気が淀んで、熱がこもっている。
――長時間の放置は確実に死ぬでしょ。
主に脱水症状と熱中症で。
――閣下のおかげで命拾いしたなぁ、これは。
着の身着のままで連れてこられたので、向こうもそこまで警戒する必要性がないと判断したのか特別身体検査はしなかった。おかげで閣下が試作品でくれた魔道具は取り上げられる事は無かった。
一体いつここから出られるのか分からないけど、確実にしばらくは放置される事だろう。
――いっその事抜け出そうかな…
出来なくはなさそうだ。ただ問題が飛躍的に増えるだけで。
閣下の事を誘拐罪とか監禁罪とか言っているけど、自分たちがやっている事の方が十分問題だと分かっているのか知りたい。
「しばらく様子でも見るかな…」
はあとため息が出た。
本来なら今頃、おいしいお茶とおやつ食べて――。
――考えるのやめよ…
空しくなるだけだ。
さて、助けが来るのか気になるところだけど、一番可能性のあった閣下はご立腹だったので来てくれないだろうなと少し憂鬱になった。
後、可能性があるとしたら、同郷の知り合いだけど、あっちはあっちでわたしが今こんな事になっている事に気付いているか分からない。
できれば、真っ当な思考を持つ人が助けに来てくれないかなとか考えながら、壁を背にして座り込む。
普通の女の子だったら、こんな環境一瞬たりとも我慢できないかも知れないけど、色んな国を連れ回された子供の頃の事を思えば、ましだった。
もっとひどい環境もあったから。だからと言って、慣れているわけではないこの環境を耐え続けるのは苦痛だ。
「そもそも、国の軍人がこんなことしでかして、わたしが黙っていると思ったら大間違いなんだから…、ここから出たら伝手を頼ってこの現状をばらまいてやる。国軍の信用度とか皇室の威光と関係ないんだから…」
ぶつぶつと独り言が口から零れる。
楽しくもない今に、愚痴のような危ない発言が次々に出てくる。
「まずは、あの男を破滅させる。ママに頼んで徹底的に調べ上げる。絶対他に罪状がある。絶対ある。なくてもでっちあげてやる」
バレなければ問題ない。
「バレなければ問題ないけど、ちょっと過激な発言は止めておこうか?分かるけど」
わたしの気持ちを代弁するかのように声が重なった。
突然、誰もいないはずの地下独房に声が響いて顔を上げる。
「うんうん、これは酷いね。流石にこれで何時間も放置されたら干からびてミイラが発見されることになりかねないね」
そんな事を言いながら独房の扉を開けて入って来たのは、笑顔がまさに皇子様な人だった。
さらに後ろにはかなり見知った人物のおまけつき。後ろの良く見知った知り合いは、初めから怖い顔していたけど、とりあえずわたしが無事なのでほっとしてるようだ。
「まさに地獄の暑さだね…、早急に対応できて良かったよ」
笑顔全開だった顔が、さすがにこの現場の酷さで歪む。
まあ、普通なら死んでもおかしくない環境下に人がいたらそうなってもおかしくない。
「兄上に言って権限貰っといてよかったと言うべきか、遅かったと言うべきか…クリフォードに知られたら、殺されそうだなぁ」
などと言っているけど、大して困ってもいなさそうだ。
むしろ閣下が乗り込んできたら嬉々として煽ってきそうな愉快犯の気配がする。
「むしろ、第一皇子の配下が攻め入って来る前に何とかしてほしかったんですけど」
ジト目で睨むように相手を見ると、わたしを助け出しに来た救世主の様な愉快犯である第三皇子殿下は、困ったように笑った。
「うーん、できればそうしたかったんだけど、クリフォードが何も言ってくれなかったからさぁ」
さらりと閣下に責任転嫁。
――ああ、閣下が苦労したのも分かる気がする…
この第三皇子殿下の性格と閣下の性格からすると、大いに振り回して、大いに振り回されていそうだ。
「いやあ、まさか第一皇子がここまでの事をしでかすなんて思ってなくて、ちょっと対応が後手に回っちゃったんだよね。クリフォードからの連絡が怖くて怖くて」
「はあ…」
「兄上、――皇太子殿下に許可貰って第一皇子宮を張ってたら、第一皇子の側近軍人が皇宮本殿に運ばれていったから、何かあったと思って乗り込んだんだ。こっちも不用意に立ち入れないから、結構大変だったよ」
君が派手に色々やってくれたから助かったよなんて言いながらも、もっとやってもよっかたよって言ってる気がした。
相も変わらず、不信感ばっちりな目で見ていたら、第二皇子殿下が肩を竦めた。
「君の怒りも正当だけど、とりあえず行こうか?」
そう言って差し出された手は、どこまでも信用できない胡散臭い微笑み付きだった。
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