18.殺気立つ邸宅での話2
「俺が彼女を――クロエを害すると?そう言っているんだな?」
ああ、そうかと納得。
でも閣下に本気で命を狙われたら、どこにいても無駄だと思うのは私だけなんだろうか…。
ただ、閣下にとっては、なんの犯罪も犯していないわたしの命を狙うと言われたのはかなりの侮辱のようで――。
「ちょ!やめて下さい!!」
剣を抜きかけた閣下の手を思い切り抑える。
本気で止めてほしい。閣下がこんな建物内で戦ったら、貴重な歴史的建造物が崩壊しかねない。
自分の家だからと言っても、価値のあるものを壊す理由にはならない筈だ。
「わたしが向こうに行けばいいなら、そうしますから。こんなところで戦わないでください!」
それで向こうも納得するなら、それが一番平和的だ。
多くの人間が見ている中でわたしを保護という名目で連れて行くなら、粗雑な扱いは受けまいという考えもある。
閣下の背から飛び出してきたわたしを一番前で閣下に短銃を突き付けている軍人が見てきた。
微かに見張った目が、なんとも嫌な感じだ。
「ほぉ?……これはなかなか……」
にやにやと見回すその視線に気づいた閣下が、再びわたしを背に追いやろうとする。
「なんだ…バルシュミーデ、貴様もそう言う趣味が…―――っ!」
完全に殺気だった閣下に、向こうが気圧された。
一歩二歩と無意識に下がっている。
――閣下を煽るのはやめてほしい。本気で。閣下が暴れだしたら誰も止められないんだから…
ぐっと抑えたままの閣下の手、閣下も何とか最後の砦を保っているようなそんな状態だ。
どうしろというのだ、この状況。
とりあえず、まだ理性的な閣下に提案してみる。
「良く分からないのですが、わたしが向こうに保護してもらえば話は丸く収まるんですよね?」
少なくともこの場は。
「そういう問題じゃない。それに今、そういう状況じゃなくなった」
たぶん、相手の軍人の目つきが閣下に気に障った。
わたしを見ている目つきは、明らかにある目的を持って見ていた。それは私も気付いている。
「わたしが簡単に襲えると思いますか?」
こそっと閣下に言えば、そうじゃないと軽く首を振る。
「何をこそこそと――!」
怒鳴りかける軍人に閣下が一睨みすると、声が詰まり言葉が途切れた。
圧倒的覇者と言う言葉がこれほど似合う人もいない。
「そもそも、ちゃんと説明してください。いきなり、押しかけてきて渡せだのなんだのと。わたしは物じゃないし、意志ある人です」
わたしがキッと目を吊り上げて反抗的態度で相手に向かってそう言えば、向こうも少し考え直したようだ。
ふんと高圧的態度はそのままだけど、短銃は下す。
「お前が先日、ウィリアム殿下の迷宮産魔道具を鑑定したクローディエ・リデオンだな?」
「はぁ?えぇと…」
最近鑑定した迷宮産魔道具と言えば、あれだけだけど、他に間接にしたっけなと考える。
すると、閣下が横から厳しい口調で訂正する。
「ブルドガス、間違えるな。あれは皇帝陛下の物だ。第一皇子殿下の物ではない」
「似たような物だろう?その品は第一皇子殿下であるウィリアム殿下に下賜される予定の物なのだから」
「全く違うな。そもそも現在の持ち主は、皇室は全く関係のない人間だ。それをさも第一皇子の持ち物のように言うとなると、権力で取り返すと言っているようなものだ。世論がなんて言うか楽しみだ」
あれとかその品とかで話が通じている二人と違って、わたしはいまいち分かっていなかった。
それに気付いた閣下が、少し落ち着きを取り戻し説明してくれる。
「先日、ヴァルファーレの店で鑑定を行ったな?」
「先日?ああ、もしかしてあれですか?木箱のような…」
「それだ」
それなら当然覚えている。
でもそれが、どう皇室と繋がってくるのだか。
「あれは、盗品だ」
さらりと言う閣下にわたしはぎょっとした。
まさかの盗難品。しかも話の流れから言えば、皇室…つまり皇宮宝物殿からの。
――え、それやばい代物じゃないの?
そんなものを知らずに鑑定したわたし。
でも、鑑定だけなら犯罪じゃない。しかもわたしは知らなかったわけだし。
「正確に言えば、盗難かどうかもよく分かっていない。ただ、クロエが鑑定した物が、皇宮宝物殿に収められていたものであるという事だけは分かっている」
「それを皇室は取り戻したいんだが、なにせすでに民間人に知らずに手に渡ってしまったものでな…、当然皇室は正当な値段で取り戻したいわけだ」
ニヤつく軍人と冷たい表情の閣下。
なんか嫌な予感だ。
「しかし、迷宮産ともなると鑑定自体が難しい。そんな時、その今の持ち主が鑑定士に鑑定してもらったというではないか…しかも値段は驚く値段――もしかしたら、権力者が鑑定した証人を殺して正当性をうやむやにするかもしれない…そうウィリアム殿下はお考えなのだよ」
それこそ、なんで皇族が心配するのか良く分からない。
話を聞くと、その権力者というのが皇族の様な気がする。だったら、わたしが一番初めに警戒しなくちゃいけない相手は皇族で…。なのに、皇族が保護しようとしているとはかなり矛盾な考えだ。
しかも相手側、つまり第一皇子殿下側は、閣下の事をその権力者と当てこすっている。
――なんだか良く分からないな…
矛盾した考えと矛盾した行動。これで分かれという方が無理だ。
閣下は閣下で何を考えているのか分からない。ただ、わたしを向こうに渡したくないという考えなのは分かる。
分かるけど…。
「むしろ、そっちに渡す方が危険性が増しそうだが?」
「それは誤解というものだ、バルシュミーデ」
「それに、ここ以上に快適な場所もないしな。クロエは暑い所が苦手だ」
はっ、と閣下が皮肉気に嘲笑した。
あー、つまりだ。皇宮は暑いと…。
一番偉い人がお住まいの場所だから、快適な空間かと思っていたけど、違うようだ。
――行きたくないなぁ…
それ言われるとちょっと行きたくなくなる。
むしろ…
――なんか、快適過ぎ忘れてるけど、家に帰ったら死にそうな暑さに苦しむんだろうなぁ…
なんて、どうでもいい事を思い出した。
「生憎といつまでも旧式だと思ってほしくないな。皇子宮も整備が進んでいる事を知らないのか?」
「それはすまなかった。私は第一皇子殿下と親しくないので、そちらの懐事情を把握していなかったようだ。今になってようやくとは……信用のあるところだと安心なんだが…」
――暗に、自分のところ以上はないって事ですね…でも相手を煽らないでほしいです、閣下も。
武力で語り合うより論戦の方がましだけど、話が逸れてきている。
「とにかく、丁重に扱うというならここ以上の場所はない」
「お前の意思だけで決定していいと思っているのか?クローディエ・リデオンの意見は聞かないつもりか?」
さっぱり事情がみえないわたしに話を振られても…と思っても、このままではらちが明かない。
なので、ちょっと聞いてみる。
「あの、いつまで保護される予定なんですか?ちょっと仕事があるので長期間は無理なんですけど…」
「ふん、国民なら皇族の命令には従うものだ。良いと言うまでに決まっている」
「……わたし、この国の国民じゃないんで、意味もない外出禁止命令は人権条約に違反しますよ」
「なに?」
どうやら知らなかった様子だ。
わたしの事を調べてきたのかと思ったら、多少調べた程度みたいだ。
「自由を保証してくれるなら、そちらで保護されてもいいです」
「クロエ!」
閣下がわたしの事を鋭く呼び制止しようとした。
「閣下、落ち着いて下さい。大丈夫ですから。話の感じからすれば法廷で証言すれば終わりのはずですよね?たぶん数日の事ですよ」
いつ裁判が行われるのか知らないけど、そんなにかからない筈だ。なにせ、皇室が関わっているのだから。
それに自由を保証されていれば、店の方にも行けるし問題はない。
一生監禁されるわけでもあるまいし、そうだとしても逃げる手立てはいくつかあるし。それに、閣下自身もわたしの強さに関しては認めてくれている。
軍内部でも勝てる人間は多くないと言っているのだから、信用してほしい。
そういう意味も込めて大丈夫と言ったのに、閣下は全く納得していなかった。
「君は、何を言っているの分かっているのか!?」
正直、閣下の怒りも理解できる。
なにせ相手は閣下にとっては政敵で、わたしは向こうの切り札的存在みたいだし。おそらく、閣下側にたいして不利な発言を望んでいる事だろう。
でもそれは違う。
敵とか味方とか、そんな事関係なく自分の頼まれた仕事をするだけだ。
特に鑑定に関しては間違った発言ならともかく、嘘を言えば犯罪になる。
でも、それを閣下が望んでいないというならば、閣下の側にいる訳にはいかない。
「わたしはわたしの仕事をするだけですし、閣下もそうすればいいと思います。こんなところで武力で争うより、法廷で争った方がよっぽど平和的ですよ」
「そういう問題じゃない!」
じゃあ、どういう問題なのか。
とりあえず、命の保証はされているだろうし、閣下が何に対してここまで怒りに満ちているのか、良く分からなくなってきた。
敵対派閥にわたしが粗雑な扱いをされるのではと心配している風でもなければ、法廷で不利な発言をされても困る…という感じでもない。
ただ、わたしに分かるのは、この場を収めるにはわたしが向こうに行かなければならないという事だ。
向こうはわたしの存在を諦めるつもりがなさそうだし、ここで拒否して本格的な争いになったら、被害が拡大するしどっちも引けなくなる。考えたくないけど、バルシュミーデと内戦なんてことになりかねない。
自分がそんな引き金を引くことになるくらいだったら、一時的にでも向こうに従順な態度の方がましに思えた。
「なんか、良く分かりませんがとりあえず行きますよ。えーと、荷物は…」
「ああ、君。こちらで保護するのだから身の回りの物はこちらで準備する。すぐにきたまえ」
勝ち誇ったような言い方に、少しイラっとしてしまった。
――そもそも、そっちの命の心配をしてやったんだから、感謝ぐらいしてほしいんだけど!
と思ったところで、そんな感謝はこないだろうけど。口に出したら、睨まれるだろうし。
「あ、じゃあちょっと行ってきます」
わたしはすぐに戻って来るつもりで、気軽に挨拶をしたけど、閣下はそうではなかった。
グッとわたしの手を掴み、問いかける。
「本気で行くつもりか?」
「本気で行くつもりですよ」
このままじゃ、閣下も本気で人を殺しかねないですし。
閣下はわたしの本気を悟ったのか、掴んだ手を離し、背を向けた。
そして―。
「勝手にしろ」
というお言葉と共に、歩き出した。
十万文字達成の喜び。
ここまで書けたかと感動の一瞬。
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