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17.殺気立つ邸宅での話





 閣下の皇都邸宅“ロードリア”に泊るようになって十日が経った。

 毎朝、閣下に魔力を通して魔力というものを感じてもらい、自分の魔力を感じとれるように指導する。

 思っていた通り、閣下はかなりの魔力を保有している様だった。

 触れていると、その身の内にくすぶる冷たい魔力を感じる。

 わたしが触れて魔力を流している間、その間だけ閣下は魔力の流れを感じる事が出来ているみたいだけど、放すとその感覚がつかみづらくなると言っていた。

 ただ、こればかりは感覚的なものなので、気長に頑張ってほしい所だ。

 それが終わると、朝食をとる。

 一応客扱いなので、色々やってもらえて楽だけど、癖になりそうだ。

 おいしい朝食、出かけるときにはお弁当、部屋でゴロゴロしていると、お茶が準備され、お茶菓子もおいしい。

 夜もかなり凝った料理の数々で、絶対太ったと自覚する。


「はぁ…」


 思わずため息か零れ、共に朝食を取っていた閣下がちらりとこちらを見た。


「なんだ?」

「いえ、別に…。快適過ぎて、太ったなと」

「そうか?そうは見えないが…」


 閣下がわたしをまじまじと見てきた。

 その視線を遮るように手を突き出す。


「いえ、確実に。しばらく真面目に身体も動かしてないし…、ちょっと身体動かさないと」

 

いつもの夏だと食欲減退で痩せ気味傾向になるんだけど、今年は快適過ぎて太り気味だと自覚していた。

 閣下の好意に甘えて、二日に一度店長の店に行くついでにバルシュミーデの訓練室で私設警備隊の面々と共に身体を動かしているけど、どうやら足りないようだ。


「好きにしろ。ただし、遅くなるなら連絡は入れるように」


 父親か、とは言わない。

 お世話になっているのだから、それくらいは当然だろう。


「そういえば、ヴァルファーレから連絡の一つぐらい来たのか?」

「全くです。筆不精なのは覚悟してましたけど」


 すでに店長がいない事が日常になり始めた。

 閣下からは、連絡が来たらすぐに知らせるようにとは言われていたけど、全く音沙汰なしなのでどうすることも出来ない。

 相変わらず、隙が無い恰好をしている閣下を見て、ふと初対面の時を思い出した。

 閣下は店長に用事があって来たと言っていたけど、それがどんな用事かは聞いていない。

 店長とはいわゆる学友だし、仕事上の話ではないかもしれないけどちょっと気になった。


「そういえば、閣下は店長にどういう用事だったんですか?」

「なんだ、今更」

「今更思い出したんです」


 別に絶対聞き出したいって事ではない。

 ただふと思いだしたので聞いて見ただけだ。


「ヴァルファーレに頼みごとがあったんだ。まあ、そっちは解決したけどな」


 すでに解決済みらしい。

 店長に頼みごとをするという事は、おそらく迷宮産魔道具関連だと気づいた。


「別途、余計な問題も浮上したが」


 それ以上言う気はないようで、閣下は口を閉ざした。

 なんだか機嫌が悪そうなので、不愉快な事でも思い出したのかも知れない。


「ところで、今日はどこ行くんですか?いつもより装飾過多な服ですけど」


 流石に夜の社交ほどではないけど、かなりあらたまった服装である事は見て分かる。


「皇宮だ。呼び出されたので、行ってくるが……もしかしたら今日は帰れないかもしないな…」


 ふうと息を一つ吐く閣下は、なにやら気が乗らない様子だ。

 閣下が皇宮に行くと言えば、会いに行くのは仲が良い第三皇子殿下だと思う。気軽にって訳にはいかないかも知れないけど、それなりに親しい相手に会いに行くって感じには見えない。


「面倒ごとに巻き込まれたが、仕方がない」


――面倒ごととは?


 そう聞きたかったけど、そのまま席を立ってしまった。

 ポンと頭を撫でて、閣下は食堂を出て行く。

 最近あいさつのようにいつもされているけど、どうも妹のように思われているらしい。

 別に嫌じゃないので、そのまま何も言わないけど、イリアさんたちには微笑ましい光景の様に見られていた。


「今日は円盤庭園で課題します」


 閣下に連れられて円盤庭園に行ってから、そこがお気に入りの場所になった。

 涼しいし、部屋とは違う解放感もあって伸び伸びできる。

 なんとなく世間と隔たれた場所の様に感じて、非日常を味わえる。まあ、今のこの現状がわたしにとっては非日常なんだけど。

 

「後でお茶をお持ちしますね」

「ありがとうございます」


わざわざ持ってきてもらうのは申し訳ないので、自分で持っていくと遠回しに言ったことがあったけど、断られてしまった。なら、円盤庭園に行かなければいいだけの話なんだけど、イリアさんいわく気分転換になるからお茶を運ぶ係がいつも争奪戦なんだそうだ。

 本当かどうか分からないけど、サラもリーナさんも同じような事を言っていたので、そんなものかと納得して、今は好意に甘えていた。

 部屋に戻って、課題を取り出す。

 一番得意な科目は後回しで、苦手もしくは面倒くさい課題から手を付ける。ほとんど終わっているので、あと少しだ。

 基本的に学院への提出物は先にやるタイプ。早めに終わらせて遊びたい派だ。

 友人の中にはギリギリまでやらないのもいるけど、きっとこの長期休暇も今頃楽しく満喫している事だろう。後で泣きの連絡が入りそうだけど。

 部屋を出るときに、閣下がくれた新型の魔道具を首に着ける。

 室内にいるときはつけないようにしていた。もしくは、作動させないか。

 邸宅(ロードリア)は基本的にいつも快適な温度に保たれている。そのせいで、この首の魔道具を作動させていると身体が冷えすぎるのだ。

 閣下はそれほど気にならないようだけど、わたしは出力を一番小さくしても次第に寒くなって、身体が冷たくなってしまった。

 それから外に出るとき以外はつけないようにしている。

 閣下も意外だったのか、もっと改良をとか出力調整がとかぶつぶつ言っていたけど、たぶん女性は身体の冷えには男性より敏感なだけだと思う。

 つけなければ問題ないので、このままでいいような気もした。

 ちなみに、今日は休息日って事で、ドレスはお休みだ。毎日毎日着ていると疲れるので、休息日は気楽な恰好でとイリアさんが言ってくれた。

 休息日は七日に一度やってくる、お休みの日だ。

 もちろん国民全員が休める訳ではないけど、この日を休みにする仕事場は多い。

 邸宅(ロードリア)でも、この日だけは使用人の数が少なくなるらしい。とは言っても、もともと働いている人数が多いので、少なくなっているかどうかわたしには見た目では分からないけど。

わたしは鞄にいくつか課題を入れて持ち上げる。

 そして部屋を出ようとした瞬間、ノックと共にイリアさんが入って来た。

 後ろには、さっき出て行ったはずの閣下付き。


「どうしたんですか?」


 どこか緊張感のある閣下の顔に、驚く。

 イリアさんも少し慌てた様子だ。


「少し問題が起きた。話を聞きたいので、一緒に来てくれ」


 有無を言わさず、わたしの手を取って歩き出した。


「えっ?」


 何が何だか分からないまま、閣下がわたしを連れて廊下にでる。

 

「旦那様!」


 正面から慌てた様子のウィズリーさんが駆け寄ってくる。

 一体何事かと見上げると、閣下が険しい顔でウィズリーさんに指示を出していた。


「とにかく時間を稼げ。まさか力技でここまで入り込んでは来ないはず。警備隊は?」

「向こうは国軍です。武器を抜けば、向こうに正当性を与えてしまいます。時間の問題です」

「とにかく、クロエをここで渡すわけには――」


 えっ?と思う隙も無く、閣下が思い切りわたしの腕を引き、自分の背に隠すように立つ。

 短い舌打ちが聞こえてきて、訳が分からずそのまま閣下の背に隠れた。閣下の手が、上着に隠れた得物に触れている時点でかなりの緊張感が高まるのを感じる。

 正面から複数の足音が無遠慮に近づいてきた。この邸宅(ロードリア)でそんな歩き方をしている人はいない。

 閣下の静かな怒りが背中越しに伝わってきた。


「これは、バルシュミーデ卿。忙しい君が在宅だったとは思わなかったな」


 相手を馬鹿にしたようなしゃべり方に、こんな風に閣下に言える相手は誰だろうと疑問に思った。


「今日は休息日だ、いてもおかしくはないだろう。そもそも、一体何の用だブルドガス。私はお前たちを招いた記憶がないが?」

「バルシュミーデ、貴様に未成年誘拐及び監禁の容疑がかかっているのは知っているか?」


――閣下が未成年誘拐及び監禁?何それ?


「初耳だな。捜査状は持っているのか?」

「いや、しかし第一皇子殿下からのご命令だ。これを無視する事は、皇室の命令を無視する事になるのは分かっているな?」


 なに、そのおかしい思考。

 もし仮に閣下が犯罪者だったとしても、証拠と逮捕状が必ず必要だ。いきなり、犯罪者の容疑がかかっていると言ってくるなんて言いがかりも大概だ。


「皇室とて法は順守すべきだ。お前の買い主にそう言っておけ。不愉快な顔をこれ以上晒すなよ」


 自分のテリトリーに土足で入り込まれた閣下は不機嫌そのもの。

 微かに閣下の身体から魔力が立ち上り、相手に対して威嚇状態になっていた。


それ(・・)を抜けば、国家反逆罪で合法的にとらえられるなぁ」


 相手が、閣下が手で触れている得物について言及してくる。


「だったら、こっちは不法侵入罪で現行犯逮捕してやってもいいんだが?」


 一触即発の状態で、焦れたのは相手の方だった。

 短銃を閣下に向けて、睨んだ。

 それに合わせて、後ろの軍人も各々武器に手をかけた。


「さっさとクローディエ・リデオンをこちらに渡せ!第一皇子殿下がお望みだ、拒否する権利は貴様にはない」

「残念だが、彼女はこちらの保護対象人物だ。渡すわけにはいかない」


――はいっ!?一体なんでわたしの名前が出てくるの?それに第一皇子殿下とか、わたし面識ないですけど?


 もしかして未成年誘拐及び監禁とはわたしの事だろうかと察した。

 でも、誰が見ても聞いても、わたしが誘拐も監禁もされていないのは明らかだ。

 とにかく閣下に対して、少しでも世間へのダメージを与える事だけが目的なような言いがかり。

 きちんと調べなくたって分かる事情。それなのに押し通してくるとは、なかなか強気だ。

 そして、わたしは一切の事情を知らないまま、争いごとの中心人物的立ち位置にいる。だけどそれを今問うことも出来ない。というか声をかけられない。


「往生際が悪いぞ、バルシュミーデ。後ろにいるそいつを渡せ」

「彼女は未成年だ。そっちの事情で振り回して言い相手じゃない」

「そう、未成年だ。だからこそ、お前にいいように言い含められてしまうのを防がなければなぁ。法廷でそっちの都合の悪い事を言わないように、な。」


 法廷、都合の悪い事を言う…良く分からないけど、どうもわたしの話で色々話が変わってしまうおそれがあるという事。


「それに、未成年とは言ってもしっかりとした資格持ちだ。彼女の事は、宝物殿の人間も認めていたぞ?」

「もしそうだとしても、保護者のもとに戻すのが一般的だ」

「その保護者がこの国にいないのに?」


 わたしのことはある程度調査済みのようだ。

 確かに血縁(・・)のある保護者と認められる(・・・・・)べき存在はいない。


「それに、命の危機があると分かっていて無視するのは軍人としてはできないんだよなぁ」


 意味ありげに閣下に言った。


――え…命が危険なほどの案件なの?だったらむしろ閣下の側にいた方がよっぽど安全なんですけど


 そう思ったのはわたしだけのようで閣下は違った。


「それは、俺に対する侮辱か?」


 一人称が変わり、空気が一気に重たくなる。

 そして、その手が今にも相手を切り殺そうと震えているのが見えた。




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