2.店での話2
わたしの現在暮らしている国の名前は、リブラリカ皇国と言い、皇帝がトップに君臨している君主制だ。
当然、その家族たる皇族というのは顔も名前も国民なら誰もが知っている。
特に現皇族一家は皇帝皇妃の息子娘が年頃であるせいか、かなりの認知度と人気だ。
しかし、その皇族並みに有名である人物もそこそこいる。
特に若くて、イケメンで、社会的地位も金も持ってる、独身男なんてものは、皇族以上に話に上らない日はない。と言うくらい日々日常的に周囲の視線にさらされている。
なぜなら、身分の垣根が低い国ではあるものの、皇族は流石に非現実的だけど、それ以外の貴族や上級階級の国民は現実的に手の届く位置にいるからだ。
そして、その中でも格別な目の前の御仁。
偽物にはない、オーラというか、威圧というか、何とも言えない何かをその身体の内から放っている。
つまり、何が言いたいのかというと――
本物の迫力は特別だという事だ。
この国に住んでいれば恐らく誰もが知っている。
皇族並みに有名な人物。
その名もクリフォード・ゼノン・バルシュミーデ。
北部の雄、バルシュミーデ領の総領息子にして量産型魔道具を開発販売している企業バルシュミーデのトップにして経営者。
わたしでも知っている有名人。
きゃあきゃあ騒ぐ女子に共感したいけど、それもできない。
見た目だけなら一級品、なのにそこから発せられる周囲を威嚇するようなその雰囲気のせいで、恐ろしいと感じてしまう。
なんとも言い難い圧を感じる。
「ヴァルファーレはいないのか?」
しっとりとした美声。イケメンは声までイケ声なのか。
この声で耳元で愛でもささやかれたら、どんな美女でも簡単に落とせそうだ。
驚きすぎて、固まるわたしに更に言葉を重ねる。
「…聞いているのか?ヴァルファーレはいないのか?」
「え、ああ、すみません!」
そのご尊顔が眩しすぎて現実逃避してました——とは言えず、素直に謝る。
眉を顰めた顔も、芸術品のようだ。イケメンはどんな顔をしていても映えるのだと初めて知った。
店長と知り合いのようだけど、どういう関係かちょっと気になった。
「店長は不在です。しばらく帰ってこない筈ですよ」
「いない?ヴァルファーレが?あの出不精めんどくさがりの、ヴァルファーレが?」
動揺をおさえてなんとか答える。
口元が引きつっていそうだけどそこはご愛嬌という事で許してほしい。
ちなみに、ヴァルファーレとは店長の名前だ。
普段あまり来ない客人たちはみな店長の事をわたしと同様に”店長”とか”店長さん”とか呼んでいるので、名前呼びというのは新鮮だった。
更に店長のことを出不精だの面倒くさがりだのと、そうこき下ろすという事は、店長とかなり親しい間柄。
おや?一体どういう関係だ、と不思議に思う。
「それで、君は?なぜヴァルファーレの店に?」
「えーと…、一応バイト店員って事になってます」
一応ではなく正式にバイトなんだけど、なぜか尋問されている気分になり、曖昧な答えになった。
別に後ろめたい事なんてないのに、この鋭い目つきの前では真実を言うのも怖くなるというものだ。
実はこの御仁、現役の軍人でもある。そのせいか追及への口調が少し厳しめだ。
大領地の次期領主で企業経営者で軍人で…なんか並べてみるととても多彩な経歴で、女子の関心は高まるばかり。
公式で呼ばれている名はバルシュミーデ卿、しかし下々の中で呼ばれている通称は”閣下”。
なんでも一部のちょっとアレなお姉様方が陰でこっそり呼んでいたけど、それがほぼ定着してしまった。
まあ、実際軍人での階級もそこそこ高いので”閣下”呼びはあながち間違いではないけど。
「一応?いや…、あのヴァルファーレが店を任せるほど……」
疑わし気にわたしを上から下まで見る。
いくらイケメンでも、ちょっと失礼だ。
「あの、ところでどういったご用件でしょうか?」
少し不機嫌さを出して、用件を聞く。
店長に用事があるという事は分かった。ただし、今は不在だけど。
わたしの無言の抗議を察したのか、閣下が視線を少し逸らした。
「ああ、ヴァルファーレがいないなら別にいいんだ。いつ頃戻るか聞いているか?」
「さあ、特には聞いていませんけど…わたしの長期休暇が終わるまでには戻ってくるんじゃないですか?」
それを聞いた目の前のイケメン男は、驚いたようにこちらを見た。そして次の瞬間にまるで頭が痛い事を聞いたかのように重いため息を吐いた。
「…君、年は?」
それこそはあ?って感じだ。
わたしの年齢がどうしたのだろうか。
「十六ですけど…?」
「十六?もしかして高等学院生か?」
「そうです。高等学院一年ですけど、それが何か?」
一体この会話はどこに向かっていくのか。
こめかみをトントンと叩きながら、カウンターの椅子に座り、わたしにも座るように促す。
なんだろう、なぜかまるで親に説教でもされる前の様な雰囲気を感じる。
「君は、ここがどういう店か知っているのか?」
「もちろんですよ、店長からは雇われる前にちゃんと説明をされました」
何を当然の事を聞いてくるのだろうかと訝し気に相手を見ると、長い脚を組んでじろりとわたしを睨んだ。
イケメンが睨むと超怖い。
「そもそも、未成年に店を任せきりにしているヴァルファーレに問題があるわけだが、君もなぜ誰にも相談しなかった?」
頭の中を疑問符が飛ぶ。
いきなりなぜ店の経営状態の話になった?
確かに、店長は非常識だとは思うけど、そこでなんでわたしも一緒になって怒られているんだろう。
まあ、わたしに対して怒っているというよりは、店長に怒っている感じではあるけど。
「ええと、そもそも閣下は店長とどういう…?」
「閣下?」
眉を顰めながら、わたしがこぼした敬称を復唱する閣下に、しまったと心の中で慌てた。
閣下は下々の間でそれが通称となっている事を恐らく知らない。なぜそうなったのかも。
わたしは慌てて、なんとか誤魔化す。
「えと…、もしかして軍人の仕事としてこの店に来たのかと思って…それで閣下と――」
必死に言い訳を口に出したけど、よく考えてみれば、あながち間違いじゃない気がしてきた。
なんとなく真面目一辺倒な閣下と不真面目が凝縮したような店長では、何か店長がやらかして閣下が店に訪れた——という構図が思い浮かぶ。
「まあいい――、それに流石に不躾すぎたな」
――うん、とっても。
事情は知らないけど、店の事に口出しする権利は閣下にはない筈だ。
「自己紹介もしていなかったが、必要か?」
今更それを言うのか。
知っているから、いらないけど。
でも面白そうだから敢えて自己紹介でもしてもらおう。こんな機会そうそうないと筈だ。
クリフォード・ゼノン・バルシュミーデの自己紹介なんてレア中のレア、激レアレベル。どんな事を言ってくれるのかちょっと楽しみだ。
「出来ればお願いします。人違いだったらすごく失礼な事言ってる自覚があるので」
意外そうに片眉を上げて、閣下はカウンター越しに座るわたしの方に向き直った。
その表情はよく分かる。
きっといつもなら自己紹介なんてしなくても相手にはしっかりと伝わっているのだろう。
「名はクリフォード・ゼノン・バルシュミーデ、一応企業経営者で君の言った通り軍人もしている。この店の店主にあたるヴァルファーレとは顔馴染みだ。ちなみに誤解を招かないように言っておくが友人ではない」
――あ、そこはきっちり否定するんですね。変人と同類と思われたくないと、そう言う事ですか?
「今日はヴァルファーレに用事があったんだが…、まさか不在とは思わなかった」
「まあ、わたしも数日前の出発当日の朝に店長に鍵を押し付けられましたので、知らないのも当然かと…」
「あの非常識が!」
いきなりの怒声に身体がビクッと反応する。
なんだか今すぐにでも店長を見つけたら締め上げそうな雰囲気だ。
友人ではない、とは言っていたけど、実際はなんだかいいコンビにも見える。
「閣下、待ってもどうせ帰ってきませんし、後日にしたらいかがですか?」
「このまま帰れるか!知ってしまったのに無責任にもここを離れたら、責任追及が――」
思わぬ剣幕に驚き、そしてやっと理解した。
つまり、知ってしまってこのままここを離れた結果、何か起きたら自分の方に被害が大きい、そう言う事だ。
なんとも、軍人さんらしいというか、真面目と言うか、自分本位というか…
ただ、一応ここは最高級防犯設備があるので、そこまで何か起こるとは考えにくい。
「あの、もしかしたら知っているかもしれませんが、この店の防犯設備はかなりのものですから特別危険はないですよ?」
「そういう問題じゃない、そもそも未成年に長期で店を任せている時点で非常識だと言っているんだ。何かあった時誰が責任を取るんだ?子供一人で対処できるのか?」
そこを突かれるとちょっと困る。
何かあっても手続きするのに、店長がいないと出来ない事もあるのは事実だ。
ただ、そういう時のための保険?的なものを店長からは渡されている。
「えーと…、一応店長からは困ったらこの住所の人物を頼るようにと住所の書かれた紹介状?みたいな手紙を渡されてますので、たぶん大丈夫かと…」
「ふん、あのヴァルファーレが?誰だ?流石に名前ぐらいは書いてあるんだろう?見せて見ろ」
「ちょっと待っててください」
なんて信用度の低い人なんだ。
ここまで信用されていないなんて、過去に閣下に何をやったんだか気になる。
わたしはカバンから手紙を取り出して渡した。
「なんだ?名前が書いて——…」
そうなのだ、封筒の表には名前が書かれていない。その時点で、おかしいけど、あの店長ならありえる。
閣下は後ろを確認し、そこに書いてある住所を見た瞬間、手に持った手紙をぐしゃっと握り潰す。
こめかみに血管が浮き出たのは見間違いじゃない筈。
「あの…」
恐る恐る、声をかける。
一応それわたしが渡されたものなんですけど…とは言えなかった。
むしろ空気を読んで黙っているのが正解かも知れない。
「君は、この住所を確認したのか?」
怒りに染まり剣呑な目つきでわたしを見る。
――こわっ!
「いや…ちょっと忙しくて――」
言い訳がましく言ったものの、実は一応念のため調べてはいた。
ただ、そこにあるのがある建物で、困惑した。
そして、それを目の前の閣下に話すのはかなり躊躇われた。
「本当に?」
目が真っ直ぐにわたしを射抜く。
軍人さんの追及、恐ろしい。
「…まあ、流石に調べましたよ……」
結局、わたしは観念した。
流石本能と直感で生きているような店長の顔馴染み。勘も鋭いようで。
「でも、そこの住所が――」
「バルシュミーデの本店だったんだろう?」
その通り。
だからこそ言いづらかった。
というか、初めは何かの間違いだと思った。だけど閣下がこの店を訪れた瞬間、まさかという思いが確信に変わった。
「俺に宛てた手紙だな。間違いない、この馬鹿馬鹿しい内容……ふざけているのか!?」
握り潰した手紙を読んで、更に怒りのボルテージが上がっていく閣下。
言葉が乱れてきている。
読んでみろと手紙を渡され、わたしも中を読む。
そこには――
お店に何かあったみたいだからよろしくお願いします。できれば店員も面倒見てくれると助かります。
と書かれていた。
いやいやいやいや…、なんですかこの内容?
全部丸投げですか、この文章。
これは酷い。
なんとなく、閣下が店長をこき下ろすのもしょうがない気がした。事実だし。
「事後処理をまるっと投げてきたな、あいつ!これだから、非常識の塊は!!」
流石に閣下に同情した。
だけど――
「店長がお店を任せするくらいには仲がいいのか…」
ぼそりと独り言をつぶやくが、それを耳ざとく聞きつけた閣下が吐き捨てる。
「断じて仲は良くないから誤解しないように!」
――そこまで必死に否定に走ると、真実味が無くなるんですが…。
その心の声が聞こえたかのように、じろりと閣下に睨まれた。
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