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16.円盤庭園での話

 馬車の中でも、邸宅(ロードリア)に着いても、汗をかいたので風呂場に連れて行かれても、なぜだかあの木箱が気になっていた。

 なんとなく、やっぱりどこかで見たことあると思う。

 でも、実際に見たことがあるわけじゃない。もし実物を見ていたら、確実にいつ見たものか思い出せる自信がある。

 喉元まで出かかってるのに、出てこないこのなんとも言えないもやもや感。


――どこで、どこかで見た…


 うぅと手に持ったフォークでお皿に綺麗に盛られていたはずのメインデッシュをつつきまわす。

 行儀が悪いのは分かっていたけど思考がさっきの鑑定品に飛んでいた。

 

――思い出せない~


 結局何も思い出せずに、時間だけが過ぎていく。

 給仕が困ったように、わたしのグラスに飲み物を継ぎ足すのを見て、いい加減食べないとなと、のろのろと動き出す。

 パクリと食べ始めたタイミングで、にわかに慌ただしく給仕が動き出すのを見て、ああ主がやってきたなと感じだ。

 わたしが店から帰ってきた頃にはまだ戻っていなかった、この邸宅(ロードリア)の主である閣下は、いつの間に戻ってきたらしい。

 閣下が食堂に姿を現すと、わたしは閣下に向かって軽く会釈をする。

 帰って来てからお風呂に入って汗を流してきたのか、少し髪が湿っていた。室内服の軽装で、この後は外に出る予定はなさそうだ。

 わたしの横を通った閣下は、わたしのお皿の現状を見て方眉を上げた。


「食べないのか?遊んでいるのか?」

「いや、食べてます」


 口を動かし、飲み込んで。

 

――うん、おいしい。


 考え事は脇に置いて、食べる事に集中する。

 わたしがちゃんと食べ始めたのを見て、閣下も席に座る。するとすぐに給仕が食事を運んできた。


「何を考えていたんだ?」


 あれだけ、何か考えてますって態度だったら流石に閣下も気になるらしい。


「いや、ちょっと…こう忘れたことが喉まで出かかって、出てこないっていいますか…」


 こういう時、閣下の記憶の良さがほしいと思う。

 なんでもかんでも記憶できているその脳の使い方を教えてほしい。


「なんの話だ?分からない課題でもあったのか?」

「いや、もういいです…。思い出せないならそこまで重要じゃないんでしょうし」


 頭を軽く振って、考えるのを止める。

 こういうのをいつまでも考えていてもいい事はない。思い出すときはある日突然思い出すものだ。

 

「まあ、いい。ただ何かあったら相談しろ」

「ありがとうございます」


 とりあえず、困ったら閣下に相談すれば何でもすぐに解決できそうだ。

 それこそ、さっき閣下が言っていた学院の課題でも。


「その恰好でもできるのか?」

「何の話ですか?」


 唐突な話題変換に、わたしは何のことか聞き返す。


「この後の予定の話だ」

「ああ、大丈夫ですよ。動き回るわけではないので」


 わたしの今の装いは、習うより慣れろ理論でドレス姿だ。

 出かける用ではなく室内用の軽い感じのドレスだ。ただ、当たり前だけど、裾が長いので歩くのに苦労する。


「やり方は昨日のあれと同じ感じなので、格好は問題じゃないです。ところで、昨日はあれから大丈夫でしたか?」


 身体の異常を心配して聞く。

 慣れないうちは、空腹感が増すだけじゃなく、疲れやすくなったりもする。

 特に閣下の様に日常的に身体を動かしているような人は、そんな異常を顕著に感じ取ったりする。


「言われた通り、不自然に空腹にはなったがそれだけだった。それも、出る前だったからここで食べてから出たので問題ない」

「そうですか、それなら良かったです」


 少なくとも、わたしの魔力に対する拒絶反応は軽度の様だった。


「あ、おやつ下さい」


 ついでとばかりに要求すると、閣下がわたしの食べている皿を見てわたしの顔を見た。


「…今食事をしているんだが?」


 食べてるそばから、食べ物の要求とはなんとも変な構図だけど、これは必要な事だ。少なくともわたしにとっては。


「言ったじゃないですか、お腹空きやすいって」

「軽食の方が栄養が取れるぞ」


 そう言う問題じゃない。

 疲れているときには甘い物が欲しくなるという女子の心理を閣下は良く分からないらしい。

 軍人さんらしく、身体資本の考え方だ。


「成長期だと言い張るなら、過度な糖分は控えて、バランスよく栄養を取った方がいいと思うが?」

「過度じゃないです!必要な分です。糖分はすぐにエネルギーになるんです!」


 素晴らしい正論だけど、糖分だって不必要ではない。なんでもバランスよくっていうけど、糖分だって栄養だ。主に心の。

 わたしの剣幕に、分かったとでも言うように手をかざして話を遮った。

 本当に分かっているのか謎だけど、わたしの言い分は通じたようだ。


「甘いものも準備させる」


 普段、主人である閣下が甘い物を好まないのもあって、甘い物の在庫は少ないらしい。たまに来る客に出せる分があれば問題ないので、日を置いた方が味に深みが出るお菓子類しかないようだ。

 ちなみに、それさえも消費しなかった場合、使用人の賄いになると後々サラに聞いた。


「ところでどこでやります?」

 

 食べ終わって食堂を出るとき、手を差し出してエスコートしてくれる閣下に聞く。

 閣下は少し考えてから、外を見た。


「せっかくだから、外でやろう」

「えっ…」


 現在時間はお昼過ぎ。一番日が高く暑くなる時間。

 暑いのが苦手なわたしは出来ればご遠慮したいなと、閣下の顔を見た。


――室内でやりましょうよ、外は暑いですよ


 そんなわたしの考えをお見通しな閣下は、意地わるそうに笑ってエスコトートする手を掴んで離さない。


「外の方が分かりやすいと言ったのはクロエだろう?大丈夫、少しの間だけだ、暑いのは」

「えぇ!わざわざ暑い所行かなくてもいいじゃないですか!ね、部屋の中でやりましょう!」

「出来れば少しでも早く習得したいんだ。もちろん協力してくれるんだろう?」

「いやいや、外の方が比較的分かりやすいってだけで、別に室内でも大丈夫ですって!」


 必死で言い募ったけど、閣下はわたしの腕を離さず引きずるように外に出る。 

 室内と外との温度差に、一瞬くらりとした。


「本当に暑いの苦手なんだな」


 少し呆れたような閣下の声に、わたしは力なくうなずいた。

 

「そう言ってるじゃないですか。そもそも、閣下は北部の出身なのに、なんでそんなに暑さに強いんですか?」

「寒さの方が耐性あるのは事実だが、別に暑いのも嫌いじゃない。まあ、裏技を使っているせいもあるがな」

「裏技?」


 そっと自分の首周りに一周している首飾りを指さす。

 それはちょうど、頸動脈のあたりを一周しているので、首の防護品かと思っていたが、どうやら違うらしい。

 閣下は、自分の首に巻いていたそれを外して、わたしの首にかける。

 閣下のサイズなのでわたしには大きいけど、かけた瞬間それが何か理解した。


「なんですかこれ?めちゃくちゃ冷たくて気持ちいいです!最新型の魔道具ですか!?」


 首にかけても手で触れても冷たい。

 おそらくバルシュミーデで開発した魔道具なんだろうけど、見たことが無かった。

 こんな便利な物が売られていたら、完売間違いなしだと思う。


「まだ試作段階だ。昔から、熱中症になったら、首やわきの下を冷やすだろう?そこを冷やせば身体を冷やせるのは分かっているのだから、試しに作らせた。最近出来上がった新作だが、まずは使用試験と耐久試験ほかにも色々安全性試験も必要で、今はその段階だ」


 閣下がわたしの首にかけたそれを外そうとしたけど、わたしはぎゅっと握ってほしいほしいと目で訴える。

 しかし、その訴えを苦笑と共に流し、さっと首から外した。

 外したそれを再び閣下が自分の首に付けるのを羨まし気に見ていると、ぽんと手を置かれた。


「後で調節して新しいものを届けさせるから。せっかくだから、どんな感じか感想も頼む」


 なんとわたし用のを準備してくれるらしい。

 販売前に感想を言うくらいお安い御用だ。


「見えてきたぞ」

「すごっ…」


 閣下が連れてきたのは、閣下がおススメと言っていた円盤庭園だ。

 人工池の中に東屋が立っていて、その周りのは木がおい茂っている。中に入ると、ひんやりしていて、室内にいるみたいに涼しかった。


「床に冷却装置を仕込んでいるんだ。直射日光も避けられるから、日中でもかなり快適だろう?」


 輝く水面に、手を入れて見るとすごく冷たい水だった。

 床に仕込んでいる冷却装置の余波で冷たいらしい。

 ちなみに冬には、暖房装置になると閣下が言う。


「母上が茶会用に作らせたんだが、いまでは宝の持ち腐れになっているな」


 初めのうちは良く使っていたようだが、年を重ねるにつれ外に出るのが面倒になったようだと閣下が言った。

 確かに、ここは邸宅から少し離れた場所なので、不便だとは思う。ただ、ピクニックなんかを楽しみたいときにはちょうどいい感じがした。


「気に入ったなら有効活用してくれ。管理もしているからもったいない」

「それがあれば移動も楽そうですしね」


 じーっと閣下の首元を見ると、閣下がまたわたしの首にかけてくれた。


「そんなに気に入られると、開発したかいがあったな。開発担当者には特別手当も出しておこう」

「そうですよ、これはすごい画期的アイテムです!開発者は労わないと!」


――これからも便利道具お願いします。


 にぎにぎと首にかけてもらった魔道具に触れて満足してする。

 わたしは上機嫌のまま、閣下に向かって手を出した。閣下も昨日の体験があるからか、すぐにわたしの手を握ってきた。

 閣下の手は少しひんやりしている。逆にわたしの手は少し熱いので、閣下の手に触れていると気持ちがいい。

 少し魔力を流して、わたしの魔力を感じ取ってもらう。そのまま、昨日閣下にしたように閣下の魔力に触れて、昨日より多めに身体の外に出すように引っ張る。


「この感覚、昨日より強いな…」


 昨日感じたものは微々たるものであまり自覚していなかったようだけど、今日は昨日より多くの魔力を引き出している。かなり違和感を感じる様だ。

 むしろ、まだまだ序の口なのに違和感を感じるという事は、魔力の感知に関しては敏感なようで、この分だとすぐに魔力を自由に扱えそうだ。

 

「そういえば、なんで出来る限り早く習得したいんですか?」


 軍人だし、忙しい人だから出来るなら早くというのも分かるけど、昨日まではそう言う気配はなかった。


「んっ?……ああ、ちょっとな。なかなかな手練れと手合わせしたんだが、その相手が恐らく使っていた。身体強化を…」

「へぇー、閣下がそこまで言うなんて…閣下の知らない軍人さんだったんですか?」

「軍人ではなかったが、知り合いの友人枠だそうだ。主力武器はハルバードと言っていたが、流石にそれを持ち歩くのも出来ないらしく、剣で手合わせしたんだが引き分けで終わった」


 その事実に驚く。

 閣下が引き分けるとは、相手はどんな猛者なのか気になる。そもそも得意得物が違うのにだ。


「お互い本気でなかったのもあったな。本気を出すと、おそらく殺し合いになりそうだ」


 こわっ!

 本気の軍人さん怖いわ。訓練なんだから、多少は自重しましょうよと自重した結果が引き分けらしい。


「この国の言葉を流暢に話していたから、てっきり東部の出身者だと思ったら、東国出身者らしい」


 ――ハルバード、東国出身者…、閣下が認めるやたら強く身体強化できる人間……なんだろうすごく嫌な予感がする…


「名前は、ルウイ・シシドゥーだったか?東国の名は呼びずらいな」


 その名に思いっきり顔をしかめそうになったのは、仕方がない。

 思いっきり知り合いだった。

 知り合いも知り合い、知り過ぎて、他人のふりをしたい。そんな関係性だ。


「知り合いだったか?」

「ええ、まあ…同郷ですし」


 曖昧に濁すと、閣下が微かに目を細めた。


「同郷?」

「はい…ああ、もしかして言ってませんでしたか?わたしは東国出身ですよ。母がリブラリカ皇国出身で、教育の観点でこの国が一番いいと言われてこの国で学んでます」


 もともと父親は東国の出身だけど、身体を動かしているのが好きな人なので、一つの所にじっと留まれない、そんな人だった。

 結局、出身は東国と言ってもほとんど東国にいた事は無い。

 世界中を連れ回されていた。

 おかげで、色んな国の言葉を覚えられて、今も不自由なく話せている。


「あの人、ちょっとおかしい思考の持ち主ですけど、悪い人ではないと思います」


 一応フォローしておく。


「それは良いのか悪いのか判断つかない言い方だな…」


 結局、人の内面なんて主観的問題でもある。

 わたしに言えることは教えたので、あとは閣下が判断すればいい事だ。

 個人的には、ぜひとも叩きのめしてこの国から追い出してほしい所だけど、それは言わない事にした。






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