15.掃除中の店での話
おでこにチュー事件の翌日、あれは何かの事故だと思って考えないようにした。
朝、サラが起こしに来てリーナさんと二人でお風呂に入れられる。
今日は店長の店に行くので持ってきた服に着替える。わたしの夏服は、基本的にどれも袖が長いかもしくは上に羽織るモノばかりだ。
直射日光で肌が焼けると、軽い火傷状態になってしまうので、夏場は肌が隠れる様な服を着ている。
主の閣下がいない邸宅で、一人でも朝食を食べる。
なんとなく気まずいので、少し早食いになってしまった。
お茶で流し込むと、食堂にイリアさんが入って来る。
店長の店に行く時は、イリアさんが同行する事になっているので、イリアさんの装いはこの邸宅のお仕着せではなく普段着だ。
「お待たせいたしました。遅くなって申し訳ありません」
「大丈夫です。わたしも今食べ終わったので」
お昼ごろには戻る予定なので、昼食はおそらくここで食べる事になる。
「閣下はいつ頃戻る予定なんですか?」
移動は便利で快適な馬車だ。
閣下から使っていいと言われて、最初は遠慮したけどバルシュミーデの馬車は冷却装置が付いているので、結局ありがたく使う事にした。
「そうですね…いつもならお昼頃にはお戻りになりますね」
となると、魔力の扱いを教えるのはお昼食べた後になる。閣下におやつを要求しておこうと心に決めた。
店に着くとイリアさんがはたきで上から埃を落とし集め始めた。
なんとも手際がいいのは、きっと慣れているからだ。
掃除は任せて、わたしは魔道具の確認を行う。昼には戻るので、簡単にチェックして棚に戻していく。
そうしてしばらくイリアさんと雑談しながら仕事をしていると、店のドアの鈴がカランと鳴った。
入って来たのは若い男性で、どこか緊張した面持ちだった。
「申し訳ありません、今日は休ませていただいていまして」
イリアさんが、入って来た男性に申し訳なさそうに言う。
今日は、早く戻る事情もあって店は開けていなかった。ただ、空気の入れ替えに窓と店側のドアを少し開けていた。
そのせいか、休みの札がかかっていても店がやっていると勘違いしたようだ。
「すみません、店主はいらっしゃいますか?」
休みだと言ったのに、イリアさんの顔を見ながら尋ねた。
この店の主がイリアさんでない事を知っている。
「あの、店長とはお知り合いですか?それでしたら、しばらく不在なんですが…」
「あ、いえ…、その」
言い淀む姿に、なんだかこっちがイジメているみたいだ。
なんとか覚悟を決めたのか、男性が用件を話した。
「すみません、鑑定をしてほしい品がありまして…、こちらを紹介されたのです」
なるほどとわたしは頷いた。ままある事だ。
鑑定とは、魔法が廃れたこの世界において、公的に生き残っている魔法の一種。
鑑定魔法と呼ばれるもので、現在は”鑑定士”という公的機関で資格まである、由緒正しい魔法だ。現在、魔道具や骨董品、美術品などの鑑定において、鑑定する際はこの鑑定士に依頼するのが一般的。
他にも鉱石や宝石の鑑定も行えることから、就職先は数多くあり、かなり高給取りだ。ただし、当たり前だけど魔法なので使える人は少ないと言う現実。
しかし、今言った通り今日は休みだ。来るなら店が開いているときにしてほしい。
「申し訳ありませんが、先ほども言った通り今日は休みなんです。それに店長も不在ですのでお引き取り頂いてもよろしいですか?」
「その店長とは連絡とれないんですか?」
なぜそこまで店長にこだわるのか。鑑定だけなら、もっと有名どころもある。
例えば、バルシュミーデとか。
「あの、鑑定だけならバルシュミーデに行った方がいいんじゃないですか?あそこの鑑定は名前も知れてる分安心感がありますよ」
「いえ、バルシュミーデには無理ではないかとこちらの店を紹介されたんです」
わたしとイリアさんは顔を見合わせた。
バルシュミーデに無理だと判断したその理由は、一つしか考えられない。
「もしかして迷宮産の鑑定ですか?」
「まだ、確定してないんですけど…、たぶんそうだと思います。こちらの店を紹介してくださった方もおそらくと」
それだったら、バルシュミーデじゃなくこの店だったのも分かる。
この店はあまり知られていないけど、迷宮産魔道具を取り扱う店だ。専門的な店長は、その界隈じゃ良く知られているので、鑑定できない品の持ち込みもたまにある。
今回もそう言う事らしいけど、あいにく店長はいつ帰ってくるか分からない休暇中だ。
でも、何となく焦っている感じもして、少し同情してしまった。
もしかしたら少し急ぎの案件なのかも知れない。
それに、迷宮産だったら見てみたい。そんな気持ちもむくむくと湧き上がって…
「もしよかったら、わたしが鑑定しましょうか?資格は持ってますし、店長から頼まれることがあるくらいには経験もありますよ」
と、言っていた。
わたしの持っている資格は複合資格なので、鑑定士の資格も持っている。
「とは言っても、鑑定だけで買取は出来ません。もし買取希望の場合、店長が戻ってからになりますけど」
目の前の男性は、少し迷っていた。
その迷いは分かる。わたし自身が相手にとってどう見えるかというのは良く知っているつもりだ。
「聞きたいんだけど、鑑定レベルはどれくらい?」
鑑定レベルというのは何をどれくらい専門的に鑑定できるか目安になる基準だ。試験の際に同時に調べられ、決定する。
「わたしは一応深度九まで鑑定できますよ。リブラリカ皇国では事実上トップの実力はあります。まあ、信じられない気持ちも分かりますが」
深度とは、鑑定レベルの事だ。迷宮の深さに由来しているとも言われている。
深度が深くなればなるだけ手ごわい迷宮になる。もともと最も鑑定が重要となるのが迷宮産魔道具であったので、それに合わせて鑑定レベルも深度で表される事になった。
ただ、一般的には鑑定レベルと言われているけど。
男性は驚いたようにわたしを見ていた。
そして何かを考え、頷く。
「そうでしたか。それではお願いしてもよろしいですか?」
「はい、鑑定書は付けますか?」
「鑑定書はおいくらですか?」
鑑定も当然お金がかかるけど、別途鑑定書の発行もお金がかかる。ただ、公的に認められるには、この鑑定書が必要になる。
ちなみに、店長の店でわたしが鑑定したものと鑑定書で払われたお金はバイト代にプラスされていた。
「鑑定自体は、鑑定結果によって異なります。鑑定書は一律一万リアになります」
そう伝えると、ちらりと店内にいるイリアさんに視線を向けた。
鑑定の時店員とはいえ、部外者がいても問題ないお客と気にするお客がいる。どうやら目の前のお客様は気にするタイプの様だ。
もしくはこれが相当な値打ちもので知られたくないか。
わたしがイリアさんに視線を送ると、イリアさんはすぐに店の奥へと下がっていく。
「すみません…気を使わせてしまったみたいで…」
「大丈夫ですよ、誰にも聞かれたくないお客様はいらっしゃいますから」
にこりと笑って気にしていないと言うと、彼はほっとしたように微笑んだ。
「見てほしいのはこれなんです」
「こちらですか?」
カウンターの上に置かれた木箱。
見た目だけなら何の変哲もない、ただの木箱だ。
しかし、それがただの木箱でない事はこの木箱が纏う魔力の存在からも明らかだ。
――魔道具だ…しかもこれは。なんだろう…、どこかで見た気がする……
なぜかどこかで見た気がした。形自体はありきたりなモノなので、それで見た気がするだけかも知れないが…。
「触れても大丈夫ですか?」
許可をもらってじっくり見る。
そしてやはりと確信した。
間違いない、これは――
「迷宮産の魔道具ですね。間違いありません」
はっきりと頷いて見せる。
どこか緊張している目の前の彼は、それを聞くとやはりそうだったかとでも言うように嬉しそうに笑った。
「知っていたんですか?これが迷宮産だって…」
「確信はありませんでしたよ。ただ、僕も鑑定士を目指しているんです。おかしいなとは思いました」
なるほど、鑑定士志望の素質のある人物だったか。それなら分かる。
しかも迷宮産のものに対しておかしいと思うという事は、迷宮産魔道具の鑑定士の素質がある極めて将来有望な人だと言えた。
ただ、これだけの逸品をどこで手に入れたの気になった。しかし、そこまで突っ込んだ質問は失礼だ。
「鑑定金額は五万リアになります。鑑定は一律決まった金額が設定されている事はご存じですよね?」
鑑定料は鑑定が終わった段階で、鑑定品の種類によって料金が決まる。これは国で定められた金額なので、文句は言えない。
迷宮産の五万リアというのは高いと感じる人もいるけど、それを売ればその十倍以上の値段にはなるのだから、別段高くもない。むしろ、安いくらいだ。
彼は鑑定士見習いという事もあって、それは分かっているようだった。
「ええ、鑑定料五万リアと鑑定書一万リアの合計六万リアで大丈夫ですか?」
「大丈夫です。鑑定書は少し待っていただければ作成できますが、後日取りに来ますか?」
鑑定書くらいは簡単に書ける。
ただ、待つ時間も惜しい人がいるので、後日取りに来てもらうことも出来るので、どうするか聞くと、待つと言った。
「お金も持ってきてますので、今から書いていただけますか?」
用意周到なようだ。
確信がなければ、そんな金額持ってきていないだろう。
ちなみに、鑑定料は後払いなので持っていない場合鑑定品を預かる事になる。これも法で決まっている処置なので、問題ない。
なんの価値もない、値段が付けられないものに至っては、鑑定料金はとらない事になっているので、そのままお持ち帰りしてもらう事になる。
「少しお持ちください」
カウンターの下から書類、そして身分を証明するブローチを鞄から取り出し机に置く。
書類はほとんど定型文だ。
書くことはほぼ同じで、これが何か、いくらになるか、誰が鑑定したかを最低限記す。他は長々と飾って気取った言葉を入れる。最後に名前の横に蝋を垂らして、ブローチで印を押して出来上がりだ。
書類を封筒に入れて封蝋をする。再びブローチで印を捺して、鑑定した品物とともに渡す。
「はい、出来ましたよ。気を付けてください」
本当に気を付けてほしい。
迷宮産の魔道具を持っていると知られたら、本気で命の危険だってあり得るのだから。
「大丈夫です。実は外で護衛が待っているんです」
わたしの言葉の意味を正確に読み取ったようだ。
護衛の存在が気になったけど、そこまで干渉して心配するのはわたしの仕事じゃない。
「すみません、参考までに聞かせてほしいんですけど…、ここの店はどなたからの紹介ですか?」
彼は曖昧に笑って、知り合いからですと答えた。
この店を知っている知り合いとは一体どんな知り合いなのか。むしろ、名前を言ってくれたら、知っていそうだ。
ただ、彼は名前を教える気がないようで、そのまま店を出て行った。
――そういえば…、値段聞かれなかったな。
言い忘れていたのはわたしだけど、聞かれなかったのはすごく不自然だ。
確かに書類には鑑定した結果いくらになるかの値段は書くけど、普通気になるのは鑑定した品物の値段だ。
――まあ、いいか。終わったことだし。書類にはちゃんと書いてあるし。
値段設定は一般的なオークション会場での値段だ。
もちろん、時期や産出量によって値段は多少変わるけど、今回のはそういうものに左右されることのない貴重な代物だった。
更に言えば、普通一般に流通するようなものではない。
ちょっと大丈夫かなとは思ったけど、わたしは頼まれたことをやるだけだ。きちんと証明の出来る鑑定なので、わたしの正当性は問題ない。
「あ、イリアさん」
お客様が帰ったので、イリアさんを呼びに奥に行く。
するとイリアさんが、窓の外を眺めて立っていた。そこからは夏に満開になる木が見える。珍しい品種なので、それを見ていたようだ。
「イリアさん、終わりましたよ。マッドリーンを見てたんですか?」
マッドリーンは夏になると満開になる花だけど、花が一つ一つ色が違うという珍しい花だ。
イリアさんはゆっくりわたしの方に身体を向けた。
「ええ、とても珍しいので思わず」
イリアさんは窓のカーテンをさっと閉じて、微笑んだ。
「そろそろお時間ですよ、クロエ様」
「はい、戻りましょう」
なんだか性急な気がしたけど、確かに時間だったのでわたしとイリアさんは帰り支度を始めた。
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