14.75.閑話での話:閣下視点2
「ところで、一体なんの用ですか?まさかそこの男を紹介したいだけなんてことではないのでしょう?」
そもそも早く来いと言ってきたのはカーティス殿下だ。
世間話を延々としたいわけではないはず。
ちらりと視線を殿下の後ろの男に向ける。信用できるのか出来ないのか。そこは殿下の判断に任せるしかない。
「ああ、彼は信用できるよ。間違いなくね」
なぜかそう言い切る。
信用できると殿下が認めるのなら、俺はどちらでもいい、話を聞かれても聞かれなくても。
「持論なんだけどね、家族を大事にしてる人って信用できるんだ。色んな意味で」
家族のために必死で働き、家族のために死んでいく。家族のために悪に染まり、家族のために人を殺す。
家族を大事にしているというのは行動原理が単純で分かりやすい。
それが法に触れる事でも、裏で策謀を練っている人間よりよっぽど心根は信用できるし、分かりやすいから、やりやすい。
特に殿下の様な人間には。
「彼ね、話を聞いてると本当に家族好きなんだな~って伝わってきて。気持ちいいんだよね、聞いてて楽しいし、こっちもうれしくなる」
俺も家族には恵まれている。
殿下もこんな家柄だが、世間一般からしてみれば恵まれている方だ。身内に命を狙われたりしているが。
「まあ大した用事ではないけどね……ああ、父上がまた不参加かって言ってたから次は出席したほうがいいよ」
皇宮晩餐会は四季に合わせて年に四回行われる。
主要貴族はほとんど出席しているが、正直面倒で最近は冬の社交時に開催される最も規模の大きい冬季皇宮晩餐会にしか参加していない。
つまり、今期は二度目の欠席だ。
基本的に当主が参加するものだが、当主が領地での仕事が忙しい場合、代理で直系親族がが参加する。そしてバルシュミーデの現当主である母は、冬の社交シーズンでさえもあまり皇都には来ない。忙しいからではなく、面倒くさいから。
結果、俺が皇都の社交を担当しているので、皇族主催の行事を何度も欠席すると流石に皇族から一言言われたりもする。
そうなる前に適度に参加もしているが、しばらく忙しすぎて皇宮晩餐会だけでなく、他の行事も欠席が続いていたのは事実だ。
――そろそろ出席しようとは思ってたが…
どれだけ欠席すれば言われるか、というギリギリのラインは見極めているし、殿下からもそれについて忠告を受けたことはない。
しかし、今回に限ってそんな事を言ってくると、何かあるのではと疑ってしまう。
殿下はこちらが何を言いたいのか察した様で、肩を竦めて面倒くさそうに言葉を続けた。
「正確には父上じゃないけどね。うるさく嫌味言ってるのはあっちさ。そろそろ面倒くさくなってきたってところが正直な話。顔出さないと嫌味を言われ、顔を出すと論戦になるなんて、君すごい嫌われてるよね」
自覚はある。
ただ、好かれてもこっちになんの得もないので別に構わないが。
「兄上も君に絡むの止めればいいのに。まあ、君って存在自体が反則だから気にするなって方が無理だろうけどね」
「第一皇子殿下は相当諦めが悪いですね」
「性格じゃない?あのねちっこい所とか、お国柄でしょ?」
「……一応兄君ですが?」
「嫌われてる相手を好いてどうするのさ。君、兄弟仲いいから分からないかも知れないけど、壮絶な戦いが繰り広げられてるよ」
現在皇室のは三人の皇妃殿下がいるが、第一皇妃殿下だけが他国の出身で、その妃殿下が産んだのが第一皇子だ。
身分的にも出生順でも第一皇妃殿下を母親に持つ皇子が後継者、つまり皇太子となってもおかしくないが、この第一皇妃殿下の実家が現在内紛中で、政治的に安定していない。
しかも政略結婚だったせいか、そこまで皇帝陛下に寵愛されているわけでもなく、子供を一人身籠ってから、夜は共にしていないという話だ。
当初は同盟という観点においてそれなりに得るものがあったようだが、現在内紛中のせいで、むしろこちらの国にも害が及ぶ恐れがあるせいか、結構冷遇されている。
逆に、第二皇妃殿下の実家が国内の大領主の公爵で少し遠いが一応皇族の血も引いている。後ろ盾も取るに足らない小国に比べてかなりしっかりしていて、しかも恋愛結婚だったので皇帝陛下の寵愛深く、宮廷後宮内勢力は第二皇妃殿下に偏り始めていた。
第二皇妃殿下が産んだのが第二皇子殿下と第三皇子殿下であるカーティス殿下だ。
第三皇妃殿下は市井の出身で、昔皇帝陛下が皇太子時代に世話になった大商会の娘だ。皇室との繋がりを欲していた先代との約束で娶ったが、第二皇妃殿下とは良い関係を築けているようで、穏やかに暮らしているそうだ。産んだ子供が二人とも皇女だったのも、良い関係が築けている要因の一つかもしれないが。
そして、昨年ついに皇太子として第二皇子が指名された。内紛中の国外勢力の政治的内部干渉を防ぐため、などという尤もらしい理由付きだったが、傍から見ればそれが違うのは良くは分かる。
ただし、第一皇子はまだあきらめていないらしく、兄弟間はかなり緊張感が漂っている。
それこそ、市井にその緊張が面白おかしく伝わるくらいには有名な話だ。
そういえば、と殿下が話題を変えてくる。
「あちらさんが探していたものが物が見つかったって話だよ」
唐突な話題変換に、これが今日の核心部なのだと理解する。
「それは、すごいですね。よく見つけられたものです」
「あのね、そこ感心するところ?」
感心するところだ。
なにせ、一度外に流出してしまったものを探し出すと言うのは簡単な事ではない。それが、特殊なものならなおさら伝手がないと確実に無理だ。
バルシュミーデでさえも情報を掴むことが出来なかったら、ヴァルファーレに頼もうとした品。
あの変人は、その手の事には天才的手腕と嗅覚と情報を持っている。
「迷宮産魔道具…しかも皇宮宝物殿に収められていた品なんて、裏であっという間に売買されて後を辿ることも難しいはずです」
「正直、私は宝物殿の中の代物なんて全部把握してないし、記憶にもないような宝に興味もないよ。ただ、宝物殿の警備問題に発展するとそうは言ってられないのは分かるよね?」
それはそうだ。
宝物殿の国宝が簡単に盗みだせると思われては、リブラリカ皇国の皇室延いては軍務局の沽券にかかわる。
「しかもその代物を向こうが欲しがっていたなんて知ると、何かあるって疑うのも当然だしね」
いわゆる継承権争いをしている第一皇子が欲していた迷宮品だ。
警戒するなという方がおかしい。
そもそも、それが何かということが何一つ分かっていない。
「あちらは自分の誕生日の時に父上からいただくことになっていたようだった。父上も、特になんてことのないものだったからそこまで気にかけていなかったみたいだよ」
もちろん、皇帝陛下も宝物殿に収められている物を欲した息子に対して警戒はした。
そして調べさせたが、断る特筆すべき理由も無かったので、譲る事を約束していた。警戒していても、皇帝陛下にとっては息子の一人で、第一皇子として生を受けたのに皇太子になる事も出来ない息子に少しは同情しているところもある。
ただ、その品物が突然消えた。
気付いた時には、確かにあったものが無くなっていたのだ。宝物殿の宝が紛失するなど、あってはならない事。
内密に調べる様に俺の所にも調査依頼が来たが、バルシュミーデでも探すことが出来なかった。
その事件に荒れたのが第一皇子だ。
自分が下賜される予定の宝が紛失したからなのかと思いもしたが、そもそもなぜそれを欲したのか、と言う疑問が再び浮かんだ。
「で、どこで見つかったんですか?」
「民間の人間の所らしい」
また、すごい所で見つかった。
なぜそんなところで見つかったのかと不思議にも思う。
「その民間人は、どうやら第一皇子陣営らしい。そして、皇室に対して交渉してきたんだよ」
「……なるほど、それはまずいですね」
「そうなんだ、皇室も法には逆らえない。それをすれば国民から非難が集中するからな」
「一体いくらで?」
「正当な値段だそうだ、向こうのお望みは」
交渉とは、宝物殿からの盗難品とも言える件の代物をいくらで皇室は買い取るか、という事だ。
そもそも、盗難品だと分かっているものに対して正当な交渉が成り立つのかという疑問が起こるが、定められた法では問題ない。
盗品であってもそれを知らない人物が購入した場合、買い手に不利益が被らないように、本来の持ち主はその商品の正当な金額を提示し交渉するというものだ。
しかし、今回はそれがややこしい事態になってしまった。
「だいぶ頭が回る知恵者がいるようですね。むしろ、その盗品を手にした人物か…」
普通、主人格の第一皇子が欲しがっていたものを手に入れたら、そのまま第一皇子に献上すればいいだけだ。しかし、それだけでなくまさか皇室から金を公的に支払わせようとするとは。
政治資金はいくらあっても問題ない筈だ。しかも第一皇子派閥はその資金も少ない。
その交渉をそのまま行うと、第一皇子陣営の人間に金が支払われ、それが第一皇子に流れる。しかも、第一皇子が欲していた宝も皇子は手に出来る。
かなり悪意あるやり方だが、そこに第一皇子が関与した証拠がなければ、正当性は向こうにある。
「もちろん調べたんですよね?」
ここまであからさまだと、自作自演を疑うところだ。
「当たり前だよ、でも何も出てこなかった。証拠がなければ、疑う事は出来ても、決定的に追い詰めることが出来ないのは分かるでしょう?」
「時間的猶予はあるんですか?」
「早期解決をお望みだよ、向こうは。ただ、問題なのがそれを正当に鑑定できるものがいないという点なんだよね」
迷宮産の鑑定にはそれ相応の資格が必要だ。
ヴァルファーレがいればかなり適任なのだが、本人不在で頼むことも出来ない。迷宮産に限って言えば、誰にも忖度しないのがヴァルファーレだ。それは向こうも知っている。
「公平性でいえば、ヴァルファーレに頼むところですが…」
「いないんでしょ?こういう時に使えないやつだな。自由主義も大概にしてほしいんだけど、クリフォードからも何か言っておいてよ」
無理な相談だ。
あの男を思い通りに動かせる人物の心当たりは過去に一人しかいない。
「まあ、無いものねだりはしないけど、クリフォードの方では誰かいないの?適任者は」
「バルシュミーデで雇っている鑑定士は深度七までが限度です。それで良ければ、となります」
正確に言えば、一人心当たりがあった。
ヴァルファーレに信用され店まで任されている彼女。
しかし、その存在を殿下に打ち明けるのは非常に躊躇われた。そもそも、彼女は未成年でこんな陰謀染みた話に巻き込んでいいはずがない。
頭を軽く振って、彼女―クロエの事を追いやる。クロエの事を考え出すと、さっきの出来事まで考え出してしまう。
「正直、バルシュミーデの鑑定士で納得するか問題だけど、向こうは向こうで優秀な人物でも探すんじゃないかな?交渉するならお互いの値段設定は必要だろうし」
それこそ無謀な気もする。
迷宮産魔道具を正確に値段設定できる人物など、ほとんどいない。
皇宮宝物殿を管理している人間でも全てを鑑定できるのかと言えば難しいだろう。
「とりあえず、様子見だね。向こうがいくらで交渉してくるかで対応は変わるから。裁判沙汰になりそうだけど。むしろ向こうはそれをお望みだよ。民間公開しておけば、権力で奪い取る事は出来なくなるという考えさ」
「わかりました、こちらでも少し探っては見ます」
良い結果にはならなそうだが。
「この件は皇太子である兄上から正式に私が調査するようにお達しがきたよ。そのつもりで」
つまり、俺も出来る限り手を貸せ、という事か。
また面倒な仕事を――と思わなくもないが、第一皇子陣営に力が付くのは避けたい。
話が途切れ、殿下が席を立つ。
「そろそろ時間だから行くよ。じゃあ、よろしく」
ひらひらと手を振って歩き出す。
その後ろに付き従うように、ルウイも付いて行く。その歩き姿に、やはりどこかで見た記憶があると確信する。
ただ、どうしてもどこで見たのか思い出せなかった。
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