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12.食堂での話2

「もしかして、このあと忙しいんですか?」


 昼食時ではあるものの、軽いアルコールぐらいだったら飲むのを禁止されていない職場が多い。それなのに、閣下はアルコールの類を一切飲んでいないので実はこの後忙しいんじゃないかと思った。


「なんだ、一体…」


 突然そんな事を言い出したわたしに、閣下が眉をひそめた。


「全然飲んでいなかったので」

「飲んでいなかった?……ああ、そういう。忙しいわけじゃないが、このあと軍務だ。流石に飲むのはまずい」

「えっ、軍務ですか?」

「そうだ。月に五回行く契約になっている」


 月五回の軍人仕事。

 そもそも月五回で一体何をやっているのか…。


「先に誤解がないように言っておくが、給料は五回分しか発生してないからな。臨時軍人が、税金を一月分貰ってるなんて国民からしたらいい気はしないだろ?」


 わたしの疑わし気な目に閣下は自分に払われている税金(給料)体系について説明した。どうやら、五回しか行ってないのに満額貰っているのかこいつ、みたいな目だったようだ。

 閣下からしてみたら、きっと軍人でもらっている金額なんて微々たるものなんだろう。

 そもそも、軍人をやっているのも閣下の意思ではない。

 もともと軍人をやるのは閣下の義務だったけど、それは士官学校入学から四年は軍に所属しなければいけないという法があったからだ。そうでなければ、軍人なんかやってないかもしれない。

 リブラリカ皇国には大小さまざまな領地があるけど、領地を持つ人が爵位を持つ貴族だ。

 貴族は有事の際に率先して戦場に行く事が義務付けられている。そのため、優遇もされているけど、色々制約もあった。その一つが、直系男子もしくは傍系男子の一人は必ず軍に最低四年は所属するというものだ。

 有事の際に戦場に立つ彼らのために指揮官教育するためのものだけど、近年では跡継ぎを軍に行かせることはほぼない。基本的に軍務に就くのは領地を継ぐ人間を支える次男以下なのが一般的。ただ、バルシュミーデには現在直系傍系を含めても健康な男子というのが閣下しかいなかった。

 法の下、閣下は高等学院を卒業後士官学校に入隊し、二年の士官候補生訓練を終え軍人となった。

 その時に、いろんな特例を使いまくって最高学院に通いながら軍人をやっていた。身分が高すぎる閣下に誰も文句を言えず(言ったところで論破される)、しかも軍人としても優秀過ぎて横やりも入れられず(実力でいうなら軍人トップ)、そして二年後晴れて軍を退役するはずだったんだけど、軍上層部が優秀過ぎる閣下を手放したがらなかった。

 実践的実力でいえば即戦力どころの話じゃなく、閣下一人でも一騎当千の実力もある上に、指揮官としても極めて優秀。周辺国とは今のところ友好的ではあるけど、睨みを利かせると言う意味では閣下程の有名人はいない。

 結局、色々とあって閣下は臨時軍人として籍を残したままというなんだか良く分からないエリート様だ。


「こんなにゆっくりしてていいんですか?」

「まあ、今日は夜間勤務だからな。夕方から出かける事になる」


 臨時軍人さんなのに、結構嫌な時間帯も仕事をしなければならないらしい。


「今日は皇宮で宮中晩餐会だ。もし仕事じゃなかったら参加しないとまずかったから、ちょうどよかったんだ。自分で勤務を選べる契約にしておいてよかったとつくづく思う」


――あ、そうなんですね…。意外と抜け目ないんですね…。


 閣下は、臨時軍人として残る際、契約条件についてとことん自分優位にして、それでも籍を残したいのなら全部のめと突き付けたそうだ。

 だからこそ、面倒な社交の時はこんな裏技が使えるんだとか。

 閣下は社交が得意かと思っていたけど、仕事や人間関係の構築のために参加しているだけだと言った。

 楽しんでいるのかと思えば、面倒な事は避けたいのが本心で、今日の晩餐会は閣下にとって特別参加したいと思えないような内容らしい。

 ただ、一応皇族主催なので、皇族と親しい閣下が断るにはそれなりの理由も必要で、今回は参加を避けるためにわざと仕事をねじ込んだそうだ。


「こういう面倒な社交を断る口実に出来るのはいいが、当時は軍を辞めたくてしょうがなかった。別に嫌いではないが、忙しかったしな。やりたいこともあって、最低限の年数で辞めると決めていた。だからこそ簡単に退役できなさそうだった時に、苛立って自分で言うのもなんだが、八つ当たり気味で提出した契約要項がまさか全部採用されるとは思わなくてな…」


 自分でも認める内容の酷さだったと閣下自身が認めるほどとは一体どんなだったのか気になったけど、聞かない方が良さそうだ。


「月五回自由に勤務を組める勤務体系、日常訓練の免除、現場実務免除、主だったところはこれだが、他にも細々とある」


 聞いていないのに、閣下がさらりと教えてきた。どうやら特別秘密という訳でもないらしい。

 こんな内容がバレて国民から突き上げを食らうのは軍務局の方で、むしろ懲戒免職でも食らって軍人辞められないか、というのを狙っていそうだ。

 まあ、閣下は象徴的意味合いが強いので、国民からしてみたら軍人として何しているかというのは重要じゃない気がする。

 式典とかでカッコよく軍服を着込んでいるだけで、満足なのだ紙面的に。それから主に女性陣が。


「ところで、明日以降の話をしてもいいか?」


 おそらく、魔力の扱いを教える件だ。

 わたしは、いまだもぐもぐ口を動かしながら頷く。


「魔力の訓練は前にも言ったが朝でもかまわないか?」

「問題ないですよ」

「明日だけは仕事の関係で昼過ぎになるが、出かける予定は?」


 明日は店長の店に行こうと思っていたけど、そういうことなら昼に戻っても問題ない。簡単な掃除程度ならすぐに終わると思う。

 それを伝えると、分かったと頷いた。

 それ以降は、とりあえず早朝六時に行う事にする。どこでやってもいいけど、外の方が魔力を感じ取りやすい傾向にあるので、閣下のおススメだと言っていた円盤庭園で落ち合う事になった。


「…というか、本当によく食べるな」


 話が落ち着くと、満足するまで食べてお茶で口とお腹の中を落ち着かせていたわたしに、閣下は呆れたように言った。


「先に言ったじゃないですか、よく食べるって」

「限度があると思うが…その身体のどこに納まっているんだ…」

「おいしかったので食は進みました」


――特に、ソースがおいしかったです。


「俺も食べる方だと思っていたんだが…」

「わたしまだ閣下より十も若いし、成長期なんで」


 しれっと言うと、よく太らないなとわたしを見ながら閣下が呟いていた。


――人の身体、特に女性の身体をそんなにじろじろ見るのは性的犯罪(セクハラ)ですけど?


「もしかして、魔力を扱う奴はそうなるのか?」

「どう言う意味ですか?」

「ヴァルファーレもよく食べるからな」


 店長はよく間食はしてるけど、わたしは一緒に食事なんてしたことないので良く分からない。ただ何となく想像はつく。

 確かに閣下の言ってる事も間違っていないからだ。


「魔力はいわゆる身体の中にあるエネルギーですからね。使えば当然お腹すきます。たぶん、普通に動くときより消費してますね」


 よく食べるのは本当だけど、特に魔力を消費したときの量は、自分でもちょっと感心する量だ。


「そうなると、食事前に魔力の扱いを学ぶ方がいいんだな」

「そう言われるとそうかも知れません」


 そこまで考えていなかった。

 ただ、朝の内だったら早朝が一番涼しいから、いいかと思っただけだ。頭がいい人は、考える事も違う。


「ああでも、朝は何かお腹に入れてからやる方が良い気もしますね」


 夕食の時間にもよるけど、基本的に規則正しい人の身体は朝には栄養(エネルギー)補給を望んでいる。つまりお腹が空いている事が多い。

 魔力はエネルギーの塊なので、体内の栄養(エネルギー)が少ないと疲れやすいかも知れない。


「それなら朝に何か軽食も準備させた方がいいな」

「それ、迷惑じゃないですか?」

「何がだ?契約上は問題ない」


 貴族や上級階級の邸宅では、時間外の仕事もたくさんある。そのための契約もきちんと交わしているようだ。


「時間外の労働に関しても正式に契約に示してある。そのためにそれなりの給金も支払っているんだ。時と場合にもよるが、金で解決できることはそうしたほうが早いし楽だ」


 どうやら閣下は時間と手間は金で解決するタイプのようだ。

 自分の中での線引きはあるらしいけど、庶民からしてみれば無駄なお金の使い方に見えた。

 ただ、こうしてお金のある人がお金を使って経済が回っているのも事実なので、ぜひ閣下にはこれからも気前よくお金を支払ってもらいたいものだ。


「本当は、閣下がこの後時間があるなら、少し体験してもらおうかなと思っていたんですが、仕事なら辞めといた方がいいですね」

「簡単に済むのか?」

「体験ですからね。たださっきも言いましたが、お腹が空きやすくなります。夜間勤務中に何か食べる事ってできるんですか?」


 閣下が実際どんな仕事をしているのか分からないけど、今日は皇宮の宮中晩餐会と言っていたので妥当なところでその警備だ。そこらの一般人みたいにお腹が空いたらこっそり食べるなんて事は出来ないだろう。


「基本的には皇族に付きっきりだが、少し抜ける事も可能だ。まあ、問題ないな」


 お腹のすき具合は個人差もあるので、閣下がどれくらいの飢餓感が出るかは分からない。


「どうすればいい?」


 閣下は体験する気満々だ。

 明日から魔力の扱いを教える事になっていたけど、一日早まったところで大差はないので閣下が大丈夫ならわたしが拒否することもない。


「どちらかの手を貸してください」


 わたしが手を出すように言うと閣下は右手を出してきた。わたしはその手を握り、魔力を流し込んだ。

 何か違和感を感じたのか少し眉を寄せてたいたけど、それほどでもなさそうだ。

 わたしは慎重にやり過ぎないように少しだけ閣下の魔力に触れ引っ張るように右手に集めた。


「どんな感じですか?」

「右手が……冷たい…か?」

「自分の魔力は当然何にも感じないんですけど、人の魔力は身体に入ると違和感があります。特に魔力系統が違い過ぎる相手は拒絶反応もあるのが一般的です」


 攻撃系か補助系か。

 旧時代の人は自分の系統と同じ人のところに弟子入りするのが普通だったけど、それはこの魔力による拒絶反応が起こりにくいからだ。

 わたしが、閣下に教えてもよいと言ったのは、閣下がわたしと同じ補助系統だったからで、そうでなければ店長行きの案件だ。


「冷たいくらいなら、大丈夫そうですね」


 同じ系統だとしても時々拒絶反応が起こる事もあるので、注意が必要だ。

 手を離すと、閣下が自分の手をまじまじと見ていた。


「これが体験か?」

「魔力を多少知ってもらうって言うのもありますけど、閣下の魔力ちょっと動かしたので、たぶんお腹すくと思います。何か軽く食べられるものを持って行ってくださいね」


 今は実感なくても、次第に分かると思う。

 閣下は半信半疑ながらもわたしの言葉に従って、軽食を準備させていた。



 


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