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11.食堂での話

「旦那様、お飲み物をご用意するよりも先にお食事の準備が整ったことをご報告させていただきます。よろしければお嬢様とご昼食をご一緒されてはいかがでしょう?」

「そうするか…、クロエ腹は空いているか?」


 ウィズリーさんの提案で閣下が席を立つ。

 わたしは閣下の問いかけに頷いた。イリアさんから迎えは昼前に行くので、昼食はロードリアで取ることを提案されていたから、昼食はまだだ。

 ただ、閣下と取るのは予想外だった。なんとなくまかないとかそういうのを想像していた。


「俺が言うのもなんだが、皇宮にも負けない味だから楽しみしてるといい」


 舌が肥えていそうな閣下がそう言うなら、そうなのだろう。

 身内びいきもあるのかも知れないけど、人を招いての晩餐会なんかも開催しているので、きっと味は確かなのだと楽しみになった。

 ソファから立ち上がると、閣下が手を差し出してきた。

 食堂までエスコートしてくれる、そう言う事だろう。


「閣下は流石にエスコート慣れしてますよね。わたしはちょっと慣れません」

「…身体に沁みついた習慣だ……」


 暗に、特別な場所以外はしなくていいですよと言ったけど、閣下は意識してなかったらしい。

 女性のエスコートが習慣になるくらい数を行うと、自然と出てしまうのだと納得する。

 ウィズリーさんの先導の元、少し後ろをわたしと閣下が歩いて行く。わたしの歩幅に合わせているあたり、本当に慣れているのだと思う。


「ロードリアは皇都の建物の中でもかなりの歴史を持つ建物だ。現皇宮よりも古いと言ってもいいが、その分少し迷いやすい構造になっている。慣れないうちは誰か案内に付けた方がいいだろう」


 歩きながら閣下が簡単にバルシュミーデの皇都邸宅“ロードリア”について説明してくれる。

 わたしも少しの間だけどお世話になるバルシュミーデとその邸宅については失礼があってはいけないと調べてきた。だけど、閣下の説明の方が遥かに分かりやすいし楽しい。

 歴史は嫌いではないので、話していると夢中になる。

 閣下の話し方で自分の過ごすこのロードリアを好きな事が伝わってくるので、わたしまでうれしくなった。

 相手の好きな物、好きな事を共有できるのは幸せな事だと思う。

 友人同士でも趣味があわないと、悲惨なのはどこの世界でも同じだ。


「今の時期は、人工的に作った川の先にある円盤庭園がそこそこ涼しいから行ってみるといい」


 閣下からロードリアのおススメ場所を聞いていると、食堂に着いた。おいしそうな匂いがして、お腹が鳴りそうになった。

 流石になったら恥ずかし過ぎて、顔が上げられない。がんばれわたしのお腹、とエールを送りながら中に入る。

 席が二つ準備してあり、それぞれにカトラリーが綺麗に並んでいた。

 給仕の係と思われる人が、椅子をひいてくれる。


「食べられないものは?」

「イリアさんにも言いましたけど、特にアレルギーはありません。好き嫌いもない方ですけど、極端に辛い物は苦手ですね」


 逆に甘い物は大好きだ。

 そこは女子、甘い物があれば幸せになれる。


「好きな物は?」

「食べ物としては、果物系はなんでも好きです。料理としては…、色々好きですけど、シチューが好きです。とろとろに煮込まれたお肉とか最高だと思ってます!」


 何時間も煮込んだ肉は最高だ。

 特に色んな味が複雑に調和しているデミグラスソース主体のスープは、何杯でもイケる。それぐらい好きだ。

 わたしがシチューについて語っていると、閣下が苦笑していた。


「君は、俺の知る女とはだいぶ違うな。だからこんな気が楽なのか…」

「……それ、馬鹿にしてます?」

「褒めてるから睨むな」


 ただシチューについて語っただけなのにその言いざまに、どれだけわたしが閣下の知ってる女性枠から外れているのか気になった。

 確かに、閣下の前でシチューについて語るような女性はいないだろうけど。


「食べるのが好きそうだな」

「好きですけど、いけませんか?」


 食べる事は好きだ。むしろ昔から言われる三大欲求の一つの食に関して嫌いな人は少ないんじゃないだろうか。


「俺の周りの女は好き嫌いが激しい上、小食のせいで俺まで食欲が落ちる」


リブラリカ皇国の女性には痩せ型体形が多い。痩せている方が美人と世間一般で言われているからというのもあるけど、そもそも男性が太り気味体形よりもやせ型体形を好むと言うのもある。

 そのせいで、リブラリカ皇国の女性は常に減量(ダイエット)に励んでいるという訳だ。


「うーん、女性は基本的に減量ダイエットのための食事制限が日常的なところありますからね…。特に男性の前で大食いっていうのはモテないらしいですよ」

「そういうものか?」

「そういうものですよ」


 閣下だって、華々しく社交新聞に載る時のお相手はどちらかと言えば痩せ型だ。更に言えば、痩せ型だけど決して肉付きが悪いわけではなく、出るところは出ているような夜を楽しめそうな体形を好んでいる。

 そういう体形を維持しようと思えば、涙ぐましい努力をしているのは言うまでもないけど、閣下にはあまりご理解いただけないようだった。

 閣下に選ばれたいと思っている女性陣は、閣下が実は小食な女性は好きじゃない事なんてことを思っていたなんて知らないだろう。


「まあとにかく、そう言う意味ではわたしは世間一般的女性とはかけ離れているかも知れません。よく食べる方で、同級生の男子学生に引かれた事もありました」


 もちろん、わたしだっていつもそんなに食べている訳じゃない。

 身体を動かしたり、魔力を使ったりするとすごくお腹がすくのだからしょうがない。いわゆる生存本能と言うやつだ。


「それぐらい気持ちよく食べる相手だと、俺も楽しいんだがな」


 それは無理な話だと思う。

 基本的に貴族や上級階級の女性はあまり運動量が多くないし、そのせいか食べたら食べた分だけ太る。それで減量するなら日々の食事になるだろう。

 特に、閣下みたいなイケメンの前でバカすか食べられる女性の方が少ないと思う。

 そう考えると、わたしは例外になるのかと思い至った。珍獣枠、閣下が気を使わないのはそのせいか…。

 少なくともわたしは食べるときは遠慮なく食べる。食に関しては妥協しない。

 栄養補給を怠ると集中力もなくなるし、身体も動かなくなる。


「クロエの好物はまた今度にしよう。他の料理も気に入ってもらえるといいんだが」

「大丈夫です!わたし、味の好みは広いんで!」


 閣下が合図すると料理が運ばれてくる。

 どれもまだ温かそうで、おいしそうだ。

 昼だからなのか、わたしが相手だからなのか、格式ばった様式は排除して、料理が一気に運ばれて来た。

 前菜、スープ、メインの三種類だけだけど、好きなだけ食べられるように料理した器ごと運ばれてきている。

 ここから給仕が取り分けてくれるようだ。


「一応聞いておきますけど、普段からこうなんですか?貴族や上級階級では一品ずつというのがお約束的なところありますけど…」


 もちろん、軽食だけで済ませるなんてこともよくある。

 貴族や上級階級の女性は朝が遅いので、昼食の時間はお茶と軽い軽食のみで過ごす事も多い。


「格式ばってるならそうなるが、俺が面倒だったからこうなった。ワンプレートに全部乗せているときもあるから、これはまだ時間をかけている方だ」


 時間のない閣下らしい案だ。

 その食事形式のせいで、基本的には取りわけが容易な大皿料理ばかりらしい。

 給仕がとりわけながら簡単に料理の説明をしてくれる。

 

「本日の前菜は、香味野菜のサラダでございます。生のシーラを乗せ、さっぱりとお召し上がりになれます」


 シーラとは白身魚の一種だ。

 夏に旬となり、脂がのっていて生でも焼いてもおいしい魚だ。


「スープは、金色のスープでございます。金色の実を蒸して潰す事により甘みを深くしております」


 金色の実も今が旬の食材で、よく子供のおやつにもなる。

 生のままだと食べられないけど、蒸したり焼いたりすることで甘みが増す実だ。この時期大量に収穫されるので、屋台とかでもよく売っている。小腹が空いたときなんかにはよく食べている馴染みの実を使ったスープだ。


「メインディッシュは、アルガ牛のローストになります。シェフ特製のソースでお召し上がりください」


 アルガ牛は小型の牛だけど、旨味がぎゅっと詰まった最高級のブランド牛だ。

 わたしは過去に何度か食べたことあるけど、本当に旨味がぎゅっとつまっていくらでも食べられそうだった。


「食べよう」


 一通り給仕され、お皿が置かれる。

 どれから手を付けても問題ないんだけど、やはり順序通り前菜から口に運ぶ。

 大皿に盛られていたけど、小皿に取り分ける際も綺麗に盛り付けられている。香味野菜を囲うようにシーラが飾られていて、それで野菜を巻くようにして口に運ぶ。


「!」


――やばい、すっごくおいしい!!


 脂ののったシーラと香りの強めの野菜、それにかかっているあっさりしたソースが絶妙だ。

 特に、このシーラはかなり新鮮なようで身が引き締まっている。食感も食事処で食べるものとは全く違う。


「このシーラってどこから運んできているんですか?絶対生きたまま運ばれてますよね?」

「シーラ…、というかここで出される食材のほとんどはこの敷地内で作られている。流石に大型なものは無理だが、小型の動物はいたはずだ」

「本当ですか!?」


 すごい話だ。

 新鮮な方が味が格段に違うのは分かるけど、なんとも贅沢な話だ。買ったほうが確実に安いけど、最高のものを出すための努力は惜しまないらしい。それが出来る贅沢は、本当に一部の人間だけだろう。


「金色の実もそうだが、確かアルガもいたはずだ。まあ、こいつに限ってはかなり頭数も少ないし頻繁には出てこないが」


 閣下はサクッとスープを飲み干すとメインディッシュを口に運んでいた。

 前菜は食べ終わった後再び給仕におかわりを頼んでいたのに、スープは頼んでいないところを見るとあまり好んではいないらしい。

 主が好きではないモノを出すというのも疑問だけど、それに文句を言わない閣下も不思議だ。

 ただ、スープもとってもおいしいのは間違いない。

 だけど閣下が好まないのも分かる気がした。

 金色の実は基本的には甘い。つまり、スープも甘みが強いのだ。なんとなく閣下は甘い物を好まなそうだなと思っていたけど、間違ってはいないと思う。

 個人的に言えば、前菜よりスープの方が好きだ。


「閣下は、お肉好きなんですね」

「嫌いな男は基本いない」


 もりもりとアルガ牛を食べている閣下を見て好きなんだろうなと聞くと、そんな答えが返ってきた。

 わたしもアルガ牛にナイフを入れると、すごくやわらかかった。

 ローストしただけの簡単な料理に見えて奥が深い。ソースをつけて食べると、口いっぱいに味と匂いが広がった。


「おいしいです!」


 アルガ牛もおいしいけど、なによりこのソースが絶品だ。

 おいしすぎて、ソースをパンに付けて食べていたら、そっとソースの器を横に置かれてしまった。

 ちょっと気まずかったけど、気にしたら負けだとありがたくソースをたっぷり使う。

 硬いパンと柔らかいパンの両方が置かれているけど、どちらも焼きたてのようで、硬いパンはパリッとしていて、柔らかいパンはふわっと甘かった。

 なんとなく、前菜を食べるときは硬いパンの方があっていて、メインディッシュの時は柔らかいパンの方がおいしかったのでそうやって選んで食べた。

 閣下は、食べるのが早いのか、かなりの量を食べていたはずなのに、食べ終わっている。


「ゆっくり食べていろ」


 閣下は、自分に合わせる必要はないとわたしに言って、自分はコーヒーを頼んでいる。

 料理に夢中になっていたわたしは、そこでようやく閣下がアルコールの類を飲んでいないのに気付いて首を捻った。

 

 


※クロエの好物:いわゆるビーフシチュー

 金色の実:いわゆるとうもろこし

 


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