10.皇都邸宅での話2
「一つ聞いていいか?」
何かに思い当たったかのように聞いてきた。むしろ確認と言った方が良いかも知れない。なんだか、全く危険性を感じない、そんな顔つきだった。
「それ、誰が動かせるんだ?」
「え…」
「意識して魔力を流して起動させないと動かないんじゃないのか?そんなものはこの時代において、誰も使えないのと同義じゃないのかと思ったんだが違うか?」
言われればその通り。
わたしが自分が自在に魔力を操って魔法を使ってるから自分の魔力を使って動かす魔道具も魔道具として扱えるけど、魔法が廃れ、魔力を認知し使える人がほぼいない新時代の今では、使える人はかなり限られる。
――言われれば、確かに…
と思わず納得してしまう。
生きている魔道具は危険だけど、使える人が極端に限られて、しかも限られた人しか出入りできないのならば、危険性は下がる。
対となる場所が壊れてしまっているせいで、現在座標設定がおかしい事になっているようなので、悪用すると言ったところでむしろ使えば危険というおかしな仕組みになっていた。
「対処は必要かもしれないが、危険よりも学術的価値が高いとなると、これを有効活用したいと思うんだが、反対か?」
一応専門的なわたしに閣下が確認を取ってくる。
むしろここは閣下の家なのだから、わたしが反対したところで止めることは出来ない。でも、この邸宅で働く使用人の安全の方が最優先であるという気持ちが伝わってきた。
「正直、閣下に使えるわけではないと言われた通りなんですよね。それに、かなり重要なものだから誰でも使えるという訳でもないと思います」
誰でも使えたら、いざという時の脱出経路には使えない。つまり何かの制約があるに決まっている。
一番簡単に思いつくのが血族登録だ。血族の者以外は動かすことが出来ないようにしておく、これが最も簡単で楽な方法だ。
もしかしたら、こちら側からも閣下の血族ではなく皇族でしか動かせない仕組みかも知れない。
長く仕えるバルシュミーデが皇室に反乱を起こすとは考えにくいけど、人の世は争いの歴史でもある。少しでも危険性を排除するなら、バルシュミーデにさえも動かす権利を与えていない可能性があった。
――この辺は詳しく調べてみないと分からないな…
ただ、一つ言えるのは…
「閣下の言う通り、問題ない気がします。ただ一応、あまり触れない方がいいのは確かですが」
何かの拍子にうっかり、なんてこともなくはない。
「分かっている。クロエが調べ終わるまでは、当分立ち入り禁止にしておこう」
わたしは瞬きをして閣下を見た。
――あれ?わたし詳しく調べたいなんて言ったっけ?
そんな事を思ったけど、閣下にはバレバレだった。
「顔見れば分かる。クロエはもう少し取り繕う事を覚えた方がいいんじゃないのか?交渉において考えていることが分かってしまうと不利だぞ」
若くても流石一流企業の経営者。
老獪な年寄りばっかり相手にしているであろう閣下は、相手の考えを読むことに長けている上に自分の考えを隠す事がお得意なようだ。
「そんなに分かりやすいですか?」
手で顔を包むように触る。
「目が…」
「目が?」
なぜか言い淀む閣下に、わたしが首を傾げた。
そして、わたしから目を逸らし続けた。
「目が、調べたいと言っていた。そんな風に見えた」
「そうでしたか」
友人にも魔道具が関わると性格変わると言われるくらいには分かりやすいらしいので、気を付けなければと気を引き締めた。
「好きな事には一直線なのは知っている。それに、そっちから言ってこなくてもこちらから頼んでいた。専門家を招いても、君以上に詳しい人はいなさそうだ」
一般受けしない魔法士だけが使えるようなものだ。
現在において、それを調べる人を探す方が時間がかかりそうなのは理解できた。
「店長も旧時代の魔道具はあんまり興味なさそうですしね…」
「あいつは完全に迷宮産特化型だ。旧時代の魔道具も別に分からないわけではないらしいが、詳しくないとは言っていた」
「それはわたしも聞いたことがありますね」
「それに比べ、クロエは魔道具関連なら節操ないな。なんでも興味を持つとは…」
揶揄うようなそれに、わたしは唇を尖らせる。
別に節操なしなわけじゃないし、一番好きなのは迷宮産魔道具なのは変わりない。
「まあ、別料金で承ってもいいですよ」
そんな風に言われると、ちょっと意地悪したくなる。
閣下クラスの大物邸宅にある旧時代の魔道具なら、専門家ならむしろお金を払ってでも見て見たい代物だ。
つまり調査を依頼するにあたり無料で来てくれそうだけど、わたしは報酬を要求した。
「好きなだけ請求しろ。そもそも相場というのが存在しないからな」
当然とでも言うように閣下が頷く。
鑑定だけなら相場というのもあるけど、調査となると話が変わる。
それがどういう用途があって、どういう風に使われてきたか。今も使えるか、修復は可能かなどなど、調べるだけでも膨大な知識と技術が必要になる。
重要度や規模によっても値段が変わるのだから、実際にやってみないとわからないというのが本音だ。
ただ、通常契約時に前金が設定されていて、それには相場があったりする。その後の追加費用が安定しないだけで。
「設置型ですからかなり珍しい部類ですし…」
妥当なところをうんうんと脳内で計算。
そんなわたしの様子に閣下が少し呆れたように言った。
「あそこまで“ふんだくってやろう”みたいな顔で言っておいて、真面目に返されると反応に困るんだが…」
「あのですねぇ…」
――律儀に考えているのにそれはないんじゃないですかね…
基本的に真面目な部類のわたしは、小市民だ。
高額と言っても、どこまで言っていいのか気が引ける。しかも、冗談に取らずにそんなものかとポンとその金額を払ってきそうな人なのだら特に言いずらいのは分かっているのだろうか。
「もう、成功報酬でいい気がしてきました」
あっさりと考えを放棄して、わたしは言った。
閣下なら後払いでも間違いなく払ってくれるはずだ。そういうところでごねる様な人ではない。
「結局そこに落ち着くのか…、まあ別にクロエがいいならいいんだが。ただ、必要経費はその度に請求しろ。俺は専門じゃないが、専門器具とかそう言うのは必要じゃないのか?」
専門外とは言いながらも流石量産型魔道具を開発販売しているだけの事はある。そういう特殊器具についても多少なりとも知識はあるようだ。そしてそれらのお値段がなかなかするという事も。
「そうですね、一応自分専用のものを持ってますので、万が一必要になったら言います。イリアさんに言ったら大丈夫ですか?」
「そうだな…」
現在バルシュミーデの皇都邸宅ロードリアでの知り合いは閣下を除けばイリアさんだけだ。
だから当然話を通すときはイリアさんを経由すれば問題ないと思っていたけど、閣下はなにか違う事を考えている様だった。
「イリアでも問題ないが、予算管理は別の人間の範囲だから…、むしろ話を通すならそっちが良いかも知れないな。俺でもかまわないんだが…」
それは遠慮したい。
忙しい閣下に、いちいち許可を求めるのは気が引ける、というよりも連絡するのが面倒くさい。
「とりあえず、このロードリアを総轄している奴を紹介しておこう。真面目だが、柔軟性もあるから、いい相談相手になるだろう」
「えっ…」
――今、バルシュミーデの皇都邸宅“ロードリア”の総轄って言った?
基本的に邸宅の使用人の人事権や予算管理などを行っている総轄というのは、役職名で言えば執事長だ。この執事長が全采配を握っている。
バルシュミーデ程の大貴族の本邸執事長などは下手な小貴族よりも力を持っている。そして、このバルシュミーデ皇都邸宅を任されている人物と言えば、未来の本邸執事長候補と言っても過言ではない。
――めっちゃ偉い人!
貴族ではないけど、主人にも多大な影響を持つ人物だ。多くは幼い頃から当主と関りがある人物が選ばれる。
そしてロードリアにおいて主人格の人は閣下一人。その閣下が将来バルシュミーデを継いだ時に執事長を任されるという事は、閣下とは子供の頃からの知り合いの可能性がある。
生粋の貴族にずっと仕えてきて、将来は大貴族本邸の采配をする人の目から見たら、わたしはただ閣下に付きまとう虫と思われてもおかしくない気がしてきた。
流石に主人が招待した相手に対してあからさまな事はしないとは思うけど。
イリアさんみたいにわたしを簡単に受け入れてくれるような人ならいいんだけど…と思うのは願望なんだろうか。
いやむしろ、イリアさんも実はイヤイヤだったらどうしようとか、あらぬ方向に後ろ向き思考になってしまう。
「待て、何か変な事考えていないか?」
「わたし今ものすごく帰りたい気持ちになってきました!だって、わたし虫ですし!」
「なぜそうなる…」
心底分からないと言うように、閣下がため息を吐いた。
「別に取って食われはしないだろう。何か言いたいことがあったら俺を経由するだろうし」
「そう言う事じゃなくてですね!」
肩を竦めてさらりとわたしの事を無視すると、呼び出しボタンを押す。短い鈴の音が響き、すぐにドアがノックされた。
どうやらわたしと閣下の話が終わるのを待っていたらしい。
「失礼いたします、お呼びと伺い参りました」
頭を下げる男性は、なかなか独特な雰囲気がある。怖いわけではないけど、不思議な圧力みたいなものを感じた。
ただ従うだけでない知性も感じさせる人物だ。
その人物の後ろからはイリアさんが頭を下げ入って来た。
「クロエ、こっちはこのロードリアを総括しているウィズリーだ。昔は俺の教育係兼筆頭侍従をしていた。今は侍従職を離れてはいるが、今でも細かい所で口うるさい」
そう評価するが、閣下からの信頼は厚いのだろうことは分かった。
「ウィズリー・ディンでございます。どうぞよろしくお願いします」
頭を上げるとわたしの一番上の兄と同じくらいの年齢に見えた。
閣下の教育係と言っていたので、結構年上なのかなと思っていたけどそうではないらしい。
シンプルな眼鏡のふちがキラリと光り、なんとも隙のない空気に冷たい印象を受けた。
「よろしくお願いします」
握手して交流を深める、そんな相手ではないので、少しだけ頭を下げてあいさつする。
「ロードリアに関する事でしたら気軽に聞いて下さって構いません。どうぞ、ご自宅の様にお寛ぎください」
「あ、はい。ありがとうございます」
人に傅かれるような生活には慣れていないけど、ここで断るのは失礼に当たる。
主人が招いた人物に必要以上に気を使われるのは使用人にとってはプライドを傷つけられる事になると高等学院の教養の講義で学んだ。
閣下の邸宅でお世話になると決めた時に、覚悟はしていた。
ただ、こっちはこういう生活に慣れていないのは知っている筈なので、そこは一から十まで生活の世話で干渉してくることはないと信じたい。
「少し肩苦しい所があるが、悪い奴じゃない。イリアの夫でもあるから、何かあればイリアに相談すればいい」
「イリアさんの?」
そういえば、イリアさんがご主人もロードリアで働いていると言っていた。
まさかこの人だとは思わなかったけど。
「夫婦そろってお嬢様には誠心誠意お仕えさせていただきます」
そう言って再び頭を下げる夫妻にわたしは少し慌て、閣下は意外そうに見ていた。
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