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9.皇都邸宅での話

 “でかい”

 それがわたしの第一印象だ。

 いや、大きいのは分かっていた。なにせ、あのバルシュミーデの皇都邸宅だ。小さい筈がない。

 一等地に建てられている他の貴族や上級階級の邸宅だって大きい方だけど、バルシュミーデの皇都邸宅はそれとは次元が違う。

 一体、どれほどの敷地で、どれくらい部屋数があって、どれだけの人が働いているのか予想もつかない。


「クロエ様、こちらでございます」


 思わず口を開けて、どんと構える邸宅のを正面から見上げているわたしにイリアさんが声をかけた。今日からバルシュミーデの皇都邸宅”ロードリア”でお世話になるにあたって、イリアさんが迎えに来てくれたのだ。


「圧倒されますね…」


 ロードリアの中に入ると、これまた凄い。

 語彙力がなくて申し訳ないけど、それしか思い浮かばなかった。

 むしろ、どこかの博物館か!とさえ思うよな歴史ありそうな代物が、さもそれが当然というように配置されていた。


――あれも、これも、それも…やばっ!?


 まるで歴史を追っているような、見る人が見れば涎ものな一品たち。

 思わず口元に手を当ててだらしなくないか確認したのはご愛嬌。

 色んな意味で怖い。怖すぎて落ち着けない。いや、正直怖いのかうれしいのか、わくわくしてるのか…、自分の気持ちが分からない。

 

――やばいでしょ、バルシュミーデ。流石と言うか、もはや小国すら凌駕してる。一国を築けるんじゃないかな……


 そんな風に思ってしまうのはしょうがない事だ。

 ただ、各四方大貴族を皇族ですら無視できないというのは良く分かった。この邸宅だけでも相当な資産総額を有しているのは分かる。


「クロエ様、何かお気に召される物が?」


 足を止めてしまったわたしにイリアさんが尋ねてくる。

 人様の家を金の亡者の様に鑑定して見ている自分に恥ずかしくなって、頭を振り払って考えるのをやめた。


「大丈夫です。すごい芸術品がたくさんあって見惚れました」


 間違いじゃないけど、値踏みしてましたなんて言えない。


「そうですか。もし何かございましたらおっしゃってください」


 ご案内しますとイリアさんが歩き出して、わたしはその後ろをついて行く。

荷物は男性の使用人が部屋まで運んでくれるという事で、そのまま手ぶらで身軽な装いのままで歩いていると視線を感じた。

 わたしとイリアさんが通るたびに、横にそれて頭を下げる侍女や侍従と思われる使用人。しかし、通り過ぎると顔を上げてわたしを見ていた。他に遠目にも仕事をしながらもこちらを気にしているのは、きっとこの邸宅で働く使用人たち。

その気持ちは分からなくもない。きっと閣下との関係性について興味津々なんだろう。


「申し訳ありませんクロエ様。あとで注意しておきますので」

「大丈夫です。きっとすぐに落ち着くでしょうし」


 閣下との関係が大した関係でないと分かれば、すぐに興味もなくなるはずだ。

 それでもイリアさんは申し訳なさそうな顔をした。もちろん、大事な客に対してなら注意も必要だと思う。だけど、わたしはそこまで重要な人物でも身分の高い貴族という訳でもないので、気にしないように伝えた。

 イリアさんは了承してくれたけど、なんとなくゾクリとしたのは気のせいという事にしておくのがいい気がした。

 

「こちらでしばらくお待ちください」


 案内されたのは、綺麗な庭園の見える応接室だった。

 玄関ホール並みとは言わないけど、かなり豪華なシャンデリアや装飾もさる事ながら、特に年代物のマントルピースが目を引いた。

 

――うわ、これって…


 目を疑うその代物。

 イリアさんが席を進めてもそればっかり目に入ってしまう。


「お気に召されましたか?」

「いや、お気に召したといいますか…、これ何か知ってます?」


 イリアさんは、思案顔になってわたしの言葉の意味を探っていた。


「マントルピース…暖炉……そう言う事ではないということなんでしょうか?」

「はい…詳しく見て見ないと分からないですが……」


 触れるのは良くないと思い、近くでまじまじと見る。

 もしわたしの勘違いでなければ、かなりやばい代物だ。まさか、そんなはず…と否定しながらも手が次第に震えてきた。

 

「本物……」


最後は呟くように自分でも無意識にこぼれ出た。


「何が本物なんだ?」


 そればかりに集中していたので、突然の問いかけにハッとして顔を上げる。すると閣下がすぐ隣に立っていた。

 いつ入って来たのかすらも分からないほど気を取られていた。


「これか?」


 閣下がわたしの見ていたマントルピースに触れる直前、わたしは驚きで閣下の手を止めた。


「何触ろうとしているんですか!危ないですよ!」


 思わぬわたしの反応に閣下の方が呆気に取られていた。

 その無防備な反応から、わたしはこれが何か閣下が知らないのだと気づく。


「全く、本当にどうなってるんですか。閣下が触ったら起動しちゃうかもしれませんよ!」


 普通の人なら全く問題ないそれは、閣下…というかおそらく魔力を有するものでバルシュミーデの本家一族の血を有する者が触れると危険かもしれない代物。そしてなんの偶然か、閣下は条件を満たしているのだ。

 おそらく、以前は何の問題もなかった。しかし今は不完全ながらも、外に魔力を放出する身体強化の魔法を使えるようになってしまっているので、これに触れるのはきちんと魔力制御を覚えてからではないと危なすぎる。


――ある意味、天の采配だったのかも知れない…


 そう思えるほど偶然が重なっていた。

 店長は迷宮産魔道具以外には興味がない。ゆえにおそらくこれが何か分からない可能性がある。

店長がいなくて、わたしが閣下と知り合って。なんだかんだあって、閣下に魔力の扱いを教える事になって、今だ。

 ぶっちゃけ、わたしが思うに閣下はあまりにも昔からあり過ぎて何も思わないかも知れないけど、言わせてほしい。


――ここ、店長の店より危険だし!


 年代物の骨董品、手入れの仕方もよく分かっていないであろう美術品。

 それがなんでもないただの芸術品なら何も思わない。何でもなくないから言いたくなる。


「クロエ、説明されないと分からないんだが?」

「ちょっと座って落ち着きましょう」

「…落ち着かなければならないのは、そっちだけどな」


 イリアさんが閣下の目配せで頭を下げ退室して行く。

 込み入った話になりそうだと感じ取ったようだ。こういう察しの良さは有難い。


「で、なんなんだ。今まで危険だと言われたことない。もちろん、火が入っていれば別だが」


 マントルピースはただの暖炉を彩る飾りだ。

 昔は簡単な囲いだったけど、時代を追うごとに豪華に立派になっていた。ただの装飾だけでなく彫刻や飾り柱などで、部屋の格式を示す重要な役割になっていった。

 実際、権力のある人やお金がある人はこれに金をかけると聞く。

 ここのマントルピースはそれに比べれば、地味だ。華美でも荘厳でもなく、格式に乗っ取ると言う意味では少し足りない気もする。

 しかし、その用途を知れば一気に重要度は跳ね上がる。


「むしろ、閣下は何も聞いてないんですか?見覚えは?」

「見覚え?これ以外にもあるという事か?特には……」


 そう言いながらも、なにか引っかかるような顔になった。

 一度見たものは忘れないという閣下の特技?がここでも発揮されていた。


「いや、違うな。確か、あった気がする。その時は似てるなくらいにしか思わなかったが……」

「わたしはこれを見た瞬間、まさかって思いました。あそこは一般公開もされているから、特に」


 閣下とわたしが思っている場所。

 そこは数百年の歴史を持ち、現在では一般公開までされている建築物。

 皇都に住んでいる人なら一度は訪れたことがあるであろう有名な観光場所。


「旧宮殿”ローディア”の私的な応接室、そこのマントルピースと同じ型です」


 絶対にありえない事だ。

 皇室と同じものにするなんて、そもそも恐れ多くて出来る筈もない。似たようにとは言えても、同じ型になる事は無いと断言できる。

 そもそも、閣下の邸宅でさえも格式で劣るそれを皇室で採用していたのにはかなりの理由がある。今では古いからとか、当時は技術がとか言われているけど、その当時だってあの旧宮殿には立派なものがあった。

 これはもしかしなくても皇室でも知られていない、もしくは伝聞や資料が失われている可能性がある。


「結論から言いますと、おそらく旧時代中期、魔法が全盛期の頃に考案開発された代物だと思います。ここと旧宮殿を繋ぐ転移魔法を施した設置型魔道具。いざという時に皇族を逃がすためのもの。だからわざと地味に目立たないように作ったと考えられます」


 柱から見られるのは魔法陣、今の魔鉱石の細工の前身になっているものだ。

 恐ろしく繊細で巧妙な細工と神経を使うような術式は芸術品だ。


「なぜ、そう言いきれる?」


 顔つきの変わった閣下は冷静に問いかけてきた。

 閣下からしたら信じられない事なのは良く分かる。


「稀代の天才魔道具技師グランディルが作ったものです。分かりづらいかも知れませんが刻印が残ってます。このグランディルは自身もかなりの魔法士だったのは有名なので知ってますよね?そして最も得意だったのが空間魔法だったとか」


 空間魔法はかなり特殊だ。

 一応補助系統魔法に属してはいるけど、扱える人はほとんどいない。

 理論と言うより直感。そんな魔法だ。

 感覚で使っているようなところがあるので、教えることも出来ないし教わることも出来ない。

 ただ、その有用性は明らかだ。

 空間を捻じ曲げるような転移魔法、別次元に空間を作り出す収納魔法。

 それをこうして技術として残すのだから、知識や発想能力が段違いだ。


「とりあえず、向こう側は確実に起動しないと思いますので大丈夫だとは思います。ただ、こっちは何とかしとかないと、うっかりすると起動しちゃいます」


 それこそが心配だ。

 旧宮殿のものは時と共に色んな所が修復され、それが逆にその設置型転移陣の効力を消してしまっている。

 その時はわたしも残念だなぐらいにしか思わなかった。

 これが完璧な状態で残っていたらどう程の価値があるのだろうかと。値段だけじゃない、その後の魔道具開発もまた違った形で進展していくのではないかという学術的価値。

 そんな値段も付けられないような価値の旧時代設置型魔道具がロードリアのものはほぼ完璧に残っている。しかも見間違いじゃなければ確実に生きている。

 ただ閣下は、わたしの答えに対して少し表情を和らげた。


「旧宮殿の物が動かないならそれでいい。防犯上や一般公開している観点からも危険があるならすぐに報告義務はあるが、そうでないなら後日でもかまわないだろう。問題は、こっちだな…」


 どっちも問題だけど、軍人としての意識で、自宅の方は優先度が低いようだ。

 むしろ、全く問題のない旧宮殿(向こう)より、未だ設置魔法陣が生きている皇都邸宅(こっち)を心配してほしい。


「ちなみに、クロエはこれをどうにか出来るのか?」


 当然の疑問に、わたしは頷く。

 

「壊すだけなら簡単ですよ。でも、今後の魔道具発展に重要な価値がある、という事だけは教えておきます」


 そもそも、迷宮産魔道具は現代の技術で再現する事は出来ない未知の物。そして、その迷宮産魔道具を前身にして作られた旧時代の魔道具も、当時は魔法士が作っていたので、魔法を応用して作られている。

 旧時代の魔道具は簡単にまねして作れるようになったものもあれば、再現不可能なものもある。

 その不可能なものの一つがこの転移魔法陣だ。

 これを解析して行けば、いつか遠くまで一瞬で行けるような魔道具も開発できるようになるかもしれないけど、わたしが知っている限り完璧な状態で残っている転移魔法陣は存在していなかった。今までは。

 閣下もこの魔法陣の有用性について簡単な説明だけですぐに気付いたようだ。

 

――安全をとるか実益をとるか…。

 

 正直、わたしは壊すのをためらう。

 出来る事なら、これを完璧な状態で残しておきたい。

 そんな気持ちが強かった。


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