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1.店での話


 暇だ――

 暇すぎて溶けそうだ…


 暇なのはいつもの事だけど、この時期灼熱地獄と化している外の気温を考えれば、それだけで身体がスライムのように溶け出しそうだ。

 店の中が快適なのが救いだ。


「店長も店長で、この時期さらに死ねる砂漠に出かけるとか、何考えてるんだろ…」


 大通りから一本奥まった場所にひっそりと構えるこの店の主は現在遺跡調査という名のバカンスにお出かけ中。

 わたしが長期休暇で、長く店番できると確認してきた時、何かあるとは警戒した。ただ、特別用事も無かったわたしは出来ると言った。

 言ったけど、まさか休み初日からいきなり店のカギを渡されて、一か月くらいで帰ってくるからよろしくおねがいしますと朝早くからわたしの部屋に押しかけてくるのは、非常識だと思う。

 知り合って早数年、あの非常識さは何とかならないものか。

 いや、無理か。

 天才と馬鹿は紙一重と言うけど、まさにそれを体現しているような自分勝手に生きている店長に、今更わたしが何か言っても変わる事は無い。断言できる。

 変人に、常識人の言葉は届かないのだ。


「それにしても…」


 全くもって人が来ない。

 趣味で開いている店だとは言っていた。

 実際、ここを訪れる人なんてほとんどいない。

 時々来店する人は、そのほとんどが狩人ギルドもしくは迷宮ギルド所属の人ばかり。

 この店のコンセプト的にそういう人が集まるのは仕方ないとしても、もっとせめて女子にも好まれそうな店構えにしてもいいのでは?と考えてしまう。

 この際、店長のいない間に好き勝手にやってしまうか。

 店長も好きなように過ごしていい、好きな時に休んでいいとは言っていた。人が来ないというのも店長には分かっているからこそ、店は開けなくてもいいと言っていたけど、商品は大事らしく、わたしに管理をお願いしてきた。

その希望の下、店に顔を出して掃除して商品の手入れをしているのだ。

確かにそれにしては破格のバイト料で、掃除だけではちょっと気兼ねしたので店を開けてはいるけど。

 むしろ、わたしが来る前はどうしていたのか不思議だ。

 最近ではわたしが主に商品の管理、店の掃除などの雑用を一手に引き受けていたけど、それ以前にはいたのか分からない。

 あの店長がまさか雑務をやっていた、とは考えにくい。

 なにせ、不器用なのだ。

 ある一点に限り、尊敬できる才能があるのも確かだけど、それ以外がぐだぐだ過ぎて誰かが世話しなければ何もできない、そんな雰囲気があった。


「今まで、どうやって生きてきたんだろう…」


 今更ふと思った。


「まあ、関係ないか」

 

 なんとなく要領良く生きていそうだ。

 少なくとも身につけている物がちゃんとしているので、そういう所は好感が持てる。

 着道楽、という訳ではなさそうだけど、良いものは見分ける目を持っているのは間違いない。


「掃除でもするか…」


 たった一日しかたっていなくても埃というものはたまる。

 ほこりが溜まれば、店自体が薄汚れて見え、暗い雰囲気になってしまう。

 店長にはよく綺麗好きだと言われるけど、当然の事だと思っている。

 商品一つ一つを手に取って、手入れも怠らない。むしろ、この瞬間が一番好きかも知れない。

 このいかにも辛気臭い、女受けしなさそうな店でわたしが働いているのは、この魅力的な商品を好きに触れるという一点に限る。

 一般的でない、高級品に分類されるそれは、普通なかなかお目にかかれない。

 しかしそれを商品として陳列している店なんて、世界中探してもここくらいなものだと思う。

 ぶっちゃけ、表に出せないような商品ばかりなのだから。


「ああ、最高――迷宮産魔道具って量産型とは全然違うわ…」


 一点物とも言える個性、美しい魔力の波動。

 どれをとっても量産品では得ることの出来ない美しい輝きにうっとりする


「最高だわ…」


 何かに引かれるようにこの店に足を踏み入れた時の感動を今でも忘れられない。

 希少とも言える迷宮産魔道具が陳列された棚、実際に触れて性能を確認してから購入できると知った時の驚き。


「普通はこんな風に売りに出されないんだけどね…」


 そもそも迷宮産魔道具とはその名の通り迷宮と呼ばれる古代遺跡から発掘される魔道具だ。

 迷宮自体が世界の謎であり、そこから産出されるものは全て高濃度の魔力に満ちている謎の道具だ。

 しかし、その迷宮産魔道具は一般的に販売されている量産型魔道具とは一線を画している高性能魔道具でもある。そしてその有用性から、オークションに並べば物凄い値段が付く。

 そんな希少アイテムをこんな街の真ん中で、店舗販売している非常識さは他では体験できないと思う。


「知る人ぞ知るというのはあながち間違いではないみたいだし…」


 初めて訪れた時は流石に心配になった。

 これだけ高価なものがずらりと並んでいるのだから盗難窃盗エトセトラ、店の従業員でもないけど、すごく気になった。

 ただその時の店長の言葉で全てが納得できた。

 なぜ店長がこの店をこの場所にしたのか、そしてこれだけの迷宮産魔道具がなぜこの店にあるのか。


「ただの変人だとばかり思っていたけど、そうでもないから無茶ぶりされても嫌いになれないんだよね…」


 なんだかんだで、少ない常連客の間では店長はそれなり人望があったりする。

 商品にたいしては真摯に向き合っているし、価格もオークションの様にぼったくりじゃないのかと思えるような値段設定はしていない。

 ちなみに、転売される可能性もあるのではないかと聞いた時ににこりと微笑んで、そんな事起こると思いますか?と言われた瞬間のぞっとした空気に、絶対ありえないんだろうなとなぜか自然にそう思えた。

 そして、この人は敵に回してはいけない人なんだと認識した。


「店長、今頃何してるかな…」


 なぜか元気に楽しんでいそうな気がした。

 お土産買ってきますとは言われたけど、出来れば迷宮産魔道具がほしい所だ。

今回店長が行っている砂漠の遺跡は新たな迷宮である可能性が高いという事で、それを調べに行っているけど、恐らく新たな迷宮なんだと思う。

 そうでなければ、店長がわざわざ行くはずがない。

 本能と直感で生きているような人が興味を示すのだから、それなりの根拠がある。

 もし迷宮ならば、また新たな迷宮産魔道具も産出される事だろう。


「わたしもいつか迷宮に潜りたいな…」


 迷宮に立ち入るには迷宮ギルドに所属して、許可証が必要になる。

 この国での加入は成人してから、つまり満十八になってから。

 わたしは現在十六なので、あと二年。

 それまではこの店で迷宮産魔道具を自由に好きなだけ触って、じりじりしながら待つしかない。

 いつか自分だけが扱えるような運命(魔道具)に出会いたい。

 一目惚れでわたしの目に留まって、一生それを愛でたい。

 迷宮に潜りたいのもそのためだ。

 だけど、まずは目先の仕事。

 わたしは店内を見回して、ふといつもあまり手入れが出来ていない店の奥の迷宮産魔道具を手入れしようと店舗の方に持ち出してきた。

 店内の奥にも数多くの迷宮産魔道具が置いてある。

 危険な迷宮産魔道具は厳重な管理下にあるのでわたしも触れたことがないけど、それ以外にも店の奥には表に出せない魔道具も数多くしまわれていた。その大半は店長が手入れをしたりしていたけど、流石にしばらくいないとなるとわたしが多少手入れをしておいた方がいいだろう。

 魔道具は迷宮産も量産型もそこまで頻繁に手入れをしなくても大丈夫だけど、所詮は道具。道具は使えば使うだけ劣化していくけど、使わなくても不具合を起こすのだ。

 そのため、わたしはこの店の商品の管理も店長から任されていた。

 魔道具を扱うのはそれなりの経験と実は資格も必要だ。資格取得自体の年齢制限はないけど、かなり難しい専門資格なので大体が専門の学校を卒業した人が取得する。

 しかし、もちろん一般人でも受験は出来るのだ。

 わたしは昔から魔道具というものが好きで、迷宮産、量産型どちらも身近にあったことから、自然と詳しくなり試験も突破出来た。

 そんな話を店長にしたら、なぜかこの店でバイトするという話になって、それが今に至る。


「信頼されてるのはうれしいんだけどね」


 魔道具の管理を任せるというのは一定以上の信頼があってこそ。

 出会って数年、雇われて数日で、魔道具の管理を任されるようになったのはうれしいけど、わたしの方が心配になった。

 まあ、信頼されているからこそだから、その期待に応えたくはある。

 わたしは奥から持ってきた迷宮産魔道具を専用の敷物を敷いた机の上に置く。

 小型の小物入れの様な形状の迷宮産魔道具だ。実際、動かせば蓋が開いてオルゴールの様に音楽が鳴る。

 外観を丁寧に拭い、動かす。

 迷宮産魔道具は適度に動かしておかないと、全く動かなくなるものがある。

 当然の事だけど、迷宮産は量産型と違って修理しようにもできない物が多いので、出来るだけ長く使えるようにメンテナンスは重要だ。

 

「よし、これは大丈夫かな」


 こういう嗜好品は好事家の中では人気の商品ではあるけど、店長いわく、道具は使ってこそ。使わないで仕舞い込んで芸術品の様に扱うような客には売りたくないだそうだ。

 迷宮産魔道具は生きている。

 歩いてしゃべるわけではないけど、相手を選ぶと言われている。

 実際、相性というものがあるのはよく知られていた。

 使うとなると、魔道具自身との親和性も重要になるので、この店では性能確認という試しが出来るのだ。

 

「さて、次は……」


 簡単にチェックをして元に戻す。

 数個チェックし終えて、全く人が来る気配がないのを確認したわたしは、ついでにしばらくしていなかった商品確認もしておこうと、帳簿と取引記録も取り出した。

 店の奥で、帳簿を確認しながら商品確認や取引状況を照らし合わせていく。

 わたしがバイトに来る前までは店長がやっていたらしいが、細かい事が好きではない店長がぜひやってくださいと渡してきた。

 流石に帳簿を渡されたときは引きつった。人には得手不得手があるのだから、得意な人がやるべきですとのお言葉だったが、好きではない作業を押し付けることが出来て万々歳と思っているのは明らかだ。

 当時は、そこまで信用してくれてるなんてと前向きだったけど、今ではそれなりに店長の事を知ってしまったので、何か仕事を任されたら裏を疑ってしまうくらいにはひねくれてしまった。


「あ!店長、また勝手に!!」


 見覚えもない上に、帳簿にも書かれていない迷宮産魔道具が奥にひっそりと置いてあった。

 この店は店長の店だし、支出について文句は言わないけど、買ったり売ったりしたら書き残しておいてくださいと口うるさく言っても、直る様子がない。

 

――年に一度の徴税の時に困るのは店長なのに

 

 絶対、わたしが来る前は適当な管理だったと断言できるずぼらさだ。

 どれほどの金額で取り引きしたかは店長にしか分からない。

 あの人は、こういう作業が好きではないけど、記憶力は抜群なので、聞けば全てを覚えている。

 その記憶力をもう少し違うところに発揮してほしいものだ。

 ふうとため息を吐きながら、勝手に増えていた魔道具を手に取り、どういうものか眺めた。

 その時、店舗の鈴がカランカランと鳴った。この音は店のドアが開いて誰かが来たという事だ。

 表に置いてある魔道具に関しては値段表記されているので、わたしにも対応は可能だ。

 帳簿を置いて急いで表に戻る。


「いらっしゃいませ!すいません、少し席を外していたもので……」


 わたしがそう声をかけると、棚を眺めていた背の高い男性が振り向いた。

 端正な顔立ち、整った容貌のその目がわたしを鋭く見る。

その瞬間、わたしは一瞬言葉を失った。

人は驚きを通り越すと呆然とし唖然とし、言葉を失う。

 そして――


――マジで?本物?ええ?おかしいでしょ?

 

 そんな疑問符ばかりの言葉しか浮かんでこなかった。



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