匂い
紹介された椎名は群青に向かってぺこりと頭を下げる。つい反射で群青も軽く会釈した。
「実はこいつの『能力』でお前を容疑者だと推測したんだ」
「どうやって?」
群青が聞くと木田は再度、椎名を見た。何かを確認したがっているような間があった。
「話していいってば」
椎名が承認すると木田は説明を再開した。
「椎名の『能力』を、椎名や俺は『シックス・センス』と呼んでいる」
「名前、つけるのか」
つい気になってしまい話途中だが聞いてしまう。質問に対して木田は不思議そうな表情をする。
「むしろお前、自分の『能力』に名前を付けないのか?」
「…」
自分の中だけにあったモノに名前を付ける必要は全く無かった。名付けるという発想すら無かったのだ。
群青が黙っていると木田は話を続ける。
「で、『シックス・センス』の『能力』は、相手の感情や心理を匂いで感じ取るというものだ」
「匂い?」
一度言われただけでは上手く頭に入って来ず、群青は聞き返した。
「相手の気持ちを嗅覚で感じ取る能力だ」
言わんとしていることは理解したが、なかなか共感は持てない。
「匂いね…」
適当に相槌を打つがピンとは来ていない。木田は少し困ったように椎名を見る。群青もつられて椎名を見るが椎名は二人を見返しているだけだった。
三者ともお互いを見つめている妙な空間が生まれた。
「なあ椎名。やっぱりお前から説明してくれないか」
木田から切り出した。
「どうにも他人の『能力』の説明は難しい。感覚的な話だからな」
「私も自分で感じていることを、どうにかして言語化させてるんだけなんだけど」
文句なのか判断つきにくいことを呟いたが、椎名が説明し始めた。
「他人の考えていること、想いを匂いで感じることができるの。それが『シックス・センス』」
言いながら群青の顔を指さす。突然だったので群青はたじろいだ。
「今、群青くんからは警戒の匂いがすごくする」
「それは…今の僕からなら、顔や態度からでも推測できそうだけどね」
「そうね。私も言いながら『能力』の証明にはならないな、って思った。ただ安心の匂いも微かにあって、これは群青くんが少なからず私達を信用し始めていることを表してる」
「そうなんだろうか」
言われた群青にははっきりとした自覚がなかった。むしろ不安要因の一つである椎名自身がそう断言することが、少しだけおかしく感じた。
「今、何か面白いことを考えたでしょう」
おかしく感じた直後に椎名に指摘された。タイミングが完璧で流石に驚く。
「人は様々な感情を並行して働かせてるから、本当はもっとたくさんの匂いがするんだけどね。あとは、しいて挙げるなら…敵意」
「敵意…」
穏やかでない言葉に、言われた群青がつい反芻してしまう。
「そう。私たちへの警戒心から来るわずかな敵意。でもこれは…」
「敵意ではあるが殺意では無い」
椎名の言葉を木田が引き継いだ。
木田の目つきは鋭くなっており、安住が死んだ夜に見た眼光を群青は思い出した。
木田の目は鋭いがどこか思案げでもあり、誰を見るでもなく空を見つめていた。まるで記憶を手繰り寄せているようだった。
「あの事件の夜、俺と椎名は安住が死んだ橋からそう遠くない所を歩いていた。たまたまだった。俺は高校から帰るときに椎名に会ったんだ」
木田が切り出した。
「帰り道が同じところまで歩いていたんだが、突然椎名が強い匂いがすると言い出した。強烈な殺意の匂いだったらしい」
「殺意の匂いって、例えるなら血を彷彿とさせるような鉄のような匂いなの。そして生臭い。それが鼻のすぐ近くに匂いの素があるのかって思えるほど、強烈に激しく感じたの」
「君のその…『シックス・センス』は食べ物とか花の匂いと同じような感覚で、感情を嗅ぎ取ることが出来るのか」
「そう。だから『嬉しい』とか『悲しい』っていう匂いは殆ど常に嗅いでる。敵意も多かれ少なかれ殆どの人から嗅ぎ取れるの。それはある意味当然の感情だから。…だけど殺意は、タガが外れた者からしか匂わない」
「椎名に匂いがする方向を教えられた俺は、その方向へ走った。何かが起きるかもしれないと思ったからだ。そして橋のあたりに来ると…川に何かが居るのが見えた。人だった。すぐに川に入って安否を確かめたが、そこでそいつは見覚えのある奴だと気づいた。中学で一緒だった安住だった」
そう話す木田の顔は暗い。
「身体を起こして助けようとしたが、あいつの身体は冷たかった。もう既に死んでいるという事実を、冷えた体温を通して理解した。その感覚を今でも覚えている。そして顔を上げたらいつの間にか橋に男が一人立っていた。そいつが何者か考えているうちに、もう一人来た」
「それは僕だ」
群青が言い、木田は頷いた。
「そう。あれはお前だった。俺の位置からでもどうにか二人の顔は見えていた。俺はしばらくお前らを見ながら考えていた。こいつらが安住を殺したのか?って」
群青は反射的に首を横に振る。その点の誤解は解けているらしく、木田は気にせず話を続けた。
「しばらくお前らを睨んでいたが、状況は何も変わらなかった。こちらから仕掛けようかとも思ったが、お前ら二人が共謀していたら、と考えると不利だと思えた。癪だったが俺は安住を置いて立ち去った。必ず決着を付けると思いながら俺はあの場から立ち去って、少し離れた所で待機していた椎名が居る所まで戻った」
木田があの時鋭くこちらを睨んでいた理由を知って群青は納得がいった気持ちだったが、一方で殺人犯と勘違いされていたという事実に何度目かの衝撃を覚えてしまう。
「俺は椎名に事情を説明したあともう一度確認した。椎名はやはり『殺意の匂いだった』と言った。だが安住を触った時、俺は確かめたが外傷は無かった。刺殺とか絞殺じゃなかった。川に落ちたから溺死かもしれないが…、だが殺意があの場にあった、という俺と椎名だけが知っている事実が、これは殺人じゃないかと推理させた」
「だけど数日後、群青くんが知っているとおり学校が心臓麻痺だと…あれは事故だったと皆に説明した」
椎名が言うと木田の語気が強まる。
「だがそれでは『殺意』の説明がつかない。俺達はほとんど確信していた。あれは殺人だったと。だが殺人に結びつくような証拠は何一つ無かったのだろう。警察が断定したいうことはそういうことだ。だが…」
少し間を置いてから木田は結論を言う。
「だがそれがむしろ、これが『能力』による殺人だと考えるヒントだと俺達は思った。『殺意』のあった現場で殺人の証拠が無いのなら、それが真実なのでないかと考えられた」
「…殺人だと思った理由は分かったよ。『シックス・センス』という『能力』があると、受け入れる前提があるけど」
どうしても気になる点があるので群青は口を開いた。
「しかし証拠が無いのは『能力』を使ったから、という推理は強引すぎないか」
「…その点については『シックス・センス』の応用性を説明する必要がある」
木田が言いつつ目線を椎名に向けて説明を促した。椎名が喋る。
「『シックス・センス』は相手の感情を嗅ぎとることができる。その人がどういう精神状態なのか概ね知ることができる…。精神状態ってざっくり言えばパターンみたいなものがあるの。ものすごくざっくり言えばね」
分かりやすく説明しようとしてくれている意思を感じるので、群青は素直に頷く。
「たとえば子供だったら子供特有の精神状態みたいなものがあるし、老人とかもそう。年齢別に分けることもできるけど、母親の人から感じる精神状態とか、病気持ちの人から感じる精神状態も、ざっくりと言えば全く別人達でも似通った精神状態なの。そして…」
一瞬の間ののちに言う。
「『能力者』にも『能力者』特有の精神状態のパターンがある。ざっくりだけど、パターンと言えるような感情の傾向があるの」
「『シックス・センス』でパターンが分かる…」
「そう。つまりは『シックス・センス』は『能力者』かどうかを特定することができる」




