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今を生きろ  作者: 豆腐
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能力者

 『能力』。それは群青が幼い頃から備えている力だった。


 群青がこの力に気づいたのはもう十年以上前になる。だがあまり深く考えたことは無く、自身で分析したこともなかった。この力は生まれ持っての体質みたいなもの、という結論で群青の中で完結していた。


 『能力』は手で触れた物体にのみ使用できる。能力を発動させると、触れた物体は今在る位置を記憶する。


 『能力』を解除すると、物体は記憶した位置まで高速で戻る。記憶した位置が空中だろうと水中だろうと直線の最短距離で戻っていく。


 それが群青の『能力』だった。






「…つまり投げる直前の、頭上に物を掲げた位置で『能力』を発動させたというわけか」


 そう解説していたのは先程群青を襲撃して、群青に反撃された鋭い目つきの男だった。


 だが貫くような眼光は今や消え失せていた。激しく打ち付けられた脇腹をさすり、未だ残る痛みに耐えていた。苦渋の表情の姿がそこにあった。


 男は駐車場脇のベンチに座っており、その横には群青が座っていた。


「…そう。そうして解除すると僕の頭上まであのエレベーターの部品は戻ってくる。最短距離で戻ってくるので、途中に居た君の身体に当たったんだ」


 冷静な言い方で補足したが内心気まずさを抱いていた。


 未だに痛そうにしている相手に対して、痛めつけた方法を解説する気まずさは、群青の人生において初めて経験する事だった。そんな変な気まずさを感じるのはこれが最初で最後だろう、とも思えた。


 ――そして『能力』について他人に説明することも、これが人生で初めてであった。


「最初からそれを狙って投げつけて来たわけだな…。投げる前に『能力』を使っているわけだものな」


 答えにくかったので、群青は視線を遠くにやった。先程闘った所から少し離れたベンチに座っているが、先程まで居た位置にはまだエレベーターの部品が落ちていた。


 拾う理由は特に無いので放置しているが、翌朝になれば清掃員あたりが、訝しがりつつも回収してくれるはずだ。


 あの部品を見ると自分は本気で誰かと闘ったのだな、と感慨深くなるが、よもやそれから十数分程度でその相手と普通に会話することになるとは、全く思いもよらなかった。






 …攻撃した直後に時間が戻る。


 一撃をもらって倒れ込んだ男には、突然の衝撃と打撲で内臓が痙攣している自覚があった。息も絶え絶えでこのまま昏倒するのでは無いかという危機感があった。


 だが群青がこちらを見下ろしているのが気配で分かった。ここで昏倒するのは逆襲を果たそうとする群青の前で無防備になることであり、極めて危険で致命的だった。


 どうにか立ち上がらなければいけなかったが、しかし一度吐き散らかしてもなお、酷い吐き気を感じていて、内臓だけでなく筋肉も傷付いていて激痛が走っていた。あと数秒程度で立ち上がれる状態では無かった。


 絶体絶命、そう覚悟して視界を閉じようとした時に声が聴こえた。かなり近くから聴こえてきた。群青が身を屈めて話しかけてきていた。


「そんな状態のときに言うのもなんだけど、いや、このタイミングしか無いわけだから言うけど…僕は安住くんを殺していない。信じて欲しい」


 唐突に説得が始まった。


「君がどうして僕が犯人だと信じ込んでいるのか知らないけど、僕は絶対にやっていない。人を殺したいと思ったことは無い。だから今も、君にこれ以上何もする気が無い」


 男は何か反論しようとしたが、声は酷い咳に変わって苦しそうに口から空気が漏れ出ただけだった。


「水、持ってこようか。僕が犯人じゃないって信じてくれたらだけど」


 男は混濁した意識をどうにか働かして考えた。その間、群青は答えを待っていた。何かをしようという気配は無かった。殺意などは全く感じられなかった。


 沈黙の後に、男は荒れた息遣いのまま右手を上げ、人差し指を立てた。


「…一本頼む…」




 群青は近くの自販機でペットボトルの水を買ってくると男に渡した。男はどうにかして身体を上げて座る姿勢を取った。


 痛みは依然あるし吐き気も残っていたが、身体は少し落ち着き始めていた。群青は渡した後、中越しでこちらを伺っていた。体調を案じているかのような様子だった。


 水を一度口に運んだが、横を向いて吐き出した。吐いた水には僅かに血が混じっていた。一息着くと群青と目を合わした。


 出た言葉は謝罪では無かったが、謝罪の意味も少なからず込められていた。


「木田…俺は木田きだ恭介きょうすけという」


 出会ったばかりで、それも私闘を交えた直後とあっては最低限の信頼しかそこには無かった。


 しかし最低限でも、そこには紛れもなく信頼があった。


 群青は座っている木田に手を差し出した。


「僕は群青譲一」


 木田は群青の手を握って、立ち上がった。






 …そして今に戻る。


 和解という事でいいのだろうか、と群青は横で水を飲んでいる木田を見つつ思った。


 木田は一息吐いた後、群青の方を見た。


「で?」


 木田が言葉を促してくるが群青は意味が分からずキョトンとした顔になる。


「で、とは?」

「まだエレベーターから助かった理由を聞いてないぞ」

「ああ、そうか…そうだな…」


 だが『能力』とは心で動かすものであり、極めて感覚的なものであるため、他人にはとても説明しにくい。


「落ちていくエレベーターに触れて位置を記録させたんだ。エレベーターは地下一階まで落ちると予測してたから、地上一階の高さあたりで位置を記録させた。そして地下に激突する寸前に解除した。エレベーターは地上一階の高さまで戻った後、地下一階まで再び落ちる。だけどそれは一階分の高さから落ちたことにしかならない…」


 能力に関して他人への説明は初めてだったので、伝わるかどうか不安だったが、木田は瞬時に理解してくれたようで納得した様子だった。


「なるほどな。一階分の落下でも結構な衝撃だろうが致命傷にはならない…。だがエレベーターの中に居て、どうやって地上一階のあたりだとか、地下一階の直前だとかを把握したんだ。そこが分からなければ『能力』を使うタイミングも、解除するタイミングも分からないだろう」


「そこに関しては完全に感覚だった」


 思い出すと今からでも震え上がりそうになり、つい顔をしかめて群青は答えた。


「この際、二階の高さで『能力』を使って解除しても、二階分の降下なら恐らく助かるだろうとか、そういう広い範囲で捉えていたけど、最終的に賭けだった。今思うと本当に寒気がする」


 冗談でなく本当に悪寒がした。木田と同様にベンチに座っていたので腰が抜けることこそ無かったものの、今仮に立っていたら膝から力が抜けて崩れ落ちるところだった。それほど説明してるうちに唐突に恐怖が蘇ってきた。


「なかなか度胸があるな」


 木田が感心したように言う。


 褒められたと思って群青は少し照れ臭くなるが、冷静に考えればそこまで腹をくくらざるを得なかったのは、木田が襲いかかったからだ。そう考えると褒めるのは筋違いではないかと思えてきた。


「なるほど仕組みは分かった。…俺も少し舞い上がっていたのだろうな。お前が『能力者』だということはほとんど確信していたのだが、実際会ったあたりでどういう『能力』なのか考えることを放棄していたよ」


 聞き捨てならないことを言うので群青は反応する。


「『能力者』?」

「『能力』を使える奴のことを、そう呼んでるのさ」

「何故僕がそうだと事前に分かっていたんだ?」


 群青はこれまでに自分の『能力』を他人に話したことはない。わりと親しくしている筒井はおろか、両親も全く知らない。


「…それを今説明するのは難しい。だが俺は分かっていたし、だからこそお前を探していた。安住殺しの犯人だと思っていたからだ」


 群青は絶句した。


 やはり木田が戦闘の際に言っていた「殺されても仕方ない」理由とは安住殺しのことなのだ。だがまさか殺人方法が『能力』だと考えているとは、群青にとっては思いもよらぬことだった。


「しかしこうして話を聞くと、お前は安住を殺した犯人ではない気がするよ。あいつに外傷は無かったらしいからな。さっきみたいな攻撃では、傷跡や打撲の痕が残る」

「…」


 群青は話をすぐに飲み込めず呆然とするのみだったが、木田はそれを冤罪にかけられた群青の憤怒だと判断したらしく、突如椅子から離れて地面に正座した。


「すまなかった」

「いや、やめてくれよ」


 群青は慌てて止める。


「目撃者とはいえ、無関係の人間を殺すところだった」

「あの時、橋の上に居たのが僕だと見えていたのか」


「顔は見えていた。だが二人とも知らない顔だった。お前のことはその後に調べたんだ」

「君は何であの時、安住くんのそばに居たんだ。僕は警察に容疑者として君のことを伝えてしまったぞ」


「…確かにあの場を見れば俺の方が不審者か。だが俺は川で倒れている安住を見つけて介抱するつもりだった。…助けようとしていた。俺が来た時にはもう死んでいたが」

「君は安住くんの知り合いだったのか」


「…中学の同級生さ」


 群青は少しだけ得心がいった。


 中学時代の友人の敵討ちというわけか、と納得できた。


 友人の死について何か言葉を投げかけるべきなんだろうか、と一瞬躊躇ったが木田はそうした言葉を求めていないように感じられたし、群青も心からの哀悼の言葉はまるで出てこなかった。


 何より先程まで殺そうとしてきた相手に慰めるような言葉をかけるのはおかしいと思い、考えを打ち切った。


「でも何故殺人だと思うんだ。安住くんは心不全で亡くなったという話だぞ。…あといい加減そろそろ立ってくれ」


 それまで正座していた木田は素直に応じて立ち上がる。


 色々とハッキリしている性格だなと群青は分析した。


「それは知っている。だが俺はあの日起きたことは事故ではなく事件だったと思っているし、それについてはほとんど確信している。だからこそ犯人探しをしていたんだ」

「何故事件だと?」


「…それについても、やはり言えない」

「…僕は君が言うとおり、あの日たまたま目撃しただけで無関係な人間だ。それでもこうして巻き込まれたとなると、概ねでいいから経緯を知りたいとは思うんだ」


 諭すような口調で言った。どうしても是が非でも真相を知りたいというわけではないので、必死ではない。


 しかしやはり引っ掛かりはする。


 自分が命を狙われた理由などを知らないまま生活を続けるのは、きっと納得がいかないだろうという予感がしていた。


 納得したいという思いが、すっかり埃が積もっていた『関心』という気持ちを呼び起こしていた。


「…それはそうだ。それにお前が『能力者』ではあるが犯人ではないとなると、俺からも話したい点はあるしな」


 意味深なことを呟いているが、意を決したようにハッキリと群青に話す。


「全て話そう。…だが今は駄目なんだ。明日でいいか」

「明日…明日にどうやって話すんだ」


 群青は木田について名前しか知らない。


「連絡先教えてくれ」


 言いながら木田はポケットから携帯を取り出す。


「なんのために?」

「連絡するために」


 至極当たり前である。


 木田は「携帯を出せ」と言わんばかりに空の手を群青に差し出していた。


 あまりにも平然と言われたせいで選択肢を見失っていた。


 とりあえずポケットから携帯を取り出したが、この動きは承諾を意味してしまっている、と取り出してから気づいた。


 傍目から見れば男子高校生二人が連絡先を交換しているだけである。だが実態は殺そうとしてきた者と、殺されそうになった者が、争った三十分後程後に連絡先を交換しているのである。


 こんなことってあるのだろうか、と群青は呆れるあまり最早何も出来ずに、携帯の操作をしている木田をただ眺めていた。


 木田は携帯を少しいじったあと、悩んだ様子で群青に聞いた。


「QRコードってどうやって出すんだっけ?」




 連絡先を交換した後に二人は解散した。


「じゃあ、またな」


 というのが木田の最後の言葉だった。振り返ることもなくスタスタと歩き去って行った。


 群青はしばし眺めていたが、少し経ってこの混乱めいた事態がとりあえず終わったことに気付き、帰宅した。


 連絡先は交換したものの、しかし今後会うのだろうか?と帰宅した後も幾度と思う。木田に対しては微かな親しみと大いなる警戒心が混濁していた。帰宅してからも何にも手がつかなかった。


 床に入ってふと思い出したことがあった。


(そういえば今日は他人に『能力』のことを話したんだった…。『能力』について喋る日が来るなんて)


 人に話すことはおろか言葉にしたことすらなかった。そんな自分の中だけにあったモノが、突如として誰かに知られた。


 そしてそんなモノを内に持つのは自分だけではなかったのだ。


 眠気で鈍くなる頭でも、新鮮な驚きを感じていた。しかしゆっくりと重い睡魔に囚われ始めた。


 何だか疲れているみたいだな…何故だろう、と薄れていく意識の中で考えたが、答えに気づくとほぼ同時に意識はまどろみに溶け込んだ。


(そうか。今日は殺されかけたから、疲れているのか)


 何もなく静かに終わるはずだった休日は、命を賭けた苛烈な一日となった。


 ついでに連絡先も一件増えた。

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