表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今を生きろ  作者: 豆腐
3/32

真相

 群青が今抱えていたのは悩みだった。


 昨夜自分が第一発見者であったことを、皆内先生に伝えた方が良いのではないか、という悩みだった。


 黙っていてもいずれ警察が高校に伝えるかもしれないし、あるいは既に連絡済みなのかもしれないが、もし高校側に把握する手段が無いのなら、少しでも情報提供という意味で教えたほうが良いのではないだろうか。


 事件と見るべきか事故と見るべきか議論しているものと思われるので、それならなおさら参考情報として提供するのが親切かもしれない、と考え始めていた。




 普段の朝なら、ホームルームが終わってから一時間目の授業が始まるまで教室は非常に騒がしくなるのだが、今この瞬間は誰も騒いだりふざけたりしようとは微塵も思っていなかった。皆、依然悲しみ続けていた。


 最初に泣いた女子の周りには、その友達が集まって皆で慰めていた。徐々に自席を立つ生徒が出てきて仲の良い者達の集まりが形成され出したが、教室を出る生徒は一人も居なかった。


 職員室では会議が長引いているのか、自習だった一時間目が終わっても皆内先生は戻ってこなかった。


 トイレに行きたい生徒が現れ始めたので、発言力のある生徒何人かが方針を決めた。周りにトイレに行くことを伝えた上でなら行ってもいい、というルールとなった。


 ルールによって何人かの男女が教室を出た。その中には群青も居た。教室を出る際に誰にも何も言わなかったが、誰もそれに気づかなかった。


 群青は教室から出た皆と同様にトイレへ向かったが最後尾を歩いており、トイレに着いた際に誰にもバレないようにその場を通り過ぎた。


 群青が目指していたのは職員室だった。


 ルールを破る行為は群青にとってあまりに珍しいことだった。だが先程から義務感と思しき感覚がじわりじわりと湧き出てきており、それが歩を進めさせるのだ。自分の知っている情報を先生達に言わなくては、という義務感だった。


 だが義務感に対する抵抗もあった。本当に伝える必要があるのだろうか。そんな義務感は思い上がりではないのか。


 普段、表舞台に上がろうとしない群青にとって、自ら考え率先して動くことに慣れておらず、不慣れゆえの抵抗感があった。


 群青の歩みは不自然なほどゆっくりで、大して遠くない職員室までの距離に相当な時間を要していた。考えが定まらないゆえに歩みが遅くなっているのだが、それでも着実に職員室へと近づいていた。


 歩みを完全に止めないのは、やはり義務感ゆえだが、その義務感とはつまるところ正義感でもあった。


 群青は考える。


 前夜にあの事件を目撃していたと述べて、それで先生達は把握して、受け入れてすぐに群青を解放してくれるだろうか。警察と同様に重要な情報源として多くの質問を投げてくるのではないだろうか。夜にその場所に居たこと自体に不信感を持つかもしれなかった。


 群青は歩みを止めた。


 常に独りで静かに過ごし、刺激もなく変化もなく、喜びもなく悲しみもなく生きていくことに慣れてしまった群青にとって、正直に言ってこの件は煩わしいことだった。


 一度止めた歩みは、もうそれ以上前に進まない予感があった。


(必要であれば警察が僕のことを学校に教えるだろう。学校側も関心があれば、教えられたあと自分に聞いてくるだろう。その時が来たら話せばいい)


 そう考えると義務感はすぐに消え去った。振り返って引き返すことにした。踵を返して後方へ向き直るが、目の前には生徒が居た。女子だった。


「うわ」


 全く気配を感じていなかったのでつい声が出てしまった。小柄な女子で、同学年の女子の平均身長より頭一つ分くらいは小さかった。


群青の視野よりやや下に女子の頭があったので、振り返ってから気づくまでにワンテンポ遅れたが、どうにかぶつかる直前に群青の方から避けることができた。


「ごめん」


 避けた後に相手の顔を見て謝る。女子は群青の顔を見ているが何も喋らない。無愛想だった。


 待機を命じられているこの状況で廊下を一人歩いている自分を見て不審に思っているのだろう、と群青は察した。何か適当な言い訳を述べようかと思ったが、何も聞かれていないのに喋っても仕方ないと考えて、そのまま立ち去ることに決めた。


 先程までとは打って変わって素早い歩みで教室に戻る。戻る最中に一回も振り返らなかったが、女子が未だに自分を見ているような気がした。




 群青が教室に戻ると、戸を開けた音で何人かのクラスメイトが振り向いたが、先生でなく群青だと分かると視線を戻した。


 トイレという理由にしては随分時間が掛かっているが、誰も群青がいつ教室を出たか知らなかった。そのため誰にも咎められることなく、席に戻ることができた。




 席に座り黙って待機して、三十分ほど経った頃に足音が聞こえてきて皆内先生が教室に入ってきた。


「今から今日の流れを説明するので、席に着いて」


 全員大人しく従う。全員席に着いたところで先生は説明を始めた。


「警察からの新しい情報は、特に学校にも来ていません。なので事故なのか事件なのか、何も判別はつきませんが、学校としては大事を取るということで、これから皆さんには集団下校をしてもらいます。今日は休校です」


 言われて生徒達は若干どよめいたが、とはいえこの結論はある程度予想がついていたことでもあった。


「緊急時用に前から決めていた編成で集団下校するので、皆は荷物をまとめたら同じ班の人達で固まって、班のリーダーは先生に揃ったことを報告したら下校してください」


 帰り支度を始めている生徒達に、先生が再度話しかけた。


「帰る前に皆さんにお願いしたいことがあります。今回の安住くんのことについて、決してSNSなどに書き込まないでください。また必要以上に他の人に言わないこと。今後マスコミの人に路上で取材されることがあるかもしれないけど、何も言わずに黙っていてください。それが警察の捜査に一番迷惑をかけないことになります。何より安住くんの家族に迷惑をかけないことに繋がります。決して余計に話を広めようとはしないで。お願いね」


 そう言って先生は頭を下げた。心からのお願いだと群青には伝わった。きっと全員がこの言葉を受け止めて、言いつけを守るだろうとも思えた。


 しかしその誠意は時間が経つにつれ薄くなり、やがては誰かが情報を振り撒き始めるのではないだろうか、とも考えた。


 群青は同じ下校班の人達に混じって教室から出る際に、先生をもう一度見た。少し微笑んで生徒達にさよならと言う目は赤かった。朝礼時に先生が言った「悔しい」という言葉を群青は思い出していた。


 皆内先生はきっと安住が殺されたと思っているのだろう、そう推測した。




 集団下校した日の夕方のニュースで、亡くなった被害者が安住彰であることが報道された。しかしそれ以上の情報はその日は出てこなかった。


 夜に連絡網でクラスメイトから電話が回ってきて、翌日も休校となることを知った。

 





 翌日、群青は一歩も家を出なかった。事態に進展があったのは夕方だった。


「…亡くなった安住さんの死因が心臓麻痺であることを本日、西武警察署が発表しました。川で発見された安住さんですが、突然の心不全を起こし、橋から川に落ちた可能性が高いとのことです」


 ニュース番組にてキャスターはそう伝えていた。群青は家のリビングでそのニュースを見ていたが、どう受け止めればいいか分からなかった。


 心不全という言葉からは事件性を感じられなかった。事実、ニュースでは事故であったという趣旨で報道していた。多くの人はそれで納得するだろうが、事件を目撃した群青には違和感しかなかった。


 群青は安住が何らかの方法で殺害されたのだとほとんど確信していた。真実は心臓麻痺だというのなら、安住の遺体に触れていた、あの男は何だったのだろう。


 その日の晩に再び連絡網が回ってきて、明日から登校が再開されることを伝えられた。






 翌朝、学校の朝礼で皆内先生が説明をした。


「昨夜のニュースを見て知っている人も多いと思うけど、安住くんの亡くなった原因は急性の心不全であることが分かりました。校長がご家族と電話でお話ししましたが、安住くんはそうした持病などは特に持っていなかったとのことです。あまりに突然のことでした。でもこれは私の考えだけど…誰かに酷いことをされたとかではないなら、そのことだけは良かったと思うわ」


 その言葉を聞いて、また何人かの生徒が泣いた。そしてこの説明が一つの決着であるように、群青には感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ